ニュース・日記

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風通信164

2018/04/27(Fri)
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去年の今日も、同じような日だった。
晴れ渡った空は初夏を予感させるようだった。
静かに、静かに人は去って行ったのだった。
哀しみよりも、
その穏やかさがなによりありがたかった。

今日は鴻巣山の霊園へ。
三十年近く、毎月通っているのに、
今まで一度として気付かなかったことがある。
そこに大好きな花を見つけたのです。
大好きなのに、名前を知らない。
真ん中が黄色で、周りが白い花弁。
花弁の数は多くないから、ヒナギクじゃないだろう。
マーガレットというのかなぁ・・・。
細い茎の上にスッキリと一輪だけ花を付けている。
一本だけ見つけて、視線を上へ移すと、
柔らかな芝生の坂に、
天国からの贈り物のようにいくつも咲いている。
それが、午後の陽射しの中で、
てんでに揺れているのだった。

近くを見ることも大切だけど、
ときとして、人は、
遠くを見つめなきゃ、いけないんだよね。
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風通信163

2018/04/22(Sun)
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僕は楽器が弾けない。
学生の頃、
アコースティック・ギターは少し爪弾いたけれど、
わずかなコードと、簡単なアルペジオを覚えただけで、
それ以降、触ってはいない。
一度、ブルースハープをしようかと思って、
とりあえず「C」調のものを一本購入したけれど、
どこかにいってしまった。
何か楽器が出来たら、いいだろうなと思う。

「手風琴」というものがある。
いわゆるアコーディオンですね。
ちなみに、オルガンは「風琴」といいます。
いずれも、いろんな音のする風を作り出して、
それを組み合わせて弾く楽器だ。
その親戚にバンドネオンがあり、その習得の難しさから
「悪魔の楽器」と言われているそうだ。

寺山修司に
「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」
という有名な短歌作品がある。
この少女は、おそらく長期療養中なのだろう。
そして、そのベッドサイドで、不器用な少年は立ち尽くす。
現実の行為というより、イメージの作品のような気がする。
言葉の二律背反ですね。
でも、確かに言葉は全能ではないのだ。

今日のような穏やかな春の日の午後。
空を渡る風を感じながら、
ぼんやりと霞んだ水平線を前にした砂浜で。
缶ビールを片手に、君と座ったままで、
何の役にも立たない、つまらない話をしてみたい。
僕が「手風琴」を弾けたなら、
少女の傍らで、ひとつひとつの音を確かめながら、
言葉にならない言葉で、話していたい。
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風通信162

2018/04/07(Sat)
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言葉は不自由なものだ。
想いをどれだけ尽くしても、
届かない。届かないどころか、
言葉を尽くせば尽くすほど、
その分だけ、
ますます想いから遠く隔たってゆく。
語り尽くせない。
だから、紋切り型の定型で。
「ご自愛下さい」・・・万感の思いを込めて。

人との出会いも似たようなものかもしれない。
会えば会ったで、会い尽くせない。尽くしきれない。
だから、会わなくてもいい。それどころか、
会わないことの方が、
いま目の前にいることより大事なのだ。
万感の想いを込めて、
ぼくのなかにあなたはいる。
あなたのなかにぼくはいる。
そう信じられるのだから。
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