ニュース・日記

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風通信145

2018/01/18(Thu)
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今日、トップページに再結成の件を発表したんだけれど、
具体的に、何が決まっているわけではない。

当初の理念というのは、文字通り「クルー」という発想。
ひとつの芝居にたまたま乗り合わせて、
一緒に果てのない文化の海を渡ろうというのです。
だから、今のところ、とりあえず、団員というのはいない。
ただ、僕が舞台を創るなら創造の現場に参加しますという
声は手元にたしかに届いてはいる。ありがたいことだ。

僕が一般の領域で芝居を創ったのは、『プラトーノフ』が最初だった。
あのときは、およそ一年近い年月を掛けたと記憶している。
僕は無名の演出家だったから、役者のひとりひとりに会って、
時間を掛けて芝居と作品コンセプトを理解してもらった。
そうそう、お金も掛けました(笑)
今回は、それほどお金は掛けられないけれど、時間は掛ける。

福岡の地に演劇の文化が根付くのは困難なことだが、
それでも、アントンの芝居を待っている人が何人かはいる。
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風通信144

2018/01/07(Sun)
風通信 |
帰福した日は穏やかに晴れ渡った陽射しだったけれど、
このところ、十九世紀のイギリス絵画みたいなお天気。
低く垂れ込めた厚い雲が空を覆っている。雪はありません。
むかしは(というとなんだか年寄りじみていますが)、
福岡でも、雪が積もった日が多かったように思う。
寒さは厳しくないので、その多くは淡雪か綿雪みたいだった。
三月に降る忘れ雪というのもありましたね。

雪といえば、亡くなった吉野 弘さんに
『夕焼け』ほど有名ではではないけれど
『雪の日に』という作品がある。
まあ、生きることの哀しみを表現した作品ですね。
合唱曲もあるみたいだけど、今日は原詩の方。

――誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手に入れた。

それは すでに
欺くことでしかないのに。

という冒頭二連の後に、
第四連で、

雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降り続けねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。 

とその理由が示される訳だが、
若い頃は、そこらあたりで止まっていた解釈も、
年齢を重ねるとおのずから気付くこともある。
言うまでもなく、
「雪」は言うまでもなく「誠実」の読み替えです。


雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。

という最終連です。
まず、「ひたひた」というオノマトペね。
物事が静かに休みなく迫ってくる感覚でしょう。
「かさねられてゆく」が
「かさねる」という他動詞に受け身の助動詞が用いられる。
いかんともしがたい運命みたいです。そして、さらに、
最終行で「かさなる」という自動詞が使用される。
ここに表現された「人とはそういうものだ」
という諦念こそ、読むべきところかなと思うのですね。

ヤレヤレといいながら、
今日も日が暮れてゆく。
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風通信143

2018/01/03(Wed)
風通信 |
2017年の年末から
2018年の年始のほぼ一週間、
福岡を離れて旅をしていた。

久々という感じで、帰福。
雲がゆったり流れて、
プッチーニのアリアが似合いそうな空である。

さて、今年は・・・、
おそらく芝居を創ることになる。
Janis Ianの“Jesse ‎”を聴きながら、
待っている人もいますよね?
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