ニュース・日記

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風通信153

2018/02/16(Fri)
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最近の若者が本を読まないと言われて久しい。
大ベストセラーという話もとんと聞かないし、
出版事業も厳しい状況だという。いわゆる出版不況ね。
しかし、本当に本を読んでいないかというと、
実はそれほどでもないと思えるんですね、僕には。
なるほど、いわゆる純文学なるものは
たしかに、売れていないみたいだし、
読まれてもいないのかもしれないですね。

それほどでもないというのは、
ライト・ノベルは、
一時期のケイタイ小説ほどでもないけれど、
読まれているんじゃないかと、
なんとなく感じているからである。

半期ごとの芥川賞の発表はニュースでも取り上げられるし、
村上春樹の小説が出れば、本屋で単行本が平積みされる。
でもですね、たとえば第1回の芥川賞受賞作、
石川達三の『蒼氓』という作品を読む若者は
皆無といえないまでも、ほとんどいないんじゃないだろうか。
いや、そもそもです、泉下の石川さんに申し訳ないけれど
「石川達三」という名の作家を知っている人が
若者の中にいるとも思えないのですね。ということは、
「石川達三」なる文学者は彼らの中では存在していないことになる。

僕は、フェイスブックもしないし、
ツイッターも、そしてラインもしない。
だから、そういうものがこの世にあることを
知識としては知っているんだけれど、
存在はしていないのと同じことなのです。
そういえば、NHKの報道番組でよく目にする、
画面の下の方に存在する一行のコメント、
あれがツイッターなのかしらね、
あれ、究極の自己満足じゃありません? 
いやいや、もしくは共感の極地とも言えるかもな。しかし、
僕のような年寄りは、
それを読まされてもねぇ、といつも思います。
そもそも、こういうことを書くこと自体が、
すでにどうしようもないオヤジなのでしょうが。
願わくば、同調圧力だけは止めて欲しいなぁ。

話がそれました。

少なくとも、僕の中では、その良し悪しは別として、
「石川達三」は存在している。
つまり、すごく単純化して言えばですね、
僕の現実的世界と、若者の現実的世界は違うわけで、
見えているものも、たぶん違うんじゃないかと思うのです。
村上春樹の『18Q4』の世界ですね、これは。
タイムスリップ。
おなじ空間で呼吸し、同じ時間で行動しているにも関わらず、
別世界に生きているという事実。
どちらが本当の現実か、なんてナンセンスですね。
きっとどちらも現実で、リアルなんだな。
さらに言えば、その現実はどちらも正しく、正当なんですね。
だから、近頃の若者は、とかは言うまい。
まあ、昔からそうものだった、
と識者は言うかもしれないけれど。

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