ニュース・日記

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風通信134

2017/11/04(Sat)
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それほど興味があるわけでないだろうから、
おそらく気を遣って話題を振ってくれたのだろうが、
東京在住の若い友人から、
「決戦の舞台は福岡!」という件名のメールが届いた。
いや、確かに。
もっとも、リーグ優勝も、クライマックス勝利も、
ヤフオクドームでの胴上げはなかったし、
日本シリーズの優勝くらいは、本拠地だろうという
身びいきの憶測で、
日本シリーズの優勝は「ソフトバンク」に決まりです、
とメールしたものの、
勝負事はやってみないとわからないですね。
投手力並びに攻撃力、守備力の技術的な違い、
総合的な戦力の差はあるにしても、
なにしろ、今のDeNAには勢いがあるからね。
ほら、けっこう「勢い」って
こと勝負では大事なエレメントですもん。
でも、まあ、どこかに野球の神様がいるんなら、
順当にホークスに優勝をもたらすはずと思う。

いや、そういう話ではなかった。

届いたメールに、
むかし一度だけ、広島対ヤクルト戦で、
神宮球場に行ったことがあると書いてあったので、
その返信メールに、薄暮ナイターの記憶を書いた。
薄暮ナイターといっても、たぶん今の人は知らないだろう。
夕方の4時くらいから試合が始まって、
たいていの場合「ダブルヘッダー」といって2試合あることがあった。
たぶん、20世紀の終わりくらいまではあったんじゃないだろうか。
あれはなかなか良いものだった。
空が夕闇に包まれていって、2試合目くらいの一定の時間が来ると、
パアーッとカクテル光線(球場の照明のことです)が点灯される。
Tシャツのなかった時代、
多くの大人は揚柳シボの入った生地の下着のシャツだけになって、
ビールを片手に、ヤジを飛ばしながら観戦する。
夜間の外出という非日常の中に投げ込まれた
子供は大人の横で落ち着きなくお尻をムズムズさせながら、
それでも、一人前になったような気分で観戦し、
飽きたら野球そっちのけで通路を走り回る。
のどかな、そして豊かな時代。
そんなことを書いて送信した後、少しヤレヤレの気分になった。
どう考えても、これはフェアではないような気がしたのです。

先日も同じようなことがあったのだ。

ジェームズ・アイボリーの『日の名残り』。
いうまでもなくノーベル賞作家K・イシグロの名作です。
その演技を賞賛したメールがその友人から来て、
僕は返信に、監督の名前をリチャード・アッテンボローと間違え、
おまけに主役のアンソニー・ホプキンスを
アンソニー・パーキンスと間違えた。でへへ。
僕にはよくあることで、なんという失態! とは思わないんです。

問題はその先にある。

僕は、ついでに、
アンソニー・パーキンスが出ている映画の話をしたわけだ。
『さよならをもう一度』(Goodby Again)ね。
もちろん、ブラームスの3番がいかに効果的に使われたかを
得々とメールに書いてしまって、これがね、ヤレヤレなんです。
その友人は僕よりずいぶん若く、
もしかしたら、その映画を観たことがないかもしれない。
僕が観たのはずいぶん前だけど、
それでも、それは僕が彼よりも長く生きてきたからであって、
それをいかにも知ったかぶりに書いたような気がしたのだ。
ね、ヤレヤレでしょ?
これはファアじゃない。
そういう話はしてはいけないような気がするのです。
僕は教師ではないけれど、
こういうのを思い上がった教師面と言うんだな。
すぐに人生論をぶつ人気のない数学教師みたいな。

年齢の差というものはある。でも、
たとえば52才といってもいろいろな52才がある。
25才のような52才もいるし、62才のような52才もいるだろう。
25才といってもいろいろな25才があるようにだ。
だからそういう数字的な年齢よりも、
年齢を超えて分かり合える縦糸のようなものを
大事にしていくべきだろうと思う。
「同じ時代」を生きる者として。

アンソニー、といえば、
アンソニー・クイーンという俳優がいた。
まあ、『道』が有名ですが。
彼の『その男ゾルバ』は・・・、と轍を踏みそうになる。
だから、シメは、
今日の、ソフトバンクの勝利ということで(笑)
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