ニュース・日記

ニュース・日記

風通信76

2016/03/16(Wed)
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劇伴(厳密に言えば劇伴ではなく劇中挿入曲)について話そう。

以下に書くことは、劇伴に市販のCD音源をもし使うとしたら、
という、あくまで仮定の話です。

たとえば『リア王』。
この物語は、おそらく古代のブリテン国と想定されているようなので、
まず、その劇伴は「ケルト音楽」にしたら良かろうと思うんですね。
アイリッシュ・ウイスキーはスコッチと違って、
どことなく軽みがあって、まさに天使のため息といわれる所以だけど、
音楽のアイルランド音楽も、ディープなものは言いしれぬ味がある。
エンヤなんかを聴いていたら、ちょっと違うかもデス。さて、
そう決まったら、集められる曲を可能な限り集めるわけだ。
ちなみに僕の手持ちのCDは10枚くらいあるので、
それ以外に30枚くらいかな。
福岡市近郊の図書館は広域利用可ということで
福岡市民にもCDを貸してくれる。
で、春日市、大野城市、太宰府市、糸島市などの図書館で、
時間はかかるけれど、せっせと集められるだけ集める。
もちろん、TSUTAYAなどのCDショップにも行く。
CDを買う予算はないので、ひたすら借りる。
そして、ひたすら聴きまくる。
ひとつの芝居で少なくとも300曲くらいは聴かないと。
1000曲まで行けばだいたいOK。つまり、見つかります。

台本の字面を眺めながら、ここは音が欲しいとか、考えるわけですね。
実際に台詞を自分で言いながら、曲を流してイメージを掴む。
これはなかなか怪しい作業になる。
いいオジサンが、
夜中にぶつぶつ言いながら何回もリピートを繰り返す。
ただし、このとき注意しなければならないのは
歌モノを使うのはNGということですね。
台詞と相殺される。歌モノは、エンディングに使うことが多いなぁ。
また、実際に稽古中にも、ここに音があればいいのに
とか思いながら「返し稽古」を繰り返す。
最終的には、厳密にこの台詞の「この言葉」からゲージを上げていってぇ・・・
などの判断をしていき、音響オペレーターに伝える。
(いつもの音響サン、いつもワガママ言ってごめんね)

劇伴はとても重要で、
これの選択ひとつで、オーディエンスの心を揺り動かすことができる。
それはたぶん音楽の力だ。
音楽は僕らの心に矢のように直線的に、あるいは総括的に突き刺さる。

ところで、演出を付けるときに、
ここできっとオーディエンスの鼻の奥がグスッとするよなぁと、
深く確信できるときがある。
これもたとえばだけど、
後藤 香さんの昔の作品「Dear Dear」なんかで、
最後におばあちゃんが孫娘の身代わりになって死ぬ場面。
椅子に座ったままで、天国に行く・・・という演出意図。
それは「祈り」に通じるし、この上ない幸せだという演出意図。
照明にもちょっとした工夫をいれて、
そこに、イーグルスの『デスペラード』をそっと流す。
観ている300人の人の内、まあ、270人がハンカチを出しはじめる。
しかし、これを決めるまで、実にクラッシックからロックまで、
膨大な曲数を心に落とし込む・・・という作業が必要なんです。
おばあちゃんの台詞が終わると同時にボーカルが入らねばならない。
そのためには、秒単位で尺を測る。
このタイミングは1秒も狂ってはいけない。
その前にたとえば西村由紀江の曲をクロスで繋いだり。

また、たとえばだけど、
『桜の園』で、ラネーフスカヤがパリから戻ってくる。
その時彼女が聴いていた音楽は何か。
チェーホフが死んだのが1905年だから、だいたいその時代。
(『桜の園』は最晩年の作だし・・・)
そうするとシャンソンではなく、まだミュゼットの時代だろうと考える。
実際は、もう少し後かな・・・。
まあ、そこで、ミュゼットの音源を探す。
ところがこれはなかなかないんです。
やむなく、ネットで購入しなければならない・・・こともある。
零細劇団の出費としては痛いですね。
だけど、必要なんだから。

う〜んと、あ、『ワーニャ伯父さん』。
これは、方法が二つあります。
まず、オーソドックスな方法は、
全体のトーンが渋い上に、静かなドラマがあるので、
クラシックで行こうと。
そして、もちろん、それは室内楽を中心とした黄昏のイメージとする。
ならば、オーボエがよかろう、とまでは考える。
というわけで、コンチェルトまで幅を広げて、
モーツアルトあたりから聴き始める。
しかし、心にしみるようなオーボエの曲はロマン派につきます。
そこで、サン・サーンスから
ロベルト・シューマン(素晴らしい曲が一杯!)あたりを探る。
まあ、さらにブラームスまでくらいはさかのぼってもいいかもね。
もうひとつの方法は、モダンジャズで行くというのはどうでしょう。
これは一発で決まる、というか、これしかないだろうと。
マイルズです。彼のミュートトランペットは、
屈折したワーニャの心情を柔らかく照らしてくれる。
深夜、セレブリャーコフがエレナと話す場面。
カードをめくり続けるエレナに絡むセレブリャーコフの
ぐちぐちした言葉に、
微妙なミュート・トランペットの音でモードは決定し、
客観性を担保してくれる。

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風通信75

2016/03/11(Fri)
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どうやら、粗方の残務整理も着地点が見えてきたようだ。
『リア王』だけのことに限れば、の話だけど。

それより、15年だ。
もちろん、15年の歳月は半端な年月、時間ではない。
ひとまとめにして、
大きな引き出しの奥に突っ込んでしまいたいくらいだ。
でも、たとえば
僕と10歳も離れてもいない栃原との時間の進み方にしたところで
少しずつずれているのかもしれない。
同じ風景でも見る人によって違うように、
時間だって人によって進み方は違うのだと思う。
その感覚は年齢ではないのだ。
52歳でも25歳のような時間の進み方を持つ人がいるはずだし、
26歳でも62歳のような時間の進み方をしている人がいるはずだ。
だから、おそらく年齢ではないのだ。
そんな数字としての年齢より、
人としての生き方の問題なのではないだろうか。

それでもね、おそらく間違いないのは、
年を取ると時間というのが重さを持つということだ。
若ければ、羽根のように軽い。
年を重ねることの良さはあるんだけど、
ときどき、柔らかで静かな春の雨さえもが重く感じることが
・・・そう、ないでもないのです。

世の中には、天国のような弦楽四重奏曲を創る人もいれば、
肉厚の鮮やかな赤いパプリカや
噛むとカリッと音のする太い胡瓜を創る人もいる。
僕は芝居を創る人で、
創る人間というのは、先のことにしか興味がない。

でもさ、この先に何があるんだろうか。
太陽はいつだって生まれたてだと知ってはいるけれど。
繰り返す波が教えるのは、
ただの一度もほんとうの繰り返しはないということなのに。
木の枝に張り付いた虫の抜け殻のように、
強い風が吹いたらどこかに永遠に飛ばされそうです。

昨夜、
中州の中華創作居酒屋を借り切って『リア王』の打ち上げがあった。
下は19歳から、上は65歳までの関係者のほぼ全員が集まった。
この幅の広い年齢の人間が
ひとつの空間と時間を共有することの不思議さ。
・・・そこで、何人かの人に言われた。
「安永組」は次は何をしますか?

「安永組」か。。。。
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いよいよ…!

2016/02/24(Wed)
アントンクルー「リア王」、いよいよ今週末です。

人間はみな平等に老い
どんなひとにも死はやってくる。
「リア王」の哀れな姿は他人事には思えません。
ボケてはいないけど…
悩みながら、汚くなりながら、生きているのは一緒だから。

みんなもがいています。
役者もスタッフも、演出も。
毎日を生きているお客さまも。

カッコつけるのは簡単です。 
つけない方が難しい。
でも、必死で生きてる姿は美しいと思う。

アントンはそんな芝居をすることで
少しでもお客さまの心に触れることができたらと思います。

予約していただいたお客さま、本当にありがとうございます。
一丸となって、恥じないよう頑張ります。

亀岡
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いよいよ

2016/02/24(Wed)
小屋入りです。
すばらしい客演の方々とスタッフに恵まれて、
あっという間の稽古期間でした。

「緊張」ではなく「集中」
「スイッチは直前に入れる」

なにはともあれ、良い芝居をお届けできますよう
千秋楽まで頑張ります。

「リア王」
お楽しみに。

                    栃原

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台詞の伝え方

2016/02/16(Tue)
歳とってくると顔の筋肉が老化して動かなくなる。
もちろんお口の周りの筋肉も同様。

口を動かさずに「あいうえお」を言ってしまう。言えてしまう。
自分では言ってるつもりでも美しい「あいうえお」ではなくなってくる。
特に語尾があいまいになってしまう。

何言ってるのかわからない。
すると当然観客に伝わらない。

昔、こんなことを聞いたことがある。
「歯切れ」がいいことばとは、語尾を歯で切ること。

このイメージをもって台詞を言ってみようと思う。

今回の「リア王」
本番10日前に前売りチケット完売です。
ありがとー。
びっくりぽんやー。

ひぇー、4ステージとも満員のお客様の前でやれるなんて。
いじ☆かるスタジオでやってた時は満員でもせいぜい20名。
これはおおごと、
「歯切れ」よくしゃべるように、さあ、稽古、稽古。




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風通信74

2016/02/12(Fri)
風通信 |
半年前の暑い日盛りに、
『リア王』の台本を書いていた。
おいしい台詞がいくつもありました。
その中に「リアの影だ」という道化の言葉がある。
おいしい。

娘たちの思いもよらない裏切りに、
混乱したリアがこんなはずではなかった・・・
まあそういうサブテキストのもとに、

 リアはこんなふうに歩くか?
 こんなふうにしゃべるか?
 頭が悪くなったのか? 分別が鈍ったのか?
 いや、違う。

と嘆く。そして最後に、

 ・・・誰か教えてくれ。わしは誰だ?

と言うと、道化がすかさず、「リアの影だ」という。
おいしいと思うのです。

ここから話は、少しずれていきます。
僕らの生には必ず影あるのではないかということ。
僕らの実物の姿と相似形の影ね。
それは影だから、僕らの存在そのものでもあるわけですね。
そのことを意識しておきたいと思う。
たとえば、
いつも明るく笑って、元気な人がいる。
その人の影はいつも哀しみが流れている。
逆のモードが同時に存在することです。
笑っている人も泣くことがある、ということではない。
笑っていると同時に泣いているのだ。
あるいは泣いていると同時に笑っているのだ。

生きていれば、
泣きたくなる局面に遭遇しないはずはない。
彼、もしくは彼女に影があると思うのは、
まさにそう考えたときだ。
泣きたいときに泣けばいい、と人は言うかもしれない。
しかし、泣きたくとも泣けないときはやっぱりあるし、
泣けるだけの幸せを持てないことだってある。

泣いているんだけどどこかで笑っている。
笑っているんだけどどこかで泣いている。
突き詰めていけば、僕らの生の在り方には
そういうところがあるんじゃないだろうか。
役者は、そのことを想像しなければならない。
想像する力が必要なのだと思うのです。
いや、役者のみならずかもしれません。
感情の天秤棒みたいなもの。
そういうバランスの上で、
僕らの生は奇跡的に成り立っているのではないだろうか。
あるときは影が強くなったり、あるいは逆だったり、
いずれにせよ、どちらか一方だけになることはない。
だけど、ときどき、そのバランスが壊れてしまうこともある。
そして、そんなとき、
人は、ふと死んでしまうような気がする。
ほんとうにそういうことはある、ような気がします。

ところで、はじめに書いたように、
おいしい台詞がまだまだあります。
願わくば、そのひとつでも、
僕らの芝居で心にとどめてもらえると、とても嬉しい。
たとえば、こんなのはどうでしょう。

狂気の中でリアは、

 人はみなこの世に泣きながらやってきた。
 生まれて初めて空気を吸って、わしらは泣いた。
 いいこと教えよう、よく聴け。
 生まれ落ちると泣くのはな、
 この茶番の劇場に引き出されたのが悲しいからだ。

リアのこの台詞を聞きながら、
忠臣グロスターは号泣します。
その「号泣」の意味を、言葉で説明してもつまらない。
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とりかわ

2016/02/10(Wed)
「リア王」の稽古が佳境に入っております。
おかげさまでチケットも売れております。特に初日が。

土曜日は稽古のあとに焼き鳥屋に集まって馬鹿話をしたのですが、昨日はプライベートで某とりかわ屋に行きました。
とりかわ屋(屋号ではありません、鳥皮)も増えましたな。
薬院・警固・平尾・大橋、博多にも別系統のがありますな。
これは福岡独特のものなのかしら。

それぞれ少しずつ味が違うんです。
焼きたては美味いがさめると固くなってしまう店、それを見越して焼きたての風味は犠牲にしても最初から柔らかめにしてある店。日によって出来不出来のある店。

なんかうちのメンバーの個性に似ています。
「リア王」はなんとかお客様に美味しく食べてもらえるようにします。

それを考えると飲み歩いている場合ではないのだが、おつき合いもあり……
チケットはお早めに。

岩井
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おっと、気づけば公演間近

2016/02/07(Sun)
『リア王』本番まで3週間を切りました。
稽古場が某大学でもあり、まさに「白熱教室」さながらです。
チケットの売れ行きも順調とか、
きっと、いい芝居をお届けできると思います。

昨日は稽古の後も、有志で焼鳥屋に集まり、ああでもない、
こうでもないと稽古の延長戦でした。
もちろん、くだらない話もたくさんしましたが・・・
仕事もバラバラの人間が、仕事以外のことで、9時間も
一緒に過ごすってあまりないことですよねえ。

とにかく、
こうやって、コミュニケーションをはかるのも大切。
酒好きの言い訳にも聞こえますが。

栃原でした。


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ペアチケット

2016/02/03(Wed)
今回の「リア王」
ペアチケットがよく売れています。

1公演80席のチケットがいちどに2席ずつ埋まっていく。
ということは一度に40組の人しか見れない、かも・・

僕のお客様もみんなペアチケットです。
土曜日の昼なんか1月にすでに8枚売れました。
この回はいまのところ10分の1はぼくのお客様ということか。
僕の知り合いはみな高齢化してきて、昼の公演に集中します。

共演の鈴木新平さんとは年齢が近いこともあり、出番のないところでよく会話します。

彼も結構チケット予約が入ってきているらしい。さすが九州小劇場。

僕が思うに、鈴木さんが「リア王」なんて、そもそもシェークスピア劇に出るのが珍しいんじゃないか、ということで貴重な舞台を見ておこうと思っている方が多かったりして・・・

いえいえどんな芝居でも鈴木さんを見たいと思っているファンの方が多いということですね。
失礼しました鈴木さん。
60代半ばになっても現役を続けていらっしゃる姿に感服いたします。

とまあそんなわけで、今回チケットが結構出ているようです。
アントンの「リア王」ご覧になりたい方は、お早目のご予約か出演者からご購入ください。

お、日記を書いている間に、DMが届いた知り合いから土曜日夜のペアチケットの注文メールが届いた。
今日は稽古お休みだからさっそく会いに行きます。

東でした。

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風通信73

2016/01/26(Tue)
風通信 |
一昨日昨日と、雪が降り続けました。
これほどの降雪は久しぶりだった。
稽古後の深夜の道路凍結が嫌だったので、
月曜日の稽古は中止。
本番に向けて、
まず関係者が気をつけなければならないことは、
病気と怪我です。
そのための心構えは常に必要だから、
稽古も中止という判断です。
今回の客演の役者さんは遠くは
飯塚、朝倉から参加してもらっているしね。

ところで、
カール・グスタフ・ユングのいう
「シンクロシティ」というのは、確かな気がする。

先日、突然、ほんとにふと・・・、若い友人のことが頭に浮かんだ。
元気にしてるかなぁ・・・って。
すると、数日して彼からメールが来たのです。
合理的に言えば単なる偶然だし、
それを否定するのにやぶさかではない。
まあ、これが「シンクロシティ」なんです。
ポール・オイスターだったか、
こんな話を集めて一冊の本にしているくらいだから、
風が西から東に吹くような珍しくもない話なのだと思う。
おそらくこれを体系づけると宗教に近づくんだろうけれど、
僕は宗教的啓示にはあまり興味がないので、言及はしない。
河合隼雄さんに言わせると、
これは僕らの心の深いところにある、自分では決して意識できない
魂のようなものの共鳴ということになるらしい。
そうかもしれないですね。
近代の合理性では説明できないけれど。

ときどき、役者にとって大切なのは、
この魂の共鳴ではないかと思うことがある。
役者はそこまで降りていかねばならない。
役者は、俗に「役を演じる」というけれど、
僕は「役を生きる」ことが
役者を構成する重要なエレメントだと思うからだ。
自分の演技を支えるために、
自分の内部をどれだけ掘り下げていけるかが大切なのだ。

舞台は見えているものだけで
すべてが構成されているはずがない。
見えないもの。たとえば、
役者ひとりひとりの、自分では意識されることのない
魂の在処もそのひとつであるはずだ。
これは恐ろしいことでもある。
でもね、そもそも、生きるということは、
そうした魂の在処を抱えていることでもあるはずです。
役者がその存在を確信したとき、
オーディエンスの魂のふるえる舞台ができるように思うのです。

くだんの友人は、遠く離れた地に住んでいる。
どうやらニュースで福岡の降雪のことを知ったらしい。
Stay warmの文字と「鍋」の絵文字の
シンプルなメールを送ってきた。
あはは。
でも、残念ながら、その日は「鍋」は食べなかった。
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熱海殺人事件に学ぶ

2016/01/24(Sun)
1月7日、北九州芸術劇場に「熱海殺人事件」を観に行きました。
風間杜夫の木村伝兵衛、平田満の熊田留吉という、33年ぶりのキャストです。

風間さんも平田さんも60歳を越えているわけです。
最初は観ているこっちがハラハラしましたよ。
でもさすがですね。だんだんと調子が出てきて、ハラハラしたこっちが恥ずかしくなる面白さ。
お二人とも攻めの芝居をしています。60歳を越えてなかなかできることではない。

「熱海」は、いろんなバージョンを観てきましたが、このオリジナルの台本が一番面白い。
どのバージョンも感心させられるのは、役者さんが攻めの芝居をしているということです。
役者は、ともすれば自分の楽な状態に逃げこもうとするんですね。で、技術でごまかそうとする。
でもつかさんはそういうことを役者にさせなかった。

小手先の技術にたよらず(私にはそんなものありませんが)、苦しいところへ自分を追い込んで芝居をしなければならない。
それを改めて思い知らされた「熱海殺人事件」でした。

ところで寒いですね。大雪です。
明日の稽古場にはたどり着けるのかしら。

岩井でした。
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寒か〜。

2016/01/23(Sat)
日曜日から月曜日は、大雪に警戒とのこと。
観劇の予定はないけども、おとなしく自宅にいるのがいいでしょう。
体調管理も大変だと思います。みなさまお気をつけて。

さて、写真は今週の稽古場からです。
稽古場も寒いからか着込みまして、いや、意外と薄着!
色合いは近い気もしますが。

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(背景も黒くしてみました。川中)

来週は、1月の最後の週。早っ!
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シェークスピアをぶっとばせ!

2016/01/20(Wed)
何だか物騒なタイトルですが、今から40年前、僕の所属していた劇団のテーマソングでした。

もちろんご存知ビートルズの「ロールオーバーベートーベン」からタイトルをパクりました。

劇団の名前はローリングストーンズのセカンドアルバム「エグザイル・オン・メイストリート」(メインストリートのならず者)からパクって控えめに「メインストリートのせんたくや」です。

劇団員の4人でバンドを作り、東京キッドブラザーズばりの生演奏、オリジナルの生歌というかなりつっぱった集団でした。1本の芝居に10〜15曲の新曲を作りました。5回ほど公演しましたが、SMAPみたいになっちゃった。でも人気はあったんだよ。

お芝居のオープニングは生バンドの演奏「シェークスピアをぶっとばせ!」で幕が開きます。

♪始まっちまうぜ俺さまの舞台
 見ないと損だぜ俺さまの舞台
 死にもの狂いで捜し歩き
 やっと見つけた俺さまの舞台〜

 叫んでしまうぜ思い切り陽気に
 動きまくるぜところ狭しと
 一食懸命レッスン積んだ
 見せてあげるぜ俺さまの舞台〜

 シェ、シェ、シェークスピアをぶっとばせ
 かかとの先のとがったところでぶっとばせ
 ここは俺さまだけの世界さ〜  (詞 川崎昌美)

とまあ、はちゃめちゃにはしゃいでおりましたが、今回そのシェークスピアの「リア王」を
やることになりました(笑)何という因果でしょう。

たかだか若者が10人そこらで叫んだって、世界のシェークスピアをぶっとばすことはできなかったわけです。当たり前ですが。もちろん「メインストリートのせんたくや」もメジャーにはなれませんでした。

ですから僕は40年の演劇人生で今まで一度もシェークスピアの作品に関わったことはないわけです。

改めて彼の戯曲に接して、その構成力の高さに思わずため息です。すばらしい。
登場人物の設定、物語の展開、まったくムダがない。おもしろい。

やっぱり世界でいちばん人気のある劇作家ですね。
「リア王」なんて一生に一度見るかどうかでしょう。
皆さん、この機会をお見逃しなく。

回顧趣味の東でした


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新しい年が始まりました

2016/01/17(Sun)
年末は『ガキ使』の「連帯責任カード発令」に笑い転げていた、とち、です。
今年もよろしくおねがいします。

「正月や今年も来るぞ大晦日」

さて、本年は、シェイクスピア没後400年。
世界中で彼の多くの作品が上演されることでしょう。

アントンクルーも、2月末に『リア王』です。
豪華な客演の方々と、すばらしいスタッフの方々と
ご一緒できることを感謝しております。

稽古の方も立ち稽古に入っており、次第に熱を帯びてきました。
皆さんの足を引っ張らないように精進したいと思います。

とはいえ、今回の役は実年齢よりも20歳位上なので、まだまだ
手探り状態です。
本番までには「とち爺」とならないといけません。

実生活では、二人の子供も親元を離れ、定年退職まで4年。
今年こそは、人生のセカンドステージに向けての準備を始めようかなと・・・
正月恒例の「抱負」でした。


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けいこ再開!

2016/01/10(Sun)
新年明けました!
皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

『リア王』の稽古も6日から再開しております。

台本をはなして、動きなども確認しながら
順調に進んでいるようです。


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(H28.1.8の稽古場から)
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稽古場より。

2015/12/24(Thu)
「リア王」本年の最後の稽古、終了しました。

ホームページ公演情報、更新いたしました。
みなさま、ご確認いただけましたでしょうか。

LEAR1222.jpg
(H27.12.22の稽古場より)川中

本日は、クリスマスイブ。
そして、年末年始。
あわただしくなりそうです。


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風通信72

2015/12/16(Wed)
風通信 |
およそ、2ヶ月。
よんどころない事情で家を空けていた。
パソコンもしっかりと使えず、本もほとんど手元になく、
どうにか生業をこなすだけで、創造的な生活もどこへやら。
それでもなんとか稽古にだけは顔を出していた。
やっと自宅に戻ったと思ったら、これがまた大きな問題ありで、
病人は出るし、体調も悪くなるし・・・。
方々に不義理をしているものの、ままならず、
気がつけば、12月も半ばです。
来週には、配布が始まるチラシの原稿を書くのが精一杯。
いざ書くとなれば、
いつものようにサクサクッと10分くらいで書きましたが、
思いは15年分。

『リア王』に静々と向かいます。

【チラシご挨拶】
・・・・・チャールズ・チャップリンは、
あなたの最高傑作は何ですかと尋ねられたとき、
常々「NEXT ONE!」と応じたと聞いたことがあります。
比ぶべくもありませんが、僕らもそうありたいと思っていました。
でも今、僕らは思うのです。「THIS ONE!」でありたいと。
明日は誰にも保証されてはいないのです。
どんな共和国だって終わりが来るときがある。だから。
15年間のご愛顧に感謝しつつ、多くの客演の皆様に感謝しつつ、
そして何より仲間に感謝しつつ、
シェイクスピアの最高傑作である『リア王』に挑みたいと思っています。
               
   アントンクルー代表 安永史明
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風邪をひかないように。

2015/12/08(Tue)
12月にはいり、陽がおちると極端に寒くなりました。
みなさん、体調はいかがでしょうか。

本日の稽古は、はん立ち稽古でシーン毎の動きを確認し、かえしていきました。
アントンクルーの「リア王」、徐々に見えてきております。

明日は、一部のキャストの衣裳確認を行う予定とのことです。
どんな感じなんでしょうか。立ち会えないのが残念です。


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川中
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読みの通しを行いました。

2015/11/26(Thu)
こんばんは。

稽古の往復の車内では「リア王」の映像を流しております。
(安心してください、聞くだけですよ。)

さて、今回の稽古は、ひととおり基本読みを終えたことから、
読みの通しを行いました。

全体のバランスとアンサンブルをみることが目的です。

3ヶ月後には本番ですね。わお。


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川中
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今夜は風が強いようで。

2015/11/18(Wed)
風が強いのは、海岸沿いに住んでいるせいでしょうか。

本日の稽古は、本読みの最終段階。
演出からも細かい指示が出ておりました。

次回くらいから、立ち稽古に変わっていくでしょう。
チラシ用の写真撮影も行い、デザインが楽しみです。


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川中
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