ニュース・日記

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風通信193

2020/07/09(Thu)
風通信 |
本来は語られるものである、台詞を書き写してみよう。

この宇宙には四千億もの太陽が、星があると申します。それぞれの星が平均十個の惑星を引き連れてゐるとすると惑星の数は約四兆。その四兆の惑星のなかに、この地球のやうに、ほどのよい気温と豊かな水に恵まれた惑星はいくつあるでせう。たぶんいくつもないでせう。だからこの宇宙に地球のやうな水惑星があること自体が奇蹟なのです・・・。

 (ト書き) 森本が『星めぐりの歌』を低く、ゆっくりと弾き始める。

・・・水惑星だからといってかならず生命が発生するとはかぎりません。しかし地球にあるとき小さな生命が誕生しました。これも奇蹟です。その小さな生命が数かぎりない試練を経て人間にまで至ったのも奇蹟の連続です。そしてその人間のなかにあなたがゐるといふのも奇蹟です。かうして何億何兆もの奇蹟が積み重なった結果、あなたもわたしもいま、ここにかうしてゐるのです。わたしたちがゐる、いま生きてゐるといふだけでもそれは奇蹟の中の奇蹟なのです。かうして話をしたり、だれかと恋だの喧嘩だのをすること、それもそのひとつひとつが奇蹟なのです。人間は奇蹟そのもの。人間の一挙手一投足も奇蹟そのもの。だから人間は生きなければなりません。

これは、井上ひさしが『きらめく星座』で書いたもの。僕が芝居から離れられないのは、この台詞が存在するからだといっても過言じゃないなぁ。むかし、そういう話をしたこともあったよね。この台詞は映画やTVでは表現しきれない。そしてもちろん、この台詞は書かれたものだけでは、半分の価値しかないのは、いうまでもない。舞台上で役者の肉声を以って語られてこそ本当の価値が生まれるんだ。大事なのはコトバとそれを支える役者(人間)の心だと思うんだな。役者はこのコトバをどう伝えるのか、どんなふうに届けるのか、それが試されるわけなんです。ねぇ、素晴らしいとは思わないか、演劇って。

君も知っているように、僕は音楽が好きだよね。クラシックからロックまで、はては民謡まで、なんでも聴く。僕の楽曲コレクションはだから、節操がありません。音楽は、まるで矢のように魂に突き刺さるような気がする。涙を流すことだってあるよ。(誰のどの曲で泣いたかは秘密です)だけど、演劇はなによりコトバなんだ。コトバに魂を込めるというかさ。僕が選んだのは、うまく説明できないけれど、やはり音楽じゃなく演劇だったのが自分なりに納得できる。いろんな演劇がある。表現はさまざまだよ。僕が考える演劇はその表現のひとつのスタイルにすぎないけど・・・。

たった一行のささやかなコトバでも、
それを誰かに届けるために、明日も役者と稽古します。
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