ニュース・日記

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風通信177

2019/03/13(Wed)
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『もうひとりのシェイクスピア』の監督は、
ローランド・エメリッヒで、
日本で言えば、佐藤純弥みたいに、
柄の大きな作品を作る映像作家だと認識していた。
だから16世紀のイングランドの俯瞰的映像など、
予想したとおりの出来映えです。
原題は「匿名」で、狙いはやはり、
シェイクスピアの別人説を描きたかったものと思う。
しかし、内実はどうにもフォーカスがぼやけていて、
充分に描ききれなかったような気がする。
まあね、政治的に派手さはないけれど面白い時代ではあるし、
特に「エセックスの叛乱」とかいろいろあるから、
それを描かすにはいられなかったとは思う。
真の作者と目されるオックスフォード伯は
その中心円の中にいたことは事実だろうから。
終わってみると、
当時の権力抗争、貴族間の人間関係ばかりが目立って、
肝心の別人説に対しては既成のこととして、
中途半端な政治劇が描かれるだけである。
プランタジネット朝最後のイングランド国王『リチャード3世』を
描いた作品もロバート・セシルへの当てこすりだった、
なんていう解釈はあまりにも表層過ぎてしらけてしまった。
と、ここまで書いて、気付きました。
たぶん歴史的事項を理解していないと、
関係性が分かりにくいのですね、この映画は。
どうして『ロミオとジュリエット』を書くことができたのか、
『ハムレット』の素材は何から得たのか。
作品にそってシーンを作ってくれればボヤケなかっただろう。
もっともね、それだけだと、もったいないし、
映画としての面白みも半減するかもしれないけれど。
あれやこれやで、終わりました(笑)
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