ニュース・日記

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風通信176

2019/03/11(Mon)
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先週は、本業の仕事がタイトで、結局、
NTL『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』は
見に行けなかった。残念。
でも、『チャイメリカ』は観てきました。
雨の中、北天神の市民会館に向かう道は、女性ばかり。
ん? なんかねぇ、予感はしてたんだ。
須崎公園まで行くと、やはり女性ばかり。
なんだか、ジャニーズの公演に行くような気分になった。

本は、もう間違いなくよくできている。
天安門事件の例の写真。(戦車の前に立つ若者=市民)
その写真を撮ったカメラマンと若者の、
その後の30年に亘る人生を虚実取り混ぜて描いたもの。
演出もいつもよりクスグリが少ないような気もしたけれど、
ラストシーンなどを観れば、いかにも栗山さん。
服部さんの照明も手堅い。シャープな明かりです。
ただねぇ、役者が・・・。
ここ2年ほど、映像でしかないんだけれど、
イギリスの役者を見続けているせいか、
この舞台の役者の力が足りないのが分かる。
伝統と気品と老獪な現実主義を以て
イギリスの役者、舞台はできあがっている。
もちろん、きっと、言葉の問題もあるとは思いますよ。
確かに、翻訳すればそういう意味なんだろうけど、
ひとつひとつの言葉の担う守備範囲が違う。
日本語の冗長率の高さなのかなぁ。
巧く言えないのだけれど。
それでも、オンボロ車にはオンボロ車でしか味わえない、
独特の感覚というものがあるので、
戯曲における日本語の精査が必要なのかもしれません。

エンディングの後、暗転になって、カーテンコール。
僕は比較的前の方の席だったんだけど、
周りが全員、スタンティング・オベーションするの。
まあ、観なくてもいいけれど、
一人だけ座っているのもどうかと思って、
僕も立ち上がって拍手をしていました。
袖に、田中圭と満島真之介が捌けるとき、
両手を肩あたりで軽く振って、さよなら。
すると、あろうことか、ほとんど僕の周りの全員が
同じ仕草でさよならするわけさ。
天に祈る修行僧の敬虔さを以て天井を見上げていた。
松竹や東宝の企画じゃなく、
世田谷パブリック・シアターの企画だから、
商業演劇とはいえ、もう少し違うはずだ思っていたんだけど、
やっぱり商業演劇そのものでした。

観客のたぶん25%くらいは
「天安門事件」の歴史的意義を知らないだろうと思った。
中国政府があの事件をどのような形で処理したのか、
僕だって(いや、誰だって)正確に知りようがないし、
その意義を把握しているわけではないけれどね。だから、
歴史(すでにこの事件は歴史だ)は想像力なのだと考えていた。
いうまでもなく、ここに文学の価値が生じるんだけどね。

それにしても、
S席9500円というのは、高額すぎないだろうか。
生前、博多座の小松支配人が、高額な演劇料金は
自ら演劇をつぶすようなものだと、おっしゃってたが、
本当にそうですね。

ついでのように書いてはいけないのだが、今日は震災の日。
どれだけ時間が経過しても、
愛する人を失った人の悲しみが癒えることはないだろう。
もちろん天災にはなすすべがないが、問題は人災。
この日が来るたびに、東京五輪の誘致会場で、
現総理大臣が「福島はコントロール」されていると、
全世界に向けて、
信じられないような『嘘』をついたことを思い出す。
その人物を戴く僕らも同罪かもしれない。
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