ニュース・日記

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風通信80

2017/03/07(Tue)
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東京での学生時代の後半は、仕送りがない生活だった。
それで、学費やら生活費やらアルバイトの収入で充填した。
それが可能だったのだから、
思えば幸せな時代だったのかもしれない。
しかし、僕は今と変わらず当時も(いや当時はもっと激しく)、
どこでも擦れば火が付く「摩擦マッチ」みたいな男だった。
アルバイト先では朝の内に喧嘩して午後には放り出されることが、
何度かあったし、自分から勝手に帰ったこともある。
悲しいことに、あの頃の友だちに言わせると、
どうひいき目に見てもまともな職業人にはなれないというのが、
衆目の一致した意見だった。
詐欺まがいのバイトで、契約金の半額をもらって、
その金を使って東日本を旅して廻ったこともある。
その頃は一週間先の自分が想像できなかったですね。
まあ、自分でも恐ろしいくらい無鉄砲な生き方だったと思う。
だから、当然、お金はなかった。
握り拳くらいの馬鈴薯2個を鍋で湯がいて、
キューピーマヨネーズをこってり載っけて三食済ますことなんて、
それはもう、日常の事柄であった。
それで楽しかったかというと、たぶんそうだった。
辛かったかと問われると、そうかもしれないと思う。
よくわからない。

話は、ここでスライドする。
「格差社会」の話だ。
社会では格差がますます広がっていると巷間かまびすしい。
この格差とは、端的に言えば「経済格差」のことといっていいだろう。
格差が社会問題化されるのは、
経済の全能性が過大評価されている社会で、
お金が人間の序列化の基準として使われているせいだ。
たしかに、お金があれば、たいていこのことは出来る。
敬意も、権力も、そしてある場合には愛も、もう何でも買える。
だから、お金を増やすことは、多くの場合、合理的ですらある。
そして、言うまでもなく金を持たない奴は、
社会的に下位に釘付けにされる。
今の時代に生きていれば、僕だってそうだったかもしれないですね。
だからといって、「金を欲しい」と言えば、
それは、格差に悩んでいることと同根になってしまうだろう。
しかし、です。
当時の僕が「格差」で悩んでいたかというと、
そんなことはまったく思い当たらないのだ。
いやいや、時代が違うよという人があれば、そうかもしれない。
若かったからという人がいれば、それを否定はしない。
でもね、なんだか、ちょっと違うんだ。
その日暮らしで、映画を終映まで見て歩いて帰る。
古本屋で本を買って、読み終わったら古本屋に売りに行く。
お金の慢性的な不足生活であっても、日々はえらく楽しかったのだ。
たぶん、お金を持つことに
それほどの価値を見出さなかったんじゃないかと思う。
お金を稼ぐことが目的ではなく、何かをすることが目的の日々。
その結果、お金が入ることは厭わない(笑)という生活。
在るものを買うのではなく、
自分たちで工夫してものを在らしめる生活。
そんな日々だったような気がする。
繰り返すが、それは若さのせいだと多くの人はいうかもしれない。
それを否定はしない。しかし、
少なくとも当時、僕は、「貧困」のせいで不幸ではなかった。
今だって、その思いは変わらない。
いつの間に、こういう社会になったんだろう。
格差社会の病理の克服は、経済再生にこそあるとしか言わない社会。
それくらいでしか人の幸せの尺度を測るフレームを持たない社会。
「豊かになれば、みんな幸せでしょ?」と政治家が言えば、
そうかもしれないと思ってしまうだろうけど、
でも、実は、
ここでは豊かさの基準が「お金の有る無し」でしかないんですね。
福島の原発こそが、見直しのいい機会だったのに、
財界はいち早く再稼働に踏み切ったことも、
これも僕に言わせれば、
「格差社会」を顕現させることとまったく同じ構造なのだ。

やれやれ、話が、堅くなったなぁ・・・。

さて、
最後の一年間は、編集プロダクションで編集の見習いをした。
ここもけっこういい加減な仕事ぶりであったが、
寛容を絵に描いたような社長のおかげでなんとか勤めることができた。
会社は絵本を出版したいというところだった。
よくわからないけれど、とりあえず経営の安定のために、
いろいろな雑誌のページの下請けをしていたのではないかと思う。
言われるままに、雑誌の読者ページの投稿文を書き、
それに答えるような編集コメントを書き、つまり、自作自演です。
やっぱり日々を楽しく過ごしていた。

この頃のお話しは、またの機会に整理しよう。
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