ニュース・日記

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風通信118

2017/08/27(Sun)
風通信 |
いよいよテニスの全米オープンが始まる。
いい試合が見られると嬉しいですね。

僕は錦織選手があまり好きではないので、
かれが出場しないのはなんともない。
なぜ錦織が嫌いかというのは、わりとはっきりしている。
彼のすばらしいショットや、リターンは
賞賛に値すると思っているので、それとは次元が違う話です。

僕が嫌いな唯一の点は、試合後のパフォーマンスにある。
彼がさわやかな明るい顔でコートを後にするシーンを見たことがない。
いや、おそらくそういう場面があったのだろうとは思うけれど、
少なくとも管見の及ぶ限りではあるけれど見たことはない。
彼自身が多くの人の期待を背負って試合に臨んでいることは
充分に理解しているし、そこそこプレッシャーもあるだろう。
それ以上に、試合に負けることはプレーヤーとしても残念だろうし、
自らの情けなさに腹立たしい面があるのかもしれない。
だから、うつむいて観客に柔やかに手を上げることもなく、
憔悴した表情でコートから立ち去ることになるのだろうか。
でもね、懸命な思いで試合に臨んだわけだし、
自分としてもできる限りのことはやった上での敗戦なのだから、
結果としては負けたにしても、それは結果であって、
試合が終わればとりあえず、
ここまで見てくれたスペクティーターに
感謝の気持ちを伝えるべきだと思うのです。
だって、彼は一人で試合をしていたわけはなく、
常に彼らと一体になって試合を戦っていたわけだしさ。
今回はうまくいかなかったけれど、次の試合はまた頑張ります、
と言葉にこそ出来なくても、
身体で伝えるべきではないかと思うのですね。
どうも、それが感じられないことが多いのだ。
才能豊かで、すばらしい身体能力を持ち、
歴史に名を残すはずの選手だけに、
そのあたりが僕としてはどうにも胸に落ちないのです。

今日の「サンディー・モーニング」に
元、ジャイアンツの槇原投手が出演していた。
そこでの彼のコメントが印象に残った。
阪神戦での、
あの歴史的な3連続ホームランを打たれた時の話です。
バースさんに打たれ、続けて掛布さんに打たれ、
それから岡田さんに打たれたわけですが、
岡田さんの時のことはまったく覚えていないんですね。
記憶が抜けている。
どうしたんでしょう? と突っ込まれると、
いや、甲子園のお客さんが一緒になって、打とうとしているんです。
というかもう、待っているんですね。それが分かる。
もうなにがなんだか、記憶がないんですよ。

なかなか興味深いコメントですね。

この二つのエピソードで、僕が考えたことは巧く伝わるだろうか。
そもそも、なぜこんな話なってしまったんでしょう(笑) ともあれ、
すばらしいパフォーマンスはその人自身の成果ではあるものの、
それがすべてではないということなのかもしれないですね。
構造主義的世界観というか。
きっと人は独りでは完結することなく、
ある種の関係性の中でこそ、力を尽くせるのでないだろうか。
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風通信117

2017/08/19(Sat)
風通信 |
夏の休暇が終わって、今週は業務再開でした。
心身共に疲れましたね、やっぱり。
そんな週末の昨夜。
疲れた頭で観るプログラムじゃないんだけど
『日本のいちばん長い夏』という
ドキュメンタリー・ドラマを観ていた。そして、
案の定、いつの間にか眠ってしまった。

この作品は間違われやすいけれど
『日本のいちばん長い日』とは別の作品です。
有名なのは、この『長い日』の方。
1967年の岡本喜八版と2015年の原田眞人版がある。
この『長い夏』と『長い日』の2作品を併観すると、
太平洋戦争終末期の歴史が立体的に把握できるかもしれない。
もっとも、その歴史とは
庶民のそれとはまったく違うものだけど。
ちなみに『長い日』の67年版と15年版では、
圧倒的に67年版の方が作品としてはいいと思う。
全体を支配している空気感が違うような気がするんです。
ヒリヒリするようなという形容が当てはまる。
監督の切実感や、役者の経験値の違いというかね。

考えてみれば、今年は敗戦から72年。
戦後というには語感が歳月に伴わないような気もする。
大政奉還が1867年で、それに72年を足すと、1939年。
つまり、日中戦争はすでに泥沼化し、先も見えないままに、
1940年のパール・ハーバー奇襲攻撃に至る、
その2年前に当たります。
72年という時間は、そういう幅を持つということだ。
ボーリング・レーンのように真っ平らというわけにはいくまい。
しかし、この72年間で、
国家の名において、他国の人々を殺さなかったという事実は
世界に誇ってもいいのではないだろうか。
たとえ、「日本国憲法」が
自ら創り上げたものではないにしても、
そのおかげだと思う。
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風通信116

2017/08/13(Sun)
風通信 |
今日から、旧盆です。

僕はどちらかというと、いわゆる神や仏は信じない方だが、
亡くなった人の魂は存在すると思っている。
だから、今年は初盆でもあるし、
例年のように、迎え火を焚いて、魂を迎える。

先日のアントンの集合では、
亡くなった勘タンさんの話も出た。
彼が亡くなる前の、
説明のつかない不思議な現象についての話も。
生き続ける限り、僕らは忘れることはないだろう。

亡くなった人に対して僕らに出来ることは、
たぶん二つある。
ひとつは、その人がこの世界に存在していたことを
忘れないでいること。
これは言うほど簡単ではない。
人間の記憶というのは身勝手で、
時間というものは想像以上に
僕らを遠くへ運ぶものだからだ。
しかし、忘れないでいるかぎり、
魂というものは確実に存在する。

もうひとつは、もっと難しい。
それは、その人が生きられなかった分を
残された僕らが生きるということだ。
それは、本来の僕らの「生」に足された「生」になる。
その意味では、僕ら「生」のある部分は、
亡くなった人によって、
生かされている「生」ということになる。
どのようなかたちになるにせよ、
果たせなかった夢や失われた志を生きなければならない。
これは、最初のことより難しい。
でも、努力しなくちゃいけないと思う。

生きていると、
嫌になることや、うんざりすることが多い。
もういいやと、投げ出したくなることもあるし、
何をやってもうまくいかない時期もある。
でも、そんなときに、頑張らなくちゃと思う。
思い半ばにして亡くなった人のことを思って。
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風通信115

2017/08/10(Thu)
風通信 |
114便では、夏の夜の夢みたいなことを書いたところ、
アントンって、
お酒飲んでもあんな話? というメールが来た。
いやいや、
114便は芝居のことについて言及したので、
ああなりましたが、
全体の2割の話を拡大して書いただけで、
後の8割は芝居から離れます、言うまでない。
円形脱毛症や、糖尿病、おまけに高血圧症の話があり、
ついでに低血圧。おまけに低気圧。
椎間板ヘルニアから勃起不全、関節炎から、
逆流性食道炎まで、男性における更年期障害とか、
話題は無限に広がっていく。
人間半世紀も生きていると、
どうしても身体も不具合が出てくるものだ。
そうすると、必然的に誰からともなく、
その手の話になってきます。
それから九州北部豪雨から熊本震災、その他にも・・・
あくまで個人的な見解にすぎないのですが
集団としての劇団アントンクルーのいいところは、
短気な僕を代表としていた割には、物事を短兵急に判断しなかった、
人の悪口は言わなかった、必要以上にプライベートに言及しなかった、
芝居を手段としなかった、そしてなにより芝居が好きだった
などというところだったんじゃないかなぁ。
旧メンバーに言わせると、他に、もっとあるかもしれないし、
それらは誤認だろうと言うかもしれないけれどね。
でも、構造主義的にロラン・バルトが言っているように、
世界中の理解というものは誤解の総体であるからねぇ。

あ、ロラン・バルトというのは真っ赤な嘘です。
言ってません、って。えへッ。
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風通信114

2017/08/9(Wed)
風通信 |
昨日、アントンのクルーで暑気払いをした。
岩井さんの来福に合わせてのことです。
川中さん、東さん、矢野さんが集合。
サプライズでCMが参加。
彼女は僕の演出のアントンの番外公演を切望していました。
で、それについては・・・、
東さんは、『リア』で完全燃焼した感じです。
川中さんは体調次第。
矢野さんは、早めに連絡して下さいね。
岩井さんは、通行人でも、何でもやります、奈良から来ます。
僕の頭の中は、
少年時代のD・H・ロレンスの貯金箱のように空っぽ。

今、芝居を考えることは、
ともあれ、ドバイの首長が夕食に何を食べたかというのと
同じくらいに、現実の生活には関係がない。
みんなそれぞれ自分の持ち場で、
それなりに全力を尽くしているはずの現実の生活とはね。
言うまでもないことだけれど、
だからこその、「芝居」ではあるわけですが。
ただね、
壱岐団地商店街の「秋の交通安全週間詰所」で
朝からゴロゴロしているようなおっさんに
今でもリクエストがあることは、ありがたいことだ。

僕がCMにジョン・フォードの
“'Tis Pity She's a Whore(あわれ彼女は娼婦)”
のアナベラを演るといいかもしれないと言い、
それから、ジョン繋がりで「恋に落ちたシェイクスピア」の話。
少年時代のジョン・ウエブスターが
さりげなく登場しているという話を岩井さんがはじめ、
脚本のトム・ストッパードへ話題が移り、
イギリスの劇作家と言えば、僕は、
来月のNLTでハロルド・ピンターの“No Man's Land”を見るよというと、
そういえば、秋に「24番地の桜の園」があると川中さんが振って、
岩井さんは大阪で、川中さんも大阪で見るつもりだって。
僕は東京で見るかな・・・で、お時間。

愉しい夜でした。

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風通信113

2017/08/07(Mon)
風通信 |
長く生きていると、
どうにも説明のつかないことが、いくつかある。
たしかに自分としては「本当のこと」なんだが、
人に話をしても分かってくれないし、それどころか、
体調悪かったんじゃない? と心配される始末だ。

そんな話です。

30年くらい前、僕は柳川に住んでいた。
北原白秋で有名な水郷柳川です。
鉄筋のアパートの3階が住まいで、
建物の前に砂利が敷き詰められた広場があり、
そこが駐車場になっていた。
仕事から帰宅した僕はいつもの場所に車を止めた。
19時頃だったけれど、まだ暗くなっていなかったから、
おそらく季節は夏だったのだろう。
ドアをバタンと閉めて、何気なく3階の自宅を見た。
すると、屋上から3メートルくらいのところに、
玉蜀黍のような形状で、両端がすぼまった、
ちょうどラグビーボールを細くしたような
筒型のモノが光の粒を発しながら浮かんでいた。
小さな水銀灯の塊みたいで、
現在のLEDの集積のような感じなんです。
全長5メートルくらいはあったかと思う。
僕は心の中で「あ、UFOだ!」と思い、何度も見直した。
確かに、浮かんでいるんです。
なぜかそうしたのか分からないんだけれど、
いや、たぶんその事実を家族に伝え、
一緒に確認しようとしたんだろう、僕は3階に駆け上がって
「今、UFOを見た!」というと、家族は誰一人取り合ってくれない。
とにもかくにも、僕はもう一度駐車場に戻って、
同じように見上げると、そこには深いスミレ色の空に
小さな星が輝きはじめていただけだった。

もうひとつ。
と言っても、これは単に勘違いなんだろうけど。
これは10年くらい前の、やはり薄暮の頃。

地下鉄の室見駅の前に西日本シティ銀行の室見支店がある。
ATMのブースに入ろうとした僕は、銀行の横に路駐した。
入口は国道202号線に面していて、
僕は車を出て、正面の入口に向かって歩きはじめ、
何気なく車の走る向かい側を見たときのことです。
そこには202号線を挟んで、室見駅の入口がある。
ビルの一角が駅への出入口になっていて、
帰宅を急ぐ人々が階段を上ってきていた。
ビルから道路に通じる緩やかなスロープに、
どこかで見たことのある一人の人物を発見したのです。
大きめの白いズボンと黒い棒タイと白いジャケット。
髪も真っ白で、同じく真っ白な髭を豊かに蓄えている。
おまけにクラーク・ケントみたいな(分かります?)黒縁の眼鏡。
白い杖を付いて、ビクとも動かずそこに立っていた。
しばらく見つめていましたね、僕は。
彼はじっと動かず一点を見つめているように思えた。
おまけに顔は心なしか微笑んでいるようにも見えた。
僕は、「あ、カーネル・サンダースがいる!」と思ったのでした。

この話にもオチはない。
もちろんのことだけれど、ブースから出て来たときには、
カーネル・サンダースは消えていた。

明日は、アントンのクルーと一献。
みんなに、こういう説明の付かないことはないかと
話題を振ってみようかと思うが、
きっと「ナイ、ナイ! そんなこと」
という現実的な言葉が返ってくるだけだろう。
それだけならまだしも、肴にされて笑われるだけだろうな。

残暑厳しい日々。
今日は、立秋だね、  。
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