文芸部だより(「パンフレット」より)

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「こちら文芸部」

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◇「ハワード・キャッツ」・プロデューサー:岩井眞實

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「縁は異なもの味なもの」と申しますが、まこと人生は「出会い」が肝心です。
人生の折り返し地点を過ぎたばかりの「若造」が言うのも生意気ですが、『ハワード・キャッツ』の初日が明いた今現在、私はつくづくそう思います。

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1998年5月、ロンドンに留学していた私は、ウエスト・エンドの劇場で上演されていた『クローサー』という作品に出会いました。作者はパトリック・マーバーという、日本ではまったく無名の作家でした。
私はこの芝居に惹かれ、4たび劇場に足を運び、台本を何度も読み直し、さらに誰かにこの感動を伝えたくて、日本にいる同僚の上田 修に台本を送りました。

上田も『クローサー』がえらく気に入ったとみえて、1999年4月に私が帰国したときには、この作品を共同で翻訳する話が進んでいました。

そして翌2000年3月、私たちは『クローサー』の翻訳と注釈を福岡女学院大学の紀要に発表します。
その間、『クローサー』は30ヶ国以上の言語に翻訳され、世界中の100を超える都市で上演される大ヒット作となり、マーバーは現代演劇で最も重要な劇作家のひとりになりました。

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演出家・安永史明と出会わなければ、話はここでおしまいになります。

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安永との出会いは1999年6月、ひょんなきっかけかで、赤煉瓦文化館で演劇について四方山話をしたのが最初です。それが縁で2000年11月、私は安永の演出する福岡県民創作劇場『プラトーノフ』の舞台に立つはめとなります。
それがこうじて2001年12月には安永とともに「制作集団アントンクルー」を結成し、旗揚げ公演となる『かもめ』を上演しました。

そして2002年6月、アントンクルー第2回公演として『クローサー』の上演が実現しました。
ロンドンにいたときには想像もしなかった事態です。
上演に向けて、上田と私は翻訳のやり直しを余儀なくさせられます。
舞台のせりふとして成立するよう、より自然な言葉遣いに改める必要があったのです。その作業は稽古と同時進行で行われました。
私は役者として稽古にも出、合間を縫って上田宅に泊まり込み、ひとつひとつのせりふを練り上げていきました。こうしてできあがった上演台本は、海鳥社から刊行されました。

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そして、私たちが次なる翻訳作品として選んだのが、同じくマーバー作の『ハワード・キャッツ』です。
今回から道行千枝とEvan Kirbyが加わり、4人のユニットによる共同作業となりましたが、翻訳の姿勢は基本的に変わりません。
せりふは読むものではなく、聞くもの。だから稽古で口から発せられたせりふを聞き、草稿を手直しします。
つまり私たちは「翻訳家」ではなく、「アントンクルー文芸部」なのです。これが戯曲を翻訳するひとつのかたちだと私たちは信じています。

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『ハワード・キャッツ』には9人の役者が出演しています。個性豊かなメンバーが揃いました。

主役のキャッツに扮する彰田さんは、前から好きな役者さんで、一度ご一緒したいと思っていました。
彰田さんの口から紡ぎ出されるせりふは、文芸部の想像を超える豊かなものでした。

ナット役のサカセ(「酒瀬川さん」ですが私たちは「サカセ」と呼んでいます)は『プラトーノフ』からのオリジナルメンバー。せりふにキレがあり、仕上がりがとても早い、文芸部にとっては頼もしい女優さんです。

エリー役の山口さんとジョニー役の鈴木さんは、アントンクルー初参加ですが、お二人とも旧知の間柄です。
お二人は演技のアプローチが正反対なのですが、いつのまにか夫婦になっていました。それ以上に息子のキャッツに対する愛情が痛々しく伝わってきて、稽古でホロリとさせられることもしばしばでした。

バーニー役の中島さんは『クローサー』からの仲間。
サカセとは逆にスロースターターですが、たくさんアイデアを持っていて、きちんと仕上げてきます。

ノーマン役の柴田さんは『プラトーノフ』からのお付き合いです。
いるだけで「柴田さん」、存在感が圧倒的です。

ジェス役の立花さんは今回が初参加です。
役の性根をつかむのに苦労していたようですが、力強く花のある女優さんになりました。

ロビン役の菊沢さんは一見性格俳優、実は万能選手、あの年齢で花も実もあるのが恐ろしい。

オリー役の岩井陽太郎は愚息、これはコメントを差し控えます。しょせんは子役ですし。

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稽古場はこうした年齢も経歴も異なる9人の役者のセッションの場となりました。
毎回様々「出会い」があり、私たちは戯曲が立ち上がってくるのを目の当たりにします。机上では思い浮かばなかった新しい解釈を突きつけられることもしばしばですが、それは心地よい敗北です。

いちいち名前は挙げませんが、福岡女学院大学人文学部の学生たちもアントンクルー旗揚げから今まで、スタッフとして芝居を支えてくれました。
照明の荒巻さん、音響の遠藤さんにも感謝申し上げます。
作品との出会いや、様々な人との出会いによって、ようやく初日を明けることができました。
ひとつひとつの「出会い」は、危うい確率による「偶然」の産物です。

「あのときあの劇場に行かなければ」

「あのとき赤煉瓦館に居なければ」

「あのとき教壇に立たなければ」・・・

しかし、芝居に対する強い気持ちがある限り、それはいつか必ず起こりうる「必然」の「出会い」だと私は信じています。

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そして、今日劇場にお運び下さったお客様との出会いも、「必然」であれかしと望むのです。

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なお、『ハワード・キャッツ』では、キャッツ役の彰田さん以外、一人の役者が複数の役を兼ねています。
これは実は作者パトリック・マーバーの指定でもあります。
ここに本作の演劇的仕掛けが隠されているのですが、はたしてお客様にはどう伝わるでしょうか。

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ごゆっくりお楽しみ下さい。本日はご来場ありがとうございました。

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