ニュース・日記

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風通信98

2017/05/28(Sun)
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先日、たまたまなんだけれど、
NHK:FMの「夜のプレイリスト」(再)を聴いた。
その日のプログラムはBEATLESの“A Hard Day's Night”だった。
久しぶりだった。

僕の車は、
ウーハーが5個、ツイターを含めると、
合計9個のスピーカーが装着してあるので、
フルボリュームにはできないけれど、
それなりに、音量を上げる。
そして、あの冒頭のFadd9のコードだけで、
僕はいちどに天空へ持っていかれました。

本当に、久しぶりだったし。

僕が持っていた“A Hard Day's Night”は
まだオデオン版で、赤い透明なレコード盤だった。
叔父のところで、はじめてこのアルバムを聴いた。
たぶん12歳だったと思う。子供だったし、
特別な感想や、言葉を持ったはずもない。
ただ、何度でも聴きたかった。
繰り返し繰り返し、聴きましたね。
あれほど聴いたレコードはないなぁ。

「集団的記憶」というのがある。
1960年代のポピュラーミュージックを語るとき、
多くの人が「ビートルズは誰でも聴いていたよねぇ」
としたり顔で言う、あれです。
でも、実は誰もがビートルズを聴いていたわけではない。
多くの人はただのうるさい音楽と認識していたし、
失神まがいの女の子は
まともにビートルズの音楽を聴いてはいなかっただろう。
この「集団的記憶」については、
いろいろ思うこともあるが、それは別の機会に。

ともあれ、
通っていた中学校でも、ビートルズの話が出来るのは、
数人しかいなかったように記憶している。
その中の一人がM君だった。
昨年公開されたドキュメンタリー映画のタイトルは
『EIGHT DAYS A WEEK 』だったけれど、
ある土曜日の昼下がり、音楽室に向かう階段で、
M君がアフタービートでハンドクラップしながら、
この曲を歌っていて、いや、実にかっこいい、
と、当時の僕は思った。

ご多分にもれずというか、遠からず
僕らもビートルズのコピーをすることになるのだが、
そんなある日のM君の家でのこと。
たしか、“I’ll Be Back”だったと思うが、
2〜3度、レコードに針を落とした後、
冒頭の何小節かを彼はほとんどそのままコピーできた。
僕は今まで数え切れないほどの挫折感を味わってきたが、
その初期のひとつとしてあの時のことは今でも忘れない。
言うまでもないことだけれど、
才能というものはあるんですよね、間違いなく。
ただ、人にはそれなりの役割というものはあって、
僕の役割は、歌詞の日本語訳。
基礎英語しか知らない中学生が辞書を片手に、
必死で意味を探っていた。
副産物はね、
英語の成績が素晴らしく上がったことです。

M君は、高校に進学して、
天神にある『照和』という音楽喫茶で、
どういう形でしらないけれども
出演していたみたいだ。
そして、その後「○○バンド」のドラマーとして
全国デビューを果たす。そして、
このバンドは、今でいう、大ブレークした。
「チューリップ」の次の世代になるのかなぁ、
福岡は日本のリバプールと言われたことも懐かしい。

「○○バンド」デビュー前のこと。
彼らは今は懐かしい渋谷の“ジャンジャン”で
ビートルズがその初期にキャバーン・クラブでしたように
ライブ演奏をしていた。
大学生として在京していた僕も何度か見に行った。
ある時、リーダーの○○さんがMCで、
「Mはドラムのスティックを寝る時以外は外さない」
と言ったんですね。
僕は楽屋に行って「なんでギター弾かんで、ドラム?」
と訊いたように思う。彼曰く、「俺よりギターうまい奴がおるけん」
ああ、これがプロなのね、僕は深く納得したのです。
そして、同時に、
プロとは寝る時以外は自分の専門を極め続けるもんだ、とも。
我ながら、初々しい。

僕は、現在もまあ、どちらかというと
専門職として仕事をしているわけだが、
プロとはどうあるべきかをこのとき知ったような気がする。

19か20歳頃に手に入れた感慨は、生涯を支配する。
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風通信97

2017/05/19(Fri)
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風通信は、今回が97回目になる。
前回の96回は、一度アップした後、
およそ半分以上削除した。
まあ、要するに気に入らなかったわけだが、
改めて、文章を書くという意味について考える
いい機会になった。

なぜ削除したかというと、
書いているうちに、自分の想いと
書いてある内容がだんだん離れて行く感じがしたからだ。
もちろん、言葉というものは、
未知の自分に巡り会うためという一面もあるのだから、
自分でも思いがけない展開になることはあるし、
われながら、そうだったの? と気付く事柄もある。
だから、予想外のフィールドを手に入れても問題はない。
ないどころか、それは望むところではある。

でも、自分の中で、これは違うよな、
というか、こういうことは書きたくないよな、
と思うこともあって、
それが、自分の想いから離れて行く感じなんです。

97回で言えば、
僕は、「寒いからこそ暖かい」ということを
落としどころかなと考えていた。
たとえば表層的な価値観を信じるべきじゃない、
くらいの哲理は考えていたかもしれない。
悲しいとだけ言えば事足りるのではなく、
悲しみを客体化する操作も必要なのさ、
くらいのことは考えていたのかもしれない。

97回で「そんな夢を見た」と書いたけれど、
夢であろうが、現実であろうが、
極端に言えば、嘘であろうと現実であろうと、
どっちでもいいんですね、僕としては。
かりに本当にあったことだとしても、
過ぎ去ったこの冬のことかもしれないし、
30年も前のある一夜の事実かもしれない。
あるいは、本当に夢だったかもしれないし、
僕のよこしまな妄想に近いのかもしれない。
まあ、どうでもいいわけだ。
どうでもよくないのは、僕が何らかの形で、
あの状況、あるいはシーンを
文章に書いて残したいという想いを持ったということ。
それだけ。
僕は書き残したかったんですね、
自分自身のために。
あんなことがあればいいなかぁと密かに思ったのか、
表層的な価値観に囚われる是非を
ひとつのシチュエーションを通じて表現したかったのか。
よくわからないけれど。

でも、ああ、あの時のことね、と
思う一人の人がいるかもしれないですね。ふふ。
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風通信96

2017/05/14(Sun)
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寒い夜だった。
更地に造られた臨時の駐車場まで歩く。
オレンジ色の街灯。
信号待ち。
駐車場の入口には、
防寒ジャンパーに身を包んだ
警備員の黒い影が見える。
僕はポケットに手を入れて、
いくぶんか前屈みに歩く。
後ろを歩いていた彼女が、
やさしい子猫のように
スッと僕の腕に腕を絡ませた。
オレンジ色の街灯。
二人で、
小さな砂利をザクザクッと音を立てて歩く。
寒いはずなのに、
彼女の温もりが脇腹あたりに
ゆっくりと伝わる。
暖かな感触。
寒い夜だから。

そんな夢を見た。

日常の隣に非日常があって、
なんだか、その双方を行ったり来たりの生活。
このところ、ずっとそうだったなぁ。
一冊の本も読めず、一本の映画も観なかった。
でも、どうにか先が見えた来たような気がする。
ヤレヤレです。



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