ニュース・日記

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風通信75

2016/03/11(Fri)
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どうやら、粗方の残務整理も着地点が見えてきたようだ。
『リア王』だけのことに限れば、の話だけど。

それより、15年だ。
もちろん、15年の歳月は半端な年月、時間ではない。
ひとまとめにして、
大きな引き出しの奥に突っ込んでしまいたいくらいだ。
でも、たとえば
僕と10歳も離れてもいない栃原との時間の進み方にしたところで
少しずつずれているのかもしれない。
同じ風景でも見る人によって違うように、
時間だって人によって進み方は違うのだと思う。
その感覚は年齢ではないのだ。
52歳でも25歳のような時間の進み方を持つ人がいるはずだし、
26歳でも62歳のような時間の進み方をしている人がいるはずだ。
だから、おそらく年齢ではないのだ。
そんな数字としての年齢より、
人としての生き方の問題なのではないだろうか。

それでもね、おそらく間違いないのは、
年を取ると時間というのが重さを持つということだ。
若ければ、羽根のように軽い。
年を重ねることの良さはあるんだけど、
ときどき、柔らかで静かな春の雨さえもが重く感じることが
・・・そう、ないでもないのです。

世の中には、天国のような弦楽四重奏曲を創る人もいれば、
肉厚の鮮やかな赤いパプリカや
噛むとカリッと音のする太い胡瓜を創る人もいる。
僕は芝居を創る人で、
創る人間というのは、先のことにしか興味がない。

でもさ、この先に何があるんだろうか。
太陽はいつだって生まれたてだと知ってはいるけれど。
繰り返す波が教えるのは、
ただの一度もほんとうの繰り返しはないということなのに。
木の枝に張り付いた虫の抜け殻のように、
強い風が吹いたらどこかに永遠に飛ばされそうです。

昨夜、
中州の中華創作居酒屋を借り切って『リア王』の打ち上げがあった。
下は19歳から、上は65歳までの関係者のほぼ全員が集まった。
この幅の広い年齢の人間が
ひとつの空間と時間を共有することの不思議さ。
・・・そこで、何人かの人に言われた。
「安永組」は次は何をしますか?

「安永組」か。。。。
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