ニュース・日記

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風通信90

2017/04/02(Sun)
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最近は、語られることが少なくなったけれど、
昨日4月1日はエイプリル・フールだった。
その起源って、なんなのかなぁ。
たぶん、西洋発だから、
やっぱりキリスト教に関係しているのだろうか。

小さな、罪のない嘘をつきましたか?

嘘をつくことは、あまり正しい行為とは認定されない。
僕はモラリストではないから、
とりあえずだけど、自分のなした事柄のせいで、
悲しむ人がいなければ、あるいは、
そのことで他者に迷惑がかからなければ、
たいていのことはほどほどに結果オーライの人間だ。
だからだろうか、次のようなことを考えてしまいます。
たぶん、人は、
正しいことばかりをして生きているわけじゃない。
時には、正しくないことをしないことには、
世界がうまく見えてこないこともある、と。
僕だって、いくつも正しくないことをしてきた、間違いなくね。
でも、そうしないわけにはいかなかったと思う。
そのいくつかは、
すでに時間の暗闇の向こう側に消えている。
そのことで、ときどき、
ひとり胸を痛めることもあります。でも、
そして、それが、(たぶんだけど)人間なんだとも思うのです。
これは言い訳でも、開き直りでも、自己卑下でも、韜晦でもない。

とはいうものの、人生というものは、
負けるに決まっているゲームを戦っているようなものだから、
とりあえず、生きていくことが大事なんじゃないかなぁ。
いい空気を吸って、美味しいものを食べて、身体を動かして、
服を買って、ときどきは遠いところに行って、
明るく前向きに考えることだ。
だいたい、人生というものはシリアスに生成されるものだから、
考え過ぎちゃうとロクなことはないんだよね。
アーネスト・ヘミングウェイは、
「優れた投手は、スコア・ボードを見て配給を考えない」
と言ったと聞いたことがある。
たぶん、そういうことだろうと思う。

『武玉川』だったと思うけれど、
「うそがきらひで顔がさびしい」
という句がある。
これも近くないですか?

「嘘」で、思うんだけど、そして唐突だけど、
戦後民主主義は、幻想に過ぎない。(唐突ですねぇ)
だけど、たぶん誰だってそう思ってきたんじゃないかと思う。
素朴にそれを信じて来たのは、真面目で、
少しばかり愚かな、ひとにぎりの教師たち。だから、
彼らは生徒に民主主義の素晴らしさを教室で伝えました。
でも、そのシステムそのものは虚構なんです、きっと。
民主主義ってそんなに素晴らしいものじゃない。
今の政治状況を見ただけでもそれが分かる。
ただ、戦後民主主義を支えた来た人々は、
虚構、あるいは幻想と知りながら、
それに命を懸けてきたのではないかと思うのです。
1945年から1970年代の終わりくらいまで、
社会の中核にいたのは戦争を知っている人たちなわけでしょ?
極限状態の中で、人がどれほどエゴイストになるものか、
指揮官が責任を取らなければどれほどの災禍を人にもたらすか、
戦場や、空襲で家族や恋人や友達をどれほど失ったか。
自分自身でさえも、
心ならずも戦場で人を殺した経験があったかもしれない。
そういう人々が、とりあえず、
それが虚構だと認識していていながも、
後に続く世代には同じ思いをさせたくないという
強い意志が作り出した幻想なのではないかなぁ。
言わば、強烈なリアリズムが造型した幻想ですね。
このところ、その幻想が潰えようとしている。
ゆっくりと時間をかけて、明るい瞳で新しい言葉が語られる。

先日、ある学者がインタビューに答えて言っていた。
「戦前と同じだって言ってますが、なにより時代が違うんですから」
彼はたぶん、間違っている。
時代は違っても人の心は変わらないということを知らない。
表紙は違っても心してページをめくると中身は同じだって。
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