ニュース・日記

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風通信217

2025/02/25(Tue)
風通信 |
 少し冷たい空気の中に光の粒がきらめき、春が近いと思わせるね。今日は、勤務先が臨時休業なので、よい機会と思って今回の芝居の劇伴を探っていました。いつものように作品によってどういう劇伴にするかは台本分析と同時に進行するんだ。たとえば『リア王』だったら、古いケルト音楽から探すとか、『桜の園』だったら、ラネーフスカヤがパリで聴いていたであろうミュゼットを持ってくるとかです。前に話したと思うけど、だいたいひとつの作品につき三百曲くらいは聴きこむ。もっとも、今回はオープニングと、エンディングだけだから、物語が始まり、そしてそれが静かに閉じるようにという内的な要請に従って、一曲のみね。ところが、それだけにこれが難しい。とりあえず、欲しいのはなんでもない空間にスゥーっと入り込める音なんだよね。メロディが際立ってはいけないし、内容的に前衛的な音の連なりもまずい。こういう設定でもっとも効果的なのはやっぱりピアノ独奏だろうな。しかも、乾いた感じの曲。湿った音では作品に合わないなと。著作権があるのですでに期限が切れた楽曲でなくちゃいけないし、隣接著作権も考えて古い音源から探す。いちおう、僕の守備範囲はジャズとクラシックだから、そんな感じ(というユルユルの基準で)CDを40枚くらいピックアップする。それからユーチューブね。(いい時代になったもんだ)その手の曲を聴き続けていると関節が緩んでくるので、今日は途中でレッド・ツェッペリン(のT〜Wまで)を挟んで聴いた。いつもながら脳天がゆすぶられるね、ツェッペリンは。UKのバンドは、ビートルズもそうだけど、ロックでありながらその根っこにはトラディショナルな音楽が流れている。通奏低音のように。音楽の隠し味みたいな感じとでも言おうか。劇伴のセレクションは本番直前(あるいはリハーサル)まで続く作業だ。今回は「初見読み」の段階がリハと同じだから、そこまで。うまくマッチすればいいけど。で、とりあえず・・・・。
18世紀のアイルランドの作曲家、ジョン・フィールドのノクターンにしました。
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風通信216

2025/02/18(Tue)
風通信 |
先日、シンフォニーホールで西日本オペラ協会コンセル・ピエール主催の『こうもり』(J・シュトラウス二世)を観てきたよ。オペレッタです。君も知っているように、もともと音楽劇に関してはミュージカルも含めて完全に素人なんだけど、まあ、オペラと大差なかろうと踏んでいた。オペレッタは、遥かむかしね、福岡市民会館であった市民芸術祭記念式典で観ただけだったけど、けっこう笑えたんだ。あれは『メリー・ウイドゥ』だったかしら。その時の記憶もかすかにあるし、そんなに構えることないなと思いつつ座席に付いたわけだ。ところがだよ、想定したものと大きく違っていました。
 まず、歌曲も含めてすべて日本語版であること。それはあり得ることかもしれないけれど、なにしろね、その日本語がなんとも古い。まるで、神西清か、福田恒存の翻訳劇を観ている感じとでも言うかなぁ。中山晋平ばりの、「ラララ」とか。素人だから見当違いもあるとしても、あれどうなんだろう。しかしこうは言っても難しいよね。だって、曲があり、それに合わせて歌詞(と言っていいのかしら)があるわけでしょ。そりゃ、制約を受けますわ。しかも、元ネタもあるはずだし。新しく言葉を創る難しさはわからないわけじゃない。 
 たぶん芸術作品というのは時代の桎梏から免れない。だとしても、その本質は普遍性を持っているからこそ、僕らはシェイクスピアも近松も観られるわけで、そこにアクチュアルなリアリティを観るんだよね。シェイクスピアは時代によって何度も訳し直されているのはご存じの通り。近松だってそれは同じ。アクチュアリティでいえば、たとえば『リア王』にしたって、老人介護問題と読み替えることだって出来るよね。だからこそ使用される言葉は、昭和前期のようなものではまずいんじゃないかと思うんだ。確かに、新しい酒を古い革袋に入れるなという言葉もあるから、伝統的なオペレッタの上演としてはこれでいいのかもしれないけれどさ。先述したように音楽劇なのだから、言葉にそれほど重きが置かれているのではないかもしれない。内容もある意味スラップスティックだしね。舞台美術(大道具も含めて)や、照明は、僕の専門だから演劇との違いを色々感じたし、いろんな思いもあるんだけれど、それらは芸術領域の相違がありそうなので、多くは語らない。
 吉田拓郎が『イメージの詩』で、次のような歌詞を残している。/古い船には新しい水夫が乗り込んでいくだろう/古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう/なぜなら古い船も新しい船のように新しい海へ出る/古い水夫は知っているのさ/新しい海の怖さを
僕が感じたことは、この歌詞のようなことなんだ。少なくとも僕より若い人たちがステージには立ち、幾分ぎこちなく演技しているわけだが、言葉を支えている人間の文化をどれほど感じているのかなぁと思っていました。いま思い出したんだけど、藤原定家は「詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め」ると書いたけれど、それは和歌という純粋な言語芸術のことですね。
 それでもね、福岡の地でこの作品が観られるのは素晴らしいことだと思う。歌い手もあれだけの会場で歌い、それを僕らが全身で受け止められる機会は貴重な経験なのだった。それだけに、僕としては、こと言葉に関して悔やまれる。それにしても、オーケストラの演奏を生で聴けるのはいいなぁ。今回は九州交響楽団。実はね、昨年は演奏会にはどこにも行けなかったんだ。それというのも、23年にベルリン・フィルハーモニーを聴いたせいだと思う。あの音の厚みは、経験しなきゃわからないかもしれない、というのは老人の決まり文句で、不公平な言い回しだけれど、聴きこんでいたブラームスの4番シンフォニーってこんな曲だったの? と思わず自問自答したくらいだった。音の圧というか、うまく言えないけれど、しばらくはオーケストラはいいや、と思っていたんだと思う。けれどもやはりいいものです。
福岡の街は、今大きく変貌しつつある。商業演劇もいいけれど、このような舞台芸術がこれから広がっていくことを期待したいと思うよ。僕はたぶん間に合わないだろうけどさ。あ、芝居のこと・・・。また、お便りします。
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風通信215

2025/02/01(Sat)
風通信 |
 いつもそうですが、公演が決まると、こうして君に手紙を書く。今回は「ザ・初見!〜雨の、静かな週末」の2回目です。
 前回の「ザ・初見!」は、コロナ禍の終盤だった。とはいえ、社会的にはまだまだ現在形でそれは進行していたし、そのぶん僕らだけでなく、多くの劇団が演劇の公演も思うようには出来なかった。あの企画はその中で生まれたものだった。何しろ初めての試みだったし、イメージ通りにいくかどうか、当日まで試行錯誤だったことを憶えている。ただ、だからこそ、役者というより台本で勝負すべきだと考えていたんだ。その意味から台本を書いていた別府君には何度もダメ出しをした。舞台は思いがけず、よい仕上がりでお客さんは少なかったものの愉しい時間を作れたように思う。
 それから半年くらいしてだろうか、元団員の栃原が偶然山口ミチロウさんと会った時に、彼から「またやろうよと伝えてください」という伝言を伝えられた。同じく元団員の岩井からは毎年の年賀状に「初見2」はいつ?という言葉。そしてあるとき、40年来の付き合いのある照明家のマッキーからは立ちまでやれますよ、という言葉ももらった。今回企画するにあたって、「粗立ち」まで視野に入れたのは彼の言葉が大きい。まあ、色々助けてもらってます、彼には。
 それでね、今回は厳密な台本というより、緩やかな構成をひとつのコンセプトにしたいと思ったんだ。つまり、役者が生(き)のまま遊べるような本ね。僕はもともとアドリブは認めない演出方針を持っていて、多くの舞台を一緒に作った元GIGAの菊澤君から、まるで映画を作るみたいですねと言われて、ちょっとショックだったこともある。まあね、いまにして思えば、壁に手を付く角度まで注文してたもんな。それはやはり、生の舞台の醍醐味を大きく逸脱することなのだろうと思う。それやこれやで、今回の舞台は、アドリブOK。むしろ好きにやって、という方針です。だから、本もそういうつもりで最終チェックをした。別府君、ありがとう。
 それもこれも、役者さんたちを信用しているからだ。全員がおそらく20年以上舞台にかかわって来てるんじゃないかな。誰だったか、今回の出演者一覧を見て「ありゃ、座長公演ですかッ」と言ったが、それは結果論です。実は新しい人を知らないのと、やはり長年演劇に携わっている人の演ずる力は信ずるに足るし、人間的にも信が置ける人たちばかりに声をかけただけね。芝居を始めて舞台でかかわった人は千人と下らないだろう。いやぁ、これまでいろんな人がいたんだ。良い意味でも悪い意味でもとんでもない人もいたし、中央の舞台やTVでよく見かける人も。話し出せばキリがない。あたりまえだけど信じられないくらい幸せなことも地獄に落ちるような悲惨なこともあった。でも、それは今は霧の向こうにうっすら見えるだけです。それにしてもさ、みんなどこへ行ってしまったんだろうと思うことがある。思いは遠い草原に及ぶ。誰だって与えられた場所で、与えられたことに懸命に取り組んでいるとは思うけれど。そして、ときどき「俺も若い頃は素人芝居だったけど、舞台に立ったことがある」などと酒の席で話しているのかもしれないけれど。僕の場合はしかし、なにより志半ばで倒れた人の思いをつなげなくてはならないんです。11月の枯れ葉の舞うころ逝った人を忘れないためにも、劇団という組織は解散したって「アントンクルー」の名前は消せないわけでね。

また、書きます。
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