CREWの日替わり日記:過去の一覧

2011/3/20 (Sun)
東北関東大震災

僕が大学生になって、ひとり暮らしをはじめたのは、
井の頭線の「駒場東大前」の駅前、麻雀店の2階だった。
トイレも炊事場も共同。四畳半の部屋だった。
陽も射さず、窓を開けると1メートル先に、
隣家のモルタルの壁があった。

昼の食事を削って(時には夜の食事も)、本を買い、映画を観ていた。
それで、お金がなくなると、まず風呂代を削った。
食べるものが尽きると握り拳くらいのジャガイモを買ってきて、
鍋に入れ、それが隠れるほどの水で浸し、
水がなくなるまで火にかけて、フカフカしたところに
マヨネーズを付けて食べた。

そんな生活。。。
でも、それでよかったのだ。
僕は十分に若かったし、
僕の、その現在も、目の前に広がっていた未来も
たっぷりあったから。

高校時代の友達が、学校の帰りによく尋ねてきた。
ギシギシと階段を踏んで、建て付けの悪いドアを叩いた。
扉の下からは彼の靴下が見えた。「やあ」と言いながら、
勝手に部屋に入ってきた。
テレビなんてものはなかった。
カセットテープでエアーチェック(懐かしい!)した曲を
聴きながら、二人で深夜まで毎晩のように話し込んでいた。
哲学や、社会学や、文学や、時には美学まで。。。

ある時、彼がシミジミと呟いた。
「僕はネ、安永君、民主主義や帝国主義とか、
 そんなものは、あまり関係ないと思うんだよ。
 理不尽に人が死なない社会であれば、それで良いんじゃないかと
 思うんだ・・・」
どういうコンテキストで語られたかは覚えていない。
しかし、薄汚れてシミの付いた壁やら、
微妙にゆがんだ木枠の窓から吹き込む風やら、
白熱灯のオレンジの光やら、
それやこれやの記憶と共に、その言葉は忘れられない。

東北関東大震災では多くの人がなくなった。
多くの町が消えた。
これほどの災禍を、自分が生きている内に見聞きするとは、
思ってもみなかった。
僕は、一週間が過ぎた今でも、
「心が痛む」というようなありきたりの言葉では、
自分の中の思いを表すことはできない。
報道で知ることのできる事実のひとつひとつが限りなく重い。
多くの人の現在と未来が理不尽に閉ざされてしまったのだ。
それでも、生き残った人々は、生きなければならない。

何が待ち受けているんだろう。
どういう時間が残されているんだろう。
おそらく、人々だけの問題ではないのだろう。
それは、おそらく僕らの問題でもある。

劇団員には何も話していないが、僕は、
今後一年間、アントンで収入があった場合、
それは本当に微々たる額ではあるけれど、
その中から、いくらかでも、しかるべきルートを通じて、
「義援金」としたいと思う。

(史明)

2011/2/19 (Sat)
カツ丼が食べたい

その日、久々の陽射し誘われるように、
昼休みに、勤務先の近辺を歩いた。
勤務先は南区の奥にあって、
辺り一面、坂だらけなんです。平たい土地がない。
身体の調子も良く、走りたいほどだったけれど、
まあ、早足で、40分くらいだったな。汗もかいたし。。。

そして、午後。
ブルックナーのシンフォニーみたいに地味な仕事をして、
・・・夕方、気のせいか、身体が変な感じだったので、
予定をキャンセルして帰宅し、夕飯を・・・まあ、普通に摂った。

だいたい、僕は夕食後は30分もすると、自分の部屋に入ります。
懐かしい人に手紙を書いたり(手紙なんて書けないくせに)、
恋人にメールしたり(恋人なんていないくせに)、
今は亡き“oais”のCDを引っ張り出したり(車以外では聞かないくせに)、
P・オースターの新作の小説を読んだり(疾うに読み終えたくせに)、
バスキアのコラージュを眺めたり(画集も持ってないくせに)、
そんなことのアレコレをしたいんだけれど、
その日は、妙に胃の部分が重く、9時前には、全身がだるくなって、
椅子に寄りかかって、動けなくなってしまった。
ああ、これはきっと、昼間の疲れだな・・・と思って、
そのままベッドに入った。
そして、
およそ10時間、寝っぱなし。ヤレヤレである。
次の日、胃は地中海に沈んでいるフェニキア船のアンカーのように重く、
朝食も摂ることができず、でも、一応、仕事には行きました。

「コンプライアンス」について人に話さなければならないこともあり、
それは、まあ、話したとは思うけれど、
ちゃんと話ができたかどうかは自信がないのですね、これが。
もっとも、体調が良くても話できたかどうかは自信がない。あはは。
しかし、話の前後はずっと休憩室で寝てました。
これは、仕事にならないと思って、まあ、周りにも良くないだろうと思って、
午後からお休みをもらい、自宅に帰った。

ドアを明けて、鞄を投げ捨てて、そのまま、ベッドの上に倒れ込む。
そしてそのまま、なんと次の日の6時まで寝続けた。
いや、途中でムクッと起き上がって、それから、胃を押さえながら、
妙に若々しい堅いバナナを半分とクリーミーヨーグルトを食べた記憶はあるが、
伊勢物語ではないが、・・・夢か現か寝てか覚めてか。

稽古も休んで、もう一日休息。

自分なりに一段落した僕は、今日、かかりつけのドクターに診てもらった。
いや、それまでは、クリニックに行くことさえ、おっくうだったんです。
「まあ、要するに、ウイルス性の胃腸炎というところでしょ」
で、診察は2分で終わった。

ああ、カツ丼が食べたい。。。と言えるまで、は、快復した。

もし、教訓があるとすれば、身体に無理をかけないこと。
たぶん、それに尽きる。

            史明

2011/2/14 (Mon)
今年になって

2011年がはじまって、40日以上が過ぎた。
今年は、いろんな人から連絡が来る。
連絡して来るのは、
下は20代前半から、上は40代前半まで。
男女問わず。
どちらかというと女性が多い、
・・・と見栄を張りたい。あはは。
しみじみ、
俺も年を取ったのかなぁと思うことしきりです。

連絡が来て、まあ、会うことになるわけで。
会えば、そういうことだったの? という感じで、
話はそれなりに尽きないわけで。
多くの人が、いろいろに悩み、
分からないと言ったりします。。。

話は飛ぶけれど、
ある程度の年齢を過ぎると、恋をするのは難しい。
そう思いませんか?
理由はいろいろあるだろうけど、
知ってしまうことが大きな原因のような気がする。

若い頃には分からないことがある。
極端に言ってみれば「無知」である。
ところが、これが重要で、
知らないものがあるということが
焦燥と熱意を孕み、身体と心を
とんでもないところまで運んでいくことがあるのだ。
知らないということは夢見ることに通じる。
だから、
若い頃の「無知」は
ひとつの才能なんじゃないかなぁ。

芸術家やエネルギーのある人が
尽きせぬ恋心を持てるのは、
夢見ることを未だに続けているからのかもしれない。

話は、また飛ぶけれど、
僕は芝居を愛していて、創り続けているんだけれど、
芝居に恋しているとは言い難い。
もちろん、
芝居については知らないことは、いまだに多い。
でも、その「無知」は、
どうすれば解消できるか分かる程度の「無知」である。
ちょっと淋しい。

若い人と話すのは楽しい。
彼らも、「楽しい時間でした」とメールをくれる。
そういう意味では、
僕も彼らと同じ地平に立っているのかもしれません。

夢見る頃は過ぎてもサ。

              史明

2011/2/12 (Sat)
年間計画

先日、劇団の集合があって、
今年の年間計画を決定した。。。
と言っても、たいした話じゃないんです。

とりあえず、
8月に中高生を交えてオリジナルを一本。
そして、11月に『桜の園』を作る。
この二本だけですね。

8月が終わって、11月の準備をするのは
それは、あまりにも時間的に、
そしてなにより、内的な処理という問題で、
まぁ、無謀なわけです、やっぱり。
そこで、
8月のチームリーダーをアンクル・トッティー、
11月のチームリーダーをナイスガイ・サミィーが
担当することになりました。
よろしくデス。

それぞれに課題があり、
特に、『桜の園』はキャスティングが難しい。
劇団員ではまかないきれません。
ヤレヤレである。
客演を頼まないといけないだろうなぁ・・・。
出てくれる人いるかなぁ・・・。

             史明

2011/2/1 (Tue)
Aqua Tamez、加藤登紀子、五味太郎

夜中に音楽を聴く時には、たいていの場合クラシック、
それも室内楽とか、ピアノの小品が多い。
でも、時々、なんか別のものも聴きたくなる。
ほら、定食ばかりじゃ飽きちゃうでしょ?
時にはツユダクカツ丼や、こってりカルボナーラを食べたくなる。
あれと同じです。
なのに、これというCDがないときには、
CDのラックの前に立って、目をつぶり、
ランダムに手を延べて、CDのディスクを引き抜く。
先日はア行ではじまるアーティストの棚でした。
引き抜いたのはAqua Timez、・・・久しぶり。

天神エフエムのYUUKIさんに言われたことがあって、
僕は言葉を大事にする演出家だって。
それはたぶんそうなんだけど・・・。
でも、CDの中にあった、たとえば『小さな掌』の中の、
〜言葉を選べず途方に暮れる僕 言葉に頼らず抱きしめる君〜
という詞を聴いたときに、
ああ、そうなんだよなぁ〜とか思ってしまいます。
そういえば、
四十年くらい前に、加藤登紀子が唄った『愛のくらし』にも、
〜愛を語る言葉よりも 吹きすぎる風の中で 
 繋ぎあう手と手の温もりが愛のかたち〜
という詞があったのを思い出す。

もちろん、僕らは言葉で思いを確かめ、
言葉に思いを託すんだけれど、それでも、
言葉だけでは伝えられない思いというものがありますよね。
それを大事にしないと、
言葉自体が生気を失って、死んでしまうような気がする。

僕は若い頃、絵本の編集者だったせいか、
今でも、絵本を時々開くことがあるんだけど、
五味太郎という作家の『あそぼうよ』と作品は記憶に残っています。

登場するのは小鳥とオジサン風のキリン。
小鳥が「あそぼうよ〜」というと、キリンは「あそばない〜」と応える。
毎ページ、この繰り返しなんです。
だけど、絵を見ると、
キリンオジサンは、首をクルクル回したり、かくれんぼしたり、
果ては小鳥を背中に乗せて泳いだりする。
もう、サービス満点。
しかし、いつも「あそばない〜」
最後に、小鳥が「あしたまたあそぼうよ〜」というと
「あしたまたあそばない〜」と応える。

まじめな保(幼)育園の先生なら、
一度は「うん、あそぼう」と言ってほしいと思うかもしれないけど、
意味の上で反対のことを言っても、相手と通じ合うというコミュニケーション。

良いなぁ〜。

芝居も・・・そのようでありたい。

史明

2011/1/30 (Sun)
腰リターンズ

1月も明日で終わり、早いものでもうすぐ2月ですね。

それにしても毎日寒すぎます!!
もともと寒がりな私はいつも厚着をしています。
ただ足がねぇ・・・とうとうしもやけになってしまいました。

さて、そんな私の腰の話を書きたいと思います。

あれは今月の中旬でした。
ある日、ふと腰の痛みに気づきました。
それは2年前に痛めてしまった左。
前屈出来ない上に、寒さで死ぬ程痛い。
仕事も忙しかったため「3日ほどしたら治らないかな」と淡い期待をもちつつ数日過ごしてみましたが、耐えられなくなり行きつけの整骨院へ・・・。

いつもなら腰の歪みを矯正してもらったら痛みが治まるのですが、今回は逆に激痛が走る。
しかし、これも治療のためと思い3日くらい通いました・・・が、ひどくなる一方。
背中が痛いと周囲に漏らしたもんだから、変に心配されて内科か外科に行くように進められ、知り合いの信頼できるお医者さんに行きました。

後5分で診療時間が終わる!という時間に病院に駆け込む私・・・そう、私駆け込んで行ったんです。

受付を済ませ、診察室へ。
先生からの指示で、角度を変えてレントゲンを4枚撮りました。
「レントゲンから背骨は綺麗なんですよね。何か思い当たる事はありませんか?」
考え込む私。

その後、お腹や背中に圧をかけて以上がないか見てもらったり、足をどの角度に曲げたら痛いかと曲げながら聞かれたりして診察終了。

レントゲンを見ながら考え込む先生。
「どうなんだろうか・・・。と不安な私。

すると先生は真面目な顔で

「筋肉疲労です」

と一言。

「・・・・・・。」
意外な一言に言葉も出ず、心では思いっきり「筋肉疲労?!」と叫んでおりました。

そういえば今月の初めにダルマストーブを50mくらい移動させたんです。
原因それ?!
自分にガッカリでした。


ココの病院、前回は胃が痛いと心配して胃カメラを飲んだ場所。
(→なんの以上も見られない綺麗な胃でした)
顔から火が出る程、恥ずかしかったです。


まぁ、原因がはっきりしただけでも安心しました。

そして今日、入浴時に右の腰が痒くて無意識に左手を胸の前を通して右腰に持っていき掻いた瞬間左の胸筋をつる始末。

どんだけ〜!

腰が治ったらゆっくりストレッチをしていきたいと思います。


                          陶野

2011/1/17 (Mon)
イチグウヲテラスヒトタレ

どうも、この年になると、
若い人に言葉を贈らねばならないという経験もする。

今日は、その一節です。

かれこれ50年近く前のことである。
お名前は失念したが、校長先生が在職中に亡くなられた。
だから、余計に記憶しているのかもしれない。
その先生が、
朝礼の時だったか、式典の時だったか、
「イチグウヲテラスヒトタレ」とおっしゃったのだ。
意味不明であった。
小学校低学年だった僕の頭の中は、
買ったばかりの画用紙みたいに、皺もなく真っさらだったから。
しかし、言葉の「音」は頭に残っていたわけだ。
そしてある時、突然意味が分かることがある。
たぶん、そういうものだろう。
言葉はいつか生きてくる。
僕は君たちに、言葉を贈りたい。
「一隅を照らす人たれ」
大人になってやっと理解できた言葉だ。

史明

2011/1/14 (Fri)
腸炎

先月のことなのだけれど、
僕はカンピロバクター腸炎という病気になってしまった。
食中毒ということだ。

一週間ずっとお腹がゆるい日々が続いていおり、
少しおかしい、
と思いはじめていたので消化器科に行くと点滴を打たれた。

やはり断っておいたほうがいいと思うのだけれど、
僕にとって人生初の点滴だった。
僕は横にさせられ、看護師がやってきた。
その看護師が「刺す?刺す?」と会話している声が聞こえてきた。
緊張で喉が渇いた。緊張だけでない、
当然のことながら計り知れない恐怖もあった。

看護師が僕の腕に針を刺した。
痛い。
痛みが襲ってくる。
だがこれを我慢していれば大丈夫なのだろう。
そんな僕の期待は
「あ、漏れちゃった」という声によって打ち消された。
そのまま点滴を受けられるわけもなく、
彼女は一度針を抜いた。
そしてもう一度入れた。
痛い、
痛みが襲ってくる。

だけどもう大丈夫だ、きっと大丈夫。
そんな僕の期待は
「あ、漏れちゃったすみません」という声によって打ち消された。
「脱水状態だから…」と彼女は言い訳のように
…いや、僕の心理状態からただ言い訳に聞こえただけなのかもしれない。

そのあとベテラン看護師と見守っていた看護師が来て、
「ごめんなさい、これで最後だから」と告げた。
見守っていた看護師が、一発で僕の腕に針を入れた。
やれやれ、と僕は思った。

そのあと2階の部屋に隔離され、
下剤と水薬を飲んで腸を洗った。
それからが本当の恐怖だった。
ある部屋につくと、長い長いチューブが見えた。
なるほどこれが人間の腸の長
…いや、まさかと僕はそこで考えるのをやめた。
嫌な予感がした。
筋肉注射を二本打たれた。
筋肉注射は点滴よりも痛い。
そして後ろから、奥の奥まで入れられた。
これが俗にいう内視鏡だった。

僕が乗っている台の横にテレビがあり、
自分の腸の中の映像を見せられた。
「ここがただれていますねえ」
「わかりますかー?」などと言われたが
そんなことはどうでもよかった。
そのような時間があるのなら
一刻も早く腹の中の遺物を抜いて欲しかった。
腸が膨張し、ただれていることがわかると、
段々とチューブは抜かれていった。

抜かれたあとは完全な脱力状態でフラフラしていた。
僕がこのことから学習したのは、
人間は極限状態に陥ると
自分の一番大事な人を思い浮かべるということだけだった。

こんな最悪の12月25日をなんとか終え、年末にはだいぶ状態は良かった。
ただ、何度も針を入れられた手は内出血していた。


と、いう報告を村上春樹を意識して書いてみた。

亀岡

2011/1/12 (Wed)
始動・・・って、ちょおっと遅い?

毎年、1月1日に日記を書いているのだが、
今年は書かなかった。。。天気のせいにしたい。
雪こそ積もらなかったけれど、7日まではほとんど陽は射さず、
8日にやっと厚い雲が切れて陽射しが戻ったような。
もっとも、今日まで続く低く垂れ込めた冬の空。

恋人は北米大陸で美術館めぐりをしていたし、
仕方がないので、今年の年末年始、ずっと本を読んでいた。
読んでいた本の書名を列挙することは恥ずかしい。
下着ひとつで、
交差点の真ん中に放り出されたような恥ずかしさとでも言おうか。
寒いし・・・。
ただ、良い言葉には出会った。
その中のひとつ。
田村隆一の詩の一節。

「人は冬を背負って立ち去って行き
 人は春を抱いて地平線から現れる」

本を読むときは、珈琲が飲みたくなる。
僕は、ブラジル3割とコロンビア7割にブレンドされたものが好きだ。
この味は、20歳のころに知った。
当時、僕は日比谷のマツモトロウという老舗レストランで
厨房の皿洗いやホールスタッフのアルバイトをしていた。
そこで覚えた味。
朝一番に厨房に入ると、
当時セカンドチーフだった山本さんが、美味しそうに飲んでいて、
ネスカフェのインスタント珈琲しか知らなかった僕に、
君も飲んでみる? 
柔らかな湯気の立つウエッジウッドのカップを口に運んだ。
これは確かに本物だったな。
こうやって、たぶん、
人は大人になっていくのだという自覚があった。
ずいぶん昔の話だけど、はっきり覚えているんですね、これが。
あの頃をもう一度繰り返す必要はない。
記憶は今も僕の中にあり、
だからつまりは、あの頃を生きることだって可能なわけだ。

人は春を抱いて地平線から現れる。

さて、今年も始動だ。

近いうちに、HPを大々的にリニューアル予定。
しばらく、お待ちあれ(笑)

              史明

2010/12/27 (Mon)
魂を受け継ぐ

去る21日に、『勘タンさんを偲ぶ会』を終えました。
ご参集していただいた皆さま、
ご都合があって、気持ちはあれども参加出来なかった皆さま、
ありがとうございました。

南一康徳氏による、とても素敵な
勘タンさんの写真を三葉、テーブルに置き、
その前に陰膳を据えて、
みんなで賑やかにひとときを過ごしました。
最後に、黙祷をして、
出席者のそれぞれが胸の中で勘タンさんへの想いを
噛みしめた『偲ぶ会』でした。

『偲ぶ会によせて』というリーフレットも配布しました。
その内容をここに載せることは出来ませんが、
僕らなりのご報告は出来たのではないかと思います。

若い劇団員や関係していた大学の学生は、
きっと、遠からず、忘れることだろうと思います。
でも、それは当然だろうし、それでいいのだと思うんです。
命というものはいつも前向きなものですから。
芽を出したばかりの双葉も、
日の光に向かって茎を伸ばすものです。
だから、それを「風化する」とは言わず、
僕は、「浄化する」と考えたいと思います。

ただ、勘タンさんということなしに、
志なかばにして亡くなった人がいるということを、
これからも生きていく僕らは忘れてはいけないとも思います。
日常生活の中で、
「いやだなぁ、こんなこと」とか「まったくうんざりするよ」とか
思いそうになることがあるでしょう。
そういうときに、思いなかばで死んじゃった人のことを考えたい。
そして「がんばらなくては」と自分に言い聞かせたい。

たぶん、僕らに出来ることはそんなに多くありません。
だけど、彼らの想いをほんの少しでもいから、
形あるものにしていけたら嬉しいと思っています。

だから、少なくとも、僕ら、アントンクルーは、
勘タンさんの志〜劇団として『桜の園』を上演したかった〜を
必ず、実現したいと考えています。

史明

2010/12/14 (Tue)
勘タンさんの思い出

あれは「熊」の稽古中でした。

稽古中、私の演技を見ていた人が口々に「ポポーワではなく、陶野さんに見える」と言われました。

特に言っていたのが勘タンさん。

「そんなに???」と思いながら、稽古を重ね最終的には私はポポーワになったつもりです。

実際、「まぁスタートラインに立ったって感じかな?」と言われたので、まぁまぁの出来だったんでしょうが・・・。


一ヶ月前に勘タンさんが亡くなってから、初めて色んな所にアップされている勘タンさんの落語を見ました。


二人、三人・・・一人で役を演じ分けている姿を見ました。

「勘タンさんが言いたかったのはこれだったのか・・・」と納得しました。

今まで落語を見に行く機会は沢山あったのに、二回しか行ったことがありませんでした。嫌いだったわけではなく何故か生で見ると私の方が緊張してしまって、余裕を持って見ることができなかったからなのですが。その話を一度したときに「なんで!!」と言われたのを覚えています。

「たちきえ」という作品を見たときに、勘タンさんって凄い人だなと思い、見終わった後に胸が苦しくなりました。

「もっと早くにこの映像を見ておけば良かった。そしたら色んな事が聞けたのに・・・。色んな話が出来たのに・・・。」

そう思います。

もう会えないと思いながらも、クリックすれば動く勘タンさんを見ていると「お疲れさんです。」と言いながら携帯を片手に稽古場に入って来そうで・・・。

また会える気がしてなりません。


                            陶野

2010/11/27 (Sat)
黄昏迫る頃だった

今日の福岡は朝から風が強かった。

アスファルトの道の上を、
赤やオレンジや黄色や、茶色に色づいた桜の葉が
風に吹かれて、転がっていく。。。
カサカサという音が聞こえる。
秋の終わりの桜並木を車でゆっくりと走ると、
タイヤの下で枯れ葉が砕かれる音もする。
フロントガラスにも枝から離れた葉っぱが舞う。

こういう季節には、
ブラームスの3番のシンフォニーが似合います。

黄昏迫る頃だった。。。

彼は、きざはしに腰を下ろして、つぶやいた。
「・・・やりきれんなぁ」と

10日前のことだった。

2010/11/16 (Tue)
本日より公演です〜思うことをつれづれに〜

昨年のことだが、
ビートルズのリマスター・ボックスセットが出た。
全213曲を聴き直した。
僕は一枚一枚CDプレーヤーにセットしながら、
彼らがひとつとして同じ表現をすることなく、
常に新しい表現を模索し続けていたという事実に改めて気づいた。
彼らと比ぶべくもないが、
僕も芝居を創るたびに自分なりの目標を立て、
毎回新しいことに挑戦してきたし、
同じ技法は使わないようにしてきた。
どんな場合にもそうだけれど、
その試みがうまくいったこともあれば、いかなかったこともある。
でも、しないわけにはいかなかったのだ。

原作の「ワーニャ伯父さん」は個人的には、
やっかいな作品だった。
しかし、チェーホフ全作品の上演をもくろむ僕らとしては、
避けて通ることが出来ない作品だった。
創ってみると、
やはりチェーホフにしか書けない作品だったような気がする。
いつものことだが、
愚かしくも愛しい人間がいた。
それが観られれば嬉しい。

そうした意味で、
今回は大きなハードルだった。
まず「能舞台」でチェーホフをどう創るのかに悩まされた。
しかも、
この舞台は福岡県の有形文化財ということで、
大きな使用制限がある。
しかし、それは挑戦するには良いチャンスだったように思う。
また、
アントンのオリジナルメンバーだけの上演もひとつの試みだった。
ことに女優陣は、
この二年間、劇団の舞台から離れていた僕には、
まったくの未知の役者のようなものだった。
亡くなられた森武先生は女優の使い方がとても上手だったが、
僕はどちらかというと苦手だったこともある。
 
以前書いたことがあると思うけれど、
僕は小学校の六年生でビートルズに出会った。
彼らがいたから、今の僕がある。
今回のワーニャの台詞に
「僕は今、47だ、60まで生きるとして13年。
その13年をどう生きればいい?」というのがある。
簡単な話だ。
ビートルズを聞き続けていればいい。
つまりこういうことなのだ、
人は自己の青春を死ぬまで生き続けるだけのこと。
ヒア・カムズ・ザ・サン、
いつも太陽は生まれたてなのだから。

史明

2010/11/8 (Mon)
異常

急に寒くなりましたね。
みなさま風邪などひかれていないでしょうか?

ここ数ヶ月とても忙しくて、「朝食より睡眠」を取る生活をしていました。
・・・とは言っても何もおなかに入れずに仕事はできないので、毎朝ウィ○ーインゼリーを飲んで出勤。

そんなことを続けていたら体に異変が・・・。

いや、ゼリーが悪いと言っているわけではなくて仕事量と食事の量を考えたときに食事の量が少なすぎるということです!!

ふと気づくと空腹感が。
そして両手の薬指と小指の爪が異常に薄い。

タンパク質不足なのでしょうか?

とりあえず栄養も偏り、摂取量も足りないということですよね。

だから当然体型も細い感じです。

周りからは羨ましいと言われますが、本人としては意外と辛い。
思春期の時にはぽっちゃりしていたので、やせ始めたときは嬉しかったのですが、今となっては苦痛です。

まず・・・
寒さに耐えられない。
疲れるとすぐにグッタリする。(持ちこたえられない)
風邪を引きやすくなる。

やっぱり何でも程々がいいんだとつくづく思いました。

さぁ、笑っても泣いても本番まであと1週間となりました。
稽古も大詰めです!!
何が辛いって私は稽古場が場所によってすごく寒い時があるのでそこがネックです。

今回の衣装の感じ、とっても好きです。
詳細は口止めされているため言えないですが・・・・。
当日会場でご覧下さい。

                           陶野

2010/11/7 (Sun)
名前

こんにちは亀岡です。
昔の話をさせていただきます。
あれはまだ…東方神起が活動中のころの話でした。
あの頃私は彼らの曲が好きで、アルバムを予約していたのですが。
そそっかしい亀岡は控えをなくしてしまいました。
不安になりながらも…アルバムを店に取り行きました。





亀岡「すみません、控えなくしてても大丈夫ですか??」
店員「名前は…」


亀岡「東方神起です」




するとこの店員、何を思ったのか…


店員「名前は?」



また聞いて来た。
…タイトル言わなきゃいけないんだろうか…
そんな羞恥プレイを私にさせる気なのか。




私「シークレットコード…(超小声)」



題名カッコいいけど言うのは恥ずかしい…
東方神起って言うのもちょっと恥ずかしいのに…



すると店員が私の顔を見て



店員「あの…名前は…」





は? また!? もう名前出し切ったよ。
これ以上何の名前を言えばいいんだよ。



私「………」


店員「………」



私「………私の名前ですか!?!?!?」



とんだ恥ずかしい思いをしました…
自分の名前を名乗ると、アルバムは無事受け取れました。

2010/11/5 (Fri)
行ってしまった

稽古の帰りにスタバへ寄った。
カフェモカを注文する。
疲れた、少し肌寒い、
今日のような夜には、ほどのよい甘さだ。

レジの女の子は地味な顔立ちで、
柔らかそうな栗色の髪をしている。
ボヘミアの草原を渡る風に吹かれたら似合いそうな
長い髪を器用に後ろでまとめている。
それは難しそうだけど、
意外に簡単なのかもしれない。

「行ってしまった」というセリフがある。
簡単なセリフだ。
だが、顔の傾け度、目の動き、あるいは目線。
手の位置、足の運び、そして声のトーン。
どれを取っても意外に、いや、かなり難しい。

キリキリ痛む胃腸に、
カフェモカの暖かさがやんわりと広がる。

(史明)

2010/11/1 (Mon)
ペペ桜井

数日前、出張で東京に行って、時間があまったのでフラリと新宿末廣亭の昼席に入ったのであります。

すると、いました。ペペ桜井。生きてました。
ギター漫談のペペ桜井です。
7、8年ぶりでしょうか、ペペ桜井を見るのは。

誰も知らんだろう。知らないはずだ。
絶対にテレビでは通用しない芸です。
でもライブでは通用しまくるんだ、これが。

こういうことが実感できるから、寄席はいいんですよ。

なお、バブルの時代には女子大生にキャーキャー騒がれていた柳家小ゑんは、頭髪がすっかりさびしくなり、それでもあいかわらずシュールな新作を高座にかけていました。
先日急逝した古今亭志ん五師匠とほぼ同世代なので、がんばってほしいな。

「アントンクルーのワーニャ'」、あまりに仕上がりがよく、余裕なのでいらんことですが書きました。

                            (岩井)

2010/10/27 (Wed)
 

ども、とち、です。

ご無沙汰してます。
いつ以来の登場やら…自分でも記憶が定かではありません。

稽古は、いつも通り?順調のようです…。

まあ、なんとかなるでしょう…なんとかなります…なんとかします…期待しててくださいね。


家内が最近「断捨離」にハマってます。
数年着ていない服が消えていってます。

たしかに不要なものは場所をとるだけです…次は僕のような気がします…。

2010/10/25 (Mon)
非売れ

昨日、非売れ線系ビーナス第14回公演「踊りに行かないで」観劇。

面白かった。今までの非売れ公演ベスト3に入るなあれは。

「コンテンポラリーダンス」というものに対する素朴な「疑問」と、それとはうらはらの漠然とした「畏敬の念」が、鮮やかにアウフヘーベン(止揚)されておりました。

「亀」役の田坂君の頭が、うちの勘タン並みに大きかったらもっと迫力があったろうに。
なにしろ勘タンはフルフェイスのヘルメットが入らない大頭なのですから。
まあ大頭だからといってオードリーさんが喜ぶかどうかは別問題ですが。

東京公演もするそうな。
成功をお祈りしていますよ。

そして、我々も負けずに頑張らねばと、せつに思う次第です。

                    (岩井)

2010/10/24 (Sun)
Myキャンペーン

先日の稽古でとうとう出ました。
安永さんの「胃が痛い」発言。
だってもう3週間しかないですもんね。

現在半立ち稽古に入っています。
まだまだ台本を片手に右へ左へ・・・。
明日台本持たずに出来るといいですね。・・・と人ごとのように書いてしまいました。ごめんねみんな。

私はというと裏方さんなのでDMの宛名書きをしておりました。
本業の方が忙しくて、中途半端に参加しているようでもどかしいです。


最近よくしちゃうのが演劇とは関係ない事を書いてしまうこと。
劇団の日記を私物化。
今回もちょっとしちゃいます。(笑)



最近自分の中で流行っていることを「キャンペーン実施中」と言っています。
今は「月に2回のランチキャンペーン実施中」です。

epiを購入して適当にお店を決めてランチをしています。
といってもまだ2回目なんですが。

先日は薬院のお店を探して行ってみました。
しかし・・・見つからない。
道が一本違うのかとウロウロ・・・。

そして見つけたお店に行こうとしたら・・・閉店して別の店になっていました。

「オゥ!!」とショックを受けていましたが、新しいお店のチラシが外に置いてあったので見てみるとランチ2500円。

折角たどりついたお店だし、これも何かの縁だろうと行ってみました。

開店したのは10月16日でまだ宣伝していないそうです。
店員さんは「隠れ家的存在にしようと・・・」とおっしゃっていました。
お客さんは私達グループのみ。
食べ終わってもお客さん来ないし・・・。
隠れ家風といっても本当に隠れてしまっては駄目じゃないか!!
と心配になりました。

だからちょっと宣伝。

お店の雰囲気はシンプルな感じでフレンチのお店です。
ウェイターさんも気さくな感じで堅苦しいお店が苦手な人には行きやすいと思います。

お料理もボリューム満点ですごくお腹いっぱいになります。
お昼はコースしかないのですが、
・オードブル
・サラダ
・フォアグラの何か(名前を忘れた!)
・メイン
・デザート(コーヒー付き)

どれも美味しかったです。
その時のメインは鯛だったのですが、ふわふわのジャガイモのソースが一緒でとてもお魚がまろやかに感じる一品でした。

また1週間記念ということで別にデザートを出してくれて、帰りにはお土産までもらってしまいました。


お店の名前は「Yoheita RESTRANT YOHIEITA」
住所は福岡市中央区薬院2丁目5の12 ティアラ薬院2F
定休日は火曜日

気になった方は是非!!
家に帰ってきてアントンのチラシを置いてもらえばよかったと思いました。

                      陶野

2010/10/21 (Thu)
毎日が発見さッ

僕は、日頃は本を読まないんだけど、
スケジュールの中に芝居の稽古が入ってくると、
むやみに本が読みたくなる。
試験前になると、やたらに本が読みたくなる高校生みたい。
我ながら、成長のあとが見えず、いささか情けない気がする。

先日も総合図書館に行って、
気にとまった新刊本を借りてきました。
600パージの大著ながら、
『身体の歴史掘20世紀 まなざしの変容〜』は興味深い。
叢書『現代のメディアとジャーナリズム4 大衆文化とメディア』は、
消費される文化の有様を捉えるのに有効かもしれないなぁ・・・。
でも、面白かったのは、全集刊行を記念して編集された
『20世紀詩人の肖像 田村隆一』だ。
なかでも、インタビューの「キミ、愚問はやめなさい!!」は秀逸。

Q詩とはなんですか?  
A最初の一行は神様が書き、二行目からは人間が書く。
Q他人にはなくて自分にあると思うものは?
A怠けるという習性。
Q今までで一番恥ずかしかったことは?
A恥知らずだからわからない。
Q不倫をどう思いますか?
A・・・プリンと間違えて注文しないように。
Q批評家とは?
Aたいへん大切だと思う。質屋の番頭さんみたい。作品が質草でそれによって値段がかわる。
Q最近一番ばからしいと思ったことは?
A困ったなぁ、みんなばからしいから。
Qこの一年にあったことを教えて下さい。
A生きるのに精一杯だから忘れた。

などなど・・・、ちょっとここでは、
書くわけにはいかない大人の質問、解答もあったりして・・・。
楽しめました。あはは。

そういえば、沢木耕太郎のエッセイだったか。。。
新宿のゴールデン街で飲んでいたら突然、田村隆一が店に入ってきて、
カウンター越しに手を差し出す。
すると、ママがサッとお金を出したそうな。
「あの人くらいよね・・・飲み屋に入って、黙ってタクシー代持って行くのは」
というエピソードがあったのを思い出した。

けっこう好きな話です。

さて、稽古がタイトになってきています。
毎日が、発見さ(笑)

                     史明

2010/10/17 (Sun)
夜の本能、攻撃型。

初めての日記を書きます。亀岡です。怪しいタイトルですね。
いきなりですが、私って寝てるときの本能すごいんです。
攻撃型だったんです。



…歯ぎしりが小学生のころからすごいらしいんですよ。
自分で見たことも聞いたこともないけど歯が日に日に削れていってるのはよおおおおく分かっています。
だから、マウスピースを作りに行きました。(何回か作ってるけどよくなくすので)


医者に、歯ぎしりってどうやったらやめられるか知ってる?と聞かれました。


亀岡「(知ってたらやめとるわ)知らないです」
医者「これはね…ふふふ…ないんですよ!歯ぎしりをやめる方法は!」


なんか楽しそうだなこの人。

そのあと哺乳類についての話をされました。
哺乳類は口でものを食べる以外に攻撃をするらしいです。
噛んだりね。その「口で攻撃する」っていうのは、哺乳類の本能らしい。

医者「人間は理性がありますから。昼間はね、考えて動くんですよ。 だけどね、眠ると本能が出てくるんです。それが歯ぎしりになっちゃうんですよ。 あーテストが難しいーとか、先生むかつくーとかね」


はは。そういうストレスが本能と結び付くわけね。


夜になると化けの皮がはがれて本当の姿が出てくるわけね。

…狼男か。


それでも歯ぎしりの個人差ってあるじゃないですか。
たぶん私、人間じゃなかったら肉食動物ですね。
ライオンとかチーターあたりですね。

医者「本能だからね。止められないから人間は知恵でマウスピースなんか作るわけです」
亀岡「本能だったんですか……」
歯科衛生士「ふふっ。攻撃型ですね^^」



先生と歯科衛生士さんは、とても楽しそうでした。
亀岡も本来の攻撃的な個性をいかして、稽古も日常もアグレッシブにいきたいと思います。

2010/10/17 (Sun)
陶野リニューアル

こんにちは。

朝起きた時には寒かったので、ヒートテックのキャミソールを着てみたところ失敗でした。
室内では大丈夫なんですが、外に出るとたまらない・・・。


昨日、お昼から美容室に行ってきました。
美容室は薬院のcafe sonesの近くにあります。

そこの美容師さんにはもう8年ぐらい切ってもらっていますが、髪を切りに行くというよりもカウンセリングに行っているというぐらい沢山話を聞いてもらって、沢山物の見方を変えることができそうな話を聞いてきます。

今回も予約はしていたものの、どうするかは迷っていて方向が決まるまでに30分くらいかかりました。

1:ペプシのCMの宇多田ヒカル
2:現状維持でストレートパーマ

私の選択肢は上の1、2でした。
気分を変えたいから1にしたい・・・でも決断できない・・・。

話をしていてどちらにも決めきらない私をみた美容師さんが
「雰囲気を変えたいなら長さ切らずにクリクリパーマにしてみない?」
と提案してくれて決まりました。

そして言われた一言
「いまよっぽど大変なんだね。きついんだね。」
でした。

確かにここ数週間仕事で自分で自分を追いつめている気はしていて、でもどうしようもないからと諦めている自分がいたのは確かで・・・。

それをズバリ言い当てられて驚きました。
沢山の方と接して会話しながら髪型を決めていくとき、私みたいに決められない人は何か抱えているそうです。

いまはちょっぴり雰囲気が変わって、自分でもワクワクしています。

仕事の状況は自分次第で変わるからその前に雰囲気だけでも変えることができてよかったです。


今回は個人的なブログみたいになってゴメンナサーイ(~0~)/ 陶野

2010/10/12 (Tue)
打ち入りその後

一昨日は打ち入りでした。「討ち入り」が正しいのかしら。どっちなんでしょう?

それはともかく、陶野が書いたように、宴会の半分は「安永家地デジ化計画」のために費やしてしまい、ぐったりと疲れた次第で。

だから「その後」はありません。二次会には行かずに帰りました。
「安永家地デジ化計画」の話題に加わっていなかった遠くの席の連中はどこかに行ったかも知れませんが。

高砂やさんの料理は本当に旨かった。「安永家地デジ化計画」がなければもっとよかった。

「アントンクルーのワーニャ'」、いい仕上がりです。
今までで一番いい出来かも知れません。
これもひとえに、私の本がいいからでしょう。
乞うご期待。

                         岩井

2010/10/11 (Mon)
ワーニャ打ち入り

こんにちは。

昨日ワーニャの打ち入りでした。
15:00から19:00まで稽古をして19:30打ち入りスタートでした。

場所は那の川2丁目の交差点から入ったところにある「高砂や」さん。
昭和の小料理屋という感じで何を食べてもおいしいし、お酒もおいしいお店です。

もつ鍋もおいしかったし、野菜の酢漬けも絶品。

時間の都合で車で参加してしまったので、お酒が飲めなかったのが残念でした。

お店に行ったのはまだ2回目ですが、とてもお気に入りのお店です。


19:30スタートして始まった話題は、「安永家地デジ化計画」。

地デジ対応のテレビやレコーダーはどんな物がよいのか?
テレビとレコーダーは一体型の方がいいのか?はたまた別の方がいいのか?
どこの店で購入したらいいのか?
などなど。

ワーニャの話はどこへ行ったのでしょうか?


「そうかぁ」と話が一段落したのは約1時間後。


それからはおいしい料理とお酒に舌鼓を打ちながらようやく演劇の話になりました。

高砂やさん本当にありがとうございました。


その後、他のメンバーは二次会に行ったと思いますが、陶野は疲労のため脳が働いておらず、気づいたら家に居ました。
今朝起きてから「たぶん二次会あったよね?」と思い出しましたが・・・。自分が恐ろしい!!


さぁ!二次会に行ったメンバーは二次会の詳細をよろしく!!!


                       陶野

2010/10/6 (Wed)
BLACK

10月1日〜2日、福岡女学院大学学生ホールにて、2010年度岩井ゼミのユニット"Mont Blanc Black"による卒業公演「BLACK」がありました。
演目はラーメンズの作品5本ぶっとおし。わがアントンクルーの看板女優小松マキが出演。
いやー、よかった! 小松マキ見直した。
うちのメンバーの栃原なんか、感動して昼夜観に来てくれました。

「アントンクルーのワーニャ'」、ようやくチラシ出来。
小松には期待しとります。何の役かは見てのお楽しみですが。
(岩井)

2010/10/5 (Tue)
小松マキ公演

暑い日や寒い日が交互に訪れていたと思っていたら、今日はガクンと寒くなったような気がします。

私としてはもう少し「秋」を堪能したかったのですが、このまま寒くなっていくのかと思うと残念です。

風邪をひかないように気をつけたいと思います。


先日10月2日(土)に学生団員の小松マキちゃんの公演がありました。

内容はラーメンズのコントで5本立てくらいになっていました。(コント数が違ったらごめんなさい)

笑わせる演劇=コント

当たり前ですがマキちゃんが台本を持っていて実感しました。

さてさて、感想ですが・・・。

言葉遊びが上手、想像力をくすぐる謎の歌や言葉。
ふいに脇をこちょぐられる感じ。(なんじゃそりゃ!でもそんな感じ)
そして二人のセリフ回しや表情・・・。

爆笑でした。

もともとラーメンズが好きだったので、かなりツボ。

「演じている人は絶対に笑うことは許されない。」

当たり前ですけど。

「よく笑わず演じられるなぁ」と思うぐらい私にはツボで、観劇中久しぶりに笑いすぎで死ぬかと思いました。

「すごい・・・すごいよマキちゃん」

ビデオがあればもう一度観たい公演でした。

もう一回観たいなぁ。

                     陶野

2010/9/28(Tue)
最近のわたくし

このところ、
連日、ワークショップの記録ビデオの編集です。
すべての画像を見て、その中から最適なシーンをカットして、
スタジオで編集しております。

今日は、3時間かけて、「8分」分を作ったぜィ。
明日は・・・。

本業もなにかと忙しく、19時近くまで働き通し。
ほとんど休みがありまっしぇん。グス。

その間を縫って、
チラシのデザインが完成。
印刷に早めに廻さなきゃ・・・ですが、
文字校正が苦手な僕としては、
団員に校正を頼まなきゃいけませんなぁぁぁあ!

そうした日々の昨日。
菊沢から久々のメール来たのですね。
いやぁ〜、かなり嬉しいニュース。
いい話ですだ。

台本分析は夜中の作業。

今日は高い空・・・う〜ん、秋じゃのォ〜

(史明)

2010/9/20 (MON)
ボランティアへ。

「アントンクルーのワーニャ’」配役も決まり順調に稽古も進んでおります。

で、標題。この3連休でふたつのボランティア。
18日(土)は、レベルファイブスタジアムにてラグビートップリーグの補助員をしてきました。
担当は、入場口内で日本協会のメンバーズクラブの勧誘。
2019年ワールドカップ日本開催の証、「ホストユニオンロゴ入り ミニクッションボール」をプレゼント!の特典ですが入会者ゼロでした。
現実は厳しい。既に入会している方も多いと思うし。

20日(祝)は、中洲のとある店の入口で、森田芳光監督の2011年秋全国公開予定の映画のエキストラボランティアに行ってきました。
カット数が少なかったからか、撮影はあっという間に終ってしまいました。
この時期にスーツを着用はたまりません。汗がとまりませんから。
松山ケンイチさんとニアミスし、ホステス役のみなさんからは黄色い声が。

23日(祝)まで福岡ロケは続くようです。


話は戻って、「ワーニャ’」 
公演情報も載りましたし、『おもしろかー』(だけではありませんが)内容になっております。ご期待下さい。

(いつのまにかエキストラ担当と言われる川中でした)

2010/9/11 (Sat)
赤トンボ、そしてデューク・エリントン

言うまでもなく、個人的な見解なのだが、
トンボが群生して飛んでいるときのBGMは、
デューク・エリントンの
「ソフィスティケイテッド・レディ」が良いと思う。
楽団でなく、エリントンのピアノトリオ版だ。

今日、
たくさんの赤とんぼが飛んでいるところに出くわした。
あれって、後ろ向くことはないんだなぁ。
スッと横にずれるとか、斜め前にシャキッと進むとか、
とにかく、後ずさりすることがない。

もっとも、エリントンの音楽なら、
国会議事堂だって、南極大陸だって、
音楽として十分に成立しそうな気がするけどね。

もう、かれこれ40年ほど前になるが、
学齢前の僕は、
よく曾祖父に朝の散歩に付き合わされた。
彼のステテコ姿を良く覚えている。

たぶん、季節は秋。
鮮やかな朝の光の中を、赤トンボがたくさん飛んでいた。
当時、たぶん80歳くらいだった曾祖父が
「赤とんぼは死んだ人の魂だから、取ってはいけない」
と言ったのをいまだに覚えている。
しかし、その日の午後には、僕は捕虫網を持って、
群生するトンボの群れを追いかけてた。
きっと言葉を気にも止めなっかんだと思う。

いまごろになって、
曾祖父の言葉がなんだか、心に染みる。
たぶん、教育というのは、
そういうものなのかもしれない。
学校だけが教育の現場じゃないのだろう。
昔の人は、
おそらくたくさんの生きる知恵を持っていたはずだ。
根拠があるものも、ないものもあるだろう。
けれど、
自分がある程度の年齢なると、
ふと言葉が思い出される。
そして、妙に心に染みるんですね、これが。


今日、住吉神社能楽殿に行ってきた。
スタッフと一緒に。

いよいよ、11月公演の始動である。
ちょっと、遅いけど・・・。

(史明)

2010/9/7 (Tue)
追悼記

森武先生には、
第3回公演「テネシー・ウイリアムズな夜」の中の、
『ロング・グッドバイ』の演出をお願いした。

この公演は、テネシー・ウイリアムズの短編を
4本立てで公演するという試みであった。
演出家として、アントンからは僕と、岩井。
その他に、山田絵里香と森武先生にお願いし、
僕が総合演出をした。

山田は、当時、どういう経過か知らないが、
もう芝居はしないということで、「GIGA」を退団し、
田舎に引きこもっていた。
それを菊沢と一緒に、もう一度と、引っ張り出した。
住吉神社前のロイホで、菊沢を交えた3人で話したことが懐かしい。
2時間は話し続けたかなぁ・・・。
〜ちなみに、この舞台をきっかけにして、
 山田は演劇の世界へ復帰を果たす〜

もう一人が、森武先生だった。
先生は、前年か、その前年、胃がんのために、
胃腸を全摘なさっていた。
体調は安定していたが、もちろん万全ではなかった。
彼が舞台を演出することはこの先ないだろう
と僕は、ひそかに思っていた。
だから、わざわざ、ご自宅まで出向き、お尋ねし、
最終的に舞台演出をお願いした。
彼の体調のことも、彼の芝居に対する情熱のことも、
いろいろなことを考えた。そして、
彼の最後の舞台を創れるなら、
アントンを利用してもらいたいと思ったのだ。

アーカイブを見てもらえれば分かるが、
将来性があると見込んだ役者に来てもらった。
中島信和や田坂哲郎や川口大樹がいた。

楽しみながら、飄々と演技をつけておられた姿が目に浮かぶ。
いたずらっぽく、こっちを振り返って笑った顔が
記憶に刻まれている。。。

ここからが、痛恨の極みである。

当時、ネットでの劇評がはじまっていた。
そこで、森武先生の芝居が酷評されたのだ。
個人的な恨みがあるのかと思うほどの酷評だった。
不特定多数の人間が閲覧可能な媒体に、
まるで、地域を代表するかのような名前で
〜まぁ、その方がアクセス数が増えるかもしれないが、
そのネーミングセンスのなさは『漂流画報』のそれに遙かに及ばない〜
サイトが作られており、その中で、酷評されたのだ。

僕の作品も、常々、酷評されていたサイトである。
僕の場合は「初日」に酷評されることが多かった。
ご苦労様である。あはは。
しかし、僕のことはいい。
事実誤認を指摘されても訂正する勇気もなく、
自分が書いた文章の意味も分かってないような、
想像の翼を欠いた評を相手にするほど僕は愚かではなし、
だいいち、僕は次の作品を作れば、それで良かった。

でも、森武先生は違う。
彼の最後の芝居のはずだったし、事実そうなった。

勘違いして欲しくないのだが、
僕はネットでの劇評が悪いとは言っているのではない。
むしろ、それは正当に評価されるべき「ジャンル」だと考えている。
たとえ、その劇評が悪意に満ち、
正当な評価ができていないものであろうと、である。
何事にもリスクは伴うものだ。
そしてまた、
作家にとっては、出来た作品がすべてであり、
それを支えているさまざまな条件は水面下にあって、
見せてはならないという考え方もあると思う。
僕自身も、むしろそう考えるタイプである。
浪花節はいらないのだ。

だから、残念なのだ。
ひたすら、残念なのだ。

おそらく、森武先生にネット環境はなかったと思う。
それが、僕のこの件に関する唯一の慰めである。
それでも、だからといって、
僕の、先生に対する申し訳なさが減ずることはない。

先生は、大好きな酒が飲めないことと体調のこともあり、
打ち上げには参加されなかった。。。
僕は、おそらく・・・、
一周忌には、日本酒を持って墓参に行くだろう。

(史明)

2010/8/31 (Tue)
追悼

森武茂樹先生が亡くなった。
享年78歳。

長らく福岡中央高校で演劇部の指導をされ、
ご退職後は、テアトルはかたで、
いくつかの作品の演出をなさっていた。

僕は住まいが近かったせいで、
ご退職後にお付き合いをいただいた。

なによりも、演劇を愛した先生であった。
その一点で、
僕らは繋がっていたように思う。
いつも明るく、フットワークが軽かったけれど、
演出観は厳しく、
女性の所作にこだわっておられた。

アントンでは、
一度深くコミットしていただいた。
その時のことは、別に起す。

ご冥福をお祈りしたい。

2010/8/27 (Fri)
RAKUGO

毎日、日記を書いていると、
それなりにレスポンスはあるもので、
どうも、史明さんの日記は難しい、という意見。

ならば、ということで・・・、
これは、ある雑誌で読んだ
笑福亭鶴瓶のお話しのうろ覚えです。
詳細は忘れた・・・。

こんな噺でした。

鶴瓶の小学校だか、中学校だかの同級生に
「CHINNGE」というあだ名の男子がいたそうな。
首の辺り(右側か左側かは忘れました)に、ヒョロヒョロっと、
長い縮れた毛が一本生えていたことに由来するらしい。

妙に気があって、つるんでよく遊んでいたそうな。
卒業以来、長らく会っていなかったが、
鶴瓶は忘れてなかった。
同じ大阪やし、きっとどこかで会うだろと思っていたそうだ。
そしたら、ある日。
タクシーに乗ったところ、
黙って運転している運転手の首に、
「CHINNGE」と同じ所に、同じように、
やっぱり縮れた毛が生えているのを発見。
「もしかしたら、CHINNGEかもしれへんなぁ」
「でも、違うたら、名前が名前だけにごっつう怒られるかもしれん」
「しかし、こないな人は、そう、いてないやろ」
と、行きつ戻りつ考えていた鶴瓶は、思い切って、
その長い毛を思いっきり引っ張ったそうだ。
「痛!・・・おお、忘れとらんかったんか!」
「なんや、やっぱりCHINNGEかぁ」
そして、旧交を温めた・・・。

かのCHINNGE氏は、つねづね、高校生である一人娘に、
「おとうちゃんは、鶴瓶と同級生で、仲良かったでぇ」と言っていた。
「そしたら、会って、サインもろうてな」
「いや、わざわざ会いに行くのは、どうやろ、町でバッタリ会って、
おお、なんや、久しぶりやんけ」とか言うた方が格好ええと。

そして、タクシーの再会だった。

日頃の娘の願いを叶えようと、
鶴瓶に頼んだところ、「そんなん、簡単なこっちゃ、
ちょっと待ってぇ・・・」とタクシーを文房具屋の前に止めて、
鶴瓶はサラサラッと、サイン書き。

その夜のこと。
家に帰ったCHINNGE氏は、多少自慢げに、
「ほら、鶴瓶のサインや。嘘やなかったろ」と
語りかけ、さりげなく娘に色紙を渡した。
「わぁ〜、ほんまもん? 
うち、明日、学校行って、みぃ〜なにぃ、自慢するわぁ」
と大騒ぎ。
CHINNGE氏は、毛が抜かれた首に抱きつかれたとか云々。

ところが、である。
色紙をまじまじと見ていた娘の顔が
みるみるうちに困った顔になってきた。そして、
「あかん、これ、あかんわ・・・うち、学校に持って行けん・・・」
「どないしたん? ほんまもんやで、さっき鶴瓶に書いてもろたんやで」
「おとうちゃん、ちょっと見たって・・・・」
娘から手渡された色紙には
大きく、麗々と「為書き」があった。
言うまでもなく、そこにはローマ字ではなく、
ひらがな漢字交じりで、「○○○へ」と書いてあったそうな。

落語は、面白い。
人情噺もいいですよね。

さて、アントンクルー第11回公演決定。
アントン・チェーホフ作「ワーニャ伯父さん(仮題)」
11月16日〜、住吉能楽堂にて。
いよいよ「真打ち」登場です。
主役は、落語家、粗忽屋勘たん・・・つまり、
酸いも甘いも知った男、勘たんが主役を張ります。

詳細は後日。
ルンルン。

(史明)

2010/8/26 (Thu)
夏が過ぎていく

6月のはじめから、
ほとんど休みなく働いてきたような気がする。

7月のはじめは2泊3日の神戸。
7月のおわりは3泊4日の東京。
中旬からは、土・日のワークショップ。

誰も知らないが、なぜか、この間、
脇腹に抜き去りがたい贅肉が付いていた。
ヤレヤレである。

そんなわけで、今日は夕方から、
身体のメンテナンスをガッツリしました。
まあ、今日は事情があって、
午後の半日を、炎天下で過ごしたしね。
もう、メルトダウンしそうだった。

帰り道、
どこからか夕餉の賑やかな声が
聞こえてきそうな道。
ちょっと温く、秋の一歩手前の風。
(夏の終わりにはこういう風が吹きます)
深いオリーブ色に染まった南西の空に、
明るい星があって、
あれは、たぶん「宵の明星」かな、って・・・。

で、突然、
山田太一の『異人たちの夏』のことが脳裏をよぎった。
彼は、小説では人間の不可解な心情を描くことが多いが
この小説もその中のひとつ。
大林宣彦で、映画にもなりました。
まあ、映画の中のプッチーニは良い選択だったな。

もちろん個人差はあるんだろうけど、
男は出発点を持つということを、ふと、考える。
そして、女は出発点になるということを。
それって、やっぱり、
子どもを「生めるか」か「生めない」かの
身体構造が心理構造に影響する、
そういう違いなのかもしれない。

『異人たちの夏』で、主人公が迷い込んだ迷宮は、
失われた家族の夕餉だった。
40代に手が届こうかという主人公が、
自分より遙かに若い父親(要するに死んだときの年齢)から、
10代の頃のままにからかわれ、叱られる心地よさ。
現実の生活の疲れた彼は、
自分の出発点に立ち戻り、現実を失っていく。
・・・という話だったような気がします。

女は容易にそこには戻れないような気がする。
なぜなら、
自らが、出発点になり得る可能性を持っているからだ。

などと、つらつら考えているうちに、
ポーンとロケット花火が飛んだ。
河畔公園で誰かが遊んでいるらしい。

こうして、夏が過ぎていく。

僕は、自分の母親がいつ死んだのか、知らない。

(史明)

2010/8/25 (Wed)
台風になると思い出す話がある

ワークショップの後半、8月11日は台風4号が
九州北部を暴風雨圏に巻き込んで通過した。
やむなく、WSは中止。・・・まぁ、致し方ありませんでした。

ところで、
台風といえば、思い出す話がある。

友人の話だ。
彼は大学時代の同級生で、
和歌山の地方都市の出身だった。
大学時代は、髪を長く伸ばし、髭も蓄えた
いっぱしの詩人きどりだった。
それが、さっぱりと髪を切って
教員採用試験を受け、
あっさりと地元の高校教師になった。
器用に生きるということはそういうことなのかもしれない。

彼は、国語の教師でありながら、
専門の顧問がいないという理由で、
ブラスバンド部の顧問になった。
はじめは渋々部活動に付き合っていたそうだが、
そのうちにかなり熱心な顧問となった。

彼の赴任校はいわゆる伝統校で、
戦災を生き延びた木造の講堂があった。
講堂といっても名ばかりで、
ガラスがほとんど入っていない窓枠と入り口の扉。
床板は所々抜け落ち、
壁板の一部は剥がれ、
時の経過を物語る黒く固まった土の塊が見えるような状態だった。
ともあれ、
そこが、ブラスバンド部の、練習場だった。
彼の言葉を借りれば、
おそらくそのためにだけ、機能していた。

教員になって、2年目の夏のことだったそうだ。
その年の2番目に大きい台風が迫っていた土曜日の午後のこと。
早めに生徒を帰宅させようと思っていた矢先に、
生徒が彼を職員室に呼びに来た。
「先生、天井が動いています・・・」
「なに? どういうこと?」
と言いながら、講堂に向かった彼の目の前で、
窓から入った暴風に煽られた天井が、
まるで呼吸する生き物のように
ゆっくりと上下していた。
さすがに、彼も生徒を急かして下校させた。
まぁ、古い建物だから、
そういうこともあるかもしれないとは思ったそうだ。

次の日は文字通りの台風一過の青空だった。
そして、その青空は講堂の天井半分にも広がっていた。
夜中の内に、屋根がそのまま風に飛ばされていたのだ。
幸いなことに、屋根はグランドに落ちて、
大きな事故にはならなかったらしい。
その時見た青空がめちゃくちゃキレイでなぁと、
およそ、詩的ではない言葉で彼は僕に語ってくれた。

彼は、次の年の3月で学校を、
教員そのものを止めた。
理由は分からない。
うわさでは、アメリカに渡ったとも聞くし、
アジアを放浪しているとも聞いたが、連絡は途絶えた。

結局は、
そんなに器用には生きられないということなのだろう。

台風が来るたびに思い出す話だ。
今では、僕は彼の見たコバルト色の空を
一緒に見たような気がする。
でも、
彼は僕とは違うものを見ていたのかもしれない。

(史明)

2010/8/24 (Tue)
プレゼンス

かれこれ、企画段階からすると、
半年かかった「はかた演劇ワークショップ」が終了した。

今年の夏は、ことに暑さが厳しく、
(まだまだ残暑も続いているけれど)
はたして受講生が継続できるかと心配もしたが、
それも杞憂に過ぎず、
「来年も是非、参加したい」とか
「めちゃ、楽しかった」等の言葉を残して、
彼らは山王公園の木立の中に消えていった。

7月17日に空からの贈り物のように、
博多区民センターにやって来た彼らの
やっぱり少しぎこちない顔が懐かしい。
残務整理が、この後一ヶ月も続くわけだが、
その中で、きっと、
ひとりひとりの顔がこれからも浮かぶだろう。

僕としても、久々のワークショップで、
中高生の演劇指導のシステムを忘れていたから、
手探りだったのだ。
だから、7月いっぱいは、演劇はせずに
インプロゲームを中心とする基礎レッスンを行った。
リーダーは栃原。
受講生と同じくぎこちなかったけれど、
徐々に「歩くインプロ」と化していった。
学生劇団員は、昼食時間、彼らのテーブルに分け入って、
いろんな話をする。
オジサンの入り込む余地はない。
後半、岩井が先頭を切って作品指導に入る。
自ら舞台に立ち、
岩井節で、迷宮の氷屋を演じた。

僕?
僕は・・・、そこにいただけ。

(史明)

2010/8/21 (Sat)
はかた演劇ワークショップ明日公演!!

14日間の演劇ワークショップも明日の公演を残すところとなりました。

今日の稽古は場当たり、きっかけ合わせ、返し稽古、通し稽古そしてゲネ。
衣装を着て、舞台用のメイクをして本番通りに通しました。
いくら受講生が中高生で若いと言ってもずっと稽古だと最後の方はクタクタだったみたいです。

ゲネで舞台上で予期せぬハプニングがありました。
・・・といっても「つっつー」の手から「長いゴム」が飛んでしまうというちょっとしたものですが、観ていた私はドキッとしました。

どんな対処をするのか・・・と。

丁度ゲネの前の通し稽古の時に岩井さんのセリフが飛ぶということがあったようで(私は観ていなかったので聞いた話ですが)、岩井さんはうまくアドリブで返したそうです。それを観ていたからなのか、彼女たちは起こったハプニングを何事も無かったようにアドリブで普通にこなしていました。

きっと私が初舞台で同じ事が起こってしまったら、かなりの動揺で固まってしまうと思うのですが、「もりちゃん」はサクッとアドリブで解決していました。
「もりちゃん」やるぅ〜。


ここまで読んで、「?」と思った箇所があったのではないでしょうか?
「もりちゃん」「つっつー」って?と。

気になった方は明日の演劇ワークショップの公演に是非足を運んで下さい!!

今回受付で配布するパンフレットを作成しました。
写真を撮影した時にみんなとても良い笑顔をしていて撮影している私も嬉しくなったのですが、パンフレットを作りながら「もうすぐこの子たちともお別れなのか・・・」と寂しい気持ちになりました。
でも、みんなが笑顔になってくれたワークショップをやってよかったと思いました。
明日は、裏からみんなを支えるよ!!

是非ご来場ください★
8月22日(日)
博多市民センター(山王公園の隣)
開場13:30
開演14:00
入場料無料

2010/8/11 (Wed)
ワークショップ後半突入!!

最近自宅のテレビをつけて見るのは「ゲゲゲの女房」か「銀河鉄道999」かショップチャンネルぐらいです。

ニュースを見ようと思っても都合のよい時間に無かったり、バタバタしていて見ていないということが多々ありました。

それで時間差で知った台風接近。
ワークショップも後半に入り、台本を持って舞台で本格的な稽古が始まった矢先の台風。

「いまの時期にこないでよぉ〜」

悔やまれます。・・・と言っても仕方がない。前向きに考えて行きます。

土曜日から4日連続ワークショップだったので、ちょっと早めのお盆休みですね。
疲れた人は十分に身体を休めて欲しいと思います。

舞台の方は、それぞれ配役が決まりました。
場面で返しながらの稽古スタートです。

いままでに練習してきたことをそれぞれの役になりセリフに乗せて演じていきます。
すごく自然で良い演技をしていると思います。

これから後半で、びっちりと稽古をつけていきます。

8月10日の稽古でみんなを見ていて思ったのは、それぞれみんな仲良くしていること。フォローしあっていること。一生懸命参加して楽しそうに笑っていること。

それに気づいているのは私だけではなく、劇団員みんなだと思います。

これから本番に向けて演出が厳しくなると思いますが、頑張ってついてきて欲しいと思います。



発表公演
日時:
8月22日(日)
14時00開演
場所
博多市民センター
1階ホール

ぜひお越しください。


                         陶野

2010/7/19 (Mon)
始まりました!

7月17日からアントンクルーのワークショップが始まりました。
私は初日所用の為欠席したので、18日から参加しました。

色々なゲームを通して相手とコミュニケーションを取る練習や声を出す練習
舞台の説明などが行われました。

人によって得意なゲーム苦手なゲームがあったようです。
それは劇団員でも同じ。得意不得意があります。
でも、苦手でも一生懸命頑張っている姿がとても良いと思いました。
「自分から参加しよう」という気持ちが大切ですね。

さて、前回書いていたTシャツですが試作品を作りました。

アイロンプリントペーパーに画像をプリントしてアイロンでせっせと付ける。
なかなか良い仕上がりでした。ただ、アイロンプリントの部分だけ風通しがわるくなるので暑いかもしれませんが・・・。

ワークショップは始まってしまいましたが、今から劇団員分作ります。

1枚399円

メンバー+α分を注文したら送料無料になったので良かったです。

Tシャツだけ購入したらこんなに安いのかと思いました。

完成したら日記に載せたいと思います。


                      陶野

2010/7/2 (Fri)
夏が来る!

明日は雨だそうです。
だからかすごく蒸し暑いですね・・・今夜はとっても寝苦しい夜になりそうです。
エアコンを入れると身体がだるくなるし、喉もからからになるので、
できるだけつけないようにしています。しかし・・・今夜頑張れるか私?

明日から高校野球が始まります。
高校3年生にとって最後の夏がやってきます。
3年間の集大成です。みんな頑張ってきたことを悔いが残らないように精一杯出し切って欲しいです。運動が苦手な私にとって、炎天下の中、雨の中、頑張れる彼らはとても尊敬できる存在です。


高校球児の夏が始まります。


そしてアントンクルーの夏のワークショップも始まります。
(繋げ方ムリヤリ?)


昨日は博多市民センターで稽古が行われました。
ホールを確認した後に音楽室を借りてワークショップのコンテンツの稽古をしました。

自分の都合で2回稽古を欠席してしまい久しぶりに参加したのですが、やっぱり身体を動かして声を出す事はストレス発散になのでとても楽しいですね。
しかも一人でやってる訳じゃなくて、みんなで協力して、みんな個性を出して自由に表現出来るということが自分を解放できて良いんでしょうね。

仕事場や家以外にも自分の居場所があり、そこに仲間がいるということの幸せ。
仕事に行き詰まった時に逃げ込める場所があり、好きなことがある幸せ。

大切です。

ワークショップに来てくれる子達にもそういう場所にして欲しいと思います。


アントンクルーTシャツ製作担当に任命された陶野でした!
「次回予告
 ネットで格安Tシャツ1枚399円だったので試しに2枚買ってみようと思ったら、送料1990円だったの巻き(実話)」

2010/6/20 (Sun)
よくわからないのだが・・・

昨日は、
ぽんプラザ10周年記念の一環として開催された
「パネル・トーク」があった。
内容は、ほぼ予想通りだったので、
感想を述べるほどのことはない。

この「パネル・トーク」を皮切りに、
さまざまな企画が
記念行事の括りの下に9月上旬まで行われるらしい。
素晴らしいことである。
福岡で演劇を続けていく者として、
関係者の努力に頭が下がる。
僕は、望まれるままに「FPAP」を作ったわけだが、
なかよしこよしの子供の遊びの延長もここまでなると、
それはそれで敬服に値する。

中身はなくとも形があれば、
世間は素晴らしいと思うものだから、
こうして形を作ることができれば、まずは良しとすべき。
短期間に多くの人を欺くことはできる。
長期間にわたって、一握りの人を欺くことはできる。
しかし、
長期間にわたって、
多くの人を欺き続けることはできない。
できれば、一連のこうした動きが
少しでも永続することを願うばかりである。
継続していれば、
その間に表現者は力をつけることができる。
少なくともその可能性を残せることになろう。

愚かな人間は愚かなことで感動するし、
さらに悪いことに、愚かであることに気づかない。
ネット社会の問題点は、いろいろあるが、
こういうこともそのひとつだろうな。
指が月を指すとき、愚者は指を見るという。
でも、きっとそれは正しいことなのだ。
だって、そうでしょ、
毛沢東だって、ヒットラーだって、
月を指差したのだから。
ネットであれこれ話される感想の類は、
指を見ないで月を見ているのかもしれない。

チェーホフは、24歳のときに吐血してから、
49歳で死ぬまで、死の淵から人間というものを眺めてきた。
だから、100年たっても
彼の描く世界は、僕らを深いところで感動させる。
死の淵から見れば、すべては儚く愚かしい。
でも、チェーホフは生きていかねばならなかったし、
書かずにいられなかった。

よくわからいのだが、
そういう場所で芝居を作り続けていかなければ、
世界を変えることはできないのだろう。
そして、僕も岩井も演劇を通じて、
世界を変えたいと思っている。
照れくさくて、話したことはないけれど、
そうじゃないかね、わが同志。

(史明)

2010/6/17 (Thu)
しずのおだまき

最近、必要があって、
『義経記』を読むことがあった。
義経が静御前を都に返す場面です。
その場面ではないんだけど、一首の和歌を思い出した。
たしか、その後、囚われの身となった静御前が、
鎌倉で頼朝の前で舞い歌ったとされる歌だ。

しずやしずしずのおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな
・・・だったかしら(笑)

歌意は後半にある。
楽しかった昔を思い出す術はないものか・・・ですね。

『伊勢物語』の本歌よりはこっちの方が好きだな。
なんだか、響きがあるし。

僕は基本的に、今がいちばん良いと思っているんだが、
この歌に籠められた思いはよく分かる。
時々、疲れた時など、心に染みるときがある。

先日、井上一さんのスタジオを岩井と二人で尋ねた。
かの井上孝治さんの息子さんである。
井上孝治さんは、三歳で聴力と語るべき言葉を失いながら、
昭和30年代から40年代にかけて
数々の国際的な写真コンペで入賞を果たしたアマチュアカメラマン。
福岡在住だった。
題材はほとんどが、福岡市内や筑紫郡における日常生活の一コマ。
写真集は3冊出ていて、
当面、僕が触れたいのは
『思い出の町』と『こどものいた町』。・・・
・・・そこには、高度成長期を前にした、
暖かい血の流れる人々がいる。
でも、「昔を今になすよしもがな」ではないんだなぁ、それは。
演劇ワークショップで狙うのは、
こうした人々との「交感」なんです。
そのために井上さんを訪ねたし、
井上孝治さんの写真を求めた。

何事でもそうだけど、
そんなにうまくはいかないかもしれない。
でも、少なくとも、やってみる価値はある。
結果なんて誰にも分からないのだから。
だってさ、地震と同じですよ。
エネルギーは同じでも、
作用する場所によって生じる現象は違う。
島がひとつ消えてしまうこともあれば、
島がひとつ生まれることもある。

(史明)

2010/6/7 (Mon)
音楽は思い出にならない

ついに水無月です。
ワークショップまで残すところ、一ヶ月なんですね。
その間の個人的なスケジュールを考えると、気が遠くなる。
上旬に神戸へ2泊3日。下旬に東京へ3泊4日。
ヤレヤレである。

ところで、今日は音楽の話。
僕は何よりも台詞(言葉)を大事にする演出家だと
密かに自負しているのだが、
それと同時に、僕の芝居では音楽が重要なエレメントとなる。

アントンは昭和歌謡、JPOPの泰斗である勘タンや
60年代から70年代のロックシーンに詳しい岩井など、
強力な布陣を有しているわけだが、
僕はクラシックとジャズがその守備範囲です。

ずっと以前は、この台詞のこの言葉からFI(フェードイン)とか、
この台詞の後、2秒おいて、CI(カットイン)とか、
この台詞とこの台詞の間に4秒間合いを取って、
その間に、この曲のこの部分を80パーセントのボリュームで、とか、
すべて計算して音響に指示を出していた。
もちろん、根拠はありません。
しかし、誰がなんと言おうと、そうでなければならなかった。
シャンパンに用途なんてない、
栓を抜くべき時があるだけだ、という言葉があるが、
それと同じです。
僕の中ではこのシーンにはこの曲の、ここを使うしかないという
判断が厳然とあるわけです。

最近はその判断が甘くなってきたという感じがする。
次回作品『アントンのワーニャ』では、原点回帰だな。

今、この日記を書いているBGMは、
モーツァルトの“オーボエ協奏曲”だ。
もちろん、これは“フルート協奏曲第2番”と同一曲だが、本当に美しい。
この曲をはじめて聴いたのは、
綱場町にある「シャコンヌ」という喫茶店だった。
学校をサボった、雨の日の午後だったと思う。
僕は16才だった。
でも、音楽っていつまでたっても思い出にはならない。

(史明)

2010/6/1 (Tue)
Othello

5月29日、福岡女学院ギール記念講堂にて、イギリスの劇団 International Theatre Company London による英語劇「オセロー」が上演された。
この劇団、たった6〜7名ですべての役をこなしてしまう。舞台はほとんど装置のない裸舞台だが、劇の世界が目の前にひろがってくる。なかなかのものだ。

福岡女学院大学と西南学院大学が1年交代で開催校をつとめており、今年は福岡女学院大学の番というわけだ。

今まで福岡女学院で上演された「ロミオとジュリエット」「じゃじゃ馬ならし」「ハムレット」、どれもよかったが、今回は少し不安だった。
というのは、去年西南で観た「ロミオとジュリエット」があまり良くなかったから。「この人たち、かなり腕が落ちたな」と思った。
あんまりつまらないので休憩のとき、会場を出てしまった。(西南の関係者各位、スビバセン)

でもその心配は無用だった。今回の公演は今までで一番良かったな。

終演後、大橋で役者たちと飲んだ。
この人たち、これからヨーロッパに渡り、中南米に飛び、またヨーロッパに戻るというすごいスケジュールをこなすらしい。

稽古はせりふだけで7週間かけ、それから楽器をあわせた稽古に入るという。7人の役者がみな楽器を演奏して、自分が登場していない場面では伴奏する。歌も歌う。ダンスもやる。

われわれも踊って歌って弾ける劇団になりたいと思った夜でした。

(岩井)

2010/5/25 (Tue)
14+

劇団爆走蝸牛さんの「14+(フォーティーンプラス)」を見てきました(23日、ぽんプラザ)。
なかなかでした。こういう芝居は福岡ではバクカタさんの独壇場ですね。
去年、甘棠館の「砂の楽園」に客演させてもらったので、懐かしさ半分、新鮮さ半分でした。

「フォーティーンプラス」というタイトル、「ハムレット」の最後に出てくるフォーティーンブラスと何か関係があるのかしらと思って見ていたら、やっぱり最後に人が死にました。
「プ」と「ブ」の違いは屁の大きさの違いに似て、「プ」は死んだのが一人、「ブ」は大量殺戮。

臭います。とても臭います。

と、思っていたら案の定、バクカタさんは「劇団爆走蝸牛」から「フォーティーンプラス」(あるいは「14+」か)に劇団名を変えるのだそうです。
「砂の楽園」を見てくれた宮沢章夫さんが、「いい劇団なのだけれど名前がダサイ」というふうなことをブログで書いておられたのを思い出しました。
あれは去年の12月はじめ。それから臭っていた。

個人的には「劇団爆走蝸牛」が好きだけど、「フォーティーンプラス」、応援しますぜ。
というかうちの劇団も負けられんな。

(岩井)

2010/5/15 (Sat)
五月の詩

五月は僕のもっとも好きな季節です。
なにより風が良い。

演劇をはじめたころ、演劇は風の芸術だから、
ビデオなどの記録媒体には
残すべきではないと思っていた。
今でも、その考えは変わらないけれど、
舞台の記録が必要になることがあるんです。
たとえば、何らかの申請をするとき。

でもね、人生と同じように一回性のものだから、
あのとき、こうすれば良かったと、
口をついて出るのは、つまらない仮定法ばかり。

ともあれ、五月の話。
三木露風という詩人がいます。
夕焼け小焼けの『赤とんぼ』の作者。
彼の作品に、『接吻の後に』という作品がある。
こんな詩です。

「眠りたまふや」/「否」といふ/皐月/花咲く、/
日なかごろ、/湖べの草に、/日の下に、/「目閉ぢ死なむ」と/
君こたふ

説明するまでもない。
美しい五月の光が降り注ぐ正午ごろ。
花咲く湖のそばの草の上。
・・・「眠ってるの?」と訊くと
「いいえ、このまま死んでしまいたいの」

人は本当に幸福の海に浸るとき、
ほとんど言葉を失うものです。
言葉は力を持つものだけど、時として無力にもなる。
たくさんの言葉なんかより、
手のぬくもりの方が、どれだけ愛を雄弁に語ることか。

想いが胸にあふれるとき、その重さと釣り合うように、
僕らは沈黙に耐えなければならない。

それで、時々思うんですね。

舞台に立って、役者は簡単に言葉を発していないだろうか。
言葉についての想いをどれだけ考えているんだろう。
沈黙にまさる言葉を発しているのだろうか。。。

(史明)

2010/5/1 (Sat)
夢は過去からやってくる

今日、ちょうど美しい夕陽の沈むころ、
夕陽を追いかけて走っていた。
もちろん、車です(笑)、
車じゃなければ、まさに青春ですね。
夕陽に向かって走って、バカヤロゥゥー、とかネ。

人間の一生は自己の青春を救済するためにある、
というテーゼがある。
失ってはじめて、失ったものの大切さを知る、
というのもよく言われることだ。
これはつまり、同じことかもしれないですね。

 あの青い空の波のような音が聞こえるあたりに
 何かとんでもないおとし物を僕はしてきたらしい。

谷川俊太郎さんの「かなしみ」という詩の一節。

それは、確かなことだけれど、
たとえば、五月の風の渡る空のどこかに、
なんだかとんでもない落し物をしてきたような
透明なかなしみがあります。

くりかえさない時間、かけがえのない時間・・・

どんなに解釈の卓越した哲学者だって、
どんなに煩悩を超越した宗教家だって、
過ぎてしまわなければ分からないことが
ありそうな気がするんですね。
失ってはじめて失ったものの大切さがわかることも。
だからこそ、
人は死ぬまで、自分の青春を語り続けるのかもしれない。

かなわなかった夢、見果てぬ夢・・・

そういえば、「Song For USA」で、チェッカーズが唄っていたなぁ(笑)

♪見果てぬ夢を夢中で話してたね〜♪

でもね、夢は青春の専売特許ではないですよね。
誰にだって、ささやかなものかもしれないが夢はあるはずです。

・・・だから、夢は過去からやってくる。
そして、未来へ歩いて行く。

(史明)

2010/4/29 (Thu)
晴れた日には永遠が見える

僕が住んでいるマンションの玄関側からは海が見える。
晴れた日には、波光がきらめく。
ヴェランダ側の正面は油山で、その奥に背振山系が控えている。
今日は良いお天気で、空は永遠が見えるくらいに晴れていて、
チェーホフのいう握り拳みたいな雲が流れている。
風が強いのだ。
雲は東から西へあこがれのように流れている。
今日は、ひさびさの良い天気。

最近、稽古場が充実している。
稽古の前半は、夏のワークショップのためのコンテンツの練習。
劇団員ではないけれど、
サポートしてくれる人たちの参加もあって。
コンテンツも徐々に洗練されつつある。

演劇ワークショップでは、さまざまなことが可能だが、
たとえば財団のワークショップなんかでは、
表現力やコミュニケーション能力を拡充させるのが中心らしい。
(あくまで「らしい」です)
でも、それって、どうなんだろう? と思うことがある。
端的に言えば、どうも違っているような気がするのだ。
演劇という芸術の実質的な効用(というのかしら)
はいくつもあるけれど、その中で最も重要な要素は、
「他者理解」ではないだろうか。
コミュニケーションの拡充は
そのことを実現するためにありそうな気がする。
「他者理解」ということを押さえていないと、
楽しい、声が出せるようになって嬉しかった・・・などという感想は
そうか、体育の授業とはちょっと違うね、
というレベルになってしまいます。
考えてみれば、ワークショップの会場で動き回るのは
教室で机に座って考える授業よりは、楽しいに決まっていて、
でもそれは、いってみればそれだけの話で、
社会教育の集団ゲームとどこが違うのだろうと思う。

要するに、構成する人間の人間力と知恵の問題に
還元できるのではないかと思うわけです。

がんばろっと(笑)

(史明)

2010/4/24 (Sat)
ひとりごと

新年度が始まり、色んな今年初めてを体験する4月。
桜が思いの外、長く満開の状態で咲いていたので色々な場所で楽しむことが出来ました。
気持ちもちょっぴりドキドキ・ワクワク。

そんなスタートをしたのに何故毎日寒いのでしょう・・・。

春だというのにセーター。
春だというのにハイネック。

もともと地味な格好をしているので「今年は!」と若者風(←こう言ってる事がもう若くない)の服を沢山購入。
・・・ですが若者のように春仕様の薄着になれないでいます。

そうそう冬に購入したハイヒールも今日初めて履いてみました。
履いた感想は

「靴下が脱げる」

どうやら私のかかとは出っ張りがないようで、バンドがないと「すぽっ」と脱げてしまうようです。

歩くたびにストッキング地の靴下が脱げる。

想像はしていましたが、残念な結果でした。
でも折角なのでもう少し研究してみます。

次回は、もう少し演劇に関することが書けたらいいなぁと思っています。

                              陶野

2010/4/20 (Tue)
黒澤明 vs ハリウッド

 田草川弘『黒澤明 vs ハリウッド』(文春文庫)、お奨めです。
 2006年に初版が出たときから気になっていたのだけれど、すっかり忘れていて、この度文庫本が出たので買って読んだ次第。
 クロサワが大作『トラ・トラ・トラ!』の監督を降りる(正確には20世紀フォックスから解任される)までの顛末を検証しているのですが、全600頁弱、読み応えがありましたなあ。
 内容は多岐にわたっているのですが、何より印象的だったのは、クロサワの書いた膨大な台本をプロデューサーのエルモ・ウイリアムズとフォックス社長のダリル・ザナックが逐一添削してはもどし、それにクロサワが応えるくだり。何度も往復する。この人たちには台本の字面だけで一瞬にして絵が浮かんでしまうのですね。
 その理解力とパワーに比べれば、我々が芝居の台本を書く作業など屁のようなものです。
 それを調べあげ、一冊の本にした田草川さんの理解力とパワーも。
 書き手と対象との距離感がいまひとつとれていないきらいはありますが、圧倒的なノンフィクションです。
 ほんと、屁みないな芝居を作ってちゃダメだと、つくづく思った次第。
(岩井)

2010/3/20 (Sat)
この夏に

この夏に演劇ワークショップ(TWS)を計画している。
企画段階を終わって、劇団としてすでに動き始めている。

TWSのコンテンツの必要性から、
先日、福岡市内のある地域に住む古老の話を聴く機会を持った。
聴き手は、僕と岩井である。
僕にとっては懐かしい話が多かった。
その地域は、僕が少年時代に過ごしたところであったから。
昔は道がもっと広かっただの、小川が流れていただの、
当時の記憶をたどって、その落差を感じることはよくあることだが、
僕の場合、馴染んだ風景は、今はもうどこにもない。
思い出す欠片さえないのだった。
そのことは、自分の人生を夢のように思わせる。

人格形成期の体験はかけがえのないもので、
人格の核を作っているだろうに。

TWSはティーンエージャーを対象としたもの。
僕らがフェシリテーターとして実施する。

彼らにとって「昭和後期」は、すでに教科書の中にある近い昔である。
僕にとって「戦後の占領時代」がそうである、そんな感じだろうか。
このTWSでは、地域とそこに生きる(生きた)人間を
かけがえのない空間と時間の交差点で生きる今の彼らの、
そして、もちろん僕らの「生」を、改めて発見するような形にしたいのです。
レトロスペクティブに陥ることなく。
たぶん、それは演劇でしか出来ないことだろうとも思う。
芸術としての演劇ではないかもしれないが、しかし、
それは演劇の敗北ではなく、演劇の栄光、のような気がする。

ところで、
この日記を読む人は極めて限られているだろうが、
TWSに興味のある人は、
安永か、劇団アントンクルーまでご連絡下さい。

(史明)

2010/3/2 (Tue)
なにしろ、弥生三月、春の月

昨日、3月1日は、
福岡県の多くの公立高校で卒業式があったそうな。
高校の卒業式なんて、
たどりきれない時間の地層の中に埋もれて、
まるで、白亜紀がジュラ紀みたいな昔の話(僕の場合です)
僕とは無関係ながら、卒業する高校生の人生が
実りのある豊かなものであるように、と思います。

新しい環境に出会うのに、
まるで蛹が蝶になるように、
華麗な変身というわけにはいかないだろうけど、
まずは、一切合切を捨ててみるのも一案かもしれない。
捨てようと思って捨てられないものなんて、
世の中にはほとんどないのだしね。
一度ものを捨て始めると、ついでに、なんてね。
ギャンブルで持ち金の大半をすってしまった人間が
残った金を捨て鉢に放り出してしまうのと
もしかしたら同じ心理なのかもしれないです。
中途半端にものを抱えているのがおっくうになってしまうというか。
どんなことを考えてるのかなぁ、最近の高校生は。

最近、あるところに短いエッセイを書いた。
ジョン・レノンが死んで30年という書き出しだったんだが、
あれ、読みましたよ・・・うふふ、という言葉の後に、
彼女は「あたし、その年に生まれました!」と付け加えた。
ヤレヤレである。
1980年12月8日、ニュースを知ったとき、
僕は、武蔵境という、
当時はとても地味なJR駅前の「富士食堂」という洋食屋で、
スパゲッティ(パスタではありません)を食べていたのに。
「あ、あ、そうなんだ」と答えるしかありません・・・そして、
遠くにあるものを見つめるように目を細めるしかありませんよね。

一月は行き、二月は逃げた。風のように過ぎていく。
ともあれ、弥生三月。
昨日、卒業した高校生も、
おそらくひと月の後には未来を生きるんだろう。
今は、難しい時代かもしれないが、
でも、僕らの時代だって、それなりに困難な時代だった。
そうなんです。いつだって、若者には、
太陽の匂いがするような
座り心地のよいソファは用意されてはいないんですね。
せめて、空を渡る風の励ましを贈りたい。

そういえば、
二月の終わりの日に、「東の空、満月がキレイです」
というメールが届いた。
見上げると、東の空には、美しい月がかかっていた。

弥生三月、春の月。

僕の人生に残された時を大事にしたい。

              史明

2010/2/14 (Sun)
偶感

僕はときどき思うのだけれど、
この日記のページで、「演劇」のことを書くことが少ない。
だって、演劇について考えたことは、
舞台の上で表現すればいいことだし、と思うのですね。

それでも、今日は少しは「演劇」のことを。

この半年でいくつもの公演を見た。
いろいろあった。
それぞれに、僕なりの感想はあるのだが、
書かれる言葉は、そのまま自分に返ってくるし、
・・・いや、とりあえず自分のことは棚に上げる
というスタンスはあるにしてもですよ・・・、
恐ろしくて書けない。

でも、まぁ、
ちっとも面白くないわけですよ、これが。
その場その場の状況の食い違いやズレを表現した
「箱庭演劇」の大流行の時代。
中途半端な台本の読み込みに気づきもしない。
日常の表現をそのまま無自覚に舞台に持ち込み、
演技というものの構造も理解してない芝居が多くてネ。
いつからこうなったのだろうと思います。
でも、こんなことを書くのは、
たぶん僕が若くはないと言うことなんだろうなぁ。

ドラマドクターというのがこれまた流行で。
そういえば、昔、「KINDO芝居」というのがありませんでした?
あれもドラマドクターシステムだったのかな?
今、流行ということは、
やっと時代と足並みが添ったということだろうか。
でも、ドラマドクターと言ったって、
たかだか、東京や大阪で有名なだけで、
つまり、有名ということは、
評論家や、新聞に取り上げられている演劇人というだけ
・・・かもしれない。
ドクターに診断してもらうというのは、
それは自ら勉強もせず、
足りないところがあると自覚しているからなんだろうか?
悪いことに、それに拍車をかけるように、
ネットや新聞でそのことを取り上げる。
それは批評じゃなくて極めて個人的な感想なんだろうけど、
「いい」と書かれると、おまえ、何を根拠にそこまで言えるの?
と、ついつい思ってしまいます。
だいたい、劇団が2〜3ヶ月かかって創ってきたモノを
2〜3百字で良かっただの悪かっただの言われてもねぇ。
これが「ああいうの、好きだなぁ」だったら、
そうか、君の好みなんだね、と言えるんだけど。
それにしても、テレビドラマじゃあるまいし、
演劇を眺めて、言葉を発する観客にも
「観客ドクター」がいるのではないかしら。

ともあれ、こうした現象は、
なにも演劇に限らずと言ったところ。
日本の文化領域に広く偏在しているような気がする。
それは日常のテレビを見れば、わかる。
バンクーバーオリンピックは、
世界最高のアスリートの技術と体力、能力を見られるから、
すごく面白いのだけれど、
テレビの進行役は、ちょっと黙っていてほしい。
感動のバーゲンセールだ。
あれじゃ、本当に感動したときに
語るべき言葉がなかろうと思うのですが。

パクス何々という概念があって、
それが続いた試しがないというのが歴史の教えるところ。
どのようなものであれ、いずれは黄昏を迎える。
最近思うのだけれど、
日本が営々と西洋に学んできた演劇文化というものは、
中途半端なままに、すでに黄昏を迎えているんじゃないだろか。

どこかで読んだけれど、日本の伝統文化は「ポスト・モダン」だと。
あ、それって分かるなあと思います。
だからといって、伝統文化を死守せよというのは、
これはアナクロですが。

昨年末に、
ハロルド・ピンターの後期作品集3巻が発刊された。
単なるつまらない不倫芝居の台本にも、
人間の存在の不条理性とか、魂の欠落とか、
要するに、人間の存在を突き詰めた表現がある。
面白い。
昨今の演劇作品と比較すべくもないけれど、
演劇って、そういう物だからこそ、
ギリシア時代から生き残ってきたのではないかしら。
少なくとも、「箱庭芝居」や、わけの分からない「現代口語演劇」
というものとは違うような気もする。

じゃあ、おまえの創るモノはどうなんだ?
と言われると、言葉に詰まります。
前回公演よりも、なんでもいいから一つでも優れたところを
達成したいという思いは、いつも変わらない。
自分たちでコツコツと積み上げていくしかありませんね。

                  史明

2010/2/6 (Sat)
エキストラ

お久しぶりです。川中です。

岩井さんが『凄い金魚』に出演中の稽古休み期間のため、
チョット教えてもらった韓国ドラマのエキストラに参加してきました。
(もちろん、『凄い金魚』観に行きましたよ。)


昨日から飯塚市ロケを行っていて、月曜まで福岡県内ロケをするようです。
私は、本日のみ櫛田神社で花婿役のイム・ジュファンくんの親族らしき配役。
もらったセリフは「おめでとうございます。」と
本殿内の花婿側の参列者(5人のうちの1人)、白竜さん家族のトイメンです。

午後からは見学者と参拝者で混乱しておりました。
(制作側でなくて良かったと思いましたね。申し訳ないけど。)
ほとんど、屋外なので寒かったですが、
しばらく、役から離れていたので新鮮でした。

ちなみに、日本で放送されるかは未定なので、
どれだけ使われたかは確認できないようです。
(使われても後頭部だけとかでしょうけど。)

タイトル:邦題が『日韓結婚大作戦』または『玄界灘結婚戦争』
出 演:イム・ジュファン、秋葉里枝、ベグ・イルソブ、白竜、奈良冨士子
   ほか
放 送:韓国文化放送(MBC)で3月1日、2日放送予定

ちなみに4月にTNCで出演者の高杢さん出演の番組で紹介されるようではあります。

2010/2/3 (Wed)
久しぶりです!

こんにちは!
望月ゆうさくです。
久しぶりに日記を書きます。

2009年にアメリカノースカロライナで開かれたジャグリングの世界大会IJAのDVDが販売され始め、日本でもついに購入することが出来る様になりました。

実は僕はその大会で最も権威のあるチャンピオンシップに出場しまして、ありがたいことに世界3位の称号を頂くことができました。

そして、このDVDには僕も映っているのですが、じつはこのDVDは著作権の問題により音楽差し替えの映像なんです。

そのため実際に使われていた音楽とは違うし、会場の音声も入ってません。

だから今回、僕がIJA当日隠し撮りした映像の音声を使って実際の音源と雰囲気で作った映像をyoutube(動画サイト)にアップしてみました!

しかし、僕はコレをネット上にあげることに対して、正直なやみました。

これを見た方がどうおもうのだろう・・・

え・・!?これが世界3位!?

こんなふうにおもわれたらどうしよう・・・

でもそれって一つの逃げなんですよね。

批評されるのも進歩する為には必要じゃないか。

そんなことを考えるようになりました。

だからこの度世界大会の映像をあげます。

できたらyoutubeのほうにコメント、評価していただけると助かります。

それがこれからの望月ゆうさくの活きるエナジーになります。

初心を忘れずに頑張ります。





望月ゆうさく

2010/1/30 (Sat)


大名を歩いている時にとても安い靴屋さんを発見しました。

そこの靴屋さんはとても狭く店内には女性用の靴のみ。
パンプスで安い物だと2000円で買える物もあるお店です。

いつもスニーカーを履いている私。

昔からヒールの高い靴にあこがれがありました。
大人の女性って感じです。
しかし、職業柄いつも運動靴だし、足が痛くなるし・・・。と言い訳ばかりして低いパンプスかペタ靴しか持っていません。

ある人は言います。
「我慢することもファッションのひとつ!!」と。

根性なしの私ですが「やっぱり人生一度しかないし」(そんなに言う程大げさなことではない)と思い、たまたま見つけたその靴屋さんで運命的に出会ったパンプスを購入しました。

革やエナメルではなくチェックの布の靴で、すごく気に入って購入!

なのに・・・。

購入して2週間が立ちますが、まだ一度も履いていません。

あぁ、何て根性なし。

2週間の中で仕事以外で外出する機会は沢山あったのに、毎日眺めています。

履きたい気持ちはあるんです!
でも高いヒールを履き慣れていないので「一人で歩いていてコケたりらどうしよう」という気持ちがあって二の足を踏んでいます。

まぁ、遠くに行かずに近所を歩いて練習すればいいんですけどね。

明日晴れたらその靴を履いて散歩をしてみようと思います。

コケずに何歩歩けるかなぁ。


陶野

2010/1/25 (Mon)
映画のことなど・・・

先日、若い友人と映画のことを話す機会があった。
もっとも、僕は最近の映画を見ていないので、
話はもっぱら古い映画の話。
こういうのって、ちょっとフェアじゃないですね。
僕は見たけれど、君は見ていない、みたいな。
それでも、喜んでくれたから嬉しかったけど。

いつかのパンフレットに書いたことがありますが、
僕は若い頃、ずいぶん映画を見た。
当時すでに、名画座の小屋にかかっていた作品から、
最先端の映画まで。
でも、覚えているのは、
安物の赤いビニールシートのスプリングの悪い座席や、
コーヒーなどのこぼれたシミ跡が残るコンクリートの床。
テトラパック牛乳(知っているかなぁ)とカレーパン。
つまり、昼食を節約して映画代にまわしていたというわけです。

それでも、我ながら不思議なんだけど、
映画作家や制作者になろうとは思わなかった。
ただただ、映画を見ていただけ。
ちっとも生産的じゃない。
いまどきの就活なんてやったこともない。
ただただ、映画を見ていただけ。

たまたま縁が出来た脚本家の石森史郎先生から、
大学で講義しているから、聞きに来なさいと言われ、
『ギリシア悲劇』の講義を受けたのはその頃だった。
そういえば、先生と一緒に渋谷のNHKの喫茶室で
『水色の時』でデビューする直前の大竹しのぶと話しましたね。
なんにも印象に残っていない。ちょっと情けない気もする。

石森史郎先生の作品に『約束』という名作がある。
岸 恵子と萩原健一の
せつないというにはあまりにも痛々しいラブストーリーだ。
斉藤耕一のカメラも良かった。
あんな作品は、今の日本映画にはないですね。
今の日本人には創れないのかもしれない。

山田太一の編集したアンソロジーに、
『生きることの悲しみ』というのがあるが、
本当の哀しみを知っている人だけが、
本当の喜びを知っているような気がする。
最近のテレビなんかで放映されるのは、
安直な「泣けるナントカ〜」という皮相文化。

人の心の深い井戸まで降りていかない。

(史明)

2010/1/11 (Mon)
がっくり・・・

昨日のことだが、劇団のイベントの打ち合わせをした。
このイベントについては、
そのうち誰か書くだろうから、ここでは書かない。
打ち合わせ中で、
僕は今年の上演計画について話した。
おおむね、好印象で、
みんな(まあ、役員だけですが)の意見が一致した。

ところがである。

分かってしまったのだ。

僕らが上演しようと計画していた作品が、
すでに東京での上演が計画されていたのだ。
キャスティングまで決まってるだって。ヤレヤレ。
それも、演出は栗山民也さん・・・。
彼が福岡に来たときには、
たいてい一緒に食事したり、旧交を温めている仲です。

嗚呼、已矣哉。

その作品は、たぶん、劇団でするとしたら
アントンしか出来なかったろうと思う。
栗山さんも、プロデュース・システムでする予定みたいだ。

もう、がっかりよ。

悪い予感というものは、
良い予感よりずっと高い確率で的中する。

こういう時、
僕は、亡き武満 徹の「明日ハ晴レカナ曇リカナ」を唄います。

ヤレヤレ。

                   (史明)

2010/1/5 (Tue)
ひとつのシーン

アイルランドの古い田舎町には必ず、パブがあるそうだ。
そして、そこには、必ずといっていいほど、
数々の試練を乗り越えてやっとここまで辿り着きましたという
風情の木製のカウンターがある。
男達の汗を受け止め、涙を沁み込ませ、
出口のない愚痴や分かりやすい法螺話を聞いてきたはずだ。

老人は、そんなカウンターの端っこに座って、
きっかり20分で、
シングルショットのアイリッシュ・ウヰスキーを
のどに流し込む。
一口飲んでは何かを考え。
そして、また一口飲んではじっと考える。

もちろん、何を考えているかは分からない。
あるいは、当人も分かっていないのかもしれない。
失われた時間の重さや、懐かしい女の笑い声などと
考えるのは、安直だ。
言葉にならない思いというものがある。

言葉にならないというのは、
しかし、正確ではないかもしれない。
言葉にしてはならない、と言うべきだろうか。
老人は、多くの言葉を厚ぼったいフィッシュマンセーターの
編み目のひとつひとつに封じ込める。
そして、抱えたままで死んで行くのだ。

口に出してしまえば、簡単なことかもしれない。
けれど、
言うことによって、心がこぼれていく。
経験から、そのことは分かっているし、
言葉に出すことから生じる苦い時間に
もはや耐えられないのかもしれない。

こうしてきっかり20分で飲み終えて、家に帰るのだ。
帰って、冷たいシーツの中に滑り込む。
若ければ、
雨ざらしの枕木のようにぐっすりと眠ることもできようが。

(史明)

2010/1/3 (Sun)
海を見ていた

それなりに空気は張り詰めて、
冬の冷気を感じはするが、穏やかな三が日だ。

考えねばならないこともあり、ひとりで糸島の海岸を走った。
常日頃、たいして運動もしていない、
とうに還暦を過ぎた僕のことですから、
3キロも走れば、視野狭窄になり、
首筋の頸動脈は、大火を知らせる江戸時代の半鐘のように
音を立てて脈打つわけです。
・・・だから、もちろん「走る」と言っても、愛車にCDを積み込んで、
誰にも教えていないビュー・ポイントへ向かうというわけです。
(ここはすごく良いポイントです。教えないよ〜。えへへ)

昨年末、本当にギリギリまでかかって、アントンの再編を行った。
我ながら、ずいぶん思い切った決断だった。
それが良かったのかどうかは、分からない。
でも、たぶん、こういう時たいてい、うまくいかない場合が多いのだ。
「待ち」の思想の信奉者である僕としたことが、と思うのだが。
でも、やらないわけにはいかなかった。
人は正しいことばかりでしているわけではない。
正しくないことをしないことには世界が見えてこないことがあるから。
僕も正しくないことをしてきた。そうしないわけにはいかなかった。
それが、たぶん・・・だけど、人間というものかもしれない。
でもですね、弁証法的にワッと心の中で声が聞こえたんです。
きっと上手くいくと。

決断にあたっては、
最終的にはひとりひとりの人生の在り方や、モラルや、経験や、
それぞれの想像力やそれぞれの価値観が決めることだった。
たぶん、これは恋に似ている。
自分で考えて自分で判断しなければならない。
恋をするということはそういうことだから。
息をのむような素晴らしい思いをするのも自分なら、
深い闇の中で生き惑うのも自分だ。

僕はそうならないように努力はしているものの、
基本的にはろくでもないヤツだし、
偏狭な世界観や、他人に対する無神経な押しつけをすることがあって、
しょっちゅう、みんなにがっかりされている。
いい加減で、でたらめなこともしている。
嘘もつくし、約束も破る。
身勝手だし、いろんな人を傷つけてもきたし、
自己弁護はする。愚痴は言う。
意識的に他人を利用したりはしないけれど、
しなかったという自信もない。
それでも、どうやら、僕を代表として
アントンの組織は新メンバーで始動する。

第一次世界大戦を戦った人々は、
「これがすべての戦争を終わらせるための戦争なんだ」と
自分に言い聞かせて戦った。
しかし、言うまでもなく歴史はそうはいかなかった。
人の判断なんて、当てにならない。

沈む夕陽を見ながらカーステレオから流れていたのは、
ショパンのピアノ・コンチェルト一番。第二楽章です。
年を取っても、胸に迫って泣きそうになることはある。

あとは、月の裏側にある岩みたいに黙るだけだ。

(史明)

※新メンバーは、近々サイトで。

2010/1/3 (Sun)
明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。
昨年は劇を見て頂いたり、お手伝い頂いたり、また客演として出演して頂いたり、本当にありがとうございました。
本年もよろしくお願いします。
そしてみなさまにとって良い年になりますよう心からお祈り申し上げます。

という私は後厄なので一番危険な年になるかもしれないんですが・・・。

私事ですが今年も沢山年賀状を頂きました。
三分の一ぐらいが写真で「結婚しました」や「新しい家族が増えました」など近況報告のはがきでした。
「どうしているのかな?」と思っている人の顔が見えるって素敵だし、嬉しいものですね。
私はというと本を購入してきて選んで印刷しています。
年賀状って何となくセンスを問われる気がしていつも真剣に絵柄を悩んでしまいます。
すごく派手な物を選びたがる私。目立ちたいのかしら・・・。

年末急に友人に頼まれ写真を撮って年賀状を作りました。
それが自分が思うより格好良くできて「来年用は自分で撮影して作る?!」
と創作意欲が上がってきています。

さて、新年になり私の最初の舞台というと同じ劇団員のゆうさくの実験映像の出演です。年末にも撮影をしたのでその続きになります。
お母さん役です。
ビデオやカメラを使って作っているので表情や動きを逐一確認することができ、確認しながら進めていっているのですが驚くシーンなど自分がビックリするくらい表情が無くて自分の演技力のなさにガッカリきました。
そこで安易ですが今年の目標が出来ました。
「表情を豊かに」
眉間に皺を寄せていることが多かった去年。
今年は表情豊かに日頃から意識していきたいと思います。

不自然にならない程度に・・・。

                        陶野

2010/1/1 (Fri)
風に吹かれて

なんだか、1950年代の雰囲気ですね、タイトルが。
分かる人には分かると思うけれど(笑)

昨年の1月1日の日記のタイトルが、
「風を待つ・・・」だったから、それにリンクさせただけです。

時期は不明だけど、今年は、
一年間の休業を経て、現場に戻る。
休業中の目的は思ったほど達成できなかったけれど、
その意味では暫定的なため息をつくのだけれど、
ともあれ、現場に戻る。

ブルーハーツが唄っている。
「諦めきれないものは諦めきれないと諦める」
なかなかイイ言葉です(笑)
別に諦めたわけじゃないけれど、
好きなものは好きだしね。

『北風と太陽』で、
「じゃあ、北風にとってびゅうびゅう吹く以外に
どういう選択肢があったのだ?」と問われると、
深く考え込んでしまうでしょ?
それと同じですよ。

今年の終わり、
あるべき姿でひっそりと、
けれど確かに存在する自分でありたい、
そう思っています。

(史明)

2009/12/30 (Wed)
新生アントンへ

今年も暮れようとしている。
さてさて、今年の成果は何であったろうか・・・。
結成して10年。
それは物語でもあるし、ささやかな歴史でもある。

歴史というのは血なまぐさい残虐行為に満ちている。
そういうものに目をつぶっていくことは簡単だけど、
でも、そのような行為が実在するという深い認識がなければ、
本当の意味での平和や平穏は確保できない。
物語もしかり。

さまざまな人がドアを敲き、
さまざまな人がドアを閉じて、霧の中に消えていった。
おそらく、永遠にだ。

結ぶときより解すときのほうが
少しばかり辛抱がいるように、
日々に連なる熱い結び目も
冷めてからあと、解すべきときにあたって、
入り組んだ結び目が
思いのほか堅いのに気づくこともある。
生きるということには、
だから、言いようのない悲しみがある。

来年、アントンは新しいフィールドを歩くだろう。
晩年のリア王がさまよい歩きそうな荒野だ。
僕は、残された時間と体力で、ともかくも歩かねばならない。
僕は遅くに演劇をはじめた。
何も考えずに、偶然のように。
その時はそれでよかった。
少なくとも僕は、今よりは若かったから。
愛し合う者は、偶然を必然というものだが、
僕にとって、演劇がまるで必然のようになり、
今、こうして新しいフィールドの前に立ち竦んでいる。
さいわいなことに、劇団員は若い。
といっても20代や30代は少数です(笑)
たぶん、名を冠するチェーホフには取り組むだろう。
アントンなりの方法で。
なんとしても、四代戯曲は完遂したい。
「地点」は素晴らしいかもしれないが、つまらい。
「アントン」は、素晴らしくはないかもしれないが、面白いはずだ。

今日は、厚く冷たく低い雲の垂れ込めた12月の空だ。
宮沢賢治の「永訣の朝」みたいだ。
でも、
果実のふくらみのようなモーツアルトのクラリネット五重奏曲が、
その美しい第二楽章が、優しく鳴っている。

                   (史明)

2009/11/22 (Sun)
白波の食卓 御挨拶

ゲネプロを終わって・・・ 〜ごあいさつに代えて〜

 いつも思うのだけれど、演出担当は、本番当日は何もすることがない。やってることといえば、忙しく動き回るスタッフや、壁により掛かって台本を何度も読み返しているキャストを横目で見ながら、コロコロを転がしてステージの小さなゴミを剥がし取るとか、意味もなく場所を変えていくつもの客席に座ってみるとかですね。そして、ときどき、こうして挨拶なるものを書いたりする。でも、それは自分の劇団でのこと。あるいは僕だけのこと。

今回は、初めての役者さんがほとんどだし、勝手が違う。おまけに「リーディング公演」である。演劇人として大きな声では言えないのだが、今まで、「リーディング公演」なるものを見たことがない。しかも今回は、5日間の稽古で、それも夜の3時間だけの稽古時間。闇夜の宝石泥棒みたいに、手探りで始めた。仲間は、役者さん。だから、やってみない? と声をかける時に、演劇の文化やら舞台芸術の向上やら、・・・んなことは抜きにして、ひたすら、誠実に情熱を持って芝居に向き合っていると、僕が信じられる人に声をかけました。これは人間性の問題です。だから、(だから、だからで変だけど・・・)芝居を創る喜びに満ちた楽しい5日間でした。
 
 上演を企画した「大野城まどかぴあ」はいつも新しい演劇のスタイルを提示してくれる。たとえば、「リンクシアター」とかですね。でぇ、僕はこの「リーディング公演」も、もしかしたら、稽古の在り方も含めて、ひとつの演劇上演スタイルの形かもしれないと思い至ったのでした。

 作品は、第1回九州戯曲賞の大賞作品、「白波の食卓」です。思わず手のひらにそっと載せて見たくなる、そして遙かな海を眺めたくなる。コーンフラワーブルーの宝石みたいだった。それがどのようなものであれ、人はそれぞれに自分なりの「物語」を持っていると思います。この作品にある世界も、ひとつの「物語」だろうと思う。僕らの舞台を見終わって、お客さんが自分なりの「物語」を静かに、穏やかにつむんでいけたら嬉しいと思えるような、そんな舞台をみんなで創りたいと思いました。

 ・・・平凡な意見だけれど、その人たちの分まで生きていなくてはならないとよく思う。日常生活の中で「いやだなぁ、こんなこと」とか、「うんざりするなぁ、まったく」とか思いそうになると、思い半ばで死んじゃった人たちのことを考える。そして「がんばらなくちゃ」と自分に言い聞かせる。もちろん、その意味では、彼らはけっして死んではいない。今でも僕の中に生きている。

 本日は、ご来場、ありがとうございました。


                       史明

2009/11/22 (Sun)
白波の日々

せっかく、岩井が言及してくれたので、
『白波の食卓』について書いておこう。
一週間が過ぎました。

リーディング公演とは言え、ほぼ一年ぶりの舞台だった。

練習開始は9日の月曜日。
その前に、読み合わせが一回。
ただし、台本の分析は終わっていたので、
読み合わせは、登場人物の感情の整理とかは無視して、
台詞のタイミングと掛け合いのテンポ、
さらに、一続きの台詞の中で、
どの言葉(単語)を誰に向かって発話するか等々の確認をした。
その言葉に関係のない人がどうしているかとか・・・。
まずは伝えることは伝えて、
役者にはその後で、考えてもらうつもり。
読み合わせの3時間を通して、サブテキストは語り続けた。
最後は、珍しく声が涸れましたもんね。
もっとも、
「好き」と台詞にあっても、
本当は「嫌い」という気持ちを伝えたいのだという程度。あはは。

5日間の稽古は濃密で刺激に満ちた時間だった。
今まで、舞台の稽古で、
あれほどの密度で過ごしたことはない。
それを記述することは難しいなぁ。
役者のひとりが、
公演終わって送ってくれたメールにあったように
「贅沢な時間」だったように思います。

記憶に残るのは選曲かな。
延べ、400曲は聴きました(笑)
妥協はないなぁ・・・でも、著作権協会に申請しなきゃいけなかったから、
確か、10日(火)には決めた記憶がある。
キューの指示も、
この台詞の後に、2秒置いてとか、3秒置いてとか、
この台詞のこの言葉からレベルを70パーセントにしてとか、
この言葉で、美しくフェードアウトとかは、
ゲネプロで決定することにして。

作品が優れているのは言うまでもないが、
優れた作品がいつも、たいてい、そうであるように、
いくつもの切り口があったけれど、僕は「家族の物語」と読み替えた。
アンケートの中に、
田舎の家に帰りたくなったとか、
田舎の親戚の集まりが懐かしくなったとか、あったのが、
その意味で、狙い通りで、ちょっと嬉しかった。
観客を物理的には動かすのは好みとするところではないが、
心理的にはズズン〜と動かしたいんです。まあ、当たり前だけど。
小屋に入ってきたときと、出るときと
違う気持ちで帰ってもらいたい。
足元が床から1センチでも上がっていれば上々。
それが見せ物の世界だから。
敢えて言えば、それが僕の作品創りの基本です。
(まぁ、みんなそうだろうけど)
まぁ、芸術をしているというより、職人みたいな感じです。

それから、この作品は死者を扱った作品。
スケジュールのタイトさにかまけて、お参りするのを忘れた。
僕は、別に迷信を信じているわけではないのだが、
なんども経験あるんです。
どこでも良いからお参りしておかないと
いろいろマズイことが起こる、舞台では。
案の定、栃原が稽古中に肉離れ。
まぁ、(栃原には悪いが)アントンのメンバーで良かったけれど。
・・・でも、死者がテーマじゃない。
あくまで、生きてる人間が大事です。

この世には度し難い悪や、魂の暗闇、圧倒的な暴力、
愚劣なシステム・・・数え上げればきりがないほどの負の世界がある。
それらを暴き、変えていくことは必要。
芸術の役割のある部分はそれだと思う・・・けど。
僕は、それでもやっぱり、未来に希望が持てる芝居を、と思う。
あと、何年生きられるか分からないのに、
希望を持てない芝居は創りたくないんですね、僕は。

長くなりました。
そのついでに、当日配った御挨拶を。

                史明

2009/11/18 (Wed)
客演

ごぶさたしております。岩井です。

劇団爆走蝸牛さんの「砂の楽園」(宮沢章夫作)の稽古に連日通っております。
みなさん芝居が上手くてナチュラルです。私が一番だめかもしれません。
とにかく稽古は楽しい。男ばかり7人の芝居です。
アントンクルーでは「ディーラーズ・チョイス」と「ART」が男芝居でしたが、いいですねえ。
装置も含め、面白い芝居になると思います。
詳しくはTOPの客演情報をご覧下さい。

2月にはマニアック先生シアターの芝居に客演する予定。
これも近々発表します。

客演ばかりですが、よく「アントンは次いつするの?」と聞かれます。
もちろん考えております。いまは言えませんが、ちゃんと稽古もしております。

昨日の稽古では爆走蝸牛さんのエチュードをちょっと使わせてもらいました。

それから、誰も書かないのでひとこと。
14日に大野城まどかぴあであったリーディング公演「白波の食卓」、うちの安永が演出したのですが、とても面白かった。
サカセ・コガキョ・高山力造・広瀬健太郎・東是信、おまけでうちの栃原純司…オールスターキャストでした。うちの本公演でもこれだけの顔ぶれが揃えばいいのですが。

2009/11/3 (Tue)
 

寒波襲来。新型インフルエンザもまだまだ猛威をふるってますねえ。
用心、用心
。9月の『結婚披露宴』公演からずいぶん時が流れた気がします。
お世話になった皆々様ありがとうございました。大好きな作品がまたひとつ増えました。
その後一月は例の『桧原さくら物語』の稽古と本番に追いまくられていました。その公演も800席完売という盛況で、めでたし、めでたし。初めての客演で戸惑うこともありましたが、沢山の人と知り合えたことがなによりでした。
さて、来週は大野城まどかぴあ主催の『白波の食卓』リーディング公演で、ト書きを読みます。また、いろいろな劇団やスタッフの方々と会えるのが楽しみです。
じっとしていては何も始まらないということを実感する日々です。


とち。。

2009/10/2 (Fri)
水のない水族館2

それで、水のない水族館。

なぜ、あれが素晴らしいと感じるかというとですね、
参加している子供たちが、
それぞれ自分の持ち場で、たぶん一心不乱に力を尽くしていること。
その営為が結果としてうまくいくかいかないかは別としてね。

ロール状になったテープが、
校庭の一方にある長いハードルみたいな物に
吊り輪のように掛けられている。
そのテープの端を持って、子供たちが一斉に走るわけだ。
校庭のもう一方に向かって。
つまり、校庭が海という見立てです。
そして、子供たちに引っ張られて伸びていくテープは、
マダガスカル海峡の波になる。
テープの色は緑や淡い青やピンク。パステルカラーの海の波。
真ん中に、大きな鯨が泳いでいる。

ここで重要なのが、
走るのが早い子もいれば遅い子もいるということ。
1メートルくらいの棒の先に紐に繋がった魚がいる。
それを見ながら、(つまり自分で動かしながらです)
右に左に自在に動く子供がいる。
たとえどこにいるとしても、なにをしているとしても、
それなりに我を忘れて全力を尽くして、
自分なりに意味を見出そうとする人がいるように、
そこには、確かな喜びがあると思うわけですね、僕は。

きっと芝居もそうなんじゃなかな。
キャスト・スタッフがそれぞれの持ち場で
それぞれに自分なりの仕事をしている。
それはたぶん、教育と同期しているのかもしれない。
演劇がエドケーショナルな側面をもつ領域だというのは
今さら言うまでもないことです。

そういえば、今月からは夜のバージョンが始まっている。
美しい。

               (史明)

2009/9/27 (Sun)
水のない水族館 1

僕はテレビをほとんど見ないから、最近のトレンドは知らない。
不自然なほど胸板が厚いのに、
なぜか一分の隙もないベスト(それもピンク!)を身につけている
不自然な動きをする芸人のセンスについていけない。
(まあですね、暑苦しいはずなのに、それを感じさせないのは分かります。)
たぶん、それは僕が年をとっているということなんだろうけど、
今さら、若返りたいとも思わない。
でも、テレビで放映されるCMはわりと好きで、
あれこれ言って、隣近所を騒がせているわけだが(嘘ですよ)、
ソニーのサイバーショットのテレビコマーシャルは、何回見ても飽きない。
ジャニーズ事務所で最も好きな俳優である、
岡田准一が出演しているというのも好ましいのです(笑)
ジャニーズ事務所は、
岡田正子の“ベルレーヌ・システム”という演技メソッドを
徹底して勉強している(アントンも昔、ちょっと勉強しました)ので、
岡田君(といっても知り合いじゃありませんが)の演技力も
捨てたものじゃないんです。

あ、話がズレた。

今年の夏休みに、廃校になった小学校でのワークショップ。
それをたぶん記録したもの。もっとも、
コマーシャル制作のために実施されたワークショップだろうと思います。
僕の語彙の中には「感動」という語句はないけれど、
ちょっとその言葉を使ってみたくなるような気分です。

ここに来るまで無駄に行を費やしましたなぁ。
僕の日記のページは長すぎるといつも団員に叱られるので、
今日はここまで、続きは明日。いや、明後日?

(史明)

2009/9/23 (Wed)
シルバーウィーク

結婚披露宴に来てくださったみなさま。
本当にありがとうございました。

また客演の葵さん、田坂さん、中山さん、結婚披露宴に関わってくださったスタッフの皆様本当にありがとうございました。
そして舞監初体験のゆうさくお疲れ様でした。

横に貼ってある写真は役者の写真と受付に置いたウェルカムボードです。
この熊、買ってきた時はただの青とシルバーの熊さんだったのですが洋服を制作のI熊ちゃんとY浦さんで作りました。
しかも1日で。
滅茶苦茶可愛い熊さんになりました。
ウチの制作さん手先が器用でとても素敵です。。

さてさてみなさまシルバーウィークはどのように過ごされましたか?
私は5日間の内3日間は仕事をしていたので休日気分が味わいたくて今日は天神に買い物に行きました。

今までぺたんこ靴が多かった私。
先日友人に連れて行かれた踊れる飲み屋(クラブと言うのだろうか・・・)で踊ったこともないのにサルサを踊ることになりました。
友人は
「とりあえず踊れ」
と、私をホールに連れて行き、友人の知り合いと踊らされること2時間。
ダンスになっていたかどうかはわかりませんが、すごく楽しかったです。

さあ、ここからが本題。
そこにいた可愛らしい女性が高いヒールを履いて華麗にサルサを踊っている姿を見て「きゅん!」。
急にヒールの高いパンプスが欲しくなりました。

大丸で「靴・ハンドバックセール」というのが行われていたので、ウキウキ気分で行ってきました。

残念ながら気に入ったヒールの高いパンプスは見つけられなかったのですが、ブーツを見つけました。

いそいそとブーツを持って試着の為に椅子に腰掛け右足を通してサイズを確認し左足も・・・と思ったら入らない。
「あれ?」
靴底を確認したら右足用。
「あれ?なんで両方右足?」
店員さんに聞いて探してもらうこと5分。
・・・もしかしてと思い右足を脱いで靴底を確認したらまさかの左足用。
店員さんも「でしょ〜?!」みたいな顔をしてらっしゃいました。

かなり平謝りして両足試着。
右と左を間違えるなんて疲れていたのかなぁ。
しかし左足用に右足が入るくらいサイズが違う自分の足に驚きました。

試着したブーツは気に入ったので購入しました。
寒くなるのがちょっぴり楽しみです。

新型インフルエンザが猛威をふるうと言われている9月末が来ます。
手洗い、うがいを徹底してインフルエンザに負けないように乗り切りましょう!!

                            陶野

2009/9/15 (Tue)
「結婚披露宴」終了

第11回公演「結婚披露宴」、めでたく終了しました。
ご来場下さった皆さま、ありがとうございました。
キャスト、スタッフの皆さんもお疲れさまでした。

今回はいつになく実験的な舞台装置でしたが、多くの方にお楽しみいただけたようです。

劇団アントンクルーには、どうも古典戯曲をがっちりと創る劇団というイメージがあるようですが、私たちは(少なくとも私は)、つねに実験的かつ前衛的でありたいと願っています。

次の作品にむけて、さっそく再始動です。

岩井

2009/8/26 (Wed)
結婚披露宴

朝晩の冷えにより風邪をひいてしまった陶野です。
みなさまは大丈夫ですか?
体調崩されていないですか?
今年の夏は涼しく過ごすことができました。体力のない私としては「暑い」というだけでグッタリなので助かりました。
でもいけないんですよね。異常気象だからこそこんな事になっちゃうんでしょうね。

さて、アントンクルーの第11公演「結婚披露宴」
恋愛、プロポーズ、結婚それぞれの要素がひとつになったお話。のようなきがします。
「時代が変わっても根本的な考え方や行動は変わらない。」と台本を読んでそう思いました。

アントンのステージはいつも面白い工夫がしてあるような気がします。

たとえば三人姉妹の時のステージには坂がありました。奥行きを作るために奥のテーブルのあるスペースと手前の広間をつなぐ所が坂になっていました。慌てていると足首をやられそうな坂。

今回のステージは・・・この場で言ってしまいたい!!
しかし当日のお楽しみです。すごいですよ。
初めてその全貌を見た時にはかなり驚きました。役者の運動神経が問われる舞台かもしれない。

ぜひその形を見に来てください。

2009/8/22 (Sat)
田坂哲郎氏緊急参戦決定

 アントンクルー第11回公演『結婚披露宴』に〈非・売れ線形ビーナス〉の田坂哲郎氏が特別出演することになりました。
 2002年の第3回公演『テネシー・ウイリアムズな夜』、2004年の第6回公演『TENJINKI』に続く3回目のアントン出演です。
 実は田坂君とアントンの縁は深いのです。
 2002年の第2回公演『クローサー』の場転隊長をしてくれたのも田坂君でした。
 アントンクルーを指示してくれる人は、どなたも翻訳劇をきちんと仕上げる劇団だととらえてくださるのですが、実は〈売れ線〉と考え方は近い。少なくとも私と田坂君の演劇に対する考え方はかなり近いのです。
 田坂君加入によって芝居がどう変わりますやら。
 実はまだ一緒に稽古をしていません。いまK2さんに客演中。
 まあ、おもしろい、変な芝居に仕上がりますのでお楽しみを。
                               (岩井)

2009/7/22 (Wed)
虹とHOUSE OF THE RISIN'SUN

あれは先週の日曜日の夕方だった。
降りみ降らずみの空に、大きな虹が架かっていた。

駐車場に車を入れて、ギアーをパーキングにシフト、
キーを回して、エンジンを切り、シートベルトを外して、
ドアを開ける、という無意識の一連の動作の後に、
雨上がりのアスファルトに立ってドアを閉めた。
見上げた空に虹が架かっていた。

あれほどの虹を見たのは、今年はじめてだった。

若い人が死ぬと悲しい。
その悲しみを言葉にすることは難しい。
たぶん言葉にできないことはしない方がいいのだろう。
死んでしまった彼らは
いつも虹のたもとを歩いている。
すごくありふれた言い方になるのだろうが、
こちら側に残された僕らにできることといえば、
志半ばにして死んだ彼らの分を生きることと、
彼らを忘れないことしかないような気がする。

だから、
ときどき、襟を正したくなる。そして、ときどき、
空を見上げて、虹を言葉もなく見つめてしまう。

旗揚げして約10年。
僕らは、アントンに関わった二人の友人を亡くしている。
僕らは、彼らに恥ずかしくない芝居を創っているだろうか?
僕らは、彼らに恥ずかしくない生き方をしているだろうか?

ショップから出てきたときには虹は消えていた。
CDショップで手に入れたのは、
ボブ・ディランのファーストアルバム。
いつもちょっと汚れている僕の車は、小さいけれど頑丈だ。
移動リスニングルームでもある。
CDをボックスに差し込んで、ボリュームをできるだけ上げて、
“HOUSE OF THE RISIN'SUN”を聴いた。

                   史明

2009/7/20(Mon)
蜷川幸雄とさいたまゴールドシアターの500日

19,20の連休に例の如く旅の虫が疼いてフラリと一人で近場の門司港に出かけた。夜の門司港が見渡せるホテルで、持参した「蜷川幸雄とさいたまゴールドシアターの500日」(平凡社新書)を読み出したら、その面白さにハマって夜中遅くまでかかったが、一気に読了してしまった。

〈これからの人生を、プロの俳優に賭ける人〉
 これが応募の第一条件だった。
 千二百六十六人から選ばれた四十八人。
 その人生の「多難」と「多彩」をパッチワークすれば、
 この国の、中高年が生きた時代と
今の暮らしの縮図ができる。
 
 舞台を支えているのは、あこがれ、夢、絆。
 そして、人生の「今度こそ」と「もう一度」の意地を懸ける。
(帯の言葉より)


 五十五歳からプロになる。これまで、まずあり得なかった夢を、演劇の最先端を走る演出家が自分たちの前に、雨の後の虹のように描いてくれた。
 ある人は定年退職を迎え、ある人は子育てを終えた。そしてある人は介護問題を抱え、ある人は若き日の夢が忘れられずにいる。
長い間、自分の生き方に悩み迷い、新たな可能性とチャンスをつかもうと、蜷川のもとに集まったのではないか。(第三章より)


  蜷川は、団員が劇団を続ける理由についてこう分析する。
 「ここには日常生活とまったく違う世界があって、もっと新しい自分に出会える。
非日常の自分に到達できる回路だと思っているみたい。そういうものが、生き続けるには必要なことだと僕は思う。二期生という話も出たけど、この集団を消耗品みたいには扱わないで、思いを受け止めてちゃんと持続していくというのが僕の意思表示」(エピローグより)


  読み終えて、「世界のニナガワ」が行なった、「五十五歳以上の男女限定」という壮大な演劇の実験に驚嘆するとともに、オーデイションに臨む人達の、揺れる心理描写が胸を刺した。
 「いま、ここで挑戦しなかったら、一生悔いて生きていくことになるのではないか」
「いままでの人生にやり残したことこそ、今回の劇団員の募集ではなかったのか」等々・・・。

 悔いのない人生を送ることの難しさ、だけど年をとっても完全燃焼を求めることの大切さ・・・。「蜷川幸雄とさいたまゴールドシアターの500日」が演劇人、否、演劇人を含む多くの人たちに投げかける問いは、極めて重い。 

BYしーば

2009/7/14 (Tue)
昨日の話

暑い日が続きますが、みなさま体調などは崩されてないでしょうか?
代謝が悪い私もさすがに汗をかいております。
まぁ健康な証拠なのでしょうか。

昨日起こった出来事。

夜中の2時に携帯がなりました。
寝ぼけていた私は無意識のうちに電話に出ていました。
相手は無言。

違和感を感じた私は画面を見ました。
そこには「非通知」の文字が。

気持ち悪くなった私はすぐに切り、どうせ間違い電話だろうと寝ようとした瞬間、また鳴り出す電話・・・。

かかってくる電話、切る私。
そんなやりとりが5分ごとに4回行われました。

そして今日、19時から2回かかってきました。
非通知拒否設定をしたので、メッセージが流れてすぐに切れるのですが、2回・・・。

この電話の人は誰かにどうしても連絡を取らなきゃいけないんでしょうね。
どんな出来事から着信拒否設定されても何度もかけなきゃいけない事情ができたのか、そこはちょっと知りたい気はします。

例えば大切な誰かと喧嘩したとか?
いままで音信不通になっていた誰かに連絡したいとか?

でも「非通知」なのはないですよね。

番号通知でかけてきたら出てみようかな?という気持ちもありますが、夜中2時の無言電話が怖かったので迷っています。

「あなたが嫌いだから出ないんじゃ無いんです。間違えてるから、非通知だから出ないんですよ」
って言ってもらえたら、どんなに楽でしょうね。

もしこれがイタズラ電話だったら、ある意味すごいガッツのある人かも。

今日の夜中にまたかかって来ませんように!!  (陶野)

2009/7/3 (Fri)
とりあえず

先週の末のこと。
金曜日の夜に大阪の街に入って、
日曜日の夜に福岡の街に戻った。
街に入るのは夜がいいと、
開高 健がどこかで書いていたなぁ。

大阪では懐かしい人にあったし、
著作だけで知っていた、思いがけない人とも話せた。
人生には、意味なく無駄に過ごす時間というものも
時として必要だが、
深夜のホテルのシングルルームは、
そのせいか、実にさまざまなことを考える時間だった。
それを今、ここで書くことはできない。
無理に言葉にしないで、
言葉にならないまま静かに胸に抱いている方が
いいような気がする。

福岡に帰ってきたら、
本業の圧倒的な仕事量(笑)
人生はバランスよく構成されているものだ。
ヤレヤレ。

そろそろ、秋の公演の詳細が決まりつつある。。。らしい。
                   (史明)

2009/6/22 (Mon)
演劇三昧。

20日に博多座にて初めて歌舞伎を観てきました。

前々から観たいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて・・・。
1か月前ぐらいにNHK教育で松井今朝子さんが歌舞伎の成り立ちやその時代の受け取り方など解説をしながら、実際に歌舞伎の場面を見ながら状況の説明がわかりやすく字幕で流れる番組を見る機会があり、その中で「寺子屋」や「しばらく」などを見たときに初めて「歌舞伎ってこんなに面白いん!!」
と発見!!タイミングよく、博多座のチケットを買うことができ、観てきました。

演目は
1.祇園祭礼信仰記 一幕
      金閣寺

2.近江のお兼
  お祭り

3.封印切 一幕

でした。

イヤフォンで解説を聞ける機械を借りたので、話の内容も理解することができました。

一番印象に残ったのは中村七之助が演じた金閣寺での雪姫。
しなやかな立ち居振る舞い。
桜の木につながれ、愛しい夫との別れの後に桜花びらが雪のように舞散りその中で桜の花びらを集め足でネズミを書く。その姿がなんとも妖艶で、引き込まれてしまいました。

女と生まれた自分の立ち居振る舞いの悪さを今回初めて意識をしました。
舞台に立った時に目を引く所作を身につけなければと・・・。
それにはまず見られていることを意識することも大事ですが、筋力をつけなければしなやかな動きはできない。
筋トレ+ストレッチをしようと心に誓いました。

封印切もおもしろかったのですが、最後切ない終わり方をしてしまい胸がキュンとなってしまいました。
機会があればもう一度観てみたいです。

その後、天神で時間を潰し、19時からのホールブラザーズの青い体温を観てきました。
夢と現実に悩む若者って感じで、数日前に主役の青年に似た感じの人と口論になったので「あー、こんな人いる」と共感できる話でした。

やっぱり演劇っていいなぁ。          
                             陶野

2009/6/7 (Sun)
スターバックスのコーヒーはおいしい

昨夜のことだが、霧雨が降っていました。
僕は、スターバックスのテラスに座って、
独りでトールサイズのカプチーノを飲んでいました。
水銀街灯の周りに間断なく舞う霧雨。
灯りの周りに、風のせいか、
不均衡に柔らかい渦のように舞っていました。
それを眺めながら、
なんだか、昔こういう時があったような気になりました。
失われた記憶のような。
流れていた曲は
『木の葉の子守歌』・・・みたいな、ですね。
夜の雨は悪くありません。

今日は、
劇団員の岩井と勘タンが客演した舞台の観劇。
春日のサンホールです。
三島の強固な言語世界を堪能しました。
二人ともあまりに普通に演技していて、
それはそれで、客観的に見えて面白かった。
ある程度は経験が生きる世界。
いろいろな舞台を経験することは悪くありません。

三島の『近代能楽集』は、
高校生の時(化石時代くらい昔だなぁ)に読んで、
圧倒された記憶があります。
言葉もさることながら、
言葉にまでは昇華されていない、
濃密な感情の綾なす人間というものの存在。
それは表出された言葉に匹敵します。
たぶん、小説ではこうはいかなかったでしょうね。
あれやこれやを考えながら、
今日もスタバで・・・。
悪魔のように苦いエスプレッソです。
悪くない。
              史明

2009/5/31 (Sun)
ポポーワとの別れ

熊/結婚申しこみが無事に終了することができました。
これも福岡女学院大学まで足を運び観に来てくださった方々、
私たち役者を支えてくれたスタッフのみなさんそして客演で出演してくださった峰尾さんのおかげです。

本当にありがとうございました。

今回初めてセリフが多い役で8回公演ということで本番のある2週間は、かなり気を張っていました。私の場合、季節の変わり目で必ず喉を痛めるので
これだけは気を付けようと思っていたら、新型インフルエンザ登場!!
どうなる事かと思いましたが感染することなく無事に乗り切ることができました。よかった〜。

ポポーワを演じていて・・・といつも書いていたのですが、ポポーワというのは熊に出てくる未亡人の事です。
舞台上ではいつも「奥様」と呼ばれていました。言われて初めて舞台上で「ポポーワ」と呼ばれていないことに気づきました。
でも、上靴にはちゃんと「ポポーワ」と書いていました。

2ヶ月近くポポーワを演じてきて、今やはり寂しい気持ちです。
もう少し演じていたかったなぁと。

しかし今回舞台でセリフを言っていて思ったことは腹筋がないということ。
今後もっといい演技をするためには自分の体力、筋力、動き、滑舌など沢山の問題をクリアーしなければいけないと思いました。
特に腹筋・・・。腰のことも考えながら鍛えていきたいと思います。

横に貼ってある写真はゆうさくのお友達が作ってくださったバルーンアートの作品です。
熊が結婚を申し込んでいます。ありがとうございました。
公演中いつも受付にいてくれました。写真でしか保存できないのが悲しい・・・。

また次回作で成長した姿を観て頂けるように、頑張っていきます!!
                               陶野

2009/5/30 (Sat)
公演終了!

早いもので、アトリエ公演が終了して、
早や1週間が過ぎました。
「熊」に出演し、ルカーの役を
2週に亘って8回も演じられるという
貴重な体験をさせていただきました。
さすがに初日の幕が上がる直前は、
セリフを飛ばすんじゃないかと緊張しましたが、
日を追うごとに
お客さんの反応を楽しんで?演じることができました。

演じるといえば、
昨日は、森光子さんが「放浪記」出演2千回の金字塔を打ち建てて、
国民栄誉賞が内定したというニュースがありました。
8回と2千回、しかもオン歳89歳・・・・・・
その境涯たるや想像だに出来ませんが、
体調管理ひとつをとっても、
やはり、凄いの一言に尽きます。まさに、脱帽・・・・・・・。
                                                  BY し−ば

2009/5/18 (Mon)
ちょっと一休み

私も他の劇団員と一緒で、前半が終了してほっとしています。

私は、『熊』のポポーワを演じさせていただいているのですが、稽古途中どうしても彼女との距離を埋められず悩んでいました。

性格として自分と似ているから演じやすいのかな?と思っていたのですが、やはり違う。どうしても距離が出来てしまい、役に入り込めずいつも彼女を客観的にみていました。

苦しくて泣き言を言ってウダウダした事もありました。でも、そのおかげで自分の中で何かがつながり、現在役にはまりこんで演じています。

もちろん陶野という冷静さも残しながら・・・。

来週はもっと気持ちの変化をお見せできたらと思います。

ポポーワは私より強さと可愛らしさを持った女性です。

熊はwキャストではないので、あと4回演じることが出来ます。1回1回、大切に舞台の上で彼女を生きたいと思います。

2009/5/18 (Mon)
熊・結婚申し込み』前半終了

無事に初日の幕も開き、お客様の反応も上々で、ホッと胸を撫で下ろしているところです。
出演している『結婚申し込み』は、勘タンさんの他はWキャスト。フレッシュコンビと平均年齢が倍以上も違うため、ベテラン組だの、中年組だの、熟女&初老組だのと、いろいろ呼ばれています。(峰尾さんごめんね)
さて、2回やって課題も見えてきたので、また、稽古で手直ししてさらに面白い舞台を目指します。まだの方、是非ご来場くださいね。
栃原

2009/5/18 (Mon)
ほっとモット

みなさんこんにちは!
今回結婚申し込みでローモフ役を演じております望月ゆうさくです!
初回2回目と終えて現在ちょっと休憩。

僕のことについてちょっと書かせてください。
僕は大道芸ばかりやってきたので実を言うと演劇経験が無く、前作『アントンクルーの三人姉妹』で初体験!で、とても緊張したのを覚えてます!
でもこの時はジャグリングという武器がありましたのでまだ僕の中では頼れる軸があり自信はあったのですが、今回は純粋な芝居!
頼れる軸がなくなった分、一から積みなおしていかなければなりませんでした。そのため前作以上に今作は緊張してます!
もちろん芝居の稽古を重ねるたびに自信はついていったもののどうしても緊張からはまぬがれません。
でも演技する役のローモフ君が緊張して体に異常が出てしまうという性格ですので、緊張がかえってよかったりします(笑)最高の役だと思ってます。
緊張しながらも舞台を楽しんでいる自分がいたりして、やっぱり職業病ですね!狂ってます。とても楽しいです!

初回2回目とお客様の笑いが聞こえてくると役者、スタッフ、お客様全員になんかわからない一体感がでてたまらなくなります!
これだから表現はやめられません。いろんな表現をつねに追い続けていきたいですね!
後半戦、前半戦以上にいい芝居ができるよう精進していきたいと思います!
ぜひ緊張してるローモフ君を見に来て下さい!お待ちしております!!!
ゆうさく

2009/5/17 (Sun)
『結婚申込み/熊』前半終了

昨日、アントン初のアトリエ公演【1週目】が終了しました。
お忙しい中、ご来場いただきありがとうございます。

まだまだ【2週目】が残っております。
見逃した!と思われてる方はまだチャンスはあります。
【1週目】を観られた方も違う発見が出来るかもしれません。

若干、席に余裕があります。是非、お誘い合わせの上おこしください。

皆様のご来場お待ちいたしております。


制作 矢野

2009/5/14(Thu)
アトリエ公演初日

アントンクルーアトリエ公演「熊/結婚申し込み」、
無事初日があきました。
初日の「結婚申し込み」はゆうさくと大塚真貴子の若手キャスト、「予想に反して」というと失礼ですが、しっかりお客様をつかんでくれました。
場内大爆笑。
おかげであとの「熊」に出る私たちもいい雰囲気で芝居ができました。
私は口の中が乾いてせりふがカミカミでしたが。
何度舞台に立っても初日はこうです。
ともかく、お忙しい中ご来場くださったお客様、
ありがとうございました。
二日目の「結婚申し込み」は
栃原純司と峰尾かおりの熟年コンビでお送りします。
まだ席がありますので、これを読んでくださったみなさん、お誘い合わせの上おこしください。
一度見てくださった方も、ふた通りのキャストを楽しむのもまた一興かと。
お待ちしております。
岩井でした。

2009/5/4 (Mon)
やはり、雨・・・

やっぱり雨が降りましたね。
「どんたく」には雨がつきものといいますが・・・。

それにしても、我が「アントン」。
どうやら、装置も準備できたようだし。
後は、この一週間で、
役者のクオリティをどれだけ上げることが出来るかが
作品の仕上がりに大きく影響します。

言うまでもなく、
純粋な観客にもなれないし、
かといって、稽古をほとんど見ていない以上、
制作の現場スタッフとも言えないし、
なんとも複雑な心境なのですが、
それでも、やはり自分たちが考える
「アントンクルー」という組織のミッションみたいなものを思えば、
なかなか平常心ではいられません。

高校生の無料招待も
そのミッションが具体化されたものだけど、
どうやら若干の動きもあり、ヤレヤレと言うところ。

さて、
僕は今でこそ、
信用金庫の職員の長年使いこんだ鞄みたいに地味で、
古ぼけた博物館の大理石の柱ていどに堅実な本業を持っているわけだが、
若い頃は「過去」も「未来」もないという生活をしていた。
大学生の頃、仕送りもない生活で、
自分で学費やら生活費を稼がなければならなくて、
いろいろな仕事(アルバイト)をした。
そのひとつに、教材のセールスを主な業務とする、
いささか怪しい通信販売の会社で働いたことがある。
週の前半の夜、テレアポをとり、
週末で現地に赴き、契約するというシステムです。
自分で言うのもなんだけど、けっこう契約率は高くて、
契約金を元手に3日くらいで東京から紀伊半島まで
行くようなこともあった。
もちろん、そんなことが長く続けられるはずもなく、
3ヶ月ほどで辞めてしまったが、
いくつかのシーンは今でも記憶に残っている。
その中のひとつ。

ほぼ子の刻(午前0時)だったと思うけど、
その日の宿を探しあぐねて、立ち寄った東海地方の深夜のバスターミナル。
3人くらいの若い女性がいた。
その中のひとりの横顔が、
頭の中が真っ白になるくらい美しかった。
しばらく取り留めのない話をしていたのだが、
彼女がふと反対側を向いたときに、
美しい曲線を描いた白く優しげな頬の中ほどに、
真横に10センチくらいの明らかな刃物傷が残っていた。
今でも不思議なのだが、
僕はそのとき、「ああ、そうなんだ・・・」としか思わなかった。
なにが「そう」なのかはうまく説明することはできない。

フィリップ・マーローが依頼人の女性から
「私立探偵ってお金になるの?」と尋ねられて、
「たいした金にはなりませんね。哀しみならたくさんお目にかかれますが」
と応じるシーンがある。
僕がそのとき感じたのもそういう類の「哀しみ」だったように思う。

いろいろな人生がある。
バルザックもそうだが、
チェーホフはその短編集で本当にいろいろな人間を描いている。
その多くはユーモラスで、愚かしく、
それゆえに愛すべき人間の姿である。
さて、あの深夜のバスターミナルで出会った女の子の人生を
チェーホフだったら、どんなふうに描くのだろう。
深い哀しみを知るものだけが、大きな喜びや楽しさを表現できる。
砂漠を通り過ぎてこなかった人には、
花園の美しさが本当に理解できないようにだ。
チェーホフの作品は、
確かな人間観察と哀しみの総数に裏打ちされていると思うのだが。

ところで、マーローの台詞
(つまり、レイモンド・チャンドラーの言葉です)を
もうひとつ思い出した。
「男って、みんな同じだから」という依頼者の言葉に、
「女だって同じですよ。最初の九人を別にすれば」と応えます。
う〜ん、うまいなぁ。

                   史明

2009/5/3 (Sun)
ウン十年目の修学旅行

 私事で恐縮ですが、去る4月25,26日に1泊2日で福岡市立平尾中学校昭和45年卒業生同窓会「平尾会」のウン十年目の修学旅行が挙行されました。

 参加者は東京方面在住者6名と徳山在住者1名を含む男性10名、女性11名。借り上げバス出発後、久々に再開するメンバーもいて、ほんのしばらくは借りてきたネコ?状態でしたが、バスの後方ラウンジ席に集まってビール片手に自己紹介と近況報告が始まると、皆すぐに中学生当時に戻って興が乗ってきました。

 今回の行程は修学旅行当時と同じ宮崎ルート。1日目は青島をウン十年ぶりに訪れて感慨を新たにし、夕方ホテルにチェックインしたあと温泉につかり、外で夕食兼宴会後、2次会は橘通りのライブハウスSに繰り出して、有志が入れ替わりにステージに上がって生バンドの演奏をバックにお客さん達の前で歌いました。

 このあたりから皆ヒートアップし、ホテルに戻ったあともかくし芸のバナナの叩き売りもあって、皆、とてもアラフイフテイーとは思えない若々しさ・・・で宮崎の夜は更けていきました。

 2日目はゴルフ組と観光組に分かれましたが、観光組がゴルフ組のスタートを拍手で見送るという趣向。場所は名門・フエニックスカントリークラブ。絶景のスタートホールの前で全員の集合写真を撮ったあと、ギャラリーよろしく観光組が見守る中、ゴルフ組が緊張しながらテイーショットしてスタートしていきました。

 その後、観光組は掘切峠、鵜戸神宮を回り、当時宿泊したH荘で昼食をとりましたが、大淀川を見下ろす絶景の部屋で豪華な昼食と大変な歓待を受け、感激しきり。
その後、ゴルフ組と合流して平和台を観光したあと、一路、福岡に戻りましたが、帰りのバスの中は何度目かのド宴会状態で大盛り上がり。

 それも束の間、福岡空港で東京方面のメンバーと別れるときには本当に惜別の念が募って、またの再開を皆で誓い合いました。
 そのあと、博多駅を回って天神中央郵便局前で解散しましたが、本当に素晴らしい思い出を沢山つくることができた2日間でした。

 イエーイ、平尾会、最高!
 みんな、また集まって青春しよーぜ!

                          BYしーば

2009/5/1 (Thu)
 

皆さんはじめまして。
制作の矢野です。

5月に入りゴールデンウィークの真っ只中。連休だ!と喜んでいたら、アントンクルーは本番が近づいてました。
気付けば本番2週間前!

今回はチェーホフの短編を2作品上演ということで、1公演で2つも面白い作品を観ることが出来ます!

予約はいつでも受け付けてます。
皆様の来場をお待ちしております。

                            矢野

2009/4/29 (Wed)
 

こんにちは、道行です。
連休初日の今日、「せっかくのお出かけびよりに・・・。」と思いながら、屋内にこもって大道具づくりをしました。
なかなか面白いデザインのセットが出来上がりつつあります。
この写真のヒトは、自分が作ったものを眺めて「うーん、スバラシイっっ!!」
を連発していました。ほんと、いい性格ですねぇ。
見に来てくださるお客様がどう思ってくださるか。それが肝心なのにねぇ、まったく。

2009/4/28 (Tue)
腰日記

急に寒くなりましたね。
せっかく衣替えをして春が来たと喜んでいたのに毎日寒い思いをしています。もともと代謝が悪いため手先も冷たくストーブが恋しいです。職場の暖房器具は4月頭に空だきをしてしまっていました。毎年この時期になると寒くなるからしなくてよかったのに・・・と心の中で愚痴っています。

さて、お待ちかねの私の腰です!
・・・待ってないですよね。
順調に回復しております。まだ重たい物を運んだり、激しい動きをしてしまうと「はぅっ!」となりますが、劇団のみんなが優しくフォローしてくれているので今のところ大丈夫です。ありがとうみなさん!!

稽古は順調に進んでいる・・・と思います。
もう自分のことで頭がいっぱいで。
でも、台本を読み始めた頃と比べて稽古を重ねるごとにそれぞれのキャラやキャラが持つ感情が表れだし、いますごく面白くなってきました。
稽古をすればするほど、自分と似ていると感じます。

                              陶野

2009/4/28 (Tue)
 

去る2月某日、大野城市のまどかぴあ大ホールにて女流講談師・神田紅師匠の講談とトークショーが開催されました。
 会場の8割近くは女性で埋められており、いまさらながら近年の元気印の女性パワーをひしひしと感じた次第・・・・・。
 第一部は講談「源氏物語・紅蓮の章」で、師匠が何回か衣装を替えながら、光源氏を取り巻く人たちの系図を示しつつ、流麗な動きとリズミカルかつパワフルな語りで聴く者を臨場感あふれる源氏の世界にグイグイと引き込んでいきました。演台の前に座った講談師がときおり張り扇で叩きながら唸っていくというイメージしかなかった私は認識を一新しました。
 第二部はまどかぴあ館長の林田スマさんとのトークショーでしたが、師匠が福岡出身で、修猷館高校から早稲田大学に進学し、一旦は女優を目指したものの、紆余曲折を経て講談師・神田山陽門下に入門し、現在に至ったことが軽妙かつコミカルに語られ、そのなかで、後進に道を拓くために東京と福岡で紅塾を開催して紅スピリットを伝承していることを知りました。
 
 というわけで、3月から天神文化サークルの「紅塾」に入塾しました。月1回ではありますが、師匠から直接指導を受けながらやっております。まだまだ見よう見真似であり、海のものとも山のものともつかない状況ですが、頑張ってみようと思っております。先ずは、報告まで。BYしーば

2009/4/19 (Sun)
└|∵|┐♪┌|∵|┘

みなさん初めまして!
前作アントンクルーの三人姉妹で曲芸(ジャグリング)をさせて頂きました望月ゆうさくです
これからお世話になります、よろしくお願いします!!


初日記です

僕は福岡市内の某大学に通ってまして、とうとうこの春から3年となってしまいました
そこで今だんだんと迫ってくるのが就職活動です‥
日々就活の恐怖と闘っております。



僕には大きな夢があります。


その夢とは‥!!!


世界トップレベルのサークル集団、シルク・ドゥ・ソレイユに入る事なんです。


確かに無謀だと分かってるんです。

ただあきらめませんよ!!


とまあ、そんな夢持ちながら毎日修行してます。


これからも頑張ります!!応援よろしくお願い致します!!

ちなみに大道芸人としてのゆうさくもよろしくです!!
ブログはこちら!!!
http://en-since2007.seesaa.net/

望月ゆうさく

2009/4/5 (Sun)
腰再び

4月になりました。
前回の日記では、「桜は八分咲きが好きです」と言った私。
今年は満開になってから気温が低かったおかげもあり、長い期間満開の桜を楽しむことができました。
毎年忙しくて観る時間がなかったのかなぁ?と思うほど車を運転しているだけで色々な場所で桜を観ることができました。
油山牧場あたりや動物園付近、西公園、稽古場である福岡女学院大学の構内などなど。
花毬のように綺麗に丸く咲いていたり、枝に沿って咲いていたり・・・。
長く観ることができるのならやはり満開の花が最高ですね。
昨日、今日ぐらいから雪のように桜が散り出し、見とれると同時に寂しくなりました。来年またゆっくり見たいな・・・と。
葉桜になると毛虫が出てくるので急に避けはじめてしまいます。昔、桜の下の掃除担当になったときに顔中湿疹が出てきてしまいそれ以来葉桜は駄目です。

さてさて稽古ですが、セリフを頑張って覚えております。やはり前回5つだった私がいきなり60以上のセリフは結構大変です。動きがつくとバタバタします。あと1ヶ月ちょっと。頑張りますよ。          陶野

2009/3/17 (Tue)
腰痛

桜がちらほら咲き始めました。
桜は八分咲きぐらいが好きです。なぜなら満開になってしまうとすぐに散ってしまい寂しい気持ちになってしまうから・・・。

もう3月の中旬になるのに、2週間ぐらい稽古を休んでいます。理由は先月終わりに痛めてしまった腰。意外と治らずこのままでは舞台に立つことが難しいので整骨院に通い、夜はごろんと横になっています。
みんなに迷惑をかけていて悪いなぁと思う毎日です。

しかし・・・腰痛がこんな感じだとは・・・。
いままで身近に腰痛の方がいても「大変ですね」とか「辛いですよね」とか言っていたけれど、心からじゃなかったかもしれないです。
「大変ですね」どころではないよ!!動くたびにピシって腰から悲鳴が・・・。
これからは心から「大変ですね」と言える気がします。

                         陶野

2009/3/8 (Sun)
弥生三月

・・・となりました。
僕はだいたい月一で稽古場に顔出すんですが、
しみじみ現場は良いなあと思います。
ひとりの観客として外側から眺めたり、
孤独な演劇人(笑)として客観的に検討したり、
つまり、創作とは異なる位置で演劇に関わるより、
舞台の現場に立ち会う方がいいですよね。
うんうん。

さて、
近々、トップページを更新します。
というのも、新作の公演の概要が決まったからです。
いや〜、けっこう間が空いたかな? 
新作? ・・・いやいや、相変わらずのチェーホフですよ。
アントンクルーの舞台を見続けていれば、
近代劇のアルファであり、オメガであるチェーホフの
全作品を観劇することが出来ます。
僕は、けっこう場面によって適当なウソもつくけど、
これだけは本当です。
たぶん、東京以外では福岡だけです、こういうの。

「地上とは思い出ではないだろうか」というのは、
稲垣足穂の言葉です。
僕らは今の時間に生きているのではなく、
もう、とっくに死んでしまっていて、どこか遠い天上界から、
生きている自分たちを眺めている。
自分が生きている現実に対して、距離を持って眺める。
長年、チェーホフの戯曲を研究していると、
ふと、そんな思いにとらわれます。
そうすると、愚かで情けなく、同時に愛おしくも悲しくもある、
人間(というものの存在)に尽きせぬ興味が湧きます。
僕がチェーホフを愛する理由がそのあたりにありそうな気がします。
どうでしょう? 梁木さん。
                   (史明)
                   

2009/2/23 (Mon)
ロンドンから

岩井です。ロンドンにおります。
とうとうイギリスで観た芝居の本数がトータルで120を超えました。
おめでとう、ぼく!

デレク・ジャコビがマルヴォーリオに扮する「十二夜」を観ました。
シェイクスピアの「十二夜」はこちらでも沢山観ましたが、この一座は別格です。
やはり上手いというのはなにものにも勝りますね。
「十二夜」なんて下手な人がやったら面白くも何ともないのですが、こんなロマンチックな「十二夜」は初めてです。

この「十二夜」は一連の企画ものの一環で、ケネス・ブラナーの「イワーノフ」(チェーホフ作です。私らもやらねば)に始まり、この「十二夜」、次には三島由紀夫の「サド公爵夫人」(ジュディ・デンチ主演です)、最後にジュード・ロウの「ハムレット」と続きます。
すごいね。こんな企画は日本では無理だね。

ロンドンに来る前に、マンチェスターでトム・ストッパード作「Rock'nRoll」という芝居を観ました。
これこそ、わがアントンクルーがやるべき芝居。
どんな芝居かというと、来年あたり翻訳・上演するつもりなので、それを観てください。

面白いか面白くないか、分かり易いか難しいか、そんなことは大きな問題ではなく、やらなければならない芝居というのが各々の劇団にはあると私は思います。

写真は若手劇作家の殿堂、Royal Courtです。
オズボーンの「怒りを込めてふりかえれ」はここで初演されました。

2009/2/16 (Mon)
長セリフ

ども、川中です。

本日の稽古は、読み込みです。

わたしのチームは長ゼリフがおおい作品なのです。
しょっぱなから。
私の今の役はここをクリアすると何とかなるのですが・・・。

いずれにしても、セリフを入れないと棒読みからの脱却はできない。
でも、覚えが悪いんですよ。わたくし。



以下、興味ない方はすいません。

現在、ラグビーの日本選手権が行われております。
が、東芝が選手の不祥事で出場辞退。
観に行く予定で一番前の席を押さえてたんですけど
試合は中止になってしまいました。
シーズン最後が近づいているのになんか冷めてきました。
でも、九州のチームは3チームともにトップリーグ残留です!

2009/2/9 (Mon)
次回作!!

こんにちは。陶野です。
寒い中にも暖かい風を感じ、自分の肌からもうすぐ春だと感じてしまう季節になりました。
春は花が盛大に咲き誇って、暖かくなり過ごしやすいので好きな季節なのですが、やはり出会いと別れのある季節でもあり、その面から考えると花が綺麗なだけに寂しい気持ちになります。
今年の春も沢山の別れに涙して、不安で期待に満ちた出会いをするんだろうな。と思っています。
いままでのつながりも大事にしながら新しい人や作品との出会いを大切にしていきたいです。

さて、稽古も始まり次回公演への作品もほぼ決まりつつあります。
アントンクルーの女優として初舞台は12月の三人姉妹。そして次の作品が2本目になります。
今回の私の役、台詞の数が60を超えているので少しビビッております。
三人姉妹でのお春は出番が多い割に台詞は5コだったので間違うことなく安心して演じることができましたが、今回は・・・。
現在、少しずつ台詞を憶えていっています。

具体的に詳しい情報を外に出していいのか判断つかないので、OKが出たらまた詳しく私の役についてご報告していきます。

2009/1/27 (Tue)
 

寒い日が続きますね。
『三人姉妹』も遠い昔のような気がします。相変わらず飲んだり、芝居観たりしています。
劇団も週一のペースで稽古が始まりましたが、団員に若い人も増えて活気が出てきた感じです。そろそろ次回作の案も決まりつつありますが、アントンらしい芝居をきっとお届けできると思います。
個人的には、前回の公演で体調管理の大切さが身に染みたので、まず体作りから今年は始めようと決めたのだけど、決めただけで1月が終わりそうです。ヤレヤレ。
40代最後の1年なので、もう一花咲かせたいなどと考えてます。アラハン(アラウンド半世紀)と呼ばないで下さいまし。

とち

2009/1/21 (Wed)
始動しました

2009年のアントンクルーは1月9日の新年会に始まり、1月15日に稽古始め。
今年の公演は、まずチェーホフの一幕ものになりそうです。
作品名、日時、場所等、詳細は秘密にしておきますが。

もちろんまだ読み合わせの段階ですが、一幕もの、面白いですねえ。
チェーホフはやはりファルス(笑劇)あるいはヴォードヴィルが書きたかったのだということがよくわかります。
その延長線上にあるのが「三人姉妹」であり「桜の園」なのですから、まじめに演じてはいけないのです。

これについては、アントンクルー第9回公演「アントン・ユモレスカ」の中でお伝えしましたね。
そうです、このモチーフについては、うちの陶野が大野城で観てきたという井上ひさしさんの「ロマンス」より、「アントン・ユモレスカ」の方がちょっと早いのですよ。

それはともかく、チェーホフの作品や人となりについては、阿刀田高が『チェーホフを楽しむために』(新潮社)という本を出していて、とても参考になります。一幕ものについてもきちんと紹介されている。
阿刀田高と言えば当代随一の読み巧者ですが、弘法も筆の誤り。「三人姉妹」のイリーナの婚約相手を間違えるという致命的な誤読をしています。
イリーナは40歳年上のチェブトゥイキンと結婚するんだとさ。本当の相手は30歳になるやならずのトゥーゼンバッハ男爵です。
「アントンクルーの三人姉妹」を観ていただいた方はおわかりですね。

怖ろしいのは、この間違いひとつで本全体の値うちが下がったような気になること。

たった一回セリフを暑リんだだけで、その芝居全体がゆるせなくなる客もいますから。
うちの役者さんがたも気をつけましょう。

岩井

2009/1/20 (Tue)
芝居観てきました

今年初の書き込みの勘タンです。
遅ればせながら、アケオメ、コトヨロです(ふっ、古)

18日の日曜日ももちパレスに“劇団東京ヴォードヴィルショー”の

『見下ろしてごらん、夜の町を。』

を観に行ってきました。(岩井さんも一緒に)
東京ヴォードヴィルは、学生の頃から大好きな劇団、だからとても面白かった。
(本当は昔のパロディたっぷりの芝居が好きです。『七輪と侍』とか『そして誰も笑わなくなった』みたいな)

で、ここの役者さんで僕が一番好きなのが、石井愃一さん。(今から30年前あのキャンデーズと共演した『みごろ、たべごろ、笑いごろ』のころから)

そして何と、終演後、石井さんと御飯を食べに行きました。(実は去年の公演の時も御一緒したのですが)

芝居の話は勿論、芸能会ウラ話とか、あの松田優作さんの想い出話等々、とっても楽しいひと時でした。

石井さんは、今年の7月博多座公演で、福岡に1ヶ月間いらっしゃいます。
その時に是非、我々の劇団の稽古を見てみたいと仰って下さいました。

今から楽しみです。

2009/1/18 (Sun)
ロマンス

寒い毎日が続きますね。
私は代謝が悪いようなので、すぐに手足が冷えてしまいます。
こうして日記をつけるためにキーボードをたたいていると・・・ほら、もう手が冷たくなってしまった。

今日は、お昼から大野城市にある「まどかぴあ」に行ってきました。目的はリンクシアター(演劇上映とパネルトーク)。

上演作品:こまつ座&シス・カンパニー公演の「ロマンス」

作:井上ひさしさん
演出:栗山民也さん
キャスト:大竹しのぶさん、松たか子さん、生瀬勝久さん、井上芳雄さん他

アントン・チェーホフの生涯と作品に秘められたメッセージに迫る。

その後、福岡県出身の俳優、井上芳雄さんと扇田昭彦さんのパネルトーク

というもの。

「ロマンス」は3時間の途中に休憩を挟んでの上映でしたが、笑いあり、涙ありで長いかな?と思いましたが、あっという間に時間が過ぎてしまいました。もう一度観たくなる劇でした。

やっぱりチェーホフの生き方や考え方は格好いいなぁ。
明日からまた頑張ろうという気持ちになりました。

「生きていかなければ」・・・働かなくちゃね。
                               陶野

2009/1/14 (Wed)
寒い夜には

寒い夜には、懐かしい思い出のように
ココアを飲みたい。
古い映画のビデオを見るとかね・・・

ところで、

僕はTVというものをほとんど見ない。
それが下卑ているとか、低俗であるとか、
そういうのじゃなくて、
ただ単に見ることが少ないというだけの話だ。

これは先週のことになるが、偶々TVを見ていたら
(もちろんこういうこともあります)
バラエティ番組に、かのオノ・ヨウコ氏が登場。
これはなかなか面白かった。

それは彼女のインタラクティブなアートの片鱗を見せるものでした。
彼女がジョン・レノンと知り合ったのも
それがきっかけだったと記憶している。

実をいえば、
僕はインタラクティブなアートにそれほど興味があったわけではない。
でも、そのプログラムを見ながらフムフムと思ったのでした。

「ART」のパンフに、
僕は「・・・演劇で世界を変えようとは思わない・・・」という一節を入れた。
もちろんコンテキストがあるから、
この部分だけを取り上げることは無謀であります。
しかし、とまれ、僕はそう書いたのだ。
それを読んだ、副代表の岩井がボソッと
「・・・そうですかねぇ、僕は変えようと思うのですが・・・」と言った。
僕は思うのだけれど、それはそうですよね、岩井さん。
少なくとも、演劇はその可能性を持つアートだと思う。
その可能性の一つが、演劇の、パフォーミング・アーツの
インタラクティブ化ではないだろうか。
それは、所謂、演劇という芸術の芸術的敗北でもなんでもないです。


そう言えば、
演劇ワークショップなるものがある。
それを支える思想とは何か。
僕はそこにインタラクティブな視点を導入すべきかと思う。
10年前のワークショップと同じ思想でやっても意味がないでしょ?
現在のワークショップが10年前と違っていて当然だし、
違わなければなるまい、と思うのですね。

話がハーポ・マルクスのオーバーコートのポケットみたいに
ゴチャゴチャになったけれど、ついでに・・・、
現代の金融危機は利益優先の社会構造が破綻した結果だと思います。
だから、求められるのは景気の回復などではなく、
僕ら自身の価値の転換ではないだろうかと思うんです。
(もちろん、苦境に立っている人の苦しみは理解した上で言ってます)
価値の転換は容易なことじゃないけれど、
なにより人間の精神の自由と豊かさ、
そして、社会の公正さ。
どのような苦境にあっても、向上心を忘れずに前を向いて
誰もが歩ける社会を築くこと・・・。
それは、演劇という芸術を通して可能だと
密かに僕は思っているのです。

従来とは違った演劇の可能性。
インタラクティブなアーツの営為を通して可能性を探ることも
必要かもしれません。
それこそ、中心とか周縁とか、地域とか中央とか
いろいろに言われる概念とは無関係に、
演劇本来の在り方を探る道なのかもしれない。

あら、思わず、堅い話になっちゃったわ。えへ。

ところで、
「アントンクルーは」新年会も終わり、
いよいよ明日は今年の初稽古。
さて、今年は皆様に、何をお届けしましょうや。

                    (史明)

2009/1/1 (Thu)
風を待つ・・・

今年も静かに年が明けた。
元日の朝の公園は、
飛行機が出払ってしまったあとの航空母艦の甲板のように
がらんとして静かだ。

風が吹いていた。

日記に書くのは突然だが、
僕は今年一年、アントンクルーから離れる。
あくまで、個人的事情による。この一年は、
「第三の男」のジョゼフ・コットンみたいに、
アントンクルーを見ていたい。

あるシンポジウムで、梁木靖弘さんが僕に聞いた。
「あなたにとって演劇とは何ですか?」
(おいおい、聞くか?)
・・・で、僕は「生きることです」と答えた。
だから、アントンクルーから、演出の現場から離れることは、
取り返しのつかないことに属するかもしれない。
年をとると、取り返しのつかないことが増えてくるものだ。
でも、とりあえず、そういう「選択」をした。
「洗濯」して、まっさらな柔らかいコットン生地になろうと。

「三人姉妹」の稽古中から考えていたこと。でも、
所属はしたままだから、いずれ帰ってくるつもりです。
日記も書くだろうしね。

僕は、これまでの全公演に「ごあいさつ」を書いてきた。
(いずれアーカイブズにアップします)
「三人姉妹」にだけは書かなかった。でも本当は書いていました。
ただ、出さなかっただけ。
ここに載せます。

  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

ごあいさつ
 本日は、お来場ありがとうございます。
ゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいのですが・・・。
今、本番5時間前です。
 この時間になると演出担当の僕のすることは何もありません。
スタッフの邪魔にならないように、
舞台のホコリを払うか、窓ガラスを拭くか、
エレベーターのボタンを押すか、会場の隅っこを温めるだけです。
 アントンクルーの公演数も番外公演の3回を除いて、10回目の本公演。
いままで支えてくださった観客、客演、応援スタッフの皆さまに
心から御礼を申し上げます。
 思えば遠く、歩いてきました。
メンバーも増え、力も付いたし、いろいろな面で充実してきました。
そろそろ休んでいい頃かもしれません。
継続ばかりしていると、思いかげず人生は淀むことがあるものです。
そう言えば、僕らは、生まれてから今日まで、
いったい何歩あるいてきたでしょう。
それは書物の旅路よりも遥かで、
そのくせ心から心までの数センチにも足りないような気がします。
だから歩幅はいつも淋しい記録です。
人生は闘いの連続ですが、
一方では、やはり淋しさと共に歩くものなのかもしれません。
 さて、アントンクルーは今後、
チェーホフの戯曲全作品を上演していきます。
皆さまに喜んでいただけるような作品創っていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
 それでは、もう一度、本日はご来場ありがとうございました。
 ゆっくりお楽しみ下さい。
               アントンクルー代表 安永史明(演出) 

  ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

ウイリアム・シェイクスピアが言っているように、
今年死ねば、来年はもう死なない。
今日の風は明日の風とは違う。
夕映えの丘でスカーレット・オハラは、明日の風を思っていた。
僕は、19世紀のイギリス絵画のような午前の光の中、
静かに明日の風を思っている。

                    (史明)

2008/12/24 (Wed)
初舞台を終えて

遅くなりましたが
ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。

公演中は、忘年会や降雨や日中韓会議と慌ただしい中、ご来場いただき感謝いたしております。

貞之助役の、今回公演が初舞台の川中です。

今回の公演に際し、客演の皆様、劇団員やスタッフの方々からたくさんのアドバイスをいただき、この何ヶ月間は非常に有意義な時間を過ごすことができました。関係者の皆様、誠にありがとうございました。

記録で撮影していた映像を観ると、自分の直さないといけないところが目立って、ひたすら反省。 頭が寒い、頭が・・・

観に来ていただいた方々からは、様々な感想をいただいております。
当然、厳しい意見もあるかと思います。真摯に受け止め稽古に精進して参ります。

本番で大きなミスがなかったことから安心し、放心状態で仕事も手につきませんでしたが、年内の劇団打ち合わせも終わり、複雑な気持ちの中、あと何日かで年末。何とか乗り切りってまいりましょう。

皆様、これからもアントンクルーの応援よろしくお願いいたします。

2008/12/21 (Sun)
三人姉妹で舞台デビュー

本格的に寒くなり、本番終了後気を抜き風邪をひいた陶野です。
みなさんは風邪などひかれていませんか?

先日無事に公演を終了することができました。
応援してくださった方々、見に来てくださった方々そして、本公演の為に手伝ってくださったスタッフの方々や出てくださった俳優さん方、本当にありがとうございました。

この2ヶ月お春として稽古に参加してすごく楽しかったです。
最初はお春を演じているという気持ちでしたが、稽古の間「お春〜」とみんなに呼ばれ、鶴子に「泥棒ばあさん」といわれる度に「私かわいそう」と思うようになり、最後にはお春になれたのではないかな?と思います。

私の中では1・2幕で元気だったお春が3幕で幸子にすがるシーンがとても難しく、毎回幸子さんが驚く姿や鶴子さんの怒る顔を見て自分の気持ちに任せて演じていました。

みなさんの目にお春はどのように映ったのでしょうか?


これからまた稽古して今よりうまく演じられるようになりたいと思います。

2008/12/18 (Thu)
ありがとうござました。

今、部屋の中はブラームスの1番です。
シャルル・ミュンシュ。
このCDが終わったら、グイド・カンテッリも聴きたい。
僕の持っているカンテッリは1953年の録音ですが、これが実に味わい深い。
冬の深い夜はブラームスが似合いますよね。

一週間前のこの時間は、ぽんプラザでゲネプロだった。

第10回公演が終わった。
早々に完売し、当日券は発行したものの、
客席を増設もできず、やむなくお帰り頂いたお客様に対して
心からお詫び申し上げたい。
同時にご観劇の皆さまに感謝申し上げたい。
ありがとうございました。

いつも芝居が終わると、
アレをこうすれば良かっただの、
コレをああすれば良かっただの、
後悔ばかりが浮かんでくる。
演劇は風の芸術だから、過ぎてしまえば二度と戻せない。
僕らがふと後ろを振り向いたとき、
そこには「反省」と「後悔」があると思うのだが、
ついぞ、反省をしたことがない・・・あるのは後悔ばかりだ。

理屈で「こうこう、なんだよ」と
いくら説明しても伝えられないことがあるし、
どんなに経験を詳しく語ってもと伝わらないこともある。
たぶん、創った人間しか分からない類のものだ。
ヤレヤレ。

言葉がないと生きていけないが、
言葉あることで人は耐えられないのかもしれないです。
言葉を持たなければ、
遠い海鳴りを聞きながら、
人魚のような冬の海に向かって、
ただ耐えるしか術がない。
言葉があるばっかりに、仮定法を持っているばっかりに、
あの時ああすれば良かっただの、
この時そうすれば良かっただの、
ついつい思ってしまうものだ。

目を閉じて、インカの井戸くらい深い溜息をつく。

                    (史明)

2008/12/4 (Thu)
完売

どうも、安永です。

予想はしていたけれど、
こんなに早いとは思わなかった・・・んです。

今まで、
アントンの芝居を楽しんでくれた人は、
おおむね、公演1週間前くらいに
ボチボチ、チケット買っておこうかと、
そんな感じだったんですね。
もちろん、それでかまわなかったし、
僕らの芝居はそれで良かったのですが。

ところが、
昨日で全公演完売の情況。

顧客の皆さまには
申し訳ないと思います。
ヤレヤレ。

座席の確保を
改めて考えたいと思ってはいるのですが・・・、
・・・と、我ながら、いささか歯切れが悪いなぁ。

2008/12/3 (Wed)
ぽん稽古

寒くなりましたね。
皆様お元気ですか?制作部兼俳優部の陶野です。
先日、12月1日・2日は「ぽんプラザホール」にて舞台の確認とバミリ、デハケの確認が行われました。「バミリ」と「デハケ」がカタカナなのは私が初心者の証です。音でしか分からないのでカタカナにしました。
私は初めてステージに立つので、準備から通しに至まで一人で右往左往してしまい軽くみんなの邪魔だったのではないかと思います。

時間は19時開始→22時終了。

舞台も全員で組立てをしてから稽古を行い、それからバラシなのでなかなかハードでした。

稽古の内容は
1日目舞台の確認と軽く稽古。
2日目は1幕から4幕まで通し。

自分のデハケの位置を確認しながら動いていました。・・・動いていたはずなのですが、「お春!どこから出てきた!!」と怒られてしまいました。「いや、そこのシーンは自分でも疑問だったんですよ。」と心の中でいい訳してみたりして。スミマセンでした。

しつこいようですが、私は舞台初出演になります。初めて照明の下に立ってみてこんなに照明の熱が暑いとは思いませんでした。

私の役は小間使いのおばあちゃんです。ちょこちょこ出演します。

正直言うと、「おばあさん役かぁ」と思った時もありました。でも、2ヶ月間この役と付き合ってくるとこの小間使いのおばあさんが愛しくてたまりません。逆に公演後、この役から離れなければならないのかと思うととても寂しい気持ちになります。
 悔いが残らないように精一杯頑張りたいと思います。

2008/11/24 (Mon)
稽古場リポート 

おはようございます。遊鶴です(*^▽^*)

今日はとっても寒いです。。。こんな日は温かいおこたでおでんでも食べたいですd(^-^)ネ!・・たまごに厚揚げにたこの足(*'ー'*)ふふっ♪

さてさて、稽古場もふつふつといい感じに煮立ってきています。

この前は、雪子の迫真の演技で幸子がかなり吹っ飛ばされていました。
一同大爆笑。凄すぎます。。。

「現場っていいなぁ」と実感した一日でした。

今日も稽古です。精一杯楽しんでこようと思っています(o^∇^o)ノ

2008/11/未明 (晴れ)
稽古場リポート 

素敵な日記に触発されて。

いつか載せたいと思っていた一枚です。

初めて安永さんをお見かけしたときも、ハンチング帽でした。
稽古場でも、時々かぶっていらっしゃいます。

もし、劇場で眼が細くて眼鏡をかけてる、ハンチング帽の人がいたらきっと゛うちの演出家゛です(o^∇^o)ノ

                      (遊鶴)

2008/11/16 (Sun)
雨の日曜日

午前中はどうにか持ち堪えたようだったけれど、
午後からは堪えきれずに雨。
季節の変わり目はいつも風を伴う雨が降る。
ひとつの季節が生み出されるためには、
自然は痛みを伴わなければならないかのように。

雨の日曜日です。
雨の日曜日には、スタン・ゲッツでも小さな音で流し、
ゆっくりと読書に耽るのがいい。

本を読む風景について話そう。

昼下がりのレストラン。
マニキュアが剥がれたのを気にしている
脚の綺麗なウエイトレスを気にしながらソフォクレスを読むと、
その落差に目眩がするほどだ。
言葉では上手く説明できない。

サイズの合わないキャップを後ろ向きにかぶったような気分の日。
風はあくまで生ぬるく、
砂に埋もれかけた海辺の公園のベンチでは、
メルロ・ポンティを読んで身体を解放させるための考察をする。

港町の古いコーヒーショップで、
質の悪い硝子の窓の向こうに飛ぶカモメを眺めながら
少年が大人になるとき、
寺山修司はきっと祝福してくれるだろう。
だけど、少年は
永遠に記念写真の中で笑っているだけなのかもしれない・・・。

そして・・・
旅先のホテルのシングルルームで読むのは
アントン・チェーホフに限る。
絶版になった中央公論社版の全集は
ちょうどベッドの傍のバイブルの大きさだ。
バイブルには神のすべてがあるが、
チェーホフには人間のすべてがある。

チェーホフが20代に書きなぐった短編の数は
500編を越える。
それらを読むと、さまざまな階層の
愚かしく、同時にわけのわからない人間が数多く登場する。
人間の営みの崇高さや尊厳や、なにやら、かになやら・・・
それを否定するわけではないが、
人間とは、
考えてみると、愚かしくも哀しい生き物ではないだろうか。

だから、
晩年の四大戯曲に登場する人物たちもまた、
愚かしくも哀しい、
わけのわからない人物たちではないだろうか。
そう考えると、
新劇の演劇人が思いを込めて創り上げた
チェーホフ作品の芝居は、どうも違うような気がする。
彼らは頭で学んだ戯曲を上演しただけで、
人間を描いてはいないような気がする。

僕らは、確信を持って作品を作るけれど、
同時に、自分たちが、
間違いを犯しやすい人間であることも自覚している。

・・・いつもこうして、開演直前まで、
試行錯誤の毎日です、はい。

では、風景の続き。

五月の風の中では、サリンジャー。
夏の蒸し暑さの中ではガルシア・マルケスを読むのがいいだろう。
プールサイドでは、ミラン・クンデラ。
もっとも室内プールです。えへッ。
秋のはじまりにはコットン地のセーターを着て、
リチャード・ブローディガンを読みたい。
人生のように苦いコーヒーを飲みながら。
冬は、・・・冬は何がいいだろう。
案外、満天の星空のもと、サン・テグジュペリとかが似合うかもしれない。

安永でした。

2008/11/13 (Thu)
稽古場リポート 

今日はとってもいい天気です。こんな日はウキウキどこかへ散歩に行きたいですd(^-^)ネ!

さてさて、前回お伝えできず温めておいた写真をご紹介します。

妙子(イリーナ)役の酒瀬川さんと野村(ソリョーヌイ)役の竹石浩一さん。
舞台上の野村はとっても危険な男なのですが、竹石さんは気さくに話しかけてくれる人です。

「アントンクルーの三人姉妹」いろんな愛の形がでてきます。ぜひ、お楽しみに。

危険な恋に憧れる遊鶴です。
 
今日も明日も稽古です。がんばるぞっ。・・・・・。役者さんが。

2008/11/9 (Sun)
稽古場リポート

おはようございます。遊鶴です(*^▽^*)

久しぶりに稽古場へ。ウキウキ、ドキドキで見学させていただきました。
せりふのテンポやリズム、細かい指示が飛ぶ緊張感のある稽古場でした。
 
そんな緊迫感の中、岩井さんはヘンテコリンな敬礼を考案中。
「女性に対してはこう!」と、これまたヘンチクリンな敬礼を見せていただきました。思わず、笑わずにいられない敬礼です。ぜひぜひ、本番をお楽しみに。
 
今日の一枚は、稽古場から見える風景をアップしてみました。
しとしと降る雨の中、鮮やかに映えた紅葉がとても美しかったので。

こんな色っぽい空気の中で、瀬越と雪子のシーン稽古が進んでいきます。
瀬越役の栃原さんは時に耳まで真っ赤にされながら稽古されていました。

そんな緊迫感の中、これまた岩井さんはにやにやと・・・。楽しそうでした。

うふふっ(*゜v゜*)

2008/11/5 (Wed)
稽古場リポート 

練習日になかなか参加できなくて、ちょっぴり残念な遊鶴です(*^▽^*)
みなさん、どうおすごしですか?

前回、紹介できなかった写真をアップします。

一幕のワンシーンです。
緑の服は峯尾かおりさん。三人姉妹の長女幸子(オーリガ)役です。「おおらか」な雰囲気で、現場でもいつも和やかなまなざしでとっても安心させられてます。
黒の服はわだちよさん。鶴子(ナターシャ)役です。すごく楽しくお話をされる方で、えくぼが素敵な役者さんです。
そんな2人の貴重な2ショットです。

驚き その 〇或融佶紊砲麓造老擦いたなんて!!!

2008/11/2 (Sun)
稽古場リポート 

こんばんは、遊鶴です(*^^*)

ずいぶん秋の足音も大きくなり、あったかいお味噌汁が美味しい季節になりました。
しかし!この寒さにも負けず役者さんたちは半袖で元気いっぱいでした(^O^)/
 
立ち稽古に入り、演出からの細かい指示が飛びます。
ついつい見とれてしまいます。

写真をたくさん載せられないのが残念です。

今回は、真ん中が奥畑(トゥーゼンバフ)役の岩井さん
    右側は妙子(イリーナ)役の酒瀬川真世さん
    左側は雪子(マーシャ)役の冨永枝里さん
二人とも素敵な笑顔の女優さんです。

2008/11/1 (Sat)
11月になりました

お久し振りです、勘タンです

いよいよ11月、『三人姉妹』公演まで1ヶ月と10日余り。

稽古も日増しに熱が入ってきております。

しかし、今回の『三人姉妹』!私勘タンには画期的な芝居です。

と言いますのは、私今回が、アントンクルー三作目ですが、最初の『アントン・ユモレスカ』が男4人、2本目の『ART』が男3人、そうですこれまで僕は舞台上で男性としか接した事がなかったのです。

それが今回の『三人姉妹』はなんと女優が5人、それも素敵な方ばかり。
シャイな僕は毎日毎日が緊張の連続です。

そして、なっ、なっ、何と今回、私勘タンのラブシーンがあります。
 
え〜っ、勘タンのラブシーン!!!

キャ〜!!!

どうです、見たくなったでしょう。

チケット絶賛発売中!

お待ちしてま〜す!!!!!

2008/10/29 (Wed)
お久しぶりでございます。

10月も終わりますねえ。


稽古も楽しく進んでおりますが、
役者のみなさん、セリフも入ってきた頃でしょうか。
私は覚えるので精一杯というところです・・・。

『セリフが飛ぶとはこういうことか』と実感。
滑舌がよくなるようにしないと。
まわりは百戦錬磨の役者の方々、
いつまでも、初心者とは言っていられない。

29日の稽古は、第1幕・第2幕。
演出よりの指示も入って、緊張して参りました。


さて、チケットも販売開始になりました。
皆様、ご購入よろしくお願いいたします。


右脚太ももの肉離れと腰痛に悩まされている、川中ですた。

2008/10/28 (Tue)
チケット販売開始!!!!

はじめまして!
制作?みたいな・・・まだ、はっきりとしたポジションがありませんが、稽古のリポートや今回の役者さんの紹介などを書いていこうかと思っています
さてさて、『三人姉妹』のチケットが販売開始になりました。
ぜひぜひ、アントンメンバーや役者さんから買ってくださいね。
稽古も楽しく進んでいます。 (遊鶴)

2008/10/20 (Mon)
この圧倒的な時間のなさけは人のためならず

それにしても、誰も日記を書かないなぁ・・・。
ヤレヤレ。

みんな忙しいんです。
仕方がない。
あきらめて、手に入るものだけでやっていくしかない。
それが人生の原則だし、
それに効率の良し悪しだけが
僕らの生き方の価値を決する手段ではないのだ。
でもね、
僕らは出来れば、
常にテラ・インコグニタ(未踏の大地)を歩きたい
・・・とは思いませんか?
それが「創造」というものの真の在り方だと思う。
少なくともアントンクルーはそうでありたいものです。

最近の僕は、圧倒的に時間に追われています。
化石時代みたいな昔の話になるけれど、
高校生の時代のこと。
試験期間になると妙に「本」が読みたくなった。
やらなければならないことが
山のように控えていて・・・、
たとえば、チャート式数学靴里△襯據璽犬留藹課題を解くだの、
英文解釈でサマセット・モームの長文エッセイを読むだの、
漢文の抑揚型の構文を覚えるだの、
薔薇戦争はランカスター家とヨーク家の争いだったか・・・
・・・にもかかわらず、
全然関係のない、アルチュール・ランボオの書簡集を読むとかね。
というわけで、
今僕は、数冊の本を片手に、資料を横目で見ながら
台本を読んでいます。
チェーホフは圧倒的に楽しい。

16日。団員会議。
全員がそれぞれの役割を担当することで確認。
うまく廻れば、素晴らしいと思う、今日この頃(笑)

DM第一便が発送されています。
もちろん、チラシも出来て折り込みも開始したしね。
予約が早く入ると嬉しいな。

                     (安永)

2008/10/7 (Tue)
討ち入り討ち入り

深まりゆく秋、昨日の稽古は第1幕の読みでした。
意見を出しあいながら、次第に人物像も浮き上がってきました。
足を引っ張っているのは、完全に僕です。
皆さん、すみません。頑張らなくては。

先週の土曜日は稽古の後、大橋の「辛の介」にて討ち入り。総勢16名の参加で大いに盛り上がりました。二次会は軽くのつもりでしたが、やはり、帰宅は日付が変わっていました。皆さん、お疲れ様でした。
とち

2008/9/30 (Tue)
初回稽古

にわかに秋の気配が深まる今日この頃。
街は哀しみの色を次第に増してきた・・・。
(なんだか、格調ありそうだなぁ)

というわけで、
昨日は「アントンクルーの『三人姉妹』」、
第1回目の読み合わせでした。
毎回思うのだけれど、早く早くと思いながら、
いつもスタートが遅い。
これは代表の僕と副代表の岩井の性格に因る。
内心畏れながらも・・・まぁ、なんとかなるさ、と言うのが僕。
内心自信に溢れながら・・・絶対大丈夫、と言うのが岩井。
どっちもどっちである。

客演の皆さん、全員参加。
スタッフの一部の人も参加。
ギャラリーも参加。

20名を超える大所帯でした。

さすがに皆さん、数多くの舞台を踏んでいらっしゃることを
改めて確認。
良い芝居に出来上がることを予感させます。

いつも思うのだけれど、
こうなったら、どこかで火山の大噴火があっても、
イスラエルの機甲師団がどこかの中東の村を壊滅させても、
止めることはできない。
12月12日の初日を迎えるまでは。

アントンクルーの代表作は?
それは・・・「NXST ONE」
あはは、チャップリンのパクリです。
           
                (安永)

2008/9/28 (Sun)
Tシャツ作ってみました

晴れていれば暑いと感じながら、吹いてくる風が冷たくなり我が家の食卓に栗ご飯が出てきて、「秋だなぁ」と思う陶野です。

実は今回、anton crewでTシャツを作ってみました。
いかがでしょう?

色は白地にオレンジと黒地にグリーンです。写真ではグリーンの文字が写らず白のTシャツの下に黒いものがあるとしかわからないと思いますが・・・。

制作をお願いしたのは、福岡市の上人橋通りにある「kaduraya」さんです。
とても親身になってくださって、良いものができあがりました。
このお店ではオリジナルTシャツも作っているので一点ものが欲しい方にはオススメです。

寒くなってきたので私的には長袖もしくは七分袖も欲しいなぁ。

今月の稽古が明日から始まります。久しぶりで少し緊張します。

2008/9/21 (Sun)
稽古の合間に・・・

稽古の合間(休み期間)にラグビーで顔が日焼けした川中です。

そろそろ涼しくなるかと思っていましたら
まだまだ、暑いですねえ。(汗汗汗)

この間、私は自主練習。
と、いくつかの公演を観に行っておりました。
演劇集団キャラメルボックス
つかこうへいさんの など

昨日はアルカスSASEBOで
F's Companyさんの『ツキコイシ』。
いろんな意味でありがとうございました。


本日は、公演の打ち合わせを行いました。
川中はどんなふうになりますか。ふっ、ふっ(汗)。

いよいよ本格的に稽古が再開されます。
ちょっと、緊張してきましたぞ。(汗)

2008/9/5 (Fri)
三人姉妹どす。

9月に入り本業の仕事に追われWebページの更新を怠っている、Webページ作成担当の陶野です。

気がつけば日が暮れるのも少し早くなってきたし、風や空から秋になったなぁと感じます。
食べ物も美味しいこの季節。しっかり食べて、しっかり運動して、稽古に励みたいと思います。

8月30日・31日に京都に行ってきました。
メンバーは、アントンクルーから岩井、勘タン、栃原、陶野+現在一緒に稽古をしているMさん。
目的は京都で活躍している劇団、ニットキャップシアターが公演する「三人姉妹」を観劇しに。
今年行われた福岡演劇フェスティバルにも参加されていて、私の大好きな劇団のひとつです。

勘タンさんの車に同乗して、いざ京都へ!!

そう・・・・車で。

交代で運転し、片道6時間ぐらいかかりました。

舞台はというと、劇場に入った瞬間に度肝を抜かれるほど大きな階段が舞台にドーン。(宝塚の大階段みたい)
階段の真ん中に突き刺さった木の幹。
そして、階段から透けて見えるテーブル。

「おぉっ!」

開演し役者さんが登場。
これまた奇抜な衣装とメイクで驚かされました。
(私はすごく好き)

舞台が終わり、地点の三浦基さんと演出のごまのはえさんのポストトークも聞きましたが、作品に対する思いや重要視しているところが異なり、アントンクルーの三人姉妹と違う感じ方があるのだと気づくことができて良かったです。

同じ本でも、演出家によって雰囲気が変わる。

アントンクルーの三人姉妹はこの先どのような作品になっていくのか稽古に参加するのが楽しみになりました。

2008/8/23 (Sat)
夏が過ぎて行く・・・

安永です。

お盆を過ぎた頃から
風の色が変わったような気がしませんか?
空には相変わらずの入道雲があるし、
蝉の鳴き声は喧しい。だけど・・・。

僕の自宅の前は
川幅100メートルくらいの大きな川があります。
そういえば、
この距離を10秒かけずに走る人間がいるんですね。
ワールド・レコードとか言われても
実感することはなかなか出来ないけど、
そう考えると、とても分かりやすい。
・・・なんの話だっけ? そうそう、川です。
それだけの幅があるから河面は一様ではない。
時々、部分的に波が立つことがある。
一本の筋のように。
あれは「風の道」なんだろうと思います。
青々とした五月の麦畑でも見られる現象。
見えない風が見えることがあるんですね。

夏が過ぎて行きます。

夏の盛りの美しい夕焼けと共に
季節は過ぎて行き、
風の中で夏は終わりを告げます。

まぁ、考えてみるまでもまでもなく、
人の存在が有限である以上、
僕らは身体の中に「別れ」の種を抱えていますよね。
恋がはじまれば、いつかは終わる。
心と現実は多くの場合ずれていくものだ。
身体の外部でも同じ。
たとえば、電車に乗ったら降りなくちゃいけないし、
緞帳が上がったら、いつかは幕は下がる。
みんな同じ構造なんです。
言われてみれば、誰もがそうだと言うはずですが、
なかなか、気づかない。

「別れ」は当人にとっては、つらく悲しい事柄でしょう。
でもね、
本当ははじめっから分かっていることなんです。
僕らは身体の中に「別れ」の種を抱えているんだから。
気づかないよねぇ〜、しかし。
そんなこと考えたら恋だって出来ない。
もっとも、しようと思って出来るものじゃありませんけど(笑)
考えたくないのかもしれないし、
そもそも、気づかないのかもしれない。

そういう人間の存在は、
愛おしくもあるし、また、ちょっとおかしくもある。
『三人姉妹』の最後で、
オーリガが感動的な台詞を言います。
それは、たぶん感動的な台詞なんだろう・・・。
悲しそうで、しかし、希望に溢れているような、美しい台詞。
でも、それも所詮有限な、人生の中の一コマ。
ちょっとおかしい。

『三人姉妹』の読み込みが始まりました。

2008/8/19 (Tue)
 

トチです。

昨日は稽古。

キャスト(予定)のHさん、Tさん、Mさん、Wさんも参加しての久しぶりの(?)活気あるものでしたよ。高橋君も元気でした。

やっぱり人数多いと楽しいですね。
そして今日、Sさんも決定という朗報が。頑張ろおっと。

それはそうとオリンピック、盛り上がってますなあ。
超人というか何というか、地球規模の大運動会、マスコミの浮かれようは見ていてちょっと恥ずかしい。

けれど、誰が一番速いのか、誰が一番の力持ちか、誰が一番美しいのかと、単純なものはそれはそれで感動を呼ぶのよね。

それでいいのかと自問するとどこかで「それでいいのだ」という声もする。演劇の世界も最近は単純なものほどウケるのだとか・・・。ウーム。

そして、北島康介の肉体と自分をくらべてタメ息しか出ない現実。

どげんかせんといかんナ。

2008/8/5 (Tue)
花火大会

皆様、暑中見舞い申し上げます。

ども、川中です。
減量するには良い時期になってますね。
運動してますか?自分は...適度に。
稽古場では、ストレッチやワークショップで体を動かすと汗が大量に(冷や汗も)。

今回の稽古は、筑後川花火大会の日に行いました。

・「ストレッチ」
 メニューによっては、伸ばすのが厳しい方もおられまして..少し楽な姿勢を考えないといけないかな。
・「たるえだ」
 基本はその場で走る、『樽!』の声でエアで樽を飛び越える、『枝!』の声でエアで枝をしゃがんでよけるをランダムに行うあれです。

・「三人姉妹」第一幕の読み合わせ
 (この辺から私の汗の質が変わる)
 役者は男性が多いので姉妹の配役も。
 三人兄弟という声もあったが。
 自分のことで精一杯な私は、緊張の中セリフを読む。
 演出より、表現について指摘を受ける。
 未熟な自分には重要な時間。
 本公演の稽古までに何処までレベルアップできるか。

・「役者1名がシチュエーションを決めてサイレントで演じ、観る者が設定を当てるゲーム」(タイトルあったかな)
 観客側に質問してもらえるので徐々にどんな設定か判ってくるが、最初の設定でマニアックなのを選ぶといつまでも演じ続けないといけない状況に。
 ふう、今回はなんとかクリアできました。

・「三人姉妹」本日の読み合わせ箇所を通して、終了。

北京オリンピック、いよいよ開幕。
テロ、暴動、大気汚染など色々ありますが、今後は何も起きないことを祈ります。

2008/8/2 (Sat)
イチロー3000本安打達成

お暑うございます。

次回公演「三人姉妹」まではあと4ヶ月と少しあるのですが、リハビリのために週1回の稽古をしております。
筋トレと、K中さんが開発した最強のストレッチをおりまぜて、中年男達がひいひい言いながら汗を流しております。その様子を、最近アントンに復帰したY浦嬢が冷ややかに見ているという図です。
そのあとは、つかさんの「熱海殺人事件」岸田戯曲賞受賞バージョンをテキストに、これもリハビリのために読み合わせております。
私の「三人姉妹」の上演台本ができていないので、こういうのを読むはめに・・・でも「熱海」の稽古は、いつか役に立つことでしょう(どういう風に「役に立つ」かは言えない)。

ところでイチローが日米通算3000本安打を打ちましたね。張本さんもさぞお喜びでしょう。ピート・ローズさんも喜ばせてあげてほしいものです。ついでにジプシー・ローズさんとコロンビア・ローズさん、ゲバルト・ローズさんにもお裾分けをあげましょう。

イチローは試合前には誰よりも早く球場に行き、1時間かけて入念にストレッチをするそうです。だから怪我をしないのですね。
清原みたいに、ヒクソン・グレーシーに師事して格闘家のような肉体をつくっても、野球に役立たなければ意味がありませんから。逆に、イチローの肉体は野球にしか役に立たない。ちなみにイチローがシアトルにいるときの昼食は、毎日変わらず奥さん手製のカレーだとか。まったく同じリズムですごさないと野球に打ちこめないとのこと。
この人、野球以外はすべて捨ててるんですね。すごいですね。すごいけど、私は清原の方が好きです。

ひるがえって、芝居の世界を考えると、一体芝居以外すべて捨ててる人って、何人ぐらいいるのでしょうか? 芝居以外すべて捨てて打ちこんでも、食っていけるのはひと握りです。食っていけるようになったらなったで、バラエティーだのドラマだの別の仕事が入ってきますから、結局イチローみたいな芝居サイボーグにはなれないんですね。

ということは、われわれのように本業(副業)を持ちながら芝居をつくるのもありかと。
芝居者の生き方に関する議論はすでに手あかにまみれておりますが、書くことがないのでお茶をにごしました。

岩井

2008/7/30 (Thu)
夏の盛りです

連日厳しい暑さが続いています。
こういう日々は木陰で冷たいカルピスソーダを飲みながら
サマセット・モームあたりの本をのんびり読むのがいいですね。
ウイリアム・フォークナーなんかはちょっと違うと思う。

暑さの中、僕はますます忙しい日々です。

一昨日は、ギガの菊沢君のワークショップに行きました。
噂には聞いていたけれど、なかなかタイトなエクササイズでした。
たぶん時間をかけて深く考えられたメニュー。
体の隅々まで行き届いたものでしたね。
胸の開き方や腰の据え方などなど・・・とても参考になりました。
・・・そうか、菊沢君はこうして体を造って来たのかと納得。
どこかで書いたと思うけれど、
僕は、彼のことを福岡の男優の中では
最も素晴らしい役者と常々考えていました。
それはきっとこうしたルーチンの上に形成されているんですね。
菊ちゃん、しばらくご無沙汰ですが、また一緒にやりましょう。

昨日は九州大谷短期大学表現学科の創立30周年記念・福岡公演。
『三人姉妹』です。
冒頭、沖縄音楽でスタート。
意表を突かれましたね。
確かに『三人姉妹』に限らず、古典作品は
毎年どこかで必ず上演されているので、
新しい切り込み方を模索しなければならないという苦労があります。
それにしても、何故沖縄民謡なのだろう・・・。あは。
学生たちはなかなか健闘していました。
背伸びをしながらも、
なんとか世界に迫ろうとする姿勢は若者の特権です。
願わくば、
身の丈にあった年齢まで、そのまま続けてもらって
身を揺るがす、世界を変えられる、
本当の舞台の素晴らしさを感じて欲しいと思います。
舞台にはチェーホフが登場するが、
あの髭はちょっと濃すぎるんじゃないかしらん、日下部君。
50年前のアニメーション『ポパイ』に登場する
ブルートが手入れの間に間違えてカットしすぎた感じ。
おまけにそのチェーホフが乳母車に乗った構図は
なかなか見れない貴重なシーンでした。

『アントンクルーの三人姉妹』もがんばろッと。

久しぶりに梁木さんとも会いました。
彼はアジアフォーカスの総責任者なので、
これから半端じゃなく忙しい日々かなぁ。
しばらく話していないので
夏の間に一度会えると嬉しいんだけど・・・。
しかし、
彼はこのページはのぞかないな、きっと、うん。

                    (安永)

2008/7/14 (Mon)
勘タン、頑張る

勘タンです。
「ART」が終わって1ヶ月、遅ればせながら、御来場頂いた皆様、有難うございました。

芝居が終わった私は、すっかり落語家粗忽家勘タンになっております。お陰で6・7月は忙しく、西は志摩町から東は田川まで、10回以上は落語をやりました。

そんな中、アントンクルーは次の公演に向け始動しております。

で、この夏のテーマは体力作り。何と言ってもアントンクルーの役者は若くない、それどころか見る人が見れば“初老”と言っても過言ではありません。「ART」の時も、役者三人、その体力の無さに唖然としました。

先週から始まった稽古、鬼の演出家が命じたのは

“腹筋”

仰向けに寝て、床から足を上げるアレです。

で何と、鬼の…は、

「腹筋をやりながら“しりとり”しま〜す」

だって。これが苦しい。

苦しむ僕らを横目に嬉しそうにカウントをとっておりました。

きっと、次回公演の時には、すっかりビルトアップされた私が見られると思います。

因みに、もはや初老の私は木曜にやった腹筋が三日後の今日痛み出しました。

終わり!

2008/7/4 (Fri)
更新

こんばんはWebページ担当の陶野です。

「ART」も終わり、次回作『三人姉妹』に向けて動き始めたアントンクルー。

劇団は動き始めているのに、Webページの更新がデキテイナイ・・・。
公演場所も決定したのでこれを期にWebページも変えてみました。

どうでしょうか?

なぜかピンクのイメージがついていたので、このカラーで作りましたが、現在の31℃ある部屋で見ると暑苦しく感じてしまいました。

まとまった時間が出来た時に、爽やかな感じに作り直したいと思います。

最新ニュースの所にある「稽古案内」にもリンクを張っていますので、押してみてください!

2008/7/1 (Tue)
ミーティング

こんにちは、久しぶりにトチです。
「ART」ありがとうございました。

せっかく絞ったのにまた一気に3kg太りました。アアア・・・。

昨日は、クルーのミーティングでした。
収支決済報告の後、冬公演に向けての意見交換。

いつものメンバーで、代表の奥様手作りのアップルパイを頂きながらなんやらかんやら。

一応、方針は決定しました。

で、まずはキャストの技術向上を目指して来週より週1回の訓練開始です。
どうぞ、ご一緒に。

ちなみに来春は、アッと驚くアントンをお見せします。
こちらも乞うご期待。

では。

2008/6/17 (Tue)
終わったぁ

打ち上げも終わったし、
その報告も終わったし、
新人二人の日記もあるし・・・、
そうか・・・
川中はプチデビューの感想が聞こえてくるのか・・・。
陶野は初々しいなぁ・・・。

さて僕は、
来場して下さった皆さまへの感謝を、
まずは一言。
日記の場を借りて、
皆さま、ありがとうございます。
遅くなりましたが。
ことに新規のお客さんが多く、
しかもまたアントンの芝居を見たいという感想が
思いがけず(笑)多く、感謝しております。

で。

毎度のことではあるが、
残務整理もあってまだまだ気持ちが切り替わらない。
だいたい僕は公演終了後の1ヶ月は
すっかり舞台のことをOFFする人なのだ。
でも、まぁ、ね、
予告編打っちゃったしな・・・。

今日、同じ大学院で学んでいる研究室の後輩から
「ART」の感想メールが届いた。
気持ちが爽やかになるメールで、
文章にはやはり人柄が表れるんですね。
素直でスッキリとして、
海千山千の舞台演出家としては、
9歳か10歳の無力な少年になったような気分です。
ありがとッ。

閑話休題

おそらく何事でもそうだと思うんだけれど、
最後の詰めの在り方で、
出来不出来が決まるような気がする。
詰めはテクニカルな面もあるけれど、
主にメンタルな面でしょうか・・・。
生きることの本当の意味は、
「何を成し遂げられるか」というよりも、
その「何か」に向かう
自分の「身の動き」のスタイルの中にあるものだ。
幸いにして、多くの人に喜ばれた舞台でしたが、
(もちろんダメダメという人もいますよ、あはは)
そんなことはあまり問題ではなく、
最終的(稽古の最後の最後まで)に
自分たちがどのように作品に向かったか、
そのことが
今後のアントンの芝居に活かされるのではないか
と、僕は、今、考えている。

歩いたり
息を吸ったり・・・
取り立てて言うほどのこともない、
そういう些細な日常が生きることの総体。
僕らはそういうものを使って言葉を紡ぎ、
感性を高め、思想を構築していく。
そして、演出家は舞台を作るわけですね。
だから生き方が変われば舞台も変わるわけだ。
逆に言えば、舞台を観れば、
その演出家や劇団の柄が分かるのだと思う。
とはいうものの、しかし、難しいですね。
ハーゲンダッツのヴァニラの魅力を
一言では説明しきれないのと同じです。

最後の「三人姉妹」は、賛否両論なんだなぁ、これが(笑)
でも僕は、やりたかったし、やるべきだと思っていた。
舞台は「晴れ」のもの。
会場を後にする観客が地上から数センチでも浮かび上がって
いられるように、それが出来てなんぼだと考えるからです。
僕らは日常から離れるわけにはいかないけれど、
その日常から遊離しないとうまく日常が見えないことがあります。
演劇の原点は、そんなところにあるのではないかと・・・ふふ。

心はもう山陰姉妹・・・いや、三人芝居、あ、いや、
「アントンクルーの『三人姉妹』」・・・この作品で
僕らが生きている世界と繋がるような・・・おっと大事なこと。
台本、早く上げようぜ!

安永でした。

2008/6/12 (Thu)
ART2回目の打ち上げ

6月10日。
第2回目のARTお疲れ様会が開催されました。

前回は、本番終了後22時スタートだったので「日を改めてゆっくり飲もう!」ということで、2回目の打ち上げです。

場所は博多駅筑紫口からすぐの「DAN CITY」というお店。
お店は地下にあり、とても良い雰囲気でした。

スポーツ観戦も出来る
ライブイベントも出来る
(ジャズコンサートなどもあるらしい)

今回はアントンクルーで2時間貸し切って、ARTのビデオを流してもらいました。ちょっと贅沢な時間。

お料理もとても美味しくて、劇団員一同満足して帰りました。

もし、気になったら行ってみてください。

DAN CITY
 福岡市博多区博多駅東1丁目1−28
 ウエル博多ビルB1F
  

2008/6/5 (Thu)
ART無事終了+演フェス打ち上げ

岩井です。
ART、おかげさまで無事終了しました。
多くの方にご来場いただき、ありがとうございました。
やる方としては、実に難しい芝居でした。この芝居は2度目なのです
が、やればやるほど難しい。
いい勉強になりました。

お客様からのアンケートにも「難しかった」というコメントがありまし
たが、これは結構なことです。
観る側にとって難しいのはいっこうにかまいません。わかり易い芝居な
んか目指していませんので。

アンケートに多かったのは「渋い」「大人」などというコメントです。
うちの劇団のイメージがかたまりつつありますね。まずいですね。次回
はわれわれの本当の姿をお見せします。

ところで31日には演劇フェスティバルの打ち上げに参加しました。
F's Company、劇団HIT! STAGE、劇団Hole Brothersの皆さ
んと交流できたのは、とてもよかったと思います。
皆さん、これからもお互いにがんばりましょうね。

ということで、心はすでに次回公演「三人姉妹」に飛んでおります。

2008/6/2 (Mon)
演劇フェスティバルの打ち上げ参加

一週間経過し、プチデビューの感想が聞こえてくる今日この頃、川中です。

31日は、南河内万歳一座公演のあと演劇フェスティバルの打ち上げに参加し、実行委員会関係者、参加劇団の方々と有意義な時間を過ごしてきました。
あ、20、21日も忘れてはいませんよ、イムズホールさん。見に行きます。
さて、当劇団は今回公演の反省と三人姉妹公演に向け、先日ミーティングを行いました。
ホームページに掲載していきますので、乞うご期待。

私は、配役いただくべく稽古していきますので、皆様、いろんな意味でよろしくお願いします。

2008/5/26 (Mon)
ART無事に終了

ARTを見に来て頂き、ありがとうございました。

いかがだったでしょうか?

HP制作の陶野は今回が舞台初参加。当日は舞台裏で小道具を担当していたのでグラスやオリーブの準備をしていました。

一人すごく緊張。・・・出演しないのに。

でも、私たち小道具班が用意する道具たちは舞台上の俳優たちと共に「演技をする」んです。どんな器を選ぶか、液体の色は何色にするのか・・・。用意する物が変われば雰囲気が変わる。


最初はただ小道具を準備をしていただけだったのですが舞台監督からの一言で物の見方・考え方が変わりました。私にとって目から鱗。

「舞台上では大道具も小道具も照明も俳優と共に演技をしている」

舞台の虜になってしまいました。

これからもアントンクルーの応援よろしくお願いします。

2008/5/11 (Sun)
稽古の合間に…(2)

ども、川中です。

本番まであと2週間。

昨日・今日は稽古休みでしたが、
これから本番まではあっという間でしょう。

私は、この土日で熊本でのラグビー大会に出場してきました。
土曜日はあいにくの雨と風というコンディション(寒)。

結果は1勝1敗でしたが3位(8チーム中)という成績。
筋肉痛は今出ており、まだ(体力的に)若いのかと思っております。

本日の試合後福岡に戻り、「ニットキャップシアター」の公演に行って参りました。


「福岡演劇フェスティバル」次はアントンクルーですよ!

2008/5/6 (Tue)
稽古の合間に…

勘タンです

本番まで1ヶ月を切り稽古も日増しに熱を帯びてきております。

そんな最中のの5月3日・4日、博多の街はどんたく一色です。
そして私勘タンは、内浜落語会どんたく隊の一員として、毎年どんたくに参加、大喜利をしております。

ちゅう訳で私、3、4日は稽古を休まして頂き、二日間で合計6箇所の舞台で大喜利をしてきました。

いや〜、どんたくはやっぱり、観るものでなく出るものです。あ〜楽しかった。

最近チョッと稽古で煮詰まっていた???私(あかん、あかん!)

いい気分転換になりました

明日からの稽古、頑張るぞ〜!

2008/5/3 (Sat)
タイトな一日

時は春。
博多は「どんたく」。
朝十時。

今日は、舞台の装置を稽古場に搬入する日です。
制作の山本と、役者の岩井が軽トラック。
僕と栃原がそれぞれの車で早良区の小田部、
積文館で待ち合わせをした。
いつもように、5分遅れで僕が到着(情けない)。
3人は入り口で見ていました。
僕の車が路面の凹みでガガッと地面をコスルのをね。
決して同情しない。
ニヤニヤ笑っているばかりです。ヤレヤレ。

それから、
4人で舞台装置を借りに行き、
そのまま稽古場へ。
勘タンはどんたくの演舞場での大喜利があって、お休みでした。
陶野と川中も稽古場に合流して、岩井と栃原のシーンの返し。
二箇所ある内の前半はどうにか格好がついたけれど、
後半はしっくりと落ち着かない。
何度やっても同じ・・・なんですね、これが。
結局、時間切れ(涙)

僕は天神エフエムのスタジオへ。
Yuukiさんのプログラム「テンジン・パフォーマンス」の
「お友達のWA!」(5月10日)に出演する
酒瀬川真世さんの紹介アナウンスの収録です。
内容はラジオで聴いてもらうとして、
実は、彼女、今回の「ART」のサプライズメンバーなのだ。はは。
番組では、「ART」の告知もしてくれるみたいで、
いつもお世話になります、酒瀬川さん、ありがとう。

そうこうする内に、
ヒット・ステージさんの開演時間がせまる。
天神の街は十月革命の赤の広場みたいに、人、人、人・・・。
でも平和なお祭りです。
僕は思うんだけど、
どんたくはやはり博多ならではのお祭りですよね。
ストリートパフォーマンスの原点があるような気がする。

ヒット・ステージさんの舞台を観る。
佐世保にこだわり、佐世保の海を感じさせる
細やかな舞台でした。
僕らには作れない舞台です・・・とほほ。
参加劇団の公演を見るたびに、
我と我が身を振り返って、途方に暮れる。
いつもだいたいそうです。
電車に乗ったら止まるまで降りられない。
幕が上がったら、
カーテンコールまで幕は下りない。
だから・・・、だから?

2008/4/29 (tue)
ホールブラザーズさん、お疲れでした。

今日ホールブラザーズが楽日を迎えた。
僕は初日を観劇したんだけど、沢山のお客さんでホールいっぱいだった。
スゴイですね。
とても僕らじゃ、真似できない。とほほ。
ともあれホールブラザーズさん、幸田君、お疲れでした。
月並みな感想ですが、僕らも頑張らなきゃなあ・・・。

と書いてみたものの、問題山積である。

まず、第一に、僕の「腰」の具合が良くない。
鍼灸院でどうにか回復傾向にあるが、
長期戦の様相を見せている。
(すぐには回復しないんですねぇ・・・ヤレヤレ)
おまけに風邪気味・・・。

第二に、役者がナチュラルにオジサンだ。
つまり、体力が、これはどう見ても、ない。
20代とは違うわけです。
気力でカバーしようにも、息こそあがらない(としておこう)が、
恐ろしくて、夕陽に向かって走れ! とは、とても言えない。

第三に、これは毎度のことなんだけど、
キャストは男性ばかりで、女性がいないので、
ちょっと稽古が華やかさに欠けるきらいがある。
もちろん、スタッフにはうら若き女性軍はいるけれど、
稽古中は声を出せないことになっているので、
それはそれで、なんだか、つまらないなぁ・・・。

さらに、第四、第五、第六と、
ベートーヴェンの交響曲の数くらいなら良いのだけれど、
もう、ハイドンレベルの数。
せめてモーツァルトレベルにいって初日を迎えたい。

そういえば、過日、風呂から上がって、TVをON。
たまたま、NHKの教育で、
アンドラーシュ・シフのピアノリサイタルをやっていました。
その時は、
ベートーベンの「ワルトシュタイン」だった。
ときどきこういうのを見せてくれます、NHKは。うふ。
でも、僕の好きなジャズが少ないかもね。
ウイントン・マルサリスのお勉強ジャズくらいやっても良いかな・・・。

それで、いつも思うんだけど、
ベートーヴェンがウィーンで生き残るために、
あるいはモーツァルトを乗り越えるために、
先人の音楽と格闘し、努力し、いかに自分の音楽を創っていったかが
演奏画像(演奏者の指の動きやタッチ)を見ていると分かる気がする。
素人はCDで音を聞いただけでは分からないのですね・・・グスン。

僕は今まで沢山舞台を作ってきたけど、
いつも前の舞台よりは良い(と信じられる)モノを創りたいと思ってきた。
毎回、毎回、
ひとつだけでも良いから何かを達成したいと。
今回も僕なりの達成目標はあります・・・。
うまくいったこともあればそうでなかったこともある。
人生と同じです。

自己満足に陥らないように、
客観性を担保しながら、それでも、
自分に嘘をつかない舞台を創りたいなぁ。
そういう意味では、
舞台を、ほめられてもけなされてもあまり気にならない。
だいたいけなされるんです、僕らは。ははは。
確かに、誉められれば嬉しいし、けなされればシュンとする。
でも、それは基本的には僕とは関係がない。
言ってみれば、それは他人の意見で、僕の意見ではない。
創造するということは
そういうことだと思うのですね、僕は。
ことは舞台に限らず。

とは言うものの、
役者全員、生業では役職に就いて忙しく、いろいろままならず、
そろそろ、胃が痛む時期に突入です。えへ。
                    
                    (安永)

2008/4/17 (Thu)
がんばってますよ。

本日の稽古は、
後半の通しと
見せ場のひとつをシミュレーション。(^o^)
詳細をお伝えしたいところですが
ここは我慢でございます。

稽古場での私の担当はプロンプ。
でも皆さん、セリフが入ってきてますので出番も少なめ。
(私が忘れてるだけって声も・・・)<(_ _)>
・・っと、発声の練習しとかないと。

セリフもそうだけど
役作りで減量も必要な俳優って大変。
体調の維持も。
お、4月22日は私の誕生日だ。
え〜写真ってどこにあるんだ。

俳優だけでなく、日記も見習いな川中でした。

2008/4/13 (Sun)
討入りがありました

こんにちは、とち、です。

11日はARTの討入り(飲み会)。スタッフ・キャスト総勢15人で演フェスの成功を誓い合いました。
唯一の遅刻はボク。ゴメンナサイ。
二次会までやって午前様。

昨日の稽古はみっちり4時間しぼられました。
もっと体力つけて、声出して、セリフ正確に入れなきゃ。

その後、「藍色りすと」の公演にチラシの3人で出かけて、その後その中年3人で食事。

結局、毎日カロリー摂りすぎ。まずヤせなきゃいけないんだった。
わかっちゃいるけどやめられない。

2008/4/7 (Mon)
いよいよ始まりました

始めまして。アントンクルー俳優部所属の勘タン(フルネーム:粗忽家勘タン)でございます。

5月25日の『ART』本番まで2ヶ月を切り。稽古も段々と熱が入ってまいりました。(う〜ん、台詞が覚えられん)

そんな中、先週土曜日“第2回福岡演劇フェスティバル”のオープニングイベントが西鉄ホールで行われました。

アントンクルーからは私勘タンが、無理矢理、いやいや、劇団の期待を背負い参加して来ました。

式が始まると、そこには関係者並びに新聞、雑誌の記者がズラーッと、そんな中私、テープカットなるものに参加しました(末席からひっそり見てるつもりだったのに)

純白の手袋と黄金に輝くはさみを渡され、胸には花。

リリパットアーミーのわかぎさん、Hole Brothersの幸田さん達と一緒に、5人でカットの一番端だったので、大喜利ならボケの位置、何かギャグの一つでもと考えてましたが、いたって普通でした(シュン)

残念ながら、写真をお見せできませんが、どっかの新聞に出るかもしれないのでお楽しみに。

てな訳で、勘タンの初日記はこのへんで!

2008/3/29 (Sat)
道行さん、お元気で。

「ART」の翻訳者・道行千枝さんが参加する最後の稽古でした。

というのは、彼女は4月から1年間在外研修で英国に行くのです。

「クローサー」「ハワード・キャッツ」「ディーラーズ・チョイス」と、アントンクルーはこれまで英国で仕入れた作品を自前の文芸部で翻訳・上演してきました。
5月に上演する「ART」も、もとはといえば岩井がロンドンで観てきたもの(原作はフランスですが)。
道行さんには新しい作品を発掘してくれることを期待しています。

5月の「ART」のあとは11月の「三人姉妹」、その後は毎年チェーホフを1作ずつやる予定ですが、年1回だけでは……ねえ……オリジナルか翻訳劇の新作をもう1本やらねば。

しかしさしあたっての問題は目の前の「ART」です。

やればやるほど深い。

今日の稽古も粗立ちでしたが、セリフがまだ入っていない上に、サブテキストが2つも3つも浮かんできて脳みそがパンクしそうです。
もっとシンプルに整理して観客に届けなければ……

ところで粗立ちと半立ちは違うのだそうな。どちらにしても中年男には痛いひびきです。

とにかく、道行さん、お元気でがんばってきてください!

2008/3/26 (Wed)
演出のキモチ

昨日の稽古は粗立ち稽古。

ほんとにアラアラである。

役者それぞれの思い込みや役作りが見える。


それを擦り合わせたり、僕のイメージを伝えたりします。


シーンに登場しない役者が稽古を見ながら

クスクス・・・クスクス笑う。

つられて演出の僕も笑う。。。

こういうところは、お客さんはきっと面白くないんだよなぁ。

究極の内輪受け。あは。

まずは、ヤレヤレです。

2008/3/25 (Tue)
立ち稽古

「もうちょっと動きをつけて・・・」

演出の指示が入る。


そう・・・本日の稽古は作品「ART」では初めての立ち稽古。

場所はいつもの大学の講義室。

机をザザっと掃除の時のように後ろにさげて行いました。

それぞれの立ち位置や動き、セリフやキャラクターの感情などを確認しながらああでもないこうでもないと、台本のはじめ3分の1の部分の稽古でした。

この日記を書いている「私」は裏方なので、今日はセリフが出てこない役者に対して「きっかけとなるセリフ」を言う仕事をしました。

しかし、ついつい劇に見入ってしまうので自分の役目を忘れないようにする事が大変でした。


色んなところにポスターが貼られていると思いますが、ご覧になりましたか?
現在チラシも各所に置かれており、お目にかかる機会があると思います。

ぜひ、手に取ってみてください!

2008/3/16 (Sun)
 

2008年4月4日(金)11:15〜11:25

テレビ西日本(TNC)

<コミュふくおか>の最後30秒告知のコーナーで

ARTのお知らせが流れます。

ぜひ、ご覧ください!

2008/3/14(Fri)
ARTのポスター完成

「ART」のポスターが完成しました。

ポスターのデザイン・写真撮影は
   「soak design studio」の尾北氏。
                     ありがとうございました。

お洒落で素敵なポスターです。

西鉄電車の大牟田線上の駅などに貼られています。

どの駅かはナイショ。

お出かけの際にみかけたら、ぜひ近くで見てください。

2008/2/23(Sat)
ARTポスター撮影

今年4月〜6月に開催される福岡演劇フェスティバルに選考委員推薦枠で参加することになったアントンクルー。
タイトルは「ART」。

そのポスター撮影が2月23日に福岡女学院大学で行われました。

この日は今にも雨が降りそうな天気。

天気予報では朝から雨が降るとの事でしたが午前中は時折太陽が顔を出しており、天気が本格的に崩れる前に撮影開始!!

構内には歴史を感じさせるような味のある木製のベンチがあったり、逆に新しいホールがあったり、イメージにあう場所を探しながら撮影。

少々寒かったです。

撮影は「soak design studio」の尾北さん。
2006年11月公演のディーラーズチョイスのポスターを手がけてくださった方です。

撮影後、データを見せて頂きましたが

「!!!」

ポスターに使える写真がてんこ盛り。

どのようなポスターが完成するか、期待が膨らむばかりです。

完成したらまたupしたいと思います。

乞うご期待!!