ニュース・日記

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風通信204

2021/11/21(Sun)
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 僕がクラシック音楽をちゃんと聴き始めたのは、たぶん高校生の時だったと思う。学校をサボってか、放課後だったか、博多区の綱場町にあったクラシック喫茶シャコンヌ≠ノ通ったものだ。珈琲一杯で何時間も居座ることができた。そこで、バッハもモーツァルトも、ベートーベンも知った。中学生の時はビートルズばかりで、のちに甲斐バンドで活躍するM君からレコードを借り、オープンリールのテープレコーダーに録音しては勉強しながら聞いてた。レコードは高くてとても買えなかったわけだ。テープレコーダーにしても叔父から譲り受けたものだった。ちなみにその叔父からもらったレコードの何枚かは記憶にある。クラシックばかりだった。でも、それらは名曲の抜粋で完全なものは聞いたことはなかった。
 シャコンヌ≠ナ聞き始めて、ときどきTVでNHK交響楽団の演奏を視聴するようになった。指揮者という存在を意識したのもその時だったように思う。最初に知った指揮者は岩城宏之だった。そして、ウォフガング・サバリッシュ。ロブロ・フォン・マタチッチも、オットマール・スウィトナーも知らなかった。ちなみに岩城宏之は1967年から2006年まで正指揮者。ウォルフガング・サバリッシュにいたっては、1967年から2013年まで40年にわたって棒を振り続けている。まさに一緒に成長したというか、N響を育てたというか、そんな感じですね。そのサバリッシュの最後の来日N響公演は、彼が81歳の時の2004年の11月13日だった。プログラムはベートーベンの第7交響曲。その日、こういう話が伝わっている。
 NHKホールでの最終リハーサルのあと、彼はいつものようにこう言ったそうだ。「今日の演奏会うまくいくといいね。この一ヶ月間のプログラムを一緒に演奏してくれてありがとう。また、次ぎ来る時ね」しかし、その日はそう言ったあと、「バイバイ」と言い足したという。それを聞き取れた団員も聞き取れなかった団員も「いま、何だったの?」身近な人に確認し合ったそうだ。学校の教室で教員がとても大事なことを言ったらしいとわかり、それを聞き漏らした生徒が互いに確認し合うような小さいけれど広い範囲のざわめきだったろう。晩年のサバリッシュは老齢のために椅子に座って指揮をしていて、だから振りも少し小さくなっていたそうだ。けれども、この日の本番は違って大きく振っている。何が起こったのか。団員のひとりひとりはその指揮ぶりにつられて、そして突然理解したのだろう、全員が前傾姿勢で演奏しはじめたのだ。その日の最終楽章の演奏を見ると、もう、すごいんですね。特に弦の楽団員。バイオリンは上半身が揺れ、楽器が上下左右に動くし、チェロは前後に揺れる。しかもそれが全員まったく同じ動きなのだ。きっと分かったんだよね。
 一般に美術は空間の芸術と言われるのに対して、音楽は時間の芸術と言われる。それはある一面はついているけど、そうとは言い切れないと思う。たしかに、一瞬一瞬、音は川のように流れ、消えていく。けれど、魂の共振とでもいうしかない空間があの場にはあったように感じる。言葉には結ばれない思いが空間に満ちているとでも言ったら分かってもらえるだろうか。集団の芸術の素晴らしさはこんなところにもある。
僕らが作る舞台もそうでありたい。

 2月のプロデュース公演の役者が決定した。思いの通じる役者さんたちに声をかけたつもりだ。いい舞台を創りたいものです。
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