ニュース・日記

ニュース・日記

風通信137

2017/11/17(Fri)
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久しぶりに、我が畏友、岩井と会う。
短い時間だったけれど、愉しい時間だった。
話は、カルロ・ゴルドーニの話から、
ローリング・ストーンズまで。
つまり、とりあえず、18世紀の劇作家の作品から、
20世紀を代表する音楽家までですね。
僕らのことだから、まあ、演劇が中心だけれど。
改めて、日本の近代劇作家の作品が「面白くない!」
という見解が一致した。良いとか悪いとかじゃないのですね。
ただ面白くない、ということ。
持ち味は違うにしても、昔から大概の見解は一致するから、
長い間一緒になって作品を創ってこられただろうね。

こと、文化現象において、
お互い、どういう話題を振っても、
たいていは応えるという関係はなかなか得がたい。
致し方ないとは言え、
彼が福岡を離れたのは返す返すも残念です。
そういえば、今日は映画の話はなかったなぁ。。。
あ、いや、マリオン・コティヤールの
『エディット・ピアフ』は出てきたなぁ。
ウディ・アレンの小洒落た作品
『ミッドナイト・イン・パリ』は僕の好きな作品。
ピカソの愛人という役柄も良かったのですよ。ふふ。
『サンドラの週末』と
『マリアンヌ』がライブラリーにはあるんだけど、
まだ見ていないので、明日は見ようか、と。

今のところ、
こんなふうに話せる相手がいないので、
こうしてときどき会うと、いろんな意味で、
俺も、前向きに、もうちょっとだけなら
頑張れるかなと思う。
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風通信136

2017/11/12(Sun)
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僕は天文少年ではなかったから、
星座のことなんて知らなかった。
あれがシリウスだと
教えられたのは、高校生の時。
その時以来、いつも冬になると、
空を見上げて冬の大三角形を認め、
シリウスを確認したものだ。

楽しいことや、哀しいこと。
辛いことや、嬉しかったこと。
いつでもシリウスは冬の夜空に輝いていた。


定家の歌を二首

見しはみな夢のただちにまがひつつ昔はとほく人はかへらず
風の上に星のひかりはさえながらわざともふらぬ霰をぞ聞く


今夜も、南西の空にオリオン座がかかる。
今夜も、シリウスは輝いている。
僕が生まれるずっと前から、
僕が死んだ後の永遠の時間まで。
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風通信135

2017/11/11(Sat)
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気温、摂氏16度。
昨夜の強い雨が、空中の塵埃を
すべて地上に落としたようだ。
コバルト色の空は、
どこかに
透明な哀しみを隠しているかのように澄んでいる。
色づきはじめた銀杏の葉が風に揺れ、
音もなく舞うように落ちる。
まるで僕らの人生のように。
ふと生きていることがつらくなる。
こんな日もある。

たまたま生まれて、ドタバタ生きて、
失われてゆくだけ。

そろそろ芝居を創るかなぁ・・・
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風通信134

2017/11/04(Sat)
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それほど興味があるわけでないだろうから、
おそらく気を遣って話題を振ってくれたのだろうが、
東京在住の若い友人から、
「決戦の舞台は福岡!」という件名のメールが届いた。
いや、確かに。
もっとも、リーグ優勝も、クライマックス勝利も、
ヤフオクドームでの胴上げはなかったし、
日本シリーズの優勝くらいは、本拠地だろうという
身びいきの憶測で、
日本シリーズの優勝は「ソフトバンク」に決まりです、
とメールしたものの、
勝負事はやってみないとわからないですね。
投手力並びに攻撃力、守備力の技術的な違い、
総合的な戦力の差はあるにしても、
なにしろ、今のDeNAには勢いがあるからね。
ほら、けっこう「勢い」って
こと勝負では大事なエレメントですもん。
でも、まあ、どこかに野球の神様がいるんなら、
順当にホークスに優勝をもたらすはずと思う。

いや、そういう話ではなかった。

届いたメールに、
むかし一度だけ、広島対ヤクルト戦で、
神宮球場に行ったことがあると書いてあったので、
その返信メールに、薄暮ナイターの記憶を書いた。
薄暮ナイターといっても、たぶん今の人は知らないだろう。
夕方の4時くらいから試合が始まって、
たいていの場合「ダブルヘッダー」といって2試合あることがあった。
たぶん、20世紀の終わりくらいまではあったんじゃないだろうか。
あれはなかなか良いものだった。
空が夕闇に包まれていって、2試合目くらいの一定の時間が来ると、
パアーッとカクテル光線(球場の照明のことです)が点灯される。
Tシャツのなかった時代、
多くの大人は揚柳シボの入った生地の下着のシャツだけになって、
ビールを片手に、ヤジを飛ばしながら観戦する。
夜間の外出という非日常の中に投げ込まれた
子供は大人の横で落ち着きなくお尻をムズムズさせながら、
それでも、一人前になったような気分で観戦し、
飽きたら野球そっちのけで通路を走り回る。
のどかな、そして豊かな時代。
そんなことを書いて送信した後、少しヤレヤレの気分になった。
どう考えても、これはフェアではないような気がしたのです。

先日も同じようなことがあったのだ。

ジェームズ・アイボリーの『日の名残り』。
いうまでもなくノーベル賞作家K・イシグロの名作です。
その演技を賞賛したメールがその友人から来て、
僕は返信に、監督の名前をリチャード・アッテンボローと間違え、
おまけに主役のアンソニー・ホプキンスを
アンソニー・パーキンスと間違えた。でへへ。
僕にはよくあることで、なんという失態! とは思わないんです。

問題はその先にある。

僕は、ついでに、
アンソニー・パーキンスが出ている映画の話をしたわけだ。
『さよならをもう一度』(Goodby Again)ね。
もちろん、ブラームスの3番がいかに効果的に使われたかを
得々とメールに書いてしまって、これがね、ヤレヤレなんです。
その友人は僕よりずいぶん若く、
もしかしたら、その映画を観たことがないかもしれない。
僕が観たのはずいぶん前だけど、
それでも、それは僕が彼よりも長く生きてきたからであって、
それをいかにも知ったかぶりに書いたような気がしたのだ。
ね、ヤレヤレでしょ?
これはファアじゃない。
そういう話はしてはいけないような気がするのです。
僕は教師ではないけれど、
こういうのを思い上がった教師面と言うんだな。
すぐに人生論をぶつ人気のない数学教師みたいな。

年齢の差というものはある。でも、
たとえば52才といってもいろいろな52才がある。
25才のような52才もいるし、62才のような52才もいるだろう。
25才といってもいろいろな25才があるようにだ。
だからそういう数字的な年齢よりも、
年齢を超えて分かり合える縦糸のようなものを
大事にしていくべきだろうと思う。
「同じ時代」を生きる者として。

アンソニー、といえば、
アンソニー・クイーンという俳優がいた。
まあ、『道』が有名ですが。
彼の『その男ゾルバ』は・・・、と轍を踏みそうになる。
だから、シメは、
今日の、ソフトバンクの勝利ということで(笑)
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風通信133

2017/10/30(Mon)
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今日、関東では木枯らしが吹いたらしい。
2週連続の台風は、一気に秋を連れてきたようだ。
木枯らしって、初冬ですかね?

台風は、ここ福岡では幸いなことに
二度とも直撃はなかったけれど、
いわゆる「吹き返し」というのかなぁ、
遙か南の海上を過ぎていった後に、
北西の風が吹き荒れた。
電線がヒューヒューと鳴り、
木々はザワザワと大きく揺れる。

夜の風は嫌だなぁ、本当に。
雨ならば、夜の雨、海に降る雨、等々
心が安まるんだけれど。

夜に風が吹くと、
どこから吹いてきて、どこへ行くんだろうと思う。
ちょうど、僕らのささやかな生がそうであるように。

「エリナー・リグビー」ですよね。
All the lonely people  Where do they all come from?
All the lonely people  Where do they all belong?
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風通信131

2017/10/16(Mon)
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昨日、今日と、雨が降り続けた。
街路樹も濡れ、巷の家々も濡れ、
走る車も、街行く人も、濡れている。
雨は、まだ止みそうにない。
こんな日は、懐かしい恋人と逢いたくなる。

夕方には、垂れ込めた空の下を
烏が一羽、また一羽と西から東へと帰っていた。
激しい雨に打たれて、一瞬、下方に落ちるんだけど、
持ち直して再び彼の決めた高さを飛んでいく。
そう飛ぶしかないのだろう。
風の強い日も、同じだ。
押し戻されようとも怯まずに、
前に向かって飛んでいく。
定められた運命のように。
ヤレヤレ、生きていくというのは、大変だよなぁ。
きっと、
僕らの人生だって、似たようなものなのだろう。

でも、ふと思ったんだけど、
僕らは後ろを向きながら前に飛ぶことが出来るのですな。
昨今の政治状況(総選挙も含めて)を鑑みて、
そのことの重要さに思いを馳せる。
いつか来た道を未来に見つけることが出来そうだ。
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風通信129

2017/10/10(Tue)
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四人の中では、森川がいちばん年下だった。
20代前半の男同士ではたとえ一年であっても、
学年の違いは絶対的なものだ。
だから、みんなから弟のように扱われていた。
それが森川の立ち位置だった。
そのせいでもないだろうが、
森川は面子が足りない時に駆り出されることが多かった。
それは絶対に断ることはなかったように思う。
じゃ、そのとき以外は、何をしていたかというと、
今になってみると、よくそんなことが出来たと思うけれど、
レコードを鳴らしながら、たいていは本を読んでいた。

六月頃だったか、彼が教育実習に行くことになった。
神奈川のある県立工業高校である。
そのときの詳しい話は知らない。
でも、いくぶんかは僕らにも責任があると思うのだけれど、
彼は2週目の月曜日に大遅刻をやらかしたのである。
いやね、日曜日の夕方から始まった勝負が
月曜日の未明まで続いたのです。
すでに勤め人だった一番上の村山は寝たら起きられないと、
始発の電車に乗ったと記憶している。
森川はどうしたか。もちろん寝たのである。
起きたのは午後3時の、すでに陽射しが窓から斜めに差し込む時刻。
実習校に電話を入れたら、
遅くなってもいいから顔を出せと言うことで、
すごすごと駅に向かっていく。
残った僕と野田は、にやにやしながら眺めていた。
たぶん、僕らが求めていたのは時間と自由だったのだ。
それらは、ある程度お金で買えるものだが、
そういう姿勢はたぶん経済の問題とは別の次元のことだ。

もうひとつ、エピソードがある。

森川には付き合っていた女の子がいた。
ミッション系の女子大学に通う女の子だった。
たぶん、実習で遅刻した年の年末のことだ。
彼女から、大学主催の「メサイア」のコンサートに誘われたんですね。
それが土曜日の夜。
僕らは金曜日からほとんど徹夜で。
森川は合唱が会場を満たす中、高々と鼾をかいてしまった。
彼女とはクリスマス、つまりその夜以降、
二度と逢うことはなかったようだ。
それでも、森川はそのことについては、一言も言わず、
今まで通りに家の管理をし、麻雀の面子が足りない時には、
断ることなく付き合っていた。僕らは、
彼が口に出さないことで痛みに耐えていると感じていた。
痛々しいほど僕らも若かったよね。
でも、なにも言わなかった。

その半年後、僕らの生活は終止符を打った。
村山は、会社で主任になたっ途端に忙しくなったとぼやき、
野田は、千葉の会社に就職した。
僕は、編集プロダクションに勤めはじめ、
森川は、奈良で中学校の教師になった。

最後の夜。ほとんど整理のついた部屋の窓を明けて、
四人で月を眺めながら、ゴールド・ブレンドを飲んでいた。
♪ダバダァ〜違いのわかる男・・・というCMがありましたね。
そんな台詞がまったく似合わない野田が、
「なあ、60になったら、みんなで集まって麻雀せんか?」と言った。
森川がすかさず「あい、いいですね」と応えた。
僕は軽く「うん」といい、村山は黙って月を眺めていた。
そうして、僕らはそれぞれの道を歩き始めた。
特別な話ではない。よくある話かもしれない。
たぶん、あのときが、
僕らの人生の中でカチャリと歯車が回った時だったんだろう、
今になって、そう思える。
そして、僕ら三人が再会するのは、30年後の奈良である。
膵臓ガンで死んだ森川の一周忌だった。
初めて会う森川の奥さんから、
「みなさんのことは何度も聞いています」と言われた。
案内されて彼の部屋に入り、
若い頃の面影を残した森川の遺影を眺めながら、
村山が「森川ぁ、なんかぁ、おまえ、はよ〜死んでから」と言い、
僕と野田は言葉を失っていた。
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風通信127

2017/10/05(Thu)
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さっきテレビで、速報テロップが出た。

やっとというか、ついにというか、
カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞した。

彼の“Never Let Me Go”はすばらしい小説だった。
映画はつまんなかったなぁ
はじめて読んだ時、胸に迫って泣きそうになった。
映画もよかったのは、
“The Remains of the Day”でしたね。

すばらしい小説というのは、
まず第一にストラクチャーが優れているものだ。
もちろん、コンテンツが優れているのは
いうまでもないですが・・・。

あとは、ミラン・クンデラですね。
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風通信126

2017/09/30(Sat)
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今日は、ブラームスの室内楽みたいに、
空が澄み渡る美しい秋の一日だった。
月末の墓参りをしてきた。
父親が亡くなったは、
24年前の冷たい夏の終わり。
そのとき以来、「月命日参り」を続けてきた。
欠かしたことはないので、300回近くの回数になる。
可愛がっていた八才の孫娘も母になった。

スペインで生まれた詩人の書いた一節を思い出す。
鳥は啼き、歌は残るだろう。
時は流れ、人は去るだろう。

僕の短気症は、父親譲りである。
今ではほとんど見かけなくなったけれど、
紙マッチみたいにすぐに火が付く男だった。
だけど、大声で語ることはなかった。
だから、
往々にして大声で攻撃的に語られる言葉には
負けることがあったと思う。
でも、中にはちゃんと注意深く
耳を傾けてくれる人がいたはずだ。
そういう人が必ずいると、僕は今でも信じている。

さて、
Wake me up when September ends

明日から、たそがれの十月。

武満 徹の唄を歌おうか。

♪昨日の哀しみ、今日の涙
      明日は晴れかな曇りかな♪
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風通信125

2017/09/27(Wed)
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124便で菅原克己の作品を引用したら、
さっそく、香しい金木犀ような便りが来た。
彼が住んでいるところは、今夜は雨のようです。
福岡も夜の雨。
菅原克己・・・知らなかったけど、いい詩ですね、
とのことだったので、ちょっと嬉しくなって、
もうひとつね。
ただし、これは歌詞です。
Green Dayというパンク・バンドの詞。

傑作アルバム“AMERICAN IDIOT”から。

“Wake me up when September ends”

Here comes the rain again(また雨が降ってきた)
Falling from the stars(星夜から降りそそぐ雨)
Drenched in my pain again(繰り返す心の痛みに涙で濡れる)
Becoming who we are(そうして人は生きていく)
As my memory rests(多くを思い出さなくなっても)
But never forgets what I lost(失ったものを忘れることは決してない)
Wake me up when September ends(9月が終わったら起こしてほしい)

Summer has come and passed(夏が訪れ 過ぎ去っていく)
The innocent can never last(無邪気なまま いられるわけがない)
Wake me up when September ends(9月が終わったら起こしてほしい)
Translated by Yasunosukey

なんかね、こんな夜にぴったりです。
でも、歌はやっぱり、音で聴かないとね
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風通信123

2017/09/23(Sat)
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例年のことだが、
8月の下旬から10月の上旬までが、
本業の仕事の中でいちばん忙しい時期である。
いわゆる繁忙期です。
年によって、終わりがもっとずれ込んだりする。
今年はどうなるだろうか。
この時期は、本も読めず、映画も観られず、
ただひたすらベン・ハーの奴隷船の漕ぎ手みたいに、
昨日のことも振り返らず、明日のことも考慮せず、
目の前のなすべき事だけを見つめる日々だ。だけど、
充実しているというのとちょっと違う気もする。

以前だったら、これくらいの日々だったら、
睡眠時間を減らしてでも平気で本を読み、芝居を創り、
女の子と逢ったりした。(と言っておこう)しかし、
本が読めないというのは致命的ですね、僕にとって。
考えてみれば、新しい知識なんて
たぶん脳細胞が受け付けないだろうとは思う。
でも、ことはそういう問題じゃないですよね。
僕は、ウォルト・ディズニーの
I can never stand still. I must explore and experiment.
I am never satisfied with my work.
という言葉が昔から好きで、
そのようでありたいといつも願っていた。
いい芝居は創れないかもしれない。しかし、
前の作品より少しだけましな作品(芝居)が創ることを
願っていたし、やってきたつもりだ。
うまくいくこともあったし、そうでなかったこともある。
結果はもちろん大事だけれど、
そうありたいと願い続けた身の処し方こそ、
ささやかだけど、僕にとっては大切な記憶なんです。

今年も残すところ、三ヶ月。
いろいろありましたなぁぁぁぁ、今年は。
とりあえず、冬の初めに東京に行こう。
冬の盛りに京都に行こう。
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