ニュース・日記

ニュース・日記

風通信151

2018/02/07(Wed)
風通信 |
今日は午後から、陽射しが眩しかった。
空気はカンカンに冷えていて、まるで
チェーホフの作品に出でてきそうなコバルト色の空。

昨日の福岡は、雪の朝。
勤務先で、重要な業務があるために、
遅刻、欠席は許されない。

行きましたよ、車で。

僕の住まいは、
100メートルくらいの川幅の河畔だし、
海からも2キロくらいしか離れていないので、
ほとんど路面に雪は溜まらずの状況だった。

勤務先は、
中腹とは言えないまでも、
小高い山をちょっと登ったところにある。
積もってましたね、10pくらいは。

とりあえず、麓までは行けた。そして・・・、
坂を登ろうとした時、タイヤが
ゴツン、ゴツンと音を立てて、横滑りした。
シフトをドライブにしていたにもかかわらず、
突然、サム・ペキンパーの映画のハイライトのように、
ゆっくりと、
そう、スローモーションで後方に動き出した。
ヤバイ!(と本来はこういうときに使います)
で、とりあえず、なんとか止めて、
気合いを入れて慎重に歩道に乗り上げることにした。
そこで、ストップ。
雪は降り止まず、あとからあとから降ってくる。
車から降りて、さて、どうしたものかと思案橋。
その横で、ワシャワシャと音を立てて、
車が何台もゆっくりと通り過ぎてゆく。
ちょうど、その時バスが通過した。
思わず、バスの乗客と思わず目が合う。
そこにいたのは、
勤務先の上司、というか、トップでした。
彼は、なぜかニコニコしながら僕を眺めて、通過してゆく。
ヤレヤレである。
僕は、ハイハイと自分自身に相づちを打ち、
まあ、捨てよう!とあっさり乗り捨てることにした。
後で取りにくればいいと。

サクサクと音を立てて、雪道を歩いて行った。

帰りは、すでに乾いた道路でした。

そういえば、過日の東京の大雪。
六月のガールフレンドから、
帰れなくて、会社でしばらくコーヒーじゃぁと、
メールがあったことを思い出した。
その後、メールはないけれど、無事に帰られたんだろうか。

このところ、
北陸地方では40年ぶりの大雪とか。
きっと、昨日は、
朝倉の被災地も深い雪だろう。

あれくらいの雪で!
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風通信150

2018/02/06(Tue)
風通信 |
毎年のことだが、この時期に必ず購入する雑誌がある。
まあ、雑誌というか、PR誌なんだけど。
一回書いたかなぁ・・・。
みすず書房のPR誌「みすず」である。
1、2月号は読書アンケート特集。
さまざまな人が、2017年中に自分が
感銘を受けた本を5冊まで取り上げ紹介するものだ。
こんな専門の本が出ているのかと毎回感心する。
一生をかけて専門の領域を追究する人々がいる一方、
よくわからないけれど、面白いことを試みる人がいる。
そして、それを評価し、紹介する人(執筆者)がいる。

たとえば、
『東北おんば訳 石川啄木のうた』という本。
おんばとは、おばさん、おばあさんたちのことらしい。
(ちなみに、パソコン上で「おんば」と打ち込むと
「乳母」と転換されます。)
これは啄木の短歌を土地の言葉に戻してしまおうとする試みらしい。
「きしきしと寒さに踏めば板軋む/かへりの廊下の/不意のくちづけ」は、
「ぎしぎしど寒(さん)みィ板(いた)場(ば)踏んでげば/帰(け)ァる廊下で/いぎなり チュ」
と生まれ変わる。
まあ、だから、なんなの?とか、
ちょっとそれはどうかな?とか、思うことはいろいろあるだろうけど、
この発想には、あえて言えば、
標準語と地域語における表現方法の互換性の可能性など、
膨らむ余地はあるかもしれないと感じさせはする。
そういえば、
津軽方言を使って詩を書いていたのは高木恭造だったなぁ、
と思い出したりする。

たとえば、
ヴァルター・ベンヤミンとグレーテル・アドルノの
『往復書簡 1930〜1940』を翻訳した人がいて、
それを評価する人がいる。
あの時代のドイツ、ユダヤの知識人の
知と精神と魂の共振の輝き。
いったい、何人の人が読み、感慨に耽るのだろう。
アドルノの妻となる女性の書簡は
たしかにちょっと読みたい気もするけど、
たぶん、僕は読まないなぁ・・・。でも、
そういう本があるということを知っただけでも、
生きていた価値がありそうな気がする。
そして、本棚にあるベンヤミンのいくつかの著作集と、
アドルノの伝記の何ページかを繙くかもしれない。

少なくとも、昼休みのちょっとした休憩タイムに、
パラパラと読む雑誌で、これで、2ヶ月は保つ。
300円! リーズナブルである。
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風通信149

2018/02/04(Sun)
風通信 |
だいたいにおいて、この日記には、
きまじめに自分の思いを書くことはしないと決めていた。
あくまで自分の文章修行(この年でなんだけど)のつもりで、
あることないこと、適当に織り込んで書いてきたんです。
だから、書いた内容にもちろん小さな事実を元にした
大きな創作があるわけでして。ところが、
最近、どうも想いのままにだらだら書いてしまったような、
文章に色気がないような、そんな気がする。
これは良くない。
というわけで、改めて気持ちを入れ替えて、
進めることにしようと思う。
片手で足りるほどだけど、コアな読者もいるので、
僕がどこまでが本気で、
どこまでが調子に乗って好きに書いているのか、
適当に判断して下さい。

とは言うものの、以下は事実です。

先月、演劇活動を再開すると決めて、
さっそく、ひとりの役者に会ってきた。
彼女とは、一度一緒に舞台を創った事がある。
一応、ある劇団に属しているのだが、
彼女の、とりあえず個人としての思いを確かめたくて。
話し終わって、今月は劇団の主宰者に会うつもりだ。
もちろん、客演の了解を得るためです。
男の役者は、まだ会ってはいないけれど、
受けてくれるかどうかは別として、
僕なりの「この人たちと」というある程度の目星が立っている。
我が畏友、岩井は通行人程度の役で出演します。はは。
僕は男が好きなわけではないけれど、
男芝居を創るのが好きだし、個人的には得意だと思うんです。
でもまあ、とりあえず、どうしても彼女には出てもらいたかったし、
彼女からも、
どうしても出たいというオファを昨年来もらっていたので、
即決、決定です。
女性の役者と言えば、一緒に芝居を創りたいと
前々から候補を考えている人が三人いるんだけど、
ひとりは熊本在住で遠いし、
ひとりはよんどころない事情で舞台には立てないし、
ひとりはすごく忙しそうだし、で、
まったくの素人でもいいのかなとも思います。
本が決まっていないのに、と、普通だったら思われるだろうが、
ほら、変な譬えですが、
ご飯は食べたいときに炊かれていなくちゃ食べられないから。
このへんの案配が難しい。

今週は、ちょっとした祝い事で、
旧劇団員と一献を傾けます。
僕の考えを伝える会にもなりそうだ。
みんなから、意見をもらうことにしよう。
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風通信148

2018/02/03(Sat)
風通信 |
ときどき、『源氏物語』を読むことがあるが、
11世紀の初頭にあれほどの物語が生み出されたということは、
ほとんど奇跡に近いとつねづね思っていた。

ある時、「どこが凄いと?」と尋ねられたことがある。

その時に、どこを取り上げて話したか、
今となっては思い出せないんだけれど、
たぶん、「若紫」の冒頭じゃなかったかと思う。

ここは、光源氏が、はじめて紫の上を見出す、
いわゆる「北山の垣間見」のシーン。
ポイントは、二つです。

ひとつは、紫の上が本文に登場するシーン。
源氏の目を通して情景が活写される。
まるでジャン=リュック・ゴダールの初期の映画のように、
語り手がフレームの外から語りかける。
その上で、紫式部は紫の上をすぐには登場させない。
ふと時間が止まったような印象を受ける。そして、
10歳ほどの美しい(あるいは可愛らしい)少女として
彼女はフレームの中に走りながら入ってくるのだ。
秀逸である。

その直後に、もうひとつの素晴らしい描写がくる。
ここは原文で、
「髪は扇をひろげたるやうにゆらゆらとして」
ね? 僕はこれが凄い描写だと思うのです。

思い出すのが、杉山登志なんです。
60年代に見た彼の資生堂のCMの斬新さ。
印象に残っているのが、
公衆電話BOXを鏡代わりにして、
ルージュを塗る女性。
当時の僕の年齢からすると、
素敵なお姉さんという感じだったかなぁ。
彼女が、舞うようにTVの中で動く。
その時の揺れる髪。
ビダルサスーンが古典的なボブカットを元とする
新しいヘアースタイルを確立したのが1960年代。
まさにその髪型だったような気がする。
揺れる髪・・・、紫式部はあの原稿用紙5000枚に届こうする
長大な『源氏物語』の中心となる女性の登場に、
こういう仕掛けをしたように思えるんですね。
20世紀の美の在り方が、
すでに11世紀に表現されていることの凄さ。
僕は奇跡的なことだと思う。

揺れる髪には個人的な好みもあるかもですが・・・。

ところで、天才の名を恣にして37歳で自死した杉山には、
忘れられない遺書が残っている。
『リッチでないのにリッチな世界など分かりません。
ハッピーでないのにハッピーな世界など描けません。
夢がないのに 夢を売ることなどは……
とても……嘘をついてもばれるものです』
というものだ。

ひたすら豊かさを求めた高度成長期、
そして虚栄のバブルという時を
駆け抜けた戦後の「昭和」という時代。

痛いなぁ。
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風通信147

2018/02/02(Fri)
風通信 |
僕がはじめて買ったレコードは、
イギリスのロックバンド「アニマルズ」の『朝日のあたる家』だった。
たしか、330円のEP版で、B面はなんだったか、もう覚えていない。

どうして、こういう話をはじめたかというと、
昨年末から、いよいよ収集がつかなくなったので、
CDを整理しはじめたからなんです。
ありましたね、アニマルズ。ちゃんとCDで持ってたんだ。
もっとも、ベスト盤だから、その他の曲も入っているけれど。

ストーンズとビートルズが、
ブラック・ミュージックの影響下でスタートしたように、
アニマルズ、そのバンドリーダーのエリック・バートンも、
黒人ブルースからその音楽履歴が始まっている。
いわゆる「ブリテッシュ・インベーション・バンド」として
アメリカの音楽市場を席巻したものの、
ついに、エリック・バートンとアニマルズは
スフィスケイトされることなく、黒い地点に留まったままで、
UKのポピュラー音楽史のページの中にあるだけだ。
きっと不器用だったんだろうな、彼は。
いや、ブラック・ミュージックを愛しすぎていたのかもしれない。
愛しすぎると愛を失う。
彼が、ブルースの魂を失ったわけではないけれど。
ともあれ、バディー・ホリー以来、
アポロ劇場の舞台に立った二人目の白人という栄誉は消えないですね。

話が思いがけない方向へ行っちゃったけれど、
CDの整理はまだ終わっていない。
UKのバンドが多いロックはどうにか終わった。
ジャズはコンボとピアノ・トリオがどうやら目星がついたけど、
クラシックはほとんど手つかず。
ジャズの次に枚数が多いのになぁ。
いつまでかかることやらデス。
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風通信146

2018/02/01(Thu)
風通信 |
このところ、日記の更新がなされていない。
空行く雲が風に流されて行くように、
月日が寒さに震えながら過ぎていくんです。
本業の方も忙しかったし、表層的に生きていたわけね。
つまり、本も読まず、映画も観ていないのです。

さて、今日からは如月。

メールも手紙も電話もない生活という。
それがいまのところ、僕の習いとなっている。
うたかたのような思いは浮かぶのだけれど、
そっと自己完結して、安らかな冬の夢に落ちる。
ときどき、面白いメールをくれる友人がいて、
まあ、とりあえず、そういう奇特な人は、
ひとりくらいしかいないわけですが、
昨夜は、久しぶりのメールだった。

「いにしへのしづのをだまきくりかえし昔を今になすよしもがな」

この歌について。

ときどきは、こういう心境にもなりますね。
でも、失われたときは二度とは戻っては来ないんだよなぁ。
この世界にある美しいもののほとんどは、
記憶の中にしか存在しない。そして、
起きてしまったことは、
粉々に割れてしまった番町の皿と同じで、
どんなに手を尽くしても、元通りにはならない。

むかし理由があって別れたガールフレンドと同じで、
思い出すと胸が温かくなる。
でも、逢わない方がいいんだよね、もう元に戻れないから。
好むと好まざるとに関わらず。
たぶん、それが人生というものなんだろう。
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風通信145

2018/01/18(Thu)
風通信 |
今日、トップページに再結成の件を発表したんだけれど、
具体的に、何が決まっているわけではない。

当初の理念というのは、文字通り「クルー」という発想。
ひとつの芝居にたまたま乗り合わせて、
一緒に果てのない文化の海を渡ろうというのです。
だから、今のところ、とりあえず、団員というのはいない。
ただ、僕が舞台を創るなら創造の現場に参加しますという
声は手元にたしかに届いてはいる。ありがたいことだ。

僕が一般の領域で芝居を創ったのは、『プラトーノフ』が最初だった。
あのときは、およそ一年近い年月を掛けたと記憶している。
僕は無名の演出家だったから、役者のひとりひとりに会って、
時間を掛けて芝居と作品コンセプトを理解してもらった。
そうそう、お金も掛けました(笑)
今回は、それほどお金は掛けられないけれど、時間は掛ける。

福岡の地に演劇の文化が根付くのは困難なことだが、
それでも、アントンの芝居を待っている人が何人かはいる。
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風通信144

2018/01/07(Sun)
風通信 |
帰福した日は穏やかに晴れ渡った陽射しだったけれど、
このところ、十九世紀のイギリス絵画みたいなお天気。
低く垂れ込めた厚い雲が空を覆っている。雪はありません。
むかしは(というとなんだか年寄りじみていますが)、
福岡でも、雪が積もった日が多かったように思う。
寒さは厳しくないので、その多くは淡雪か綿雪みたいだった。
三月に降る忘れ雪というのもありましたね。

雪といえば、亡くなった吉野 弘さんに
『夕焼け』ほど有名ではではないけれど
『雪の日に』という作品がある。
まあ、生きることの哀しみを表現した作品ですね。
合唱曲もあるみたいだけど、今日は原詩の方。

――誠実でありたい。
そんなねがいを
どこから手に入れた。

それは すでに
欺くことでしかないのに。

という冒頭二連の後に、
第四連で、

雪は 一度 世界を包んでしまうと
そのあと 限りなく降り続けねばならない。
純白をあとからあとからかさねてゆかないと
雪のよごれをかくすことが出来ないのだ。 

とその理由が示される訳だが、
若い頃は、そこらあたりで止まっていた解釈も、
年齢を重ねるとおのずから気付くこともある。
言うまでもなく、
「雪」は言うまでもなく「誠実」の読み替えです。


雪の上に雪が
その上から雪が
たとえようのない重さで
ひたひたと かさねられてゆく。
かさなってゆく。

という最終連です。
まず、「ひたひた」というオノマトペね。
物事が静かに休みなく迫ってくる感覚でしょう。
「かさねられてゆく」が
「かさねる」という他動詞に受け身の助動詞が用いられる。
いかんともしがたい運命みたいです。そして、さらに、
最終行で「かさなる」という自動詞が使用される。
ここに表現された「人とはそういうものだ」
という諦念こそ、読むべきところかなと思うのですね。

ヤレヤレといいながら、
今日も日が暮れてゆく。
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風通信143

2018/01/03(Wed)
風通信 |
2017年の年末から
2018年の年始のほぼ一週間、
福岡を離れて旅をしていた。

久々という感じで、帰福。
雲がゆったり流れて、
プッチーニのアリアが似合いそうな空である。

さて、今年は・・・、
おそらく芝居を創ることになる。
Janis Ianの“Jesse ‎”を聴きながら、
待っている人もいますよね?
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風通信142

2017/12/26(Tue)
風通信 |
僕は、新聞を購読していないので
どんな記事が紙面を埋めているのか知らない。
今年亡くなった(僕の誕生日でした!)大岡信さんが、
朝日に『折々の歌』を連載していたのは有名ですね。
今は『折々のことば』というコラムで、
哲学者の鷲田清一が担当しているようだ。

若い友人からメールが来て、
今日の言葉は
After all,tomorrow is another day.だったそうだ
もちろん、
『風と共に去りぬ』のヒロイン、スカーレット・オハラの言葉。
この言葉から、柴田元幸が「オハラる」と動詞を創った。
以来、僕の愛用の言葉です。
はっきり覚えてはいないけれど、
映画では、「明日は明日の風が吹く」だったかしら。
そうですよね。
結局、明日は今日とは違う日なんだから、
のぼる明日の太陽は、生まれたて。
とりあえず、今日一日を頑張ってみるかな、って。

同じ映画で、レッド・バトラーが
Frankly dear, I don’t give a damn.’という。
男と女の区別というのは
ジェンダー的にはどうかと思うけれど、
ま、そこは一応置いといて、
やっぱり男って、
こうあるべきなんじゃないかなと愚考するわけです。
心で泣いてもサ(笑)
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風通信141

2017/12/08(Fri)
風通信 |
今日は、ジョン・レノンの命日です。

この年になると、
有名、無名にかかわらず、
知っている人で、鬼籍に入られた数が多くなる。
声を交わした人だったりすると、なおさらに。
ただただ、切ない。淋しい。

ところで、
今日は、NTL「ヘッダ・カーブラ」を観てきた。
客席には僕も含めて3人だけでした。

脚色は、僕が日本初演を含む、
すべての作品演出した、あのパトリック・マーバーです。
それよりも、演出。
刺激的でした。
なにより、シャープだった。
鈍くさい舞台は観たくない
と、つくづく思う。
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風通信140

2017/12/01(Fri)
風通信 |
続きます。

僕はもともと二次元の芸術の中では、
絵画よりも写真の方が好きだったのだが、
アンセル・アダムスは寡聞にして知らなかった。
なんでも、二十世紀の巨匠とか・・・。
「美と崇高の風景写真家」というキャッチだったので、
躊躇したんだけれど、ま、近くだしね、
時間的にも余裕もあったりして。

ちょっと古いけれど、ロバート・キャパや、
日本で言えば、沢田教一、石川文洋など、
戦場写真というか、報道写真にはほとんど興味がない。
以前、ピューリッツァー賞の作品展があった時、
見るに堪えられず、会場を途中で抜け出したくらい。
だから、僕のお気に入りは、
ヘルムート・ニュートンやエリオット・アダムスです。
日本にもすぐれた作家はもちろんいるけれど、
なんか、気持ちウエットな感じで今ひとつ乗り切れない。

で、そのアンセル・アダムス写真展。
ウームでした。
人物写真は意図するにせよ、しないにせよ、
写真の中にドラマがあるように思う。
自然のそれの場合は観る側に物語を要求する。
そうでなければ、対象物を演出するというかサ。
しかも、その演出は、表層的なことが多いように思うのです。

というわけで、新美術館に戻り、
地下のミュージアムショップへ。
美術館のミュージアム・ショップはどこも楽しい。
そして、ここは特に、だったが、今回は収穫なしでした。

乃木坂から表参道、そして渋谷へ戻る。
昨日に引き続き、Bunkamura。
ただし、この日は、
オーチャードホールのNHK交響楽団の定期演奏会。
プログラムは、
ベートーヴェンの『ピアノ・コンチェルト5番』と、
ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』(管弦楽版)
というオーソドックスなレパートリーだった。
ピアノはゲルハルト・オピッツ。
オピッツとベートーヴェンだから、
その取り合わせは言うこともないのだが、
なぜか、アンコールがないのですね。ちょっと残念。
いっぽう、N響の方は、
ラベルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』(管弦楽版)で、
これはお気に入りの曲だから、ちょっと満足。

東京でのコンサートはサントリーホールが多い。
ここは、建物の構造条件の制限もあるのだろうが、
やっぱり、サントリーホールは、
そのエントランスからの動線も含めて、
オーチャードホールとは違うという認識を改めて思ったのでした。

そして、
ほとんど最終便で、帰福。
誰にも会わず、誰とも話しもせず、
駆け足の二日間でした。

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風通信139

2017/11/30(Thu)
風通信 |
続きです。

とりあえず、ホテルで一息入れて、宵の口から、
シアターコクーンで『24番地の桜の園』を観る。
24番地というのは道玄坂2丁目にある、
シアターコクーンの番地ですね。
言うまでもなく、
ルイ・マルの遺作『42丁目のワーニャ』への
リスペクトなのかなぁと思います。
あの映画ドキュメンタリーは5回は観たな。
台本も良かった。デイヴィッド・マメットです。
だから、
あの方式を意識しての作品になるのかなと思っていたら、
フツーの『桜の園』、
というかそれをベースにした構成芝居だった。
特に、後半にそれが目立ちます。
舞台へのコメントはありません。
そんなものは芝居を創らない人間が、
勝手にやればよろしい。

26日(Sun)は、
見上げると恥ずかしくなるくらいの青空。
渋谷駅南口にあるホテルを出て、
六本木方面へ歩いて行く。
目的地は国立新美術館の『安藤忠雄展』。
今回の目的は『桜の園』を観ることにあったんだけれど、
ひとり旅だもの、時間の許すかぎり動き回るのです。

上京の折には、必ず立ち寄るのがこの新美術館だ。
当初は森の中の美術館をイメージしたいたらしいが、
それが成功しているかどうかは別として、いつの季節訪れてもいい。
ロビー(というのかしら)に設置してある
ゆったりとした籐の椅子に深く腰掛け、
背中越しに射し込む光陽射しを感じて読書する。
たくさんの人が歩いているけれど、
誰ひとり知った人がいない空間。
至福の時です。
ここを設計したというだけで、
黒川紀章は素晴らしいと思う。

それにしても『安藤忠雄展』は、
あんなに来場者が多いとは思わなかった。
回顧する時期に来たんだと思うんだけれど、
展示された模型の前に立てないほど人混みだった。
人の多さにヤレヤレである。
幸福な建築家なんだな、安藤は。。。と思う。

建築と光の共存について考える。
建築物は、光をどう取り込むかという課題と
格闘してきたんじゃないだろうか。
それは古い中世の教会から近代のモダン住宅まで。
コンクリート打放しで有名な安藤忠雄だが、
初期の設計施工された建物を観ると、
モダニズム建築そのものじゃないかと感じましたね。
ル・コルビジェの「ロンシャン教会」を観た安藤が、
ある種の啓示を受けたと、語ったことがあるそうだが、
彼の後期の作品「ラ・トゥーレット修道院」に
少しでも近づこうとしているように思われましたね。
そういえば、今、思い出したんだけど、
アントンクルーの解散葉書のカットに、
この「ラ・トゥーレット修道院」の
閉じられたドアの画像を使ったのでした。
再結成の折には、開いたドアのカットを使うかな。えへッ。

展示場を出たところで、気になるチラシを発見。
東京ミッドタウンにある「フジフイルムスクエア」、
そこの開設10周年記念として開催されている
『アンセル・アダムス写真展』です。
東京ミッドタウンは新美術館から歩いて5分だから、
足を延ばすことにした。

To be continued
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風通信138

2017/11/29(Wed)
風通信 |
気温はそれほど低くはないのだが、
今日は冷たい雨が降る。
渋谷東急から渋谷駅に向かう裏道、
敷き詰められたような銀杏の落ち葉も
明日は静かな雨に濡れるだろう。
先週末、その上をカサカサと音を立てて
歩いたばかりだ。

仕事の関係で、一泊しか出来なかったけれど、
ひさびさの東京だった。今回は渋谷拠点。

昼過ぎに駐cに着いて、ランチ。
京急の改札口近くの「うちのの卵かけごはん」です。
なにも東京に行ってまで福岡の地場物を、とは思う。
郷土愛というのではなく、単に卵好きなだけね。

いったん、品川に出て有楽町へ向かう。
有楽町インフォスで「ビートルズ展」をやっている。
楽器や舞台衣装など。
池袋でもグッズの販売が大々的にやってるんだけど、
今回は芝居が目的なので、ここで満足、浪費は避ける。
会場にいるのは、文字通りの老若男女でした。

「ビートルズは時代と共に生きた」と、
どこかで読んだ記憶があるけれど、そのことを改めて感じる。
モノ・レコーディングからステレオへ、
そして4チャンネル、8チャンネル、nチャンネルと、
音楽テクノロジー-は1960年代に革命が起きたように思う。
その時代と併走するように、
ビートルズは生きたのではなかっただろうか。

ブースで当時のインタビューやファンの声を聞きながら、
ビートルズ自体がビジネス的にも巨大になりすぎて、
ジョンや、ポール、ジョージ、リンゴという一個人では
制御できなくなったんじゃないかと思った。
自分たちが何をやっているのか、やろうとしているのか、
見えなくなったんじゃないかと思うことがある。
その点、ストーンズはしたたかですよね。

とりあえず、渋谷のホテルにチェックインして、
本命のシアター・コクーンへ向かう。

沢田研二が所属していたザ・タイガースの後期の傑作に、
「都会」という曲がある。昔から好きでね。
街の夕暮れはたいていは同じだ。

♪都会は今日もさざめきうたって
 都会は何も こたえてはくれない
 今日も人波に流れてゆくよ
 人の押されて歩く夕暮れ♪

最後のフレーズは、南 沙織の「色づく街」でしたね。

To be continued
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風通信137

2017/11/17(Fri)
風通信 |
久しぶりに、我が畏友、岩井と会う。
短い時間だったけれど、愉しい時間だった。
話は、カルロ・ゴルドーニの話から、
ローリング・ストーンズまで。
つまり、とりあえず、18世紀の劇作家の作品から、
20世紀を代表する音楽家までですね。
僕らのことだから、まあ、演劇が中心だけれど。
改めて、日本の近代劇作家の作品が「面白くない!」
という見解が一致した。良いとか悪いとかじゃないのですね。
ただ面白くない、ということ。
持ち味は違うにしても、昔から大概の見解は一致するから、
長い間一緒になって作品を創ってこられただろうね。

こと、文化現象において、
お互い、どういう話題を振っても、
たいていは応えるという関係はなかなか得がたい。
致し方ないとは言え、
彼が福岡を離れたのは返す返すも残念です。
そういえば、今日は映画の話はなかったなぁ。。。
あ、いや、マリオン・コティヤールの
『エディット・ピアフ』は出てきたなぁ。
ウディ・アレンの小洒落た作品
『ミッドナイト・イン・パリ』は僕の好きな作品。
ピカソの愛人という役柄も良かったのですよ。ふふ。
『サンドラの週末』と
『マリアンヌ』がライブラリーにはあるんだけど、
まだ見ていないので、明日は見ようか、と。

今のところ、
こんなふうに話せる相手がいないので、
こうしてときどき会うと、いろんな意味で、
俺も、前向きに、もうちょっとだけなら
頑張れるかなと思う。
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風通信136

2017/11/12(Sun)
風通信 |
僕は天文少年ではなかったから、
星座のことなんて知らなかった。
あれがシリウスだと
教えられたのは、高校生の時。
その時以来、いつも冬になると、
空を見上げて冬の大三角形を認め、
シリウスを確認したものだ。

楽しいことや、哀しいこと。
辛いことや、嬉しかったこと。
いつでもシリウスは冬の夜空に輝いていた。


定家の歌を二首

見しはみな夢のただちにまがひつつ昔はとほく人はかへらず
風の上に星のひかりはさえながらわざともふらぬ霰をぞ聞く


今夜も、南西の空にオリオン座がかかる。
今夜も、シリウスは輝いている。
僕が生まれるずっと前から、
僕が死んだ後の永遠の時間まで。
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風通信135

2017/11/11(Sat)
風通信 |
気温、摂氏16度。
昨夜の強い雨が、空中の塵埃を
すべて地上に落としたようだ。
コバルト色の空は、
どこかに
透明な哀しみを隠しているかのように澄んでいる。
色づきはじめた銀杏の葉が風に揺れ、
音もなく舞うように落ちる。
まるで僕らの人生のように。
ふと生きていることがつらくなる。
こんな日もある。

たまたま生まれて、ドタバタ生きて、
失われてゆくだけ。

そろそろ芝居を創るかなぁ・・・
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風通信134

2017/11/04(Sat)
風通信 |
それほど興味があるわけでないだろうから、
おそらく気を遣って話題を振ってくれたのだろうが、
東京在住の若い友人から、
「決戦の舞台は福岡!」という件名のメールが届いた。
いや、確かに。
もっとも、リーグ優勝も、クライマックス勝利も、
ヤフオクドームでの胴上げはなかったし、
日本シリーズの優勝くらいは、本拠地だろうという
身びいきの憶測で、
日本シリーズの優勝は「ソフトバンク」に決まりです、
とメールしたものの、
勝負事はやってみないとわからないですね。
投手力並びに攻撃力、守備力の技術的な違い、
総合的な戦力の差はあるにしても、
なにしろ、今のDeNAには勢いがあるからね。
ほら、けっこう「勢い」って
こと勝負では大事なエレメントですもん。
でも、まあ、どこかに野球の神様がいるんなら、
順当にホークスに優勝をもたらすはずと思う。

いや、そういう話ではなかった。

届いたメールに、
むかし一度だけ、広島対ヤクルト戦で、
神宮球場に行ったことがあると書いてあったので、
その返信メールに、薄暮ナイターの記憶を書いた。
薄暮ナイターといっても、たぶん今の人は知らないだろう。
夕方の4時くらいから試合が始まって、
たいていの場合「ダブルヘッダー」といって2試合あることがあった。
たぶん、20世紀の終わりくらいまではあったんじゃないだろうか。
あれはなかなか良いものだった。
空が夕闇に包まれていって、2試合目くらいの一定の時間が来ると、
パアーッとカクテル光線(球場の照明のことです)が点灯される。
Tシャツのなかった時代、
多くの大人は揚柳シボの入った生地の下着のシャツだけになって、
ビールを片手に、ヤジを飛ばしながら観戦する。
夜間の外出という非日常の中に投げ込まれた
子供は大人の横で落ち着きなくお尻をムズムズさせながら、
それでも、一人前になったような気分で観戦し、
飽きたら野球そっちのけで通路を走り回る。
のどかな、そして豊かな時代。
そんなことを書いて送信した後、少しヤレヤレの気分になった。
どう考えても、これはフェアではないような気がしたのです。

先日も同じようなことがあったのだ。

ジェームズ・アイボリーの『日の名残り』。
いうまでもなくノーベル賞作家K・イシグロの名作です。
その演技を賞賛したメールがその友人から来て、
僕は返信に、監督の名前をリチャード・アッテンボローと間違え、
おまけに主役のアンソニー・ホプキンスを
アンソニー・パーキンスと間違えた。でへへ。
僕にはよくあることで、なんという失態! とは思わないんです。

問題はその先にある。

僕は、ついでに、
アンソニー・パーキンスが出ている映画の話をしたわけだ。
『さよならをもう一度』(Goodby Again)ね。
もちろん、ブラームスの3番がいかに効果的に使われたかを
得々とメールに書いてしまって、これがね、ヤレヤレなんです。
その友人は僕よりずいぶん若く、
もしかしたら、その映画を観たことがないかもしれない。
僕が観たのはずいぶん前だけど、
それでも、それは僕が彼よりも長く生きてきたからであって、
それをいかにも知ったかぶりに書いたような気がしたのだ。
ね、ヤレヤレでしょ?
これはファアじゃない。
そういう話はしてはいけないような気がするのです。
僕は教師ではないけれど、
こういうのを思い上がった教師面と言うんだな。
すぐに人生論をぶつ人気のない数学教師みたいな。

年齢の差というものはある。でも、
たとえば52才といってもいろいろな52才がある。
25才のような52才もいるし、62才のような52才もいるだろう。
25才といってもいろいろな25才があるようにだ。
だからそういう数字的な年齢よりも、
年齢を超えて分かり合える縦糸のようなものを
大事にしていくべきだろうと思う。
「同じ時代」を生きる者として。

アンソニー、といえば、
アンソニー・クイーンという俳優がいた。
まあ、『道』が有名ですが。
彼の『その男ゾルバ』は・・・、と轍を踏みそうになる。
だから、シメは、
今日の、ソフトバンクの勝利ということで(笑)
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風通信133

2017/10/30(Mon)
風通信 |
今日、関東では木枯らしが吹いたらしい。
2週連続の台風は、一気に秋を連れてきたようだ。
木枯らしって、初冬ですかね?

台風は、ここ福岡では幸いなことに
二度とも直撃はなかったけれど、
いわゆる「吹き返し」というのかなぁ、
遙か南の海上を過ぎていった後に、
北西の風が吹き荒れた。
電線がヒューヒューと鳴り、
木々はザワザワと大きく揺れる。

夜の風は嫌だなぁ、本当に。
雨ならば、夜の雨、海に降る雨、等々
心が安まるんだけれど。

夜に風が吹くと、
どこから吹いてきて、どこへ行くんだろうと思う。
ちょうど、僕らのささやかな生がそうであるように。

「エリナー・リグビー」ですよね。
All the lonely people  Where do they all come from?
All the lonely people  Where do they all belong?
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風通信132

2017/10/23(Mon)
風通信 |
10月も終わる頃、季節外れの台風でした。
被害に見舞われた地域は大変だったろう。
自然は人間が制御しきれるものではない。
むしろ、自然とどのように共生するかを
時間をかけて考えていかなければならないのだろう。
たとえば、川の氾濫を制御するために、
護岸整備をするというようなお役所的対処療法でなく、
自然のシステムの研究をはじめとする、
人間優先の社会システム、それ自体を
根本的なところから考えるということだ。

福岡は、雨はほとんどなく風ばかりだった。
風はドドドドッと音を立てて、吹き荒ぶ。
ベランダに立つと、
周りの木々が風で大きく揺れている。
建物の壁面に狂った怪物のような影が
街灯の光で大きく作られる。

『ベストセラー(邦題)』という映画の中で、
編集者マックス・パーキンズが、
フランスから帰国したトマス・ウルフに対して
エドワード・ホッパーのタブローみたいな
ニューヨークの街を見下ろしながら、次のようなことを言う。
“先史時代、私達の祖先が身を寄せ合って、火を囲んでいる。
狼の遠吠えが闇に響く、そして誰かが話し始めた。ひとつの物語を。
皆が闇を恐れぬように。”
トマス・ウルフは何も言わずに、
放蕩息子が父親に許しを請うように、
パーキンズの肩に顔を預ける。
この場面の風景は素敵だったし、なかなかいいシーンです。

ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロの作品も、
たぶん、そういうふうに読まれるんじゃないかなぁ。
物語にもし効用があるとすれば、
この言葉に尽きるような気がする。
焚き火の傍らで身を寄せ合いながら、
今日のような長く暗い嵐の夜を過ごす時、
彼らの魂を慰めるものは物語だったはずだ。
木の根っこを囓ったり、
痩せた野鼠の肉を分け合って生きていても、
物語があれば、
明日を生きていけると感じたのではないだろうか。

パーキンズと半ば喧嘩別れした
トマス・ウルフは、37才という年齢で亡くなるけれど、
その死の床で、パーキンズに書き残した手紙がある。
映画の中でも、最後のシーンで引用されます。
“何が起こっても、そして過去に何があったにしても、
いつもあなたのことを考え、あなたに対して
3年前の7月4日と同じ感情を抱いています。
あなたがわたしを船まで出迎えてくれ、
二人で高いビルの屋上にのぼり、
人生と都会の異様さ、栄光、力が
眼下に広がっているのを見たあの日と同じ気持ちなのです。”

人生というのは、かくも哀しく、そして豊かです。
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