ニュース・日記

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風通信100

2017/06/05(Mon)
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先日、キャナルシティのMUJIに行った。

NPO法人エフパップの理事長時代は、場所柄、
週2回は普通に行ってたのに、最近はとんとご無沙汰で。

キャナルのMUJIは2フロア仕様。
3Fにはまるで本屋みたいに沢山の厳選された本がある。
今ハヤリの「こだわりの書店」みたいな感じ。
最近は、ほとんどネットで本を購入するので、
本やそのものに行くことはまずないから、
本棚を眺めて、
気になった著者やタイトルを目で追っていくという、
あの空気は久しぶりだった。

アラン・ロブ=グリエや、ルイ=フェルディナン・セリーヌ、
そしてレイ・ブラッドベリの横にガルシア・マルケス、
ホルヘ・ルイス・ボルヘスが並んでいて、
なぜかチャールズ・ブコウスキーの最晩年のエッセイがある。
そういえば、サン・テグジュペリもあった。
そんな本棚。
僕に残された時間はそんなに多くはないので、
この中で何冊読めるだろうかとふと、考えてしまった。
最近は小説をほとんど読まない。
きっと体力が落ちたんだと思います。

はじめて読んだ外国の小説は何だったろう・・・。
と考えて、そして思い出しました。

僕の初恋は、中学1年生の夏。
ジュラ紀か白亜紀みたいに遠い昔の話だなぁ。
相手は、村上キヌ子さんという女の子で、
当時同じ中学校の2年生だった。

僕は徒歩通学だったのだが、彼女はバス通学。
水色の夏用のセーラー服を着て、バス停にいた。
一瞬で見ている風景が変わったのを覚えている。
それは、かなり理不尽。
アイルランド出身の女優モーリン・オハラみたいでした。
そのころ、僕は父親と一緒に毎週日曜洋画劇場を見ていて、
『我が谷は緑なりき』などの
ジョン・フォードの映画に出てくる彼女は
世界一美しい人だなと思ってたから、そっくりに見えたんだと思う。
色が白くて、髪が豊かで。
でも、ちっとも似ていなかったようにも思う。

人は記憶を捏造するし、書き換えをする動物だから、
自分なりに合理化を図ったのかもしれない。

ある日、たまたま図書館で手に取った本の貸し出しカードに、
彼女の名前を発見した時は、狂喜した(ように思う)
今の人は分からないだろうが、
昔は本の一冊一冊に貸し出しカードが付いていて、
誰が借りたか分かるシステムだったんです。

その本はアーネスト・ヘミングウェイの『武器よさらば』だった。
もちろん、僕はその本を借りて、すぐに読みましたよ。
残念ながら物語の粗筋くらいしか分からなかったなぁ。
先に読んだ彼女もきっと分からなかったのではないかと思う。
地方都市の中学生が
第一次大戦の惨めなイタリア戦線を知るはずもなく、
ある意味でのハードボイルドなドラマは
「理解」を超えた作品だったんじゃないだろうか。
でも、おそらく中学生の読書とはそういうものだろうし、
それがある意味ではあり得るべき姿なのかもしれない。
中身の分かる本がすべてではないのだから。
最後まで読めるのなら、分かろうと分かるまいと
その本(小説)の持つ魔力を知ったということなのだ。
まあ、最後まで読まないとあの物語の良さは分からんよねぇ。

村上さんは、私立の女子校に進学し、ブラスバンド部に入った。
一度、聴きに行った記憶がある。
そして、ついに最後まで言葉を交わすことはなかった。
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