ニュース・日記

ニュース・日記

風通信137

2017/11/17(Fri)
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久しぶりに、我が畏友、岩井と会う。
短い時間だったけれど、愉しい時間だった。
話は、カルロ・ゴルドーニの話から、
ローリング・ストーンズまで。
つまり、とりあえず、18世紀の劇作家の作品から、
20世紀を代表する音楽家までですね。
僕らのことだから、まあ、演劇が中心だけれど。
改めて、日本の近代劇作家の作品が「面白くない!」
という見解が一致した。良いとか悪いとかじゃないのですね。
ただ面白くない、ということ。
持ち味は違うにしても、昔から大概の見解は一致するから、
長い間一緒になって作品を創ってこられただろうね。

こと、文化現象において、
お互い、どういう話題を振っても、
たいていは応えるという関係はなかなか得がたい。
致し方ないとは言え、
彼が福岡を離れたのは返す返すも残念です。
そういえば、今日は映画の話はなかったなぁ。。。
あ、いや、マリオン・コティヤールの
『エディット・ピアフ』は出てきたなぁ。
ウディ・アレンの小洒落た作品
『ミッドナイト・イン・パリ』は僕の好きな作品。
ピカソの愛人という役柄も良かったのですよ。ふふ。
『サンドラの週末』と
『マリアンヌ』がライブラリーにはあるんだけど、
まだ見ていないので、明日は見ようか、と。

今のところ、
こんなふうに話せる相手がいないので、
こうしてときどき会うと、いろんな意味で、
俺も、前向きに、もうちょっとだけなら
頑張れるかなと思う。
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風通信136

2017/11/12(Sun)
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僕は天文少年ではなかったから、
星座のことなんて知らなかった。
あれがシリウスだと
教えられたのは、高校生の時。
その時以来、いつも冬になると、
空を見上げて冬の大三角形を認め、
シリウスを確認したものだ。

楽しいことや、哀しいこと。
辛いことや、嬉しかったこと。
いつでもシリウスは冬の夜空に輝いていた。


定家の歌を二首

見しはみな夢のただちにまがひつつ昔はとほく人はかへらず
風の上に星のひかりはさえながらわざともふらぬ霰をぞ聞く


今夜も、南西の空にオリオン座がかかる。
今夜も、シリウスは輝いている。
僕が生まれるずっと前から、
僕が死んだ後の永遠の時間まで。
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風通信135

2017/11/11(Sat)
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気温、摂氏16度。
昨夜の強い雨が、空中の塵埃を
すべて地上に落としたようだ。
コバルト色の空は、
どこかに
透明な哀しみを隠しているかのように澄んでいる。
色づきはじめた銀杏の葉が風に揺れ、
音もなく舞うように落ちる。
まるで僕らの人生のように。
ふと生きていることがつらくなる。
こんな日もある。

たまたま生まれて、ドタバタ生きて、
失われてゆくだけ。

そろそろ芝居を創るかなぁ・・・
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風通信134

2017/11/04(Sat)
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それほど興味があるわけでないだろうから、
おそらく気を遣って話題を振ってくれたのだろうが、
東京在住の若い友人から、
「決戦の舞台は福岡!」という件名のメールが届いた。
いや、確かに。
もっとも、リーグ優勝も、クライマックス勝利も、
ヤフオクドームでの胴上げはなかったし、
日本シリーズの優勝くらいは、本拠地だろうという
身びいきの憶測で、
日本シリーズの優勝は「ソフトバンク」に決まりです、
とメールしたものの、
勝負事はやってみないとわからないですね。
投手力並びに攻撃力、守備力の技術的な違い、
総合的な戦力の差はあるにしても、
なにしろ、今のDeNAには勢いがあるからね。
ほら、けっこう「勢い」って
こと勝負では大事なエレメントですもん。
でも、まあ、どこかに野球の神様がいるんなら、
順当にホークスに優勝をもたらすはずと思う。

いや、そういう話ではなかった。

届いたメールに、
むかし一度だけ、広島対ヤクルト戦で、
神宮球場に行ったことがあると書いてあったので、
その返信メールに、薄暮ナイターの記憶を書いた。
薄暮ナイターといっても、たぶん今の人は知らないだろう。
夕方の4時くらいから試合が始まって、
たいていの場合「ダブルヘッダー」といって2試合あることがあった。
たぶん、20世紀の終わりくらいまではあったんじゃないだろうか。
あれはなかなか良いものだった。
空が夕闇に包まれていって、2試合目くらいの一定の時間が来ると、
パアーッとカクテル光線(球場の照明のことです)が点灯される。
Tシャツのなかった時代、
多くの大人は揚柳シボの入った生地の下着のシャツだけになって、
ビールを片手に、ヤジを飛ばしながら観戦する。
夜間の外出という非日常の中に投げ込まれた
子供は大人の横で落ち着きなくお尻をムズムズさせながら、
それでも、一人前になったような気分で観戦し、
飽きたら野球そっちのけで通路を走り回る。
のどかな、そして豊かな時代。
そんなことを書いて送信した後、少しヤレヤレの気分になった。
どう考えても、これはフェアではないような気がしたのです。

先日も同じようなことがあったのだ。

ジェームズ・アイボリーの『日の名残り』。
いうまでもなくノーベル賞作家K・イシグロの名作です。
その演技を賞賛したメールがその友人から来て、
僕は返信に、監督の名前をリチャード・アッテンボローと間違え、
おまけに主役のアンソニー・ホプキンスを
アンソニー・パーキンスと間違えた。でへへ。
僕にはよくあることで、なんという失態! とは思わないんです。

問題はその先にある。

僕は、ついでに、
アンソニー・パーキンスが出ている映画の話をしたわけだ。
『さよならをもう一度』(Goodby Again)ね。
もちろん、ブラームスの3番がいかに効果的に使われたかを
得々とメールに書いてしまって、これがね、ヤレヤレなんです。
その友人は僕よりずいぶん若く、
もしかしたら、その映画を観たことがないかもしれない。
僕が観たのはずいぶん前だけど、
それでも、それは僕が彼よりも長く生きてきたからであって、
それをいかにも知ったかぶりに書いたような気がしたのだ。
ね、ヤレヤレでしょ?
これはファアじゃない。
そういう話はしてはいけないような気がするのです。
僕は教師ではないけれど、
こういうのを思い上がった教師面と言うんだな。
すぐに人生論をぶつ人気のない数学教師みたいな。

年齢の差というものはある。でも、
たとえば52才といってもいろいろな52才がある。
25才のような52才もいるし、62才のような52才もいるだろう。
25才といってもいろいろな25才があるようにだ。
だからそういう数字的な年齢よりも、
年齢を超えて分かり合える縦糸のようなものを
大事にしていくべきだろうと思う。
「同じ時代」を生きる者として。

アンソニー、といえば、
アンソニー・クイーンという俳優がいた。
まあ、『道』が有名ですが。
彼の『その男ゾルバ』は・・・、と轍を踏みそうになる。
だから、シメは、
今日の、ソフトバンクの勝利ということで(笑)
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風通信133

2017/10/30(Mon)
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今日、関東では木枯らしが吹いたらしい。
2週連続の台風は、一気に秋を連れてきたようだ。
木枯らしって、初冬ですかね?

台風は、ここ福岡では幸いなことに
二度とも直撃はなかったけれど、
いわゆる「吹き返し」というのかなぁ、
遙か南の海上を過ぎていった後に、
北西の風が吹き荒れた。
電線がヒューヒューと鳴り、
木々はザワザワと大きく揺れる。

夜の風は嫌だなぁ、本当に。
雨ならば、夜の雨、海に降る雨、等々
心が安まるんだけれど。

夜に風が吹くと、
どこから吹いてきて、どこへ行くんだろうと思う。
ちょうど、僕らのささやかな生がそうであるように。

「エリナー・リグビー」ですよね。
All the lonely people  Where do they all come from?
All the lonely people  Where do they all belong?
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風通信132

2017/10/23(Mon)
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10月も終わる頃、季節外れの台風でした。
被害に見舞われた地域は大変だったろう。
自然は人間が制御しきれるものではない。
むしろ、自然とどのように共生するかを
時間をかけて考えていかなければならないのだろう。
たとえば、川の氾濫を制御するために、
護岸整備をするというようなお役所的対処療法でなく、
自然のシステムの研究をはじめとする、
人間優先の社会システム、それ自体を
根本的なところから考えるということだ。

福岡は、雨はほとんどなく風ばかりだった。
風はドドドドッと音を立てて、吹き荒ぶ。
ベランダに立つと、
周りの木々が風で大きく揺れている。
建物の壁面に狂った怪物のような影が
街灯の光で大きく作られる。

『ベストセラー(邦題)』という映画の中で、
編集者マックス・パーキンズが、
フランスから帰国したトマス・ウルフに対して
エドワード・ホッパーのタブローみたいな
ニューヨークの街を見下ろしながら、次のようなことを言う。
“先史時代、私達の祖先が身を寄せ合って、火を囲んでいる。
狼の遠吠えが闇に響く、そして誰かが話し始めた。ひとつの物語を。
皆が闇を恐れぬように。”
トマス・ウルフは何も言わずに、
放蕩息子が父親に許しを請うように、
パーキンズの肩に顔を預ける。
この場面の風景は素敵だったし、なかなかいいシーンです。

ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロの作品も、
たぶん、そういうふうに読まれるんじゃないかなぁ。
物語にもし効用があるとすれば、
この言葉に尽きるような気がする。
焚き火の傍らで身を寄せ合いながら、
今日のような長く暗い嵐の夜を過ごす時、
彼らの魂を慰めるものは物語だったはずだ。
木の根っこを囓ったり、
痩せた野鼠の肉を分け合って生きていても、
物語があれば、
明日を生きていけると感じたのではないだろうか。

パーキンズと半ば喧嘩別れした
トマス・ウルフは、37才という年齢で亡くなるけれど、
その死の床で、パーキンズに書き残した手紙がある。
映画の中でも、最後のシーンで引用されます。
“何が起こっても、そして過去に何があったにしても、
いつもあなたのことを考え、あなたに対して
3年前の7月4日と同じ感情を抱いています。
あなたがわたしを船まで出迎えてくれ、
二人で高いビルの屋上にのぼり、
人生と都会の異様さ、栄光、力が
眼下に広がっているのを見たあの日と同じ気持ちなのです。”

人生というのは、かくも哀しく、そして豊かです。
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風通信131

2017/10/16(Mon)
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昨日、今日と、雨が降り続けた。
街路樹も濡れ、巷の家々も濡れ、
走る車も、街行く人も、濡れている。
雨は、まだ止みそうにない。
こんな日は、懐かしい恋人と逢いたくなる。

夕方には、垂れ込めた空の下を
烏が一羽、また一羽と西から東へと帰っていた。
激しい雨に打たれて、一瞬、下方に落ちるんだけど、
持ち直して再び彼の決めた高さを飛んでいく。
そう飛ぶしかないのだろう。
風の強い日も、同じだ。
押し戻されようとも怯まずに、
前に向かって飛んでいく。
定められた運命のように。
ヤレヤレ、生きていくというのは、大変だよなぁ。
きっと、
僕らの人生だって、似たようなものなのだろう。

でも、ふと思ったんだけど、
僕らは後ろを向きながら前に飛ぶことが出来るのですな。
昨今の政治状況(総選挙も含めて)を鑑みて、
そのことの重要さに思いを馳せる。
いつか来た道を未来に見つけることが出来そうだ。
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風通信130

2017/10/15(Sun)
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先週の金曜日、久しぶりの観劇。
演出家も旧知の人で、出演者にも知り合いがいた。
出演者八人の内、三人は一緒に芝居を創った人だった。
作品はガルシーア・ロルカの『ベルナルダ・アルバの家』です。
岩波文庫では、牛島信明さんの訳で、
「三大悲劇集」と銘打ってある中のひとつ。
若い頃、読んでいて、そのときに、
こういう作品は苦手だなぁと思っていました。
その後は、映画で。マリオ・カムス監督の作品。
そのときも、重たくて辛かった記憶がある。
確かに、アンダルシアの小さな村を舞台に、
家の権威を守ろうとした母が生み出した悲劇なんだけど、
なんだか、悲劇とは思えなくなりました。
妙に可笑しく、もの悲しい人間の姿とでも言えばいいかな。
演出のスタンスのせいかもしれないけれど、
ある種の猥雑感があり、それって、
喜劇とまでは言わないけれど、
単純に悲劇とは言えないような気がするのです。
年齢のせいなのかしらん。

来週は、火曜日に
National Theatre Liveの“As You Like It”を観に行く。
愉しい作品ではあるんだけれど、200分の作品。
いつものように20分程度のIntermissionはあるだろうが、
仕事帰りの身体にはちょっと辛いかもしれないなぁ。
寝ないようにしよう(笑)
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風通信129

2017/10/10(Tue)
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四人の中では、森川がいちばん年下だった。
20代前半の男同士ではたとえ一年であっても、
学年の違いは絶対的なものだ。
だから、みんなから弟のように扱われていた。
それが森川の立ち位置だった。
そのせいでもないだろうが、
森川は面子が足りない時に駆り出されることが多かった。
それは絶対に断ることはなかったように思う。
じゃ、そのとき以外は、何をしていたかというと、
今になってみると、よくそんなことが出来たと思うけれど、
レコードを鳴らしながら、たいていは本を読んでいた。

六月頃だったか、彼が教育実習に行くことになった。
神奈川のある県立工業高校である。
そのときの詳しい話は知らない。
でも、いくぶんかは僕らにも責任があると思うのだけれど、
彼は2週目の月曜日に大遅刻をやらかしたのである。
いやね、日曜日の夕方から始まった勝負が
月曜日の未明まで続いたのです。
すでに勤め人だった一番上の村山は寝たら起きられないと、
始発の電車に乗ったと記憶している。
森川はどうしたか。もちろん寝たのである。
起きたのは午後3時の、すでに陽射しが窓から斜めに差し込む時刻。
実習校に電話を入れたら、
遅くなってもいいから顔を出せと言うことで、
すごすごと駅に向かっていく。
残った僕と野田は、にやにやしながら眺めていた。
たぶん、僕らが求めていたのは時間と自由だったのだ。
それらは、ある程度お金で買えるものだが、
そういう姿勢はたぶん経済の問題とは別の次元のことだ。

もうひとつ、エピソードがある。

森川には付き合っていた女の子がいた。
ミッション系の女子大学に通う女の子だった。
たぶん、実習で遅刻した年の年末のことだ。
彼女から、大学主催の「メサイア」のコンサートに誘われたんですね。
それが土曜日の夜。
僕らは金曜日からほとんど徹夜で。
森川は合唱が会場を満たす中、高々と鼾をかいてしまった。
彼女とはクリスマス、つまりその夜以降、
二度と逢うことはなかったようだ。
それでも、森川はそのことについては、一言も言わず、
今まで通りに家の管理をし、麻雀の面子が足りない時には、
断ることなく付き合っていた。僕らは、
彼が口に出さないことで痛みに耐えていると感じていた。
痛々しいほど僕らも若かったよね。
でも、なにも言わなかった。

その半年後、僕らの生活は終止符を打った。
村山は、会社で主任になたっ途端に忙しくなったとぼやき、
野田は、千葉の会社に就職した。
僕は、編集プロダクションに勤めはじめ、
森川は、奈良で中学校の教師になった。

最後の夜。ほとんど整理のついた部屋の窓を明けて、
四人で月を眺めながら、ゴールド・ブレンドを飲んでいた。
♪ダバダァ〜違いのわかる男・・・というCMがありましたね。
そんな台詞がまったく似合わない野田が、
「なあ、60になったら、みんなで集まって麻雀せんか?」と言った。
森川がすかさず「あい、いいですね」と応えた。
僕は軽く「うん」といい、村山は黙って月を眺めていた。
そうして、僕らはそれぞれの道を歩き始めた。
特別な話ではない。よくある話かもしれない。
たぶん、あのときが、
僕らの人生の中でカチャリと歯車が回った時だったんだろう、
今になって、そう思える。
そして、僕ら三人が再会するのは、30年後の奈良である。
膵臓ガンで死んだ森川の一周忌だった。
初めて会う森川の奥さんから、
「みなさんのことは何度も聞いています」と言われた。
案内されて彼の部屋に入り、
若い頃の面影を残した森川の遺影を眺めながら、
村山が「森川ぁ、なんかぁ、おまえ、はよ〜死んでから」と言い、
僕と野田は言葉を失っていた。
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風通信128

2017/10/9(Mon)
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どのような国の歴史にも、
あるいはどのような人の歴史にも、
いくつかの分水嶺があると村上春樹は言っている。
たとえば、アメリカにとっての『1929年』
ユリウス・カエサルにとっての『ルビコン河』
アドルフ・ヒットラーにとっての『スターリングラード』
バイロン卿にとっての『チャイルド・ハロルドの巡礼』
ビートルズにとっての『サージャント・ペパー』
しかし、残念なことだが、それがいつかはわからない。
多くの場合、それを感知することはできないのだ。
その真の意味は、まるで長期手形の決済のように、
後日、静かにやってくる。
しかるべき歳月を隔てて、改めて知ることになるのだ。

大学時代の終わり頃、
府中競馬場近くの一軒家を借りていた。
僕はそのころは、適当にアルバイトをして、
かといって将来のことで漠然と不安を感じることもなく、
なんとかなるだろうというお気楽な生活に浸っていた。
年齢を重ねるにつれて、
時間はどんどん過ぎ去る速度を上げていくものだ。
だから、あの頃、時間は止まっていたような気がする。

家賃は友達四人で出し合っていた。
金曜日の夕方から人が集まり、未明まで麻雀大会。
アルコールはほとんどなかったが、
部屋がかすむほどにタバコの煙が充満していた。
明けて、土曜日の午前中の光の中を、
みんなで汚れたスニーカーやつっかけを履いて、
総菜パンと牛乳を片手に府中競馬場に行った。
パドックを見て、馬券を買って、一日過ごす。
そして、帰ってから、
再び牌を振る・・・信じられないような生活でしたね。
そこでは、人が人を呼び、
ずいぶんと大勢の人間が集まってきた。
その中には、後に服役した人間もいたし、
現在、日本を代表する企業の重役になった人間もいる。
多彩な人間が集まってきたけれど、
女の子は入れないことが不文律だった。
ごく自然に、そういうものだと誰もが感じていた節がある。
みんなほとんどバカで、いい加減で、
どうしようもなかったけれど、
人のあら探しみたいなことはしなかったように思う。

家賃を出し合っていた四人の中のひとりが森川だった。

To be continued
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風通信127

2017/10/05(Thu)
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さっきテレビで、速報テロップが出た。

やっとというか、ついにというか、
カズオ・イシグロがノーベル賞を受賞した。

彼の“Never Let Me Go”はすばらしい小説だった。
映画はつまんなかったなぁ
はじめて読んだ時、胸に迫って泣きそうになった。
映画もよかったのは、
“The Remains of the Day”でしたね。

すばらしい小説というのは、
まず第一にストラクチャーが優れているものだ。
もちろん、コンテンツが優れているのは
いうまでもないですが・・・。

あとは、ミラン・クンデラですね。
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風通信126

2017/09/30(Sat)
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今日は、ブラームスの室内楽みたいに、
空が澄み渡る美しい秋の一日だった。
月末の墓参りをしてきた。
父親が亡くなったは、
24年前の冷たい夏の終わり。
そのとき以来、「月命日参り」を続けてきた。
欠かしたことはないので、300回近くの回数になる。
可愛がっていた八才の孫娘も母になった。

スペインで生まれた詩人の書いた一節を思い出す。
鳥は啼き、歌は残るだろう。
時は流れ、人は去るだろう。

僕の短気症は、父親譲りである。
今ではほとんど見かけなくなったけれど、
紙マッチみたいにすぐに火が付く男だった。
だけど、大声で語ることはなかった。
だから、
往々にして大声で攻撃的に語られる言葉には
負けることがあったと思う。
でも、中にはちゃんと注意深く
耳を傾けてくれる人がいたはずだ。
そういう人が必ずいると、僕は今でも信じている。

さて、
Wake me up when September ends

明日から、たそがれの十月。

武満 徹の唄を歌おうか。

♪昨日の哀しみ、今日の涙
      明日は晴れかな曇りかな♪
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風通信125

2017/09/27(Wed)
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124便で菅原克己の作品を引用したら、
さっそく、香しい金木犀ような便りが来た。
彼が住んでいるところは、今夜は雨のようです。
福岡も夜の雨。
菅原克己・・・知らなかったけど、いい詩ですね、
とのことだったので、ちょっと嬉しくなって、
もうひとつね。
ただし、これは歌詞です。
Green Dayというパンク・バンドの詞。

傑作アルバム“AMERICAN IDIOT”から。

“Wake me up when September ends”

Here comes the rain again(また雨が降ってきた)
Falling from the stars(星夜から降りそそぐ雨)
Drenched in my pain again(繰り返す心の痛みに涙で濡れる)
Becoming who we are(そうして人は生きていく)
As my memory rests(多くを思い出さなくなっても)
But never forgets what I lost(失ったものを忘れることは決してない)
Wake me up when September ends(9月が終わったら起こしてほしい)

Summer has come and passed(夏が訪れ 過ぎ去っていく)
The innocent can never last(無邪気なまま いられるわけがない)
Wake me up when September ends(9月が終わったら起こしてほしい)
Translated by Yasunosukey

なんかね、こんな夜にぴったりです。
でも、歌はやっぱり、音で聴かないとね
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風通信124

2017/09/24(Sun)
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昨日、本を読む時間がないと書いた。
思うんだけど、時間がないと嘆くよりは、
別のことを考えた方がいいですよね。
それで、詩集をひもときました。
菅原克己の詩集。

ガールフレンドのひとりで、
詩の好きな子がいるんだけど、彼女知っているかなぁ。
戦前は投獄もされた
共産党系のすごくマーナーな詩人です。

たとえば、こういう詩。
『涙』という詩です。

 どうしてよいかわからないとき、
 涙はうぶ毛の頬を伝わった。
 十七才の娘にはわからないことが多すぎて、
 なぜ、素直なことが素直にゆかないか、
 正直に言ったことがいろんな問題をひきおこすか、
 それを抗議するように
 涙はひとりでに流れた。
 苦しいことを苦しいと
 口に出して言えない言葉は
 すぐに涙となってながれた。
    (中略)
 ああ、大人になりかけて
 いろんな世の中の出来ごとが一時にあふれ、
 やわらかい芽が雨にぬれるように
 涙はあなたの蒼みがかった瞳を濡らす。

『ブラザー軒』は高田渡が曲をつけている。

 東一番丁、
 ブラザー軒。
 硝子簾がキラキラ波うち、
 あたりいちめん氷を噛む音。
 死んだおやじが入ってくる。
 死んだ妹をつれて
 氷水をたべに、
 ぼくのわきへ。
 色あせたメリンスの着物。
 おできいっぱいつけた妹。
 ミルクセーキの音に、
 びっくりしながら
 細い脛だして
 椅子にずり上がる。
 外は濃藍色のたなばたの夜。
 肥ったおやじは
 小さい妹をながめ、
 満足げに氷を噛み、
 ひげを拭く。
 妹は匙ですくう
 白い氷のかけら。
 ふたりには声がない。
 ふたりにはぼくが見えない。
 おやじはひげを拭く。
 妹は氷をこぼす。
 簾はキラキラ、
 風鈴の音、
 あたりいちめん氷を噛む音。
 死者ふたり、
 つれだって帰る、
 ぼくの前を。
 小さい妹が先に立ち、
 おやじはゆったりと。
 東一番丁、
 ブラザー軒。
 たなばたの夜。
 キラキラ波うつ
 硝子簾の向うの闇に。

この年になると
こういう哀しみはいたく響くんだなぁ。
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風通信123

2017/09/23(Sat)
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例年のことだが、
8月の下旬から10月の上旬までが、
本業の仕事の中でいちばん忙しい時期である。
いわゆる繁忙期です。
年によって、終わりがもっとずれ込んだりする。
今年はどうなるだろうか。
この時期は、本も読めず、映画も観られず、
ただひたすらベン・ハーの奴隷船の漕ぎ手みたいに、
昨日のことも振り返らず、明日のことも考慮せず、
目の前のなすべき事だけを見つめる日々だ。だけど、
充実しているというのとちょっと違う気もする。

以前だったら、これくらいの日々だったら、
睡眠時間を減らしてでも平気で本を読み、芝居を創り、
女の子と逢ったりした。(と言っておこう)しかし、
本が読めないというのは致命的ですね、僕にとって。
考えてみれば、新しい知識なんて
たぶん脳細胞が受け付けないだろうとは思う。
でも、ことはそういう問題じゃないですよね。
僕は、ウォルト・ディズニーの
I can never stand still. I must explore and experiment.
I am never satisfied with my work.
という言葉が昔から好きで、
そのようでありたいといつも願っていた。
いい芝居は創れないかもしれない。しかし、
前の作品より少しだけましな作品(芝居)が創ることを
願っていたし、やってきたつもりだ。
うまくいくこともあったし、そうでなかったこともある。
結果はもちろん大事だけれど、
そうありたいと願い続けた身の処し方こそ、
ささやかだけど、僕にとっては大切な記憶なんです。

今年も残すところ、三ヶ月。
いろいろありましたなぁぁぁぁ、今年は。
とりあえず、冬の初めに東京に行こう。
冬の盛りに京都に行こう。
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風通信122

2017/09/18(Mon)
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今日は台風一過。
小さい頃、「台風一家」と思っていて、
秋にいくつもまとめて台風が来るので、
そう言うと思っていた。
よくある話ですね。(そうでもないか)

こういう勘違いはありますよね。
「A級ライセンス」を「永久ライセンス」とか。
解散総選挙が近いとかで、またそぞろ情宣カー、
そこで言われる「ご声援ありがとうございます」なんか、
「5千円ありがとうございます」。
オイオイ、やばいんじゃないの。
ついでに「汚職事件」は「お食事券」。
「扶養家族」が「不要家族」になってはいけません。
台風には警報、注意報がつきものだけど、
「波浪注意報」が「ハロー注意報」になったら、
なんか、ほのぼのです。
童謡で「兔追いし」というのも「兔美味し」となったら、
それはやっぱり、どうかと思うし、
ボーリングの「ガター」は
ついつい「ガーター」と言ってしまう。
う〜む、潜在的欲望の前景化などと思われても困るので、
ここらあたりで止めよう。

今は夏の名残のような美しい夕暮れです。
暮れなずむ空に、小さな入道雲が連なっている。
上の方は光を受けて、白く輝いている。
風は緩やかに木々を揺らし、秋のはじまりを感じる。
季節は過ぎていきますね。

みなさん、お元気ですか?
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風通信121

2017/09/17(Sun)
風通信 |
そんなふうには見えないのだけれど、
僕の友人の山本は車が好きなようだ。
それも、日本車には手を出さない。
いや、僕の知っているかぎり、一度だけ、
NISSANのブルーバードに乗っていた事がある。
でも、確か半年で手放したと記憶している。
面白くないのだそうだ。
面白い車という発想は、つまり、運転していて、
楽しいか楽しくないかということなんだろうか。
ともあれ、半年で売り飛ばした、それからの半年間、
彼の奥さんは何かにつけて経済のことをいい、
いい加減うんざりしたそうだ。
でも、それはそうですよね、
僕だって奥さんの気持ちは分かる。

アメリカ車やイギリス車、
それからドイツ車と渡り歩いた彼が、
最近手に入れたのがHONDAの“NBOX/”。
軽自動車である。
この車の特徴は運転席の下方に大きなウーハーがあり、
その他に四つのミッドレンジのスピーカー。
さらに四つのトゥィーターが標準装備してあるところだ。
車内がまるでコンサートホールか、スタジオみたいな感じです。
そこで、モーツァルトの『魔笛』、夜の女王のアリアなんかを聴くと、
人の声がまさに楽器に聞こえてくるそうだ。よく分からない。
もっとも、チェット・アトキンスの
ウフフなギター演奏を聴くよりはいいかもしれない。
(念のため、別なシチュエーションならいいんです、あのギターも)
もちろん、不十分ながらも防音装置は付いている。
そりゃそうだよね、じゃなければ、
交差点でアイドリングストップした時に、
他者の存在に考慮しないどこかのお兄さんと間違われる。

軽自動とはいってもターボチャージャー付きなので、
走りそのものには普通車に遜色がないそうだ。
日本の技術者の実力は世界に誇っていいと言うのが持論。
ただ、軽自動車の致命的な欠点は、
タイヤのグリップ力が弱い上に、軽量なので、
隣の車線をダンプカーが走っている時に、
大きな波に揺れる艀のような感覚に囚われるらしい。
その他に、いろいろカスタマイズして、
購入時にはコンパクトカーよりも高額になったらしい。
バカである。
そのくせ、それほど車にこだわりはないというのだ。
トム・ハーディの主演した『レジェンド』という映画の中で、
アメリカン・マフィアのドンが
「信頼してくれという人間は、まず信用しちゃいけない」
という台詞を言うシーンがあるが、あれと同じです。

山本から聞いた話で今でも忘れないのは、
イギリスのミニクーパーに載っていた時のこと。
それはよく晴れた美しい秋の土曜日の午後のことです。
郊外の公園の脇道を走っていた時、エンジン部分から、
カチャカチャと妙な音が聞こえたそうだ。
ん? と思った瞬間、車からストンと力が抜けたらしい。
力が抜けた? うまく実感は出来ないんだけれど、
まあ、彼がそう言うのだから、そうなんだろう。
何気なく道路の左側にハンドルを切っていたので
そのまま惰性で路側帯に寄せて止まったそうだ。
「そしたらな、あたりは、急にしーんとするんだよ。
風のうなりみたいなもんがかすかに感じられて、
よく晴れた日でさ、雲ひとつなく、
公園から子供たちの黄色い声が聞こえてくる。
すべてが妙に非現実的で、
本当はあれこれしなくちゃいけないんだけど、
なんか、時間が止まったような、いい気持ちになったんだ」
と話してくれたことがある。
彼の話の中では唯一、好きな話である。
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風通信120

2017/09/10(Sun)
風通信 |
普段はインドアの仕事ばかりなのだが、
九月に入ってからのこの一週間、
ずっと風を感じる戸外の仕事が続いていた。
さすがにちょっと疲れました。
そんな中で観た映画は二本だけ。
どちらもReal story movies 、とは言っても、
結局のところ、ある種の脚色はある娯楽作品です。
一本は相変わらずのベタベタな韓国映画の『海にかかる霧』。
これ、ほんとにベタなんです。
どうしてそこでセックスシーンが必要なのか、
ドラマには不必要なエンディングを設定するのか、
よく分からなかった作品だった。懲りずに失敗。
もう一本は『ダンケルク』。これはIMAXで観た。
クリストファー・ノーランの作品は初めてだった。
なんでも、今どきの監督としては珍しくCGを使用していない。
そういう意味でも興味深く観ました。
映像作品としては、
名機スピット・ファイアーの滑るような雄姿とか、
絶え間なく続く音の洪水とか、
歴史的には、独英仏のパワー・ポリティクスの構造とか、
極限状態に置かれた人間の剥き出しの欲望とか、
女性の登場がたぶん3カット、
合計しても10秒を超えなかったとか、
ドイツ軍の姿を見せないとか、
作家の意図は見え見えで・・・
・・・あれこれ思うことがありましたね。
それをすべて書くと長くなる。先日会った若い友人の北崎が
「ちょっと長いっちゃんねぇ〜」と言うので、
今日は、コメントはひとつにしておこう。
「ダンケルクの奇跡」と言われるこの撤退作戦を成功させた
当時の(たぶん就任したばかりの)首相、
ウィンストン・チャーチルの演説の一節が
作品の最後で、生還した兵士の読む新聞の中で引用される。
政治家の演説としては、見本になるような演説。
彼の言葉に
「 金を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。
しかし、勇気を失うことはすべてを失う」という名言があるが、
ダンケルク撤退は勇気であったという認識です。
(もっとも、この映画ではそこまで言ってはいないけれど)

僕は僕なりに生まれた国を愛しているので、
この国の、先の大戦の在り方と、現在の政治の姿に、
ふと、考えが及ぶ。
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風通信119

2017/09/03(Sun)
風通信 |
この二週間、若い友人と夕餉を囲む機会が続いた。
彼らが10代の頃から知っている友人である。
今ではそれぞれ、40代と50代のオジサンたち。
それに混じっての60代のジイさんである。
まあ、くだらない与太話ばかりです。愉しい。

僕が今でもこうして付き合う若い友人は、
受験勉強の詰め込みや、くだらない部活動、
無意味な競争、集団の抑圧、偽善的な規則などに
どう頑張ってもなじめなかった連中ばかりだ。
そういう人間と気が合うのは、
きっと僕自身がそうなのだろうと思うのです。

閑話休題

40代のオジサンたちは、全員が独身ゆえに、
ある種の身軽さを備えているんだけど、
背後に忍び寄る時間の重さを感じ始めている印象。

50代のオジサンたちは、それぞれが妻子持ちで、
与えられた場所で与えられた事を
村の鍛冶屋のように、日々こなしているという印象。

そして、60代のジイさんは、
藤原定家の
「見しはみな夢のただちにまがひつつ昔は遠く人はかへらず」
をまるで月見草のように静かに口ずさむのです。

40年以上も生きていると、
どんなに穏やかで整合的に見える人生にも、
必ず大きな破綻する時期があるものだ。
だから、そのことで嘆き、停滞するよりは
それをどのように通過するかを考えるべきだろう。
そもそも(というと大げさだけれど)
僕らが生きるということは、
負けるに決まっているゲームを戦っているようなものだ。
身を焦がすような恋や、ささやかな志など
多くのものを失ってきはずだ。
でも、失ったもののことは忘れた方がいい。
それより、いま自分が手にしているものの事だけ考えて、
日々を大切に生きた方がいいような気がする。

ところで、
こうして若い友人と夕餉を囲むことは多いのだが、
妙齢に達する若いご婦人方からお誘いがないのは、
これは、男性として、
喜ぶべきことか、悲しむべきことか、
我ながらちょっと迷いますね、ふふ。

今宵の月は十三夜。
風が緩やかに秋を運んでくる。
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風通信118

2017/08/27(Sun)
風通信 |
いよいよテニスの全米オープンが始まる。
いい試合が見られると嬉しいですね。

僕は錦織選手があまり好きではないので、
かれが出場しないのはなんともない。
なぜ錦織が嫌いかというのは、わりとはっきりしている。
彼のすばらしいショットや、リターンは
賞賛に値すると思っているので、それとは次元が違う話です。

僕が嫌いな唯一の点は、試合後のパフォーマンスにある。
彼がさわやかな明るい顔でコートを後にするシーンを見たことがない。
いや、おそらくそういう場面があったのだろうとは思うけれど、
少なくとも管見の及ぶ限りではあるけれど見たことはない。
彼自身が多くの人の期待を背負って試合に臨んでいることは
充分に理解しているし、そこそこプレッシャーもあるだろう。
それ以上に、試合に負けることはプレーヤーとしても残念だろうし、
自らの情けなさに腹立たしい面があるのかもしれない。
だから、うつむいて観客に柔やかに手を上げることもなく、
憔悴した表情でコートから立ち去ることになるのだろうか。
でもね、懸命な思いで試合に臨んだわけだし、
自分としてもできる限りのことはやった上での敗戦なのだから、
結果としては負けたにしても、それは結果であって、
試合が終わればとりあえず、
ここまで見てくれたスペクティーターに
感謝の気持ちを伝えるべきだと思うのです。
だって、彼は一人で試合をしていたわけはなく、
常に彼らと一体になって試合を戦っていたわけだしさ。
今回はうまくいかなかったけれど、次の試合はまた頑張ります、
と言葉にこそ出来なくても、
身体で伝えるべきではないかと思うのですね。
どうも、それが感じられないことが多いのだ。
才能豊かで、すばらしい身体能力を持ち、
歴史に名を残すはずの選手だけに、
そのあたりが僕としてはどうにも胸に落ちないのです。

今日の「サンディー・モーニング」に
元、ジャイアンツの槇原投手が出演していた。
そこでの彼のコメントが印象に残った。
阪神戦での、
あの歴史的な3連続ホームランを打たれた時の話です。
バースさんに打たれ、続けて掛布さんに打たれ、
それから岡田さんに打たれたわけですが、
岡田さんの時のことはまったく覚えていないんですね。
記憶が抜けている。
どうしたんでしょう? と突っ込まれると、
いや、甲子園のお客さんが一緒になって、打とうとしているんです。
というかもう、待っているんですね。それが分かる。
もうなにがなんだか、記憶がないんですよ。

なかなか興味深いコメントですね。

この二つのエピソードで、僕が考えたことは巧く伝わるだろうか。
そもそも、なぜこんな話なってしまったんでしょう(笑) ともあれ、
すばらしいパフォーマンスはその人自身の成果ではあるものの、
それがすべてではないということなのかもしれないですね。
構造主義的世界観というか。
きっと人は独りでは完結することなく、
ある種の関係性の中でこそ、力を尽くせるのでないだろうか。
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