ニュース・日記

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風通信165

2018/05/04(Fri)
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昨日、今日と、「博多どんたく港まつり」です。
一度だけ出かけたことはあるが、それっきり。
この両日は基本的に、街へ出ない。
もちろん、素人演者として演舞場で踊ることもしない。
例年のことだが、公称、200万人の人出だという。
最終日の今日は、「総踊り」ということで、
「どんたく囃子」をみんなで(飛び入りも含めて)踊りながら、
パレードをするらしい。
らしいというのは、よく知らないからだ。

そもそも、みんなで一緒に踊るというのが、
よく分からないし、あまり好きではないのです。
当然、近年の「よさこい祭」(よさこい踊り)は、
すでに好きでないどころか、嫌だなあと思うのですね。
あの無我の境地の踊り手たちがちょっと恐いのだ。
「ファシストは澄んだ目をしてやってくる」みたいな怖さ。

「港」といえば、福岡市内に、「港」という町名がある。
大小の漁船や運搬船なんかが係留されている港町だ。
そこは大好きな場所で、
ときどきその近辺の駐車場に車を置いて、歩くことがある。
西公園の山の麓に沿った道路の商店街から
細い路地を抜けると、海の匂いがして、港がある。
「かもめ広場」と名付けられたパーキングには、
いつだって何台かの車が駐まっていていて、
少し汚れた軽トラックやバンばかりで、いわゆる高級車はない。
そういう車は、天神方面への抜け道となっている
広場の横を走る短い道路を過ぎていくばかりだ。
今でこそ、区画整理が進んでいて、
それなりに小綺麗な町となっているけれど、
むかしは戦前から残っているような古い建物が多く、
雑草の生えた空き地もあった。
そこには、使い道の分からない、
何年も雨に打たれて半ば朽ち果てたような船舶用具が
放置されていて、たいていは猫が日向ぼっこをしていた。

いま、瀟洒なラブホテルが建っている場所には、
遠いむかし、「かもめホテル」という古い小さなホテルがあった。
遠洋航海の船乗りが泊まる宿です。
僕の父親は船乗りで、僕が生まれてからは、
福岡からの定期航路の乗組員になっていたが、
昔の同僚で遠洋航海に出ていた人が何人かいたのだろう、
夕闇が染まる頃に、僕を自転車の荷台に座らせて、
彼らに会うために、ときどきだが、ホテルに行っていた。
半ズボンとランニングシャツという出で立ちを覚えているので、
たぶん、夏場が多かったんじゃないかな。
そして、きっと父親はまだ再婚していなかった。
ホテルにはなんでもかんでも笑い話にしてしまうおばさんや、
綺麗なお姉さんや、痩せたお兄さんがいて、
「坊や、花札しようか」などと言って、よく遊んでくれた。
飲み物は決まって三ツ矢サイダーだった。
まだ、コカコーラはなかった時代だ。
ホテルの壁は薄汚れていて、電球は白熱灯で、
今にして思えば、粗悪だったのだろう、
窓ガラスから見える何本もの船のマストは
枯れそうな植物の茎みたいにゆがんでいた。
みんな共和的に貧しかった遠い昔の話だ。

みんなどこへ行ってしまったんだろう。

懐古しているつもりはないんだけど。

町は街になり、小綺麗な通りになった。
雨が降るとぬかるんでいた通りはアスファルトで固められ、
雑草の生える余地もない。
車は通り過ぎるだけだし、
日向ぼっこをしていた猫もほとんど見かけない。
でも、なんだか、僕らの時代は、
生身の人間の尺度で測られていた時間や空間が
決定的に失われたのではないかと思うことがある。
オシャレなカフェや、
高い天井を持ったエントランスのある商業ビル。
おそらくそれが進歩というものなんだろうし、
僕もそれを享受し、否定するつもりもないけれど、
ときどき、僕らは遠くまで来たんだなぁと思うのです。

昨日、今日と珍しく晴天に恵まれた「どんたく」だった。
たくさんの観光客が訪れたことだろう。
福岡市では2020年までに、ホテルが33棟開業するらしい。
日本を訪れる東南アジアや欧米の客を取り込む目論見らしい。
なんの疑いもなく、すべて、経済。経済指数に体温はない。
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