ニュース・日記

ニュース・日記

風通信122

2017/09/18(Mon)
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今日は台風一過。
小さい頃、「台風一家」と思っていて、
秋にいくつもまとめて台風が来るので、
そう言うと思っていた。
よくある話ですね。(そうでもないか)

こういう勘違いはありますよね。
「A級ライセンス」を「永久ライセンス」とか。
解散総選挙が近いとかで、またそぞろ情宣カー、
そこで言われる「ご声援ありがとうございます」なんか、
「5千円ありがとうございます」。
オイオイ、やばいんじゃないの。
ついでに「汚職事件」は「お食事券」。
「扶養家族」が「不要家族」になってはいけません。
台風には警報、注意報がつきものだけど、
「波浪注意報」が「ハロー注意報」になったら、
なんか、ほのぼのです。
童謡で「兔追いし」というのも「兔美味し」となったら、
それはやっぱり、どうかと思うし、
ボーリングの「ガター」は
ついつい「ガーター」と言ってしまう。
う〜む、潜在的欲望の前景化などと思われても困るので、
ここらあたりで止めよう。

今は夏の名残のような美しい夕暮れです。
暮れなずむ空に、小さな入道雲が連なっている。
上の方は光を受けて、白く輝いている。
風は緩やかに木々を揺らし、秋のはじまりを感じる。
季節は過ぎていきますね。

みなさん、お元気ですか?
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風通信121

2017/09/17(Sun)
風通信 |
そんなふうには見えないのだけれど、
僕の友人の山本は車が好きなようだ。
それも、日本車には手を出さない。
いや、僕の知っているかぎり、一度だけ、
NISSANのブルーバードに乗っていた事がある。
でも、確か半年で手放したと記憶している。
面白くないのだそうだ。
面白い車という発想は、つまり、運転していて、
楽しいか楽しくないかということなんだろうか。
ともあれ、半年で売り飛ばした、それからの半年間、
彼の奥さんは何かにつけて経済のことをいい、
いい加減うんざりしたそうだ。
でも、それはそうですよね、
僕だって奥さんの気持ちは分かる。

アメリカ車やイギリス車、
それからドイツ車と渡り歩いた彼が、
最近手に入れたのがHONDAの“NBOX/”。
軽自動車である。
この車の特徴は運転席の下方に大きなウーハーがあり、
その他に四つのミッドレンジのスピーカー。
さらに四つのトゥィーターが標準装備してあるところだ。
車内がまるでコンサートホールか、スタジオみたいな感じです。
そこで、モーツァルトの『魔笛』、夜の女王のアリアなんかを聴くと、
人の声がまさに楽器に聞こえてくるそうだ。よく分からない。
もっとも、チェット・アトキンスの
ウフフなギター演奏を聴くよりはいいかもしれない。
(念のため、別なシチュエーションならいいんです、あのギターも)
もちろん、不十分ながらも防音装置は付いている。
そりゃそうだよね、じゃなければ、
交差点でアイドリングストップした時に、
他者の存在に考慮しないどこかのお兄さんと間違われる。

軽自動とはいってもターボチャージャー付きなので、
走りそのものには普通車に遜色がないそうだ。
日本の技術者の実力は世界に誇っていいと言うのが持論。
ただ、軽自動車の致命的な欠点は、
タイヤのグリップ力が弱い上に、軽量なので、
隣の車線をダンプカーが走っている時に、
大きな波に揺れる艀のような感覚に囚われるらしい。
その他に、いろいろカスタマイズして、
購入時にはコンパクトカーよりも高額になったらしい。
バカである。
そのくせ、それほど車にこだわりはないというのだ。
トム・ハーディの主演した『レジェンド』という映画の中で、
アメリカン・マフィアのドンが
「信頼してくれという人間は、まず信用しちゃいけない」
という台詞を言うシーンがあるが、あれと同じです。

山本から聞いた話で今でも忘れないのは、
イギリスのミニクーパーに載っていた時のこと。
それはよく晴れた美しい秋の土曜日の午後のことです。
郊外の公園の脇道を走っていた時、エンジン部分から、
カチャカチャと妙な音が聞こえたそうだ。
ん? と思った瞬間、車からストンと力が抜けたらしい。
力が抜けた? うまく実感は出来ないんだけれど、
まあ、彼がそう言うのだから、そうなんだろう。
何気なく道路の左側にハンドルを切っていたので
そのまま惰性で路側帯に寄せて止まったそうだ。
「そしたらな、あたりは、急にしーんとするんだよ。
風のうなりみたいなもんがかすかに感じられて、
よく晴れた日でさ、雲ひとつなく、
公園から子供たちの黄色い声が聞こえてくる。
すべてが妙に非現実的で、
本当はあれこれしなくちゃいけないんだけど、
なんか、時間が止まったような、いい気持ちになったんだ」
と話してくれたことがある。
彼の話の中では唯一、好きな話である。
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風通信120

2017/09/10(Sun)
風通信 |
普段はインドアの仕事ばかりなのだが、
九月に入ってからのこの一週間、
ずっと風を感じる戸外の仕事が続いていた。
さすがにちょっと疲れました。
そんな中で観た映画は二本だけ。
どちらもReal story movies 、とは言っても、
結局のところ、ある種の脚色はある娯楽作品です。
一本は相変わらずのベタベタな韓国映画の『海にかかる霧』。
これ、ほんとにベタなんです。
どうしてそこでセックスシーンが必要なのか、
ドラマには不必要なエンディングを設定するのか、
よく分からなかった作品だった。懲りずに失敗。
もう一本は『ダンケルク』。これはIMAXで観た。
クリストファー・ノーランの作品は初めてだった。
なんでも、今どきの監督としては珍しくCGを使用していない。
そういう意味でも興味深く観ました。
映像作品としては、
名機スピット・ファイアーの滑るような雄姿とか、
絶え間なく続く音の洪水とか、
歴史的には、独英仏のパワー・ポリティクスの構造とか、
極限状態に置かれた人間の剥き出しの欲望とか、
女性の登場がたぶん3カット、
合計しても10秒を超えなかったとか、
ドイツ軍の姿を見せないとか、
作家の意図は見え見えで・・・
・・・あれこれ思うことがありましたね。
それをすべて書くと長くなる。先日会った若い友人の北崎が
「ちょっと長いっちゃんねぇ〜」と言うので、
今日は、コメントはひとつにしておこう。
「ダンケルクの奇跡」と言われるこの撤退作戦を成功させた
当時の(たぶん就任したばかりの)首相、
ウィンストン・チャーチルの演説の一節が
作品の最後で、生還した兵士の読む新聞の中で引用される。
政治家の演説としては、見本になるような演説。
彼の言葉に
「 金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。
しかし、勇気を失うことはすべてを失う」という名言があるが、
ダンケルク撤退は勇気であったという認識です。
(もっとも、この映画ではそこまで言ってはいないけれど)

僕は僕なりに生まれた国を愛しているので、
この国の、先の大戦の在り方と、現在の政治の姿に、
ふと、考えが及ぶ。
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風通信119

2017/09/03(Sun)
風通信 |
この二週間、若い友人と夕餉を囲む機会が続いた。
彼らが10代の頃から知っている友人である。
今ではそれぞれ、40代と50代のオジサンたち。
それに混じっての60代のジイさんである。
まあ、くだらない与太話ばかりです。愉しい。

僕が今でもこうして付き合う若い友人は、
受験勉強の詰め込みや、くだらない部活動、
無意味な競争、集団の抑圧、偽善的な規則などに
どう頑張ってもなじめなかった連中ばかりだ。
そういう人間と気が合うのは、
きっと僕自身がそうなのだろうと思うのです。

閑話休題

40代のオジサンたちは、全員が独身ゆえに、
ある種の身軽さを備えているんだけど、
背後に忍び寄る時間の重さを感じ始めている印象。

50代のオジサンたちは、それぞれが妻子持ちで、
与えられた場所で与えられた事を
村の鍛冶屋のように、日々こなしているという印象。

そして、60代のジイさんは、
藤原定家の
「見しはみな夢のただちにまがひつつ昔は遠く人はかへらず」
をまるで月見草のように静かに口ずさむのです。

40年以上も生きていると、
どんなに穏やかで整合的に見える人生にも、
必ず大きな破綻する時期があるものだ。
だから、そのことで嘆き、停滞するよりは
それをどのように通過するかを考えるべきだろう。
そもそも(というと大げさだけれど)
僕らが生きるということは、
負けるに決まっているゲームを戦っているようなものだ。
身を焦がすような恋や、ささやかな志など
多くのものを失ってきはずだ。
でも、失ったもののことは忘れた方がいい。
それより、いま自分が手にしているものの事だけ考えて、
日々を大切に生きた方がいいような気がする。

ところで、
こうして若い友人と夕餉を囲むことは多いのだが、
妙齢に達する若いご婦人方からお誘いがないのは、
これは、男性として、
喜ぶべきことか、悲しむべきことか、
我ながらちょっと迷いますね、ふふ。

今宵の月は十三夜。
風が緩やかに秋を運んでくる。
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風通信118

2017/08/27(Sun)
風通信 |
いよいよテニスの全米オープンが始まる。
いい試合が見られると嬉しいですね。

僕は錦織選手があまり好きではないので、
かれが出場しないのはなんともない。
なぜ錦織が嫌いかというのは、わりとはっきりしている。
彼のすばらしいショットや、リターンは
賞賛に値すると思っているので、それとは次元が違う話です。

僕が嫌いな唯一の点は、試合後のパフォーマンスにある。
彼がさわやかな明るい顔でコートを後にするシーンを見たことがない。
いや、おそらくそういう場面があったのだろうとは思うけれど、
少なくとも管見の及ぶ限りではあるけれど見たことはない。
彼自身が多くの人の期待を背負って試合に臨んでいることは
充分に理解しているし、そこそこプレッシャーもあるだろう。
それ以上に、試合に負けることはプレーヤーとしても残念だろうし、
自らの情けなさに腹立たしい面があるのかもしれない。
だから、うつむいて観客に柔やかに手を上げることもなく、
憔悴した表情でコートから立ち去ることになるのだろうか。
でもね、懸命な思いで試合に臨んだわけだし、
自分としてもできる限りのことはやった上での敗戦なのだから、
結果としては負けたにしても、それは結果であって、
試合が終わればとりあえず、
ここまで見てくれたスペクティーターに
感謝の気持ちを伝えるべきだと思うのです。
だって、彼は一人で試合をしていたわけはなく、
常に彼らと一体になって試合を戦っていたわけだしさ。
今回はうまくいかなかったけれど、次の試合はまた頑張ります、
と言葉にこそ出来なくても、
身体で伝えるべきではないかと思うのですね。
どうも、それが感じられないことが多いのだ。
才能豊かで、すばらしい身体能力を持ち、
歴史に名を残すはずの選手だけに、
そのあたりが僕としてはどうにも胸に落ちないのです。

今日の「サンディー・モーニング」に
元、ジャイアンツの槇原投手が出演していた。
そこでの彼のコメントが印象に残った。
阪神戦での、
あの歴史的な3連続ホームランを打たれた時の話です。
バースさんに打たれ、続けて掛布さんに打たれ、
それから岡田さんに打たれたわけですが、
岡田さんの時のことはまったく覚えていないんですね。
記憶が抜けている。
どうしたんでしょう? と突っ込まれると、
いや、甲子園のお客さんが一緒になって、打とうとしているんです。
というかもう、待っているんですね。それが分かる。
もうなにがなんだか、記憶がないんですよ。

なかなか興味深いコメントですね。

この二つのエピソードで、僕が考えたことは巧く伝わるだろうか。
そもそも、なぜこんな話なってしまったんでしょう(笑) ともあれ、
すばらしいパフォーマンスはその人自身の成果ではあるものの、
それがすべてではないということなのかもしれないですね。
構造主義的世界観というか。
きっと人は独りでは完結することなく、
ある種の関係性の中でこそ、力を尽くせるのでないだろうか。
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風通信117

2017/08/19(Sat)
風通信 |
夏の休暇が終わって、今週は業務再開でした。
心身共に疲れましたね、やっぱり。
そんな週末の昨夜。
疲れた頭で観るプログラムじゃないんだけど
『日本のいちばん長い夏』という
ドキュメンタリー・ドラマを観ていた。そして、
案の定、いつの間にか眠ってしまった。

この作品は間違われやすいけれど
『日本のいちばん長い日』とは別の作品です。
有名なのは、この『長い日』の方。
1967年の岡本喜八版と2015年の原田眞人版がある。
この『長い夏』と『長い日』の2作品を併観すると、
太平洋戦争終末期の歴史が立体的に把握できるかもしれない。
もっとも、その歴史とは
庶民のそれとはまったく違うものだけど。
ちなみに『長い日』の67年版と15年版では、
圧倒的に67年版の方が作品としてはいいと思う。
全体を支配している空気感が違うような気がするんです。
ヒリヒリするようなという形容が当てはまる。
監督の切実感や、役者の経験値の違いというかね。

考えてみれば、今年は敗戦から72年。
戦後というには語感が歳月に伴わないような気もする。
大政奉還が1867年で、それに72年を足すと、1939年。
つまり、日中戦争はすでに泥沼化し、先も見えないままに、
1940年のパール・ハーバー奇襲攻撃に至る、
その2年前に当たります。
72年という時間は、そういう幅を持つということだ。
ボーリング・レーンのように真っ平らというわけにはいくまい。
しかし、この72年間で、
国家の名において、他国の人々を殺さなかったという事実は
世界に誇ってもいいのではないだろうか。
たとえ、「日本国憲法」が
自ら創り上げたものではないにしても、
そのおかげだと思う。
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風通信116

2017/08/13(Sun)
風通信 |
今日から、旧盆です。

僕はどちらかというと、いわゆる神や仏は信じない方だが、
亡くなった人の魂は存在すると思っている。
だから、今年は初盆でもあるし、
例年のように、迎え火を焚いて、魂を迎える。

先日のアントンの集合では、
亡くなった勘タンさんの話も出た。
彼が亡くなる前の、
説明のつかない不思議な現象についての話も。
生き続ける限り、僕らは忘れることはないだろう。

亡くなった人に対して僕らに出来ることは、
たぶん二つある。
ひとつは、その人がこの世界に存在していたことを
忘れないでいること。
これは言うほど簡単ではない。
人間の記憶というのは身勝手で、
時間というものは想像以上に
僕らを遠くへ運ぶものだからだ。
しかし、忘れないでいるかぎり、
魂というものは確実に存在する。

もうひとつは、もっと難しい。
それは、その人が生きられなかった分を
残された僕らが生きるということだ。
それは、本来の僕らの「生」に足された「生」になる。
その意味では、僕ら「生」のある部分は、
亡くなった人によって、
生かされている「生」ということになる。
どのようなかたちになるにせよ、
果たせなかった夢や失われた志を生きなければならない。
これは、最初のことより難しい。
でも、努力しなくちゃいけないと思う。

生きていると、
嫌になることや、うんざりすることが多い。
もういいやと、投げ出したくなることもあるし、
何をやってもうまくいかない時期もある。
でも、そんなときに、頑張らなくちゃと思う。
思い半ばにして亡くなった人のことを思って。
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風通信115

2017/08/10(Thu)
風通信 |
114便では、夏の夜の夢みたいなことを書いたところ、
アントンって、
お酒飲んでもあんな話? というメールが来た。
いやいや、
114便は芝居のことについて言及したので、
ああなりましたが、
全体の2割の話を拡大して書いただけで、
後の8割は芝居から離れます、言うまでない。
円形脱毛症や、糖尿病、おまけに高血圧症の話があり、
ついでに低血圧。おまけに低気圧。
椎間板ヘルニアから勃起不全、関節炎から、
逆流性食道炎まで、男性における更年期障害とか、
話題は無限に広がっていく。
人間半世紀も生きていると、
どうしても身体も不具合が出てくるものだ。
そうすると、必然的に誰からともなく、
その手の話になってきます。
それから九州北部豪雨から熊本震災、その他にも・・・
あくまで個人的な見解にすぎないのですが
集団としての劇団アントンクルーのいいところは、
短気な僕を代表としていた割には、物事を短兵急に判断しなかった、
人の悪口は言わなかった、必要以上にプライベートに言及しなかった、
芝居を手段としなかった、そしてなにより芝居が好きだった
などというところだったんじゃないかなぁ。
旧メンバーに言わせると、他に、もっとあるかもしれないし、
それらは誤認だろうと言うかもしれないけれどね。
でも、構造主義的にロラン・バルトが言っているように、
世界中の理解というものは誤解の総体であるからねぇ。

あ、ロラン・バルトというのは真っ赤な嘘です。
言ってません、って。えへッ。
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風通信114

2017/08/9(Wed)
風通信 |
昨日、アントンのクルーで暑気払いをした。
岩井さんの来福に合わせてのことです。
川中さん、東さん、矢野さんが集合。
サプライズでCMが参加。
彼女は僕の演出のアントンの番外公演を切望していました。
で、それについては・・・、
東さんは、『リア』で完全燃焼した感じです。
川中さんは体調次第。
矢野さんは、早めに連絡して下さいね。
岩井さんは、通行人でも、何でもやります、奈良から来ます。
僕の頭の中は、
少年時代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽ。

今、芝居を考えることは、
ともあれ、ドバイの首長が夕食に何を食べたかというのと
同じくらいに、現実の生活には関係がない。
みんなそれぞれ自分の持ち場で、
それなりに全力を尽くしているはずの現実の生活とはね。
言うまでもないことだけれど、
だからこその、「芝居」ではあるわけですが。
ただね、
壱岐団地商店街の「秋の交通安全週間詰所」で
朝からゴロゴロしているようなおっさんに
今でもリクエストがあることは、ありがたいことだ。

僕がCMにジョン・フォードの
“'Tis Pity She's a Whore(あわれ彼女は娼婦)”
のアナベラを演るといいかもしれないと言い、
それから、ジョン繋がりで「恋に落ちたシェイクスピア」の話。
少年時代のジョン・ウエブスターが
さりげなく登場しているという話を岩井さんがはじめ、
脚本のトム・ストッパードへ話題が移り、
イギリスの劇作家と言えば、僕は、
来月のNLTでハロルド・ピンターの“No Man's Land”を見るよというと、
そういえば、秋に「24番地の桜の園」があると川中さんが振って、
岩井さんは大阪で、川中さんも大阪で見るつもりだって。
僕は東京で見るかな・・・で、お時間。

愉しい夜でした。

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風通信113

2017/08/07(Mon)
風通信 |
長く生きていると、
どうにも説明のつかないことが、いくつかある。
たしかに自分としては「本当のこと」なんだが、
人に話をしても分かってくれないし、それどころか、
体調悪かったんじゃない? と心配される始末だ。

そんな話です。

30年くらい前、僕は柳川に住んでいた。
北原白秋で有名な水郷柳川です。
鉄筋のアパートの3階が住まいで、
建物の前に砂利が敷き詰められた広場があり、
そこが駐車場になっていた。
仕事から帰宅した僕はいつもの場所に車を止めた。
19時頃だったけれど、まだ暗くなっていなかったから、
おそらく季節は夏だったのだろう。
ドアをバタンと閉めて、何気なく3階の自宅を見た。
すると、屋上から3メートルくらいのところに、
玉蜀黍のような形状で、両端がすぼまった、
ちょうどラグビーボールを細くしたような
筒型のモノが光の粒を発しながら浮かんでいた。
小さな水銀灯の塊みたいで、
現在のLEDの集積のような感じなんです。
全長5メートルくらいはあったかと思う。
僕は心の中で「あ、UFOだ!」と思い、何度も見直した。
確かに、浮かんでいるんです。
なぜかそうしたのか分からないんだけれど、
いや、たぶんその事実を家族に伝え、
一緒に確認しようとしたんだろう、僕は3階に駆け上がって
「今、UFOを見た!」というと、家族は誰一人取り合ってくれない。
とにもかくにも、僕はもう一度駐車場に戻って、
同じように見上げると、そこには深いスミレ色の空に
小さな星が輝きはじめていただけだった。

もうひとつ。
と言っても、これは単に勘違いなんだろうけど。
これは10年くらい前の、やはり薄暮の頃。

地下鉄の室見駅の前に西日本シティ銀行の室見支店がある。
ATMのブースに入ろうとした僕は、銀行の横に路駐した。
入口は国道202号線に面していて、
僕は車を出て、正面の入口に向かって歩きはじめ、
何気なく車の走る向かい側を見たときのことです。
そこには202号線を挟んで、室見駅の入口がある。
ビルの一角が駅への出入口になっていて、
帰宅を急ぐ人々が階段を上ってきていた。
ビルから道路に通じる緩やかなスロープに、
どこかで見たことのある一人の人物を発見したのです。
大きめの白いズボンと黒い棒タイと白いジャケット。
髪も真っ白で、同じく真っ白な髭を豊かに蓄えている。
おまけにクラーク・ケントみたいな(分かります?)黒縁の眼鏡。
白い杖を付いて、ビクとも動かずそこに立っていた。
しばらく見つめていましたね、僕は。
彼はじっと動かず一点を見つめているように思えた。
おまけに顔は心なしか微笑んでいるようにも見えた。
僕は、「あ、カーネル・サンダースがいる!」と思ったのでした。

この話にもオチはない。
もちろんのことだけれど、ブースから出て来たときには、
カーネル・サンダースは消えていた。

明日は、アントンのクルーと一献。
みんなに、こういう説明の付かないことはないかと
話題を振ってみようかと思うが、
きっと「ナイ、ナイ! そんなこと」
という現実的な言葉が返ってくるだけだろう。
それだけならまだしも、肴にされて笑われるだけだろうな。

残暑厳しい日々。
今日は、立秋だね、  。
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風通信112

2017/07/30(Sun)
風通信 |
『あの頃ペニー・レインと』という映画がある。
原題は「Almost Famous」だから、
そのままでは邦題にはなり得なかっただろうし、
営業方針として、女優のケイト・ハドソンを
売り出す映画だったのかもしれないが、素敵なタイトルです。
彼女の魅力と相まって、
ロック好きには、大いにそそられる作品だ。
オールマン・ブラザーズ・バンドのポスターが、
主人公の部屋に、さりげなく張ってあったり(これはかなり意図的)、
映画の冒頭からサイモンとガーファンクルのレコードが
レコードプレイヤーのターンテーブルに載せられたりする。
劇中で唄われるエルトン・ジョンの“Tiny Dancer”には胸が熱くなる。

その中に、そんなのありかなと思える箇所がある。

ペニー・レイン役のケイト・ハドソン(個人的に好みです)が
飛行機で地元へ帰るところ。
見送る彼女を見送るウイリアム(主人公です)が
ロビーから滑走路を眺めている。
そこへイースター航空の飛行機がゆっくりと現れる。
飛行機の座席に傷心のペニー・レインが座っている。
予感を持った(という演出です)ペニーが
窓の方へ身を寄せる。カメラが彼女の背中越しに、
ロビーで手を振っているウイリアムを見せる。
飛行機はゆっくりと滑走路へ向かう。
飛行機の動きに合わせて、ロビーの中をウイリアムが走る。
サスペンス・アクションドラマじゃないから、
ロビーで人にぶつかるだの、
彼が障害物(たとえば大きな観葉植物鉢)にぶつかるだの、
そういう演出はなし。
彼はただひたすら走るだけ。飛行機の窓を通してそれが見える。
もちろんペニーは気づくんだけど、
彼女は手を振らないし、彼女のアップも無し。
飛行機はなおもゆっくりと滑っていく。
ついて行けなくなったウイリアムがロビーの端で、
立ちすくむというか、取り残される構図。
今度はウイリアムの背中越しに飛行機が離れて行くカット。
そして、微笑みをたたえながら、
飛行機に向かって肩の横で手を振るウイリアム。

長くなったけれど、
あるんですね、こういうシーンが。
いや、昔の映画でよくあった、駅のホームでの別れなら分かる。
センチメンタルなシーンになったはずだ。
でも、飛行機です。
それはないだろう・・・、と思いつつ、
もちろん、監督・脚本のキャメロン・クロウの狙いは
ちゃんとあるはずで、僕もだってその意図は分かるんだけどね。
それでも、飛行機です。

悲しい別れではない。それは出発のための別れ。
たぶん、人はそうやっていくつもの別れを経て大人になっていく。
上手な別れ方と下手な別れ方があるけれど、
見かけや振る舞いは別としてね、
人間としての清潔感がそれを決めるんじゃなかな、と。
ウイリアムは15才だったしね。
彼が生まれてはじめてキスしたのは
ペニー・レインだったしね。

それにしても、飛行機ですよ。ありかなぁ〜。
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風通信111

2017/07/29(Sat)
風通信 |
ウインブルドン選手権が終わって、
はや一ヶ月近く経過しました。
錦織は残念だった。誰かが言っていたけれど、
誰もが認める才能と誰もが感じている体力の不足というのは
彼の試合を見るかぎり、そうかもしれないと思う。

選手権の期間中は、お酒こそないけれど、
自宅はまるでどこかのスポーツバーのように
一日中、試合の映像が流れている。
ときどき、風景のように見ることがあるけれど、
名のある選手の試合は、ほとんど例外なく面白いですね。
それ以外にも面白みのある試合などがあり、
ストロークの柔らかいコ〜ンという音と
それに伴う、パラパラという感じの拍手音が聞こえると、
つい腰を下ろして画面に見入ることがある。
スポーツの観戦は技術の凄さもさることながら、
そこに立ち向かう選手たちの姿に引き寄せられるのだ。

ことはテニスに限らないけれど、
日本で放映される多くの世界レベルのスポーツ・イベントは、
どうしても日本人選手が中心にプログラムされる。
視聴率とか、視聴者のニーズとか、いろいろ理由はあるのだろう。
世界最高のスポーツ・イベントはオリンピックだけれど、
たとえばクロアチアと南アフリカのホッケーの試合とか、
もう、これは絶対に放映されないと思います。だからだろうか、
これまで、オリンピックの放映には、
実はあまりその面白みを感じたことはない。
日本人選手の試合が中心で、しかも、知名度の高い競技が多く、
極端なことを言えば「スポーツ」そのものを
放映しているわけじゃないからだと思う。
外国ではどうなんだろう? 
やっぱり、自国選手中心のプログラムなんだろうか?

全国的に夏休みに入って、高校野球が始まっている。
「甲子園」です。「甲子園」という固有名詞は、
すでに普通名詞となって久しい。曰く、マンガ甲子園とかね。
それもどうかと思うけれど、高校野球と言えば、「甲子園」、
高校ラグビーと言えば「花園」という、一種の概念化傾向は
いまさら変えようがないんだろうなぁ。
そこで思うんだけど、
オリンピックも「アテネ」を目指すというのはいかがだろうか。
むやみに広告代理店にもうけさせることもないし、
開催地獲得レースに何億というお金も動くことはない。
組織委員会の収賄の疑惑もなくなるだろうし、
それを利用しようとする政治屋の暗躍もなくなるだろう。
もっとも、暗躍しているかどうかは分からないけれど。
運営資金だって出場選手の数で頭割りし、参加国が支払えばいいだけの話。
そんなに簡単にはいかないのかなぁ。。。
だって、「アテネ」はオリンピックの聖地だしさ。

また、そぞろオリンピックへ向けて、
国全体が一色に染まるんだろうなぁ。うんざりです。

ところで、
8月末にはテニスは全米選手権が始まる。
また、我が家はスポーツバーみたいになると思う。
それにしても、選手も大変だ。
錦織の名前を挙げるまでもなく、身体のケアをする暇もないよね。
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風通信110

2017/07/24(Mon)
風通信 |
勤務先が今日からサマータイムとなった。

夏の朝の手つかずの太陽。
空気はひそやかに予感する。
暑い一日の始まりの準備である。
世界が少しずつ動き始めるのが分かる。
6時40分には自宅を出て、16時40分には
自宅に帰り着くという生活です。
誰かと運命的に出逢うこともない。

事情が許し、僕自身の気が向けば、
コットンのサマーセーターを着た恋人と
図書館で待ち合わせてもいいけれど、
きっと図書館は、
夏休みを迎えて、学生で溢れているだろう。

読みたかった本や、観たかった映画を
この夏に制覇するための
リストアップをしようと思いながら、
ソフトバンク・ホークスの試合をつい見てしまう。
相変わらず、情けない。

ともあれ、サマータイム。
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風通信109

2017/07/22(Sat)
風通信 |
どこかで書いたことがあるけれど、
僕は、新婚まもない叔父の家で、
新しく叔母となった人(書き方が難しいですね)
が持っていた“A Hard Day's Night”を聴いてから、
完全無欠な(というのも変だけど)ビートルズ・マニアになった。
中学生の頃の僕を知っている人は、
たぶん、僕とビートルズは切り離して語ることはできない。
(実際のそう言われたことがあります)
だから、(という接続詞も変だけれど)ローリング・ストーンズは
ほとんど聴かなかった。
なんだか、ストーンズとビートルズって、
正反対な感じだったんです。
優等生と劣等生?
それなりに洗練されたなコーラスと、
ワイルドなギターサウンド?

今聴くと、まあ、なんというか、
甲乙つけがたいというか、どちらも本当にいいんだよね。
それぞれの良さがあって。
その当時、ビートルズだって、
やんちゃな音楽好きの少年たちという意味では(というか)
一皮剥けばストーンズと変わらなかったと思う。

ロン・ハワードが監督した
“ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years”
昨年、劇場に懸かった作品が、もうWOWOWで放映された。
観ましたよ、もちろん。
あの時、いちばんに観に行った後輩の大森が、
「なんだか、オジサンばかりでしたよ」と言ったので、
そういうお前だってオジサンだろ、という言葉を飲み込みながら、
結局は劇場に行けなかった作品です。
ロン・ハワードさんなので、
「ドキュメンタリー映画」としての勘所は押さえていて、
インタビューの人選も抜かりなく、僕は愉しみました。

一方、今年のWOWOWでは、ストーンズが取り上げられていて、
たぶん、レジェンドとなると思われる
「キューバ公演」をはじめとする貴重な4番組が順次放映された。
1995年、東芝EMIスタジオのアコースティックのレコーディングは、
ライブ盤『ストリップト』へと結実するものだけど、
観ていて本当に楽しかった。なにより、
この人たちが音楽をする歓びの中に生きていることを
感じられたからなんですね。
たしか、ミック・ジャガーは、
20代の頃に、40代になってプール付きの家で過ごすなんて
ロックをする人間じゃない、というようなことを言っていたと
記憶している。たぶん、その言葉には、
ロック音楽の社会的な意味が背後にあったと思う。
でもね、彼が、たとえば現在、プール付きどころか、
プライベートビーチを有する豪邸に住んでいたとしても、
それは結果としてそうだけなのであって、
その本質は、ただの音楽好きの少年が中年になり、
そして老年を迎えただけ(といっては失礼だけど)のような気がする。
愛や平和や、世界への呼びかけは見事になし。
(いや、根底にはあったかもしれないけれど)

ビートルズの音楽性は、半世紀が経っても、
その音楽の女神に愛されたような多彩な豊穣さは、減衰することはない。
でも、結局のところ、すごく下世話な言い方になるけれど、
ビートルズは、仲良くなかったのだろうな。
ストーンズのライブ映像を見ていて、彼らは仲がいいなぁと思った次第。
いや、案外大事なことなんだよね。
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風通信108

2017/07/15(Sat)
風通信 |
先月の『三文オペラ』は、よく知っている作品でもあるし、
だいいち長い作品なので、パスしたんだけど、
今月は観に行った。
NTLの『The Deep Blue Sea』(深く青い海)です。
今回の観客は五人。ゆったり観ましたね。

演劇評論家じゃないので論評は避けるけど、
愉しめる作品だった。いつも思うんだけど、
なんかね、演劇の文化が違うなって。

(以下の引用は、暗闇の中でメモったので、正確じゃない)
「人っていつも善い人よりも、素敵な人を好むのね」
で、オーディエンスは爆笑。僕も笑ってしまった。
作品はイプセンを想起させるような内容で、
かなり渋いのですが、こういうクスグリがある。
そうね、ときとして、
真実よりも優しさが人を慰めるものだし。

「理屈では説明しきれない、哀しみがあるわ」
うん、言葉はいつも不十分。だけど、
言葉に出来ないものを無理に言葉にする必要はない。
もしろ言葉に出来ないものを
抱えて生きることの方が重要だったりする。

ヒロインに向かって、
「希望がないということは
希望に裏切られることもないということです」
と言った医者はそれは言葉の綾だとなじられ、
「希望を通り越した向こう側で生きるんです」
と畳みかけると、
「希望の向こう側には何があるんです?」と尋ねられる。
その答えが「Go on living!」
(・・・ちょっとこの引用は言葉足らずですが)

主演のヘレン・マックローリーは素晴らしい演技。
残念ながら、
下世話な言い方だけど、あの顔、苦手なんだなぁ。

原作にはないと思うけれど、
演出のキャリー・クラックネルの創った
最後のシーンは秀逸です。
精神的にも肉体的(むしろこちらの方が重要)
にも愛する男に去られたヒロインが、
嗚咽しながら、ガス台に火を付け、卵を焼く。
嗚咽しながら、トーストにバターを塗る。
トーストの上に卵焼きを載せる。
そして、一口囓って、カットアウト。
巧い。

こういう芝居を観ると、
演出家のはしくれとして、舞台を創りたくなります。
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風通信107

2017/07/11(Tue)
風通信 |
『バーディ』という映画の中で、
主人公の二人が出会うシーンがある。
おそらく60年代後半のアメリカの地方都市だ。
妙に懐かしい風景だった。

廃車寸前の錆びたポンコツの横には、
背の高い雑草が茂り、
空き地では少年たちが三角ベースの野球をする。
ときどき、大きなフライが上がって、
近所の家の庭に落ちる。
そこにはちょっと小太りの小母さんがいて、
必ず洗濯物を干していたり、取り込んでいたりする。
そして、「あんたたち他で遊びなさい」とか、小言を言う。

日本でも同じような風景がいたる処にあった。
僕もそんな中で生きていたはずだ。

今の博多駅が出来る前は、祇園町に駅舎が建っていた。
絵に描いたようなという比喩があるが、
現在の門司港駅のようなルネサンス式の重厚な建築物だった。
駅の南側には多くの農地や空き地が広がっていて
そこで日の暮れるまで遊んでいた。
上空では灰色の軍用機が頻繁に飛んでいた。
現在の福岡空港が当時は米軍の板付基地だったからだろう。
民間機の離着陸も併用されていたように思うが、
なにしろ子供の記憶だ。はっきりしない。
祖母がベースの近くに住んでいて、よく遊びに行ったものだ。
歩いて行く時は、それが近道だったから、
御笠川に懸かっていたベースへの引き込み線の鉄橋の上を歩く。
ちょうど、『スタンド・バイ・ミー』の少年たちのように。
当時すでに錆びていたから、使用されていなかったのだろう。
自転車で走れば15分。でも、ときどきはバスに乗る。
降車するのは「板付ベース前」というバス停だ。
そのバス停は国道3号線に沿って
永遠まで続いているような金網の前に立っていた。
そして、その向こうには蒲鉾型の米軍の住宅があり、
住宅の前の芝生では軍人の家族の出入りが見える。
すごく、スマートに見えた。
バス停から少し歩くと、金網の下に沢山の弾薬が落ちていた。
それをよく拾って、サンドペーパーで磨いて、
戦利品のような感じで学校に持っていったものだ。
中には、薬莢付きの物もあって、
磨いている途中に暴発して、指をなくした友達もいた。

僕の家は典型的なブルーカラーで、
ご近所はたぶん、いちように貧しかったけれど、
どこまでも広がるような青空の下の生活だったように思う。
身を震わせるような幸せもなかったし、
魂を揺さぶるような不幸もなかった。
まるで初夏の昼下がりのような日々。
それは、あらかじめ失われた時間にちがいない。
心をほっこり温めてはくれる。
わけあって別れた女の子に
再び会ってはいけないのと同じようなものかもしれない。
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風通信106

2017/07/09(Sun)
風通信 |
ときどき、俺も年を取ったんだなぁと思うことがある。
いや、これは否定的な意味じゃなくての話です。

福岡のFMラジオの実験放送は1962年の開始だが、
僕が本格的に聞き始めたのは中学生の頃だったと思う。
夕方帰ってくると、たぶん夜の放送の始まりで、
(一日中、放送されているわけではなかった)
「ただいまから実験放送をはじめます。
まず右のスピーカーから信号音が出ます。
次に左のスピーカーから信号音がでます。
最後の左右のスピーカーから同時に出ます」
というようなアナウンスがあって、
左右のスピーカーのバランスを取って聞き始めた。

なんというか、FM放送にはずいぶんお世話になった。
当時はたしか深夜放送の走りみたいな時期で、
友達の多くはAM局のプログラムを聞いていたように思う。
僕もある程度は聞いたとは思うが、
それよりFENからFM放送に移行した印象が強い。
板付空港には米軍基地があり、当然FENも受信できていた。

FM専用の雑誌もあったね。
「FMファン」とか、「週刊FM」「FMレコパル」とか
巻末に一週間分か二週間分のプログラム表が巻末に付いていて、
聴きたい番組をチェックする。いわゆるエアーチェック。
ここでずいぶんとクラシックを聴いたし、
いうまでもなく当時のヒットポップス(洋楽)を聴いた。
もちろん、カセットテープに録音するわけだ。
そのことが分かっている放送局も
音楽とアナウンスを完全に切り離していたし、
あくまで音質重視のFMというのが売りだったから、
余計なおしゃべりはほとんどなかった。

ここで、冒頭のコメントに戻る。
最近のFM局は聴くに聴くに堪えないのです。
なによりおしゃべりが多すぎるように思うのだ。
情報なんかも豊富にあるし、若い人はそれでいいのだろう。
ところが、僕のような年寄りは、
DJ(?)、ナビゲーターともいいますか? の個人的な感想や、
個人的な日々の想いなんか、まあ、言っては何ですが、
どうでもいいことのように思えてしまうのです。
ほんと、ドーデモイイようなことをしゃべっている。
英語混じりにペラペラしゃべっている番組を聴いていると、
だから、「音楽」を流してくれと言いたくなる。
フム、老人は嫌だなぁ〜、我ながら。
だから、最近は、
ほとんどFM局にチャンネルを合わせることはしない。

ヤレヤレである。
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風通信105

2017/07/06(Thu)
風通信 |
僕は政治的には、
ラディカルではないにしても、
リベラルな方だと思っている。
少なくとも、コンサバではないですね。
でも、いわゆる「政治」にはほとんど興味がない。
ただ、ずいぶん前に、
これからの日本の政治には何も期待するものがない、
という感想は持った記憶がある。

顕著だったのは、
小泉のワンフレーズ・ポリティクス。
あれはいけなかった。
その小泉が安部を幹事長に迎えた張本人。
そして、イタリア国民が
ムッソリーニに万雷の拍手を送ったように、
僕らの隣人は小泉や安部を迎えた。
一国の宰相であるのに知性のかけらもない彼らを。

それにしてもだ、
好むと好まざるとに関わらず、
僕らはこの国で生きていくしかない。
その現実を受け入れるしかないわけです。

よくよく考えてみれば、
コーンパイプを咥え、
レイバーンのサングラスを掛けたアメリカの軍人が
ちょいと顎をしゃくっただけで、
すべてが変わったことを想起しますね。
これはもう、超ポストモダンな感じ。
きっと、構造的には何も変わっていないのだろう。
ワンフレーズ・ポリティクスだって、
「満州は日本の生命線!」とか、
「進め!一億火の玉だ!」とか、
いくらでも歴史の中に見出すことが出来るしさ。

東京都議選で、「都民ファースト」の圧勝という報道。
小池はしたたかな戦略家だなぁ。
たとえば、豊洲問題にしたって、
発表する時期を熟慮を重ねて決定したでしょ?
計算したとしか思えない。
同じ穴のなんとかとは言わないまでも、
似たり寄ったりですよね。

思うに、プラトンの哲人政治の主張は、
まあ、アクチュアルではないにしても
それなりに真理を含んでいるように思う。
哲学を忘却するどころか、
そのなんたるかをさえ理解していない群盲政治家によって、
操られている国家の混迷と悲哀を
まさに僕らは体験しつつあることからも明らかですね。

僕らは民主国家に生きているわけだが、
安部の都議選投票前日の街頭演説、野次る聴衆に向かって
「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と激高した、という
(なんとまあ、小さいこと!)報道の通りだとすると、
ちょっと北朝鮮を笑えないかなぁ。
もっとも、ヨシフ・スターリンの例を持ち出すまでもなく、
そこには粛清なるものが厳然としてある。
だから、その意味では、民主国家(笑)

この場所で、生き続けなければならないというのは、
ずいぶん、少なくとも僕にとっては、
シンドイことではあるけれど。
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風通信104

2017/07/01(Sat)
風通信 |
いつも、
夏は扉が開くように始まると思っている。

今日見上げた空は、夏の空だった。
梅雨はまだまだ続くけれど、
そこにはたしかに夏の空。
山の向こうに幸せがあるような夏の空です。
ペリカンのロイヤルブルーを流したみたいな
空に浮かぶくっきりと白く輝く雲。

あと何度、この季節を
くぐり抜けることが出来るだろう。

ネロは2回の夏だったけど、
僕は、60回を疾うに過ぎた。
ある年齢を過ぎると、人生というものは
いろいろなものを失っていく
連続的な課程に過ぎなくなる。
まるで櫛の歯が欠けるようにだ。
あるいは、掌に持っていたはずのものが、
滑り落ちていくように
愛する人々が一人、また一人と、消えていく。
しかし、彼らは多くの場合、
生きている僕らの在り方を変更させていく。
その変更を真っ当に受け入れることが、
僕らに残された
亡き人を弔う正しい在り方だろうと思う。

懐かしいあこがれのような夏が始まる。
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風通信103

2017/06/24(Sat)
風通信 |
今夜は、雨の夜です。
夜の雨はいい。

BGMは、山下和仁の無伴奏チェロ組曲。
言わずと知れたバッハです。
好きな言葉じゃないけれど、まさに超絶技巧。
しかし、それと感じさせない。
雨の夜にはふさわしい・・・と思う。

102便に、メールボックスのことを書いていたら、
早速、メールを送ってくれた人がいた。
読んでくれてるんだ! 奇特な!
それにしても優しいなぁ。
優しい人は受難者となる場合が多いので、
そういう内容の返信をしようと思ったけれど、
キーボードの上で手が止まってしまった。
もっと、ハッピーなことを書きたい。

昨日は、ほぼ1年ぶりに、芝居なるものを観た。
再演とは書いてなかったけれど、
あの劇団としては再演じゃなかったかしら。
相変わらず、肩の力が抜けて、愉しい芝居。
役者ものびのび。
僕にはああいう芝居は創れないから、羨ましい。
凄い金魚(の化身)に扮していたM君を久しぶりに見た。
巧くなっていて、びっくりした。
もともと間の取り方は巧かったけど。

いくつかの経験は多少なりとも人を変えるはずで、
どう変わるかはもちろん人によりますけどね。

Uさんも
演っていて気持ちがいいだろうなぁというような演技。
ツボにはまっていましたな。
彼が号泣するところは、
オーディエンスはしみじみ胸に迫るシーンなんだけど、
僕はおかしくて思わずフッと吹き出したら、
隣の席の人から、振り向かれた。
きっと変な人と思われたに違いない。
あるいは、ムッとしたかもね。
でも、可笑しかったんだもん。
役者が泣けば、それを観て観客は笑う、
役者が笑えば、それを観て観客は泣くという
そういう愉しみ方はあるような気がするんだけど。
もともとさ、
人間の心理状態なり、性格なりを表すとき、
悲劇とか喜劇とか分けることは出来ない。
そのことはすでに、
18世紀にモーツアルトがオペラで証明している。

オムレツを焼くために、卵を割る。
その行為だけで、
笑うことも出来るし、泣くことも出来るわけだしさ。

だいたいにおいて、
人の心というものは、習慣や常識では規制できない。
それは自由に羽ばたき、移動する。
渡り鳥が国境という概念を持たないのと同じです。

次の芝居は、7月のナショナル・シアター・ライブ。
5月の『ハングメン』のオーディエンスは
僕を含めて3人だった。
7月は『THE DEEP BLUE SEA』。ちょっと楽しみです。
・・・5人くらいはいるかな。
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