ニュース・日記

ニュース・日記

風通信82

2017/03/12(Sun)
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今日は3月12日。
昨日は3月11日。
3.11のことは忘れない。
実際にあの震災を体験したわけではないし、
現場に行ったわけでもない。
それのみならず、何の行動も起こしていない。
だから、内なる声としては、
ひどく説得力に欠けることにはなる。
しかし、あの時のリアルタイムの映像は
たぶん、死ぬまで忘れることはないだろう。
以前も書いたことがあるが、
自分の生涯であれほどの惨状を見るとは
思ってもみなかった。

亡くなった方々のご冥福を心から祈りたい。

往々にして自己分析とは的外れになるものだ。
自分に一番遠いのが自分だからね。
そういう意味で、当たってはいないと思うけれど、
僕はかなりポリティカルな人間だと思う。
それは、現実の政治にコミットするということではない。
いや、むしろそうであるからこそ、
現実政治には距離をおくという判断をする。
だから、政治的発言もほとんどしない。

でも、3.11。

進んだとはいえ、6年過ぎて復興にはほど遠い状況だ。
生まれた土地に帰ることのできない人も多い。
それでも、日本という国がここまで内乱も、暴動もなく、
時を重ねているというのは奇跡のような気がする。
このシステム(というか人間性)は世界に誇ってもいいですね。
安倍晋三ていどの愚かな政治家でも宰相を務められるのは、
日本という国のシステムの勝利と言っていいんじゃないかなぁ。

安倍晋三のエクリチュールとは、何か。
世界に嘘をついて、天として恥じることがない。
(この言い方、間違ってますか?)
僕がそれにはじめて気付いたのは、
2020年の東京オリンピックの誘致ためのプレゼンの時だ。
彼は、世界中に向かって、
「福島はアンダー・コンロールされている」と言った。
ものは言いよう、心は在りよう。
どうしても東京にオリンピックを誘致したければ、すればいい。
しかし、言っていいことと悪いことがある。
どのように言うべきか、その知恵もない男が宰相であり、
組織法整備までしてそれをさらに延長しようとする
愚かな集団が支持を集める。
それでも、僕らはここで生きていくしかない。

1940年の幻の東京オリンピックは、
関東大震災からの復興を謳った。
1964年の東京オリンピックは、
焦土と化した国土からの復興を謳った。
そして、2020年の東京オリンピックは、
福島からの復興を謳う。少なくとも、
現実に上映されたプロモーション・ビデオはそうだった。
つまり、福島を利用することで成り立っている。

オリンピックの開催は、国の威信に関わるのだろう。
また、そこで活躍するであろうアスリートの存在は、
人々に同胞としての悦びをもたらすだろう。
そして、必ず政治家は経済効果は何百億と言うだろう。
同調圧力や、権力からの締め付けで
マスコミは自ら検証することもなく、
政治家の言葉をそのまま報道するだろう。

国の在り方は、何にも変わっていない。
それでも、この極東の小さな美しい島国で。
僕らは生きていくんだろう。
今できることは何だろうと思いながら。
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風通信81

2017/03/09(Thu)
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三月というのに、昨日の朝、雪が舞った。
いつものように7時半には勤務先に到着する。
小高い山の中腹です。
坂道を走っていると、パラパラという感じで、
フロントガラスに水滴が付き、
すぐに白い雪に変わった。

伊勢正三の『なごり雪』があまりにも有名なので、
この時期に降る雪のことを「なごり雪」と多くの人が言う。
でも、たしか、三月に降る雪を「忘れ雪」とも言うのじゃなかったか。
もしかしたら、「忘れ雪」は三月の下旬の雪のことだったかもしれない。

僕の詩が、はじめて全国誌に掲載されたのは、
春まだき、三月のことだった。
渋谷にある大盛堂という書店の雑誌コーナーで、
その詩誌を手に取り、ページをめくっていくと、
『12月の風』というタイトルがあり、
それは、一月に編集部に送った僕の作品で・・・
あのときは嬉しかったですね。
街行く人々が、まるで自分のことを知っているような、
愚にも付かない思いを抱えて、道玄坂を登っていった。

そのころ、好きな女の子がいて、
僕は、必要以上に若くて、必要以上に不器用で、
そのくせ、向こうっ気ばかり強くて、
人に届ける言葉を知らなかった。
どうしようもない若者だった。
彼女がたしか群馬県の吾妻の出身で、帰省する日に駅まで
送っていこうかいくまいか、などという淡い感傷的な作品でしたね。
『ティファニーで朝食を』の冒頭に出てくるような、
都市の広い道路の明け方の幹線道路。
連なった信号が同時に点滅し、
夜を明かした車が一台走っている、そんな朝の迷い。
それでも、まあ、その時は精一杯。
センチメンタルな感情には出口がありません。
言わずもがなだけど、脚がキレイで、花のような女の子でした。
彼女というわけではないけれど、
恋したという記憶は、いつまでも心を温めてくれる。
しかし、結局のところ、時は流れ、
すべての美しい心持ちは、消えてゆく。
灰が風に吹かれるように。
僕らは、たぶんそのことに慣れなければならないのだろう。

暫定的なため息をつく。
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風通信80

2017/03/07(Tue)
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東京での学生時代の後半は、仕送りがない生活だった。
それで、学費やら生活費やらアルバイトの収入で充填した。
それが可能だったのだから、
思えば幸せな時代だったのかもしれない。
しかし、僕は今と変わらず当時も(いや当時はもっと激しく)、
どこでも擦れば火が付く「摩擦マッチ」みたいな男だった。
アルバイト先では朝の内に喧嘩して午後には放り出されることが、
何度かあったし、自分から勝手に帰ったこともある。
悲しいことに、あの頃の友だちに言わせると、
どうひいき目に見てもまともな職業人にはなれないというのが、
衆目の一致した意見だった。
詐欺まがいのバイトで、契約金の半額をもらって、
その金を使って東日本を旅して廻ったこともある。
その頃は一週間先の自分が想像できなかったですね。
まあ、自分でも恐ろしいくらい無鉄砲な生き方だったと思う。
だから、当然、お金はなかった。
握り拳くらいの馬鈴薯2個を鍋で湯がいて、
キューピーマヨネーズをこってり載っけて三食済ますことなんて、
それはもう、日常の事柄であった。
それで楽しかったかというと、たぶんそうだった。
辛かったかと問われると、そうかもしれないと思う。
よくわからない。

話は、ここでスライドする。
「格差社会」の話だ。
社会では格差がますます広がっていると巷間かまびすしい。
この格差とは、端的に言えば「経済格差」のことといっていいだろう。
格差が社会問題化されるのは、
経済の全能性が過大評価されている社会で、
お金が人間の序列化の基準として使われているせいだ。
たしかに、お金があれば、たいていこのことは出来る。
敬意も、権力も、そしてある場合には愛も、もう何でも買える。
だから、お金を増やすことは、多くの場合、合理的ですらある。
そして、言うまでもなく金を持たない奴は、
社会的に下位に釘付けにされる。
今の時代に生きていれば、僕だってそうだったかもしれないですね。
だからといって、「金を欲しい」と言えば、
それは、格差に悩んでいることと同根になってしまうだろう。
しかし、です。
当時の僕が「格差」で悩んでいたかというと、
そんなことはまったく思い当たらないのだ。
いやいや、時代が違うよという人があれば、そうかもしれない。
若かったからという人がいれば、それを否定はしない。
でもね、なんだか、ちょっと違うんだ。
その日暮らしで、映画を終映まで見て歩いて帰る。
古本屋で本を買って、読み終わったら古本屋に売りに行く。
お金の慢性的な不足生活であっても、日々はえらく楽しかったのだ。
たぶん、お金を持つことに
それほどの価値を見出さなかったんじゃないかと思う。
お金を稼ぐことが目的ではなく、何かをすることが目的の日々。
その結果、お金が入ることは厭わない(笑)という生活。
在るものを買うのではなく、
自分たちで工夫してものを在らしめる生活。
そんな日々だったような気がする。
繰り返すが、それは若さのせいだと多くの人はいうかもしれない。
それを否定はしない。しかし、
少なくとも当時、僕は、「貧困」のせいで不幸ではなかった。
今だって、その思いは変わらない。
いつの間に、こういう社会になったんだろう。
格差社会の病理の克服は、経済再生にこそあるとしか言わない社会。
それくらいでしか人の幸せの尺度を測るフレームを持たない社会。
「豊かになれば、みんな幸せでしょ?」と政治家が言えば、
そうかもしれないと思ってしまうだろうけど、
でも、実は、
ここでは豊かさの基準が「お金の有る無し」でしかないんですね。
福島の原発こそが、見直しのいい機会だったのに、
財界はいち早く再稼働に踏み切ったことも、
これも僕に言わせれば、
「格差社会」を顕現させることとまったく同じ構造なのだ。

やれやれ、話が、堅くなったなぁ・・・。

さて、
最後の一年間は、編集プロダクションで編集の見習いをした。
ここもけっこういい加減な仕事ぶりであったが、
寛容を絵に描いたような社長のおかげでなんとか勤めることができた。
会社は絵本を出版したいというところだった。
よくわからないけれど、とりあえず経営の安定のために、
いろいろな雑誌のページの下請けをしていたのではないかと思う。
言われるままに、雑誌の読者ページの投稿文を書き、
それに答えるような編集コメントを書き、つまり、自作自演です。
やっぱり日々を楽しく過ごしていた。

この頃のお話しは、またの機会に整理しよう。
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風通信79

2017/03/05(Sun)
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唐人町を走っていたら、
リクルート・スーツに身を固めた集団と遭遇した。
おそらく、
就活のイベントがヤフオク!ドームで、
実施されているんだろうと思った。
大変ですね。

僕自身は、いわゆる就活なんてしたことはない。
今から40年前に、「就活」という熟語はあったのだろうか。
あったのかもしれないが、僕の辞書にはありませんでした。
大学時代から続けていた編集プロダクションのアルバイト先に、
そのままズルズルと居座っただけだった。
なにしろ遠い記憶で、
ヨーロッパの古いモノクロの映画のように、
曖昧な風景しか浮かばない。
スーツを着て通勤電車に揺られて会社に行く自分が
想像できなかったことは、これはもうはっきりと記憶している。
カール・マルクスは、人間の個別性を形づくるのは、
その人が「何ものであるか」ではなく
「何ごとをなすか」によって決定されるといっているけれど、
「(会社に)存在する自分」より
「(社会で)行動する自分」でありたいと思っていた節もある。
しかし、まあ、時代も良かったんだろう。
このままでもなんとかなると思っていたし、実際、なんとかなった。
たぶん運が良かったんだろうが、今にしてて思えば、
すべては成り行きだったですね、きっと。
いまでも、そのスタンスはあまり変わっていないのかもしれない。
我ながら、情けない。

生きるということは、長距離レースみたいなものだ。
バン! とスタートのピストル音がして走り出す。
先頭を走っていても、最後尾を走っていても、
それほどの差があるとは思えない。
途中で誰かに追い抜かれたり、誰かを追い抜いたり。
でも、それも大勢にはたいした影響を及ぼさないはずだ。
肝要なのは、自分のペースを守って、
ゴールを目指すことが大事なんじゃないかなぁ。
もちろん、優勝は出来ないかもしれないが、
最後にちゃんとゴールテープを切るこことが出来れば、
それで、「なんの過不足あらんや」である。

ともあれ、あと1ヶ月もすれば、
真新しいリクルートスーツを纏ったまぶしい若者が、
ビル風に吹かれながら、
スクランブル交差点で信号待ちをしているだろう。
チャーミングな微笑みの下に、
少しばかりの不安を、それと気付かずに抱えながら。
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風通信78

2017/03/01(Wed)
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今日は、福岡県の多くの公立高校で、
卒業式があったようだ。
高校時代かぁ、それはもう化石時代みたいに遠い日。
たどりきれない時間の向こうに、
輝いていた仲間がたくさんいた。

一日中、岩波文庫の哲学本ばかり読んでいたヤツ。
ギターのテクニックにとんでもなく才能があると思ったヤツ。
彼は絶対バンドで売れると思った。
授業中はほとんど寝ていて、放課後になると、
グランドでボールをひたすら追いかけて走り回っていたヤツ。
女の子への手紙を一通百円で請け負いまくってヤツ。
半年でそのシステムはバレたけど。
それほど勉強しているとは思えなかったのに、
あっさりと超有名国立大学に合格したヤツ。
教師を殴ろうとしてみんなに腕ずくで止められたヤツ。
女子校の友達の数のリストを自慢していたヤツ。
でも、たぶん付き合っている女の子はいなかったはずだ。
誰でも好きななるということは、
誰からも好きにはなってもらえないことだから。

その時は気付かなかったんだけれど、
今にして思うと、
みんな原石のまま輝いていた。
そして、同時に、
ロバート・フロストの詩句を思い出す。
Nothing gold can stay(ずっと輝けるものは何もない)
それでもね、
みんな、それぞれのフィールドで
それぞれが大切に思う日々に誠実に向き合い、
頑張っているんだろうな。
その中身は違っても、それはやっぱり、
stay goldなんだと思うわけです。
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風通信77

2017/02/26(Sun)
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一年前の今日、2月26日は
僕らの最後の公演『リア王』の初日だった。
一年しか経っていないのに、遠い昔のような気がする。
その後の打ち上げや後片付け、解散会などいろいろあって、
たぶん、3月には整理がついたのではないかと思う。
足かけ20年にわたるアントンの時間は、
壁のスイッチボタンを押すみたいに、
あの公演でキレイにスイッチ・オフ。
パチン。

なにごとでもそうだと思うけれど、
長い時の流れの中で、
僕らは、いろいろな物や事を手にするし、同時に失う。
それが何であるかを言葉にすることはもちろん可能だろうが、
言葉にならないものやことがある。
そして、言うまでもないことだが、
言葉に出来ない方が重要だったりする。
別に重要な案件があったわけではないけれど、
僕は、この20年をうまく言葉にすることはできない。
そうやって過ごしてきたとも言える。

この一年、
芝居に関しては何もしないと決めていた。
なにかに整理を付けたいとも考えていた。
とりあえず、顎髭を蓄えた(苦笑)
この一年、
日常から遊離するように絵画を見に旅をした。
ソロピアノのリサイタルでホールにも行った。

一年もあれば、
変わったこともあるし、そうでないこともある。
こう書くと、なんだかひどく単純な二項対立みたいですね。
熊本で大きな地震はあったし、
株価は世界経済の動きにつれて高下した。
飲酒運転は相変わらず減らないし、
安倍晋三は首相の座に座り続けている。

夜はほとんど自室にこもって映画か読書の生活。
パソコンを開くのも2、3日に一回。
メールもほとんど来ることはない。
ポストにはマンション買いますとか、
出張ビザのチラシばかりが入っている毎日だ。
ひと月に、10本は映画を観ることができた。
時々は映画館に足を向けることもあったが、たいていは、
自宅の壁にプロジェクターで投影して観ることが多い。
あまり知られてはいないけれど、優れた作品もあった一方、
創造に携わる者として苦労は知っているので、
言ってはいけないとは思いながらも、
言っちゃえば、ゴミみたいな作品もありました。
本も、・・・本は月に5冊程度しか読めなかったなぁ。
基本的には新刊書は買わず、読みたい本をリストアップしておいて、
リスト上に適当な量が溜まれば、オンラインでまとめて購入する。
どう見ても、カラフルとは言いがたい状況だ。

ジャネーの法則というのがある。
人生のある時期における時間の長さは、
年齢の逆数に比例するという法則だ。
そうすると、次の一年は今年より、
いくぶんか短くなるはずだ。

さて、これからの一年は、少し動くかな・・・。
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風通信76

2016/03/16(Wed)
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劇伴(厳密に言えば劇伴ではなく劇中挿入曲)について話そう。

以下に書くことは、劇伴に市販のCD音源をもし使うとしたら、
という、あくまで仮定の話です。

たとえば『リア王』。
この物語は、おそらく古代のブリテン国と想定されているようなので、
まず、その劇伴は「ケルト音楽」にしたら良かろうと思うんですね。
アイリッシュ・ウイスキーはスコッチと違って、
どことなく軽みがあって、まさに天使のため息といわれる所以だけど、
音楽のアイルランド音楽も、ディープなものは言いしれぬ味がある。
エンヤなんかを聴いていたら、ちょっと違うかもデス。さて、
そう決まったら、集められる曲を可能な限り集めるわけだ。
ちなみに僕の手持ちのCDは10枚くらいあるので、
それ以外に30枚くらいかな。
福岡市近郊の図書館は広域利用可ということで
福岡市民にもCDを貸してくれる。
で、春日市、大野城市、太宰府市、糸島市などの図書館で、
時間はかかるけれど、せっせと集められるだけ集める。
もちろん、TSUTAYAなどのCDショップにも行く。
CDを買う予算はないので、ひたすら借りる。
そして、ひたすら聴きまくる。
ひとつの芝居で少なくとも300曲くらいは聴かないと。
1000曲まで行けばだいたいOK。つまり、見つかります。

台本の字面を眺めながら、ここは音が欲しいとか、考えるわけですね。
実際に台詞を自分で言いながら、曲を流してイメージを掴む。
これはなかなか怪しい作業になる。
いいオジサンが、
夜中にぶつぶつ言いながら何回もリピートを繰り返す。
ただし、このとき注意しなければならないのは
歌モノを使うのはNGということですね。
台詞と相殺される。歌モノは、エンディングに使うことが多いなぁ。
また、実際に稽古中にも、ここに音があればいいのに
とか思いながら「返し稽古」を繰り返す。
最終的には、厳密にこの台詞の「この言葉」からゲージを上げていってぇ・・・
などの判断をしていき、音響オペレーターに伝える。
(いつもの音響サン、いつもワガママ言ってごめんね)

劇伴はとても重要で、
これの選択ひとつで、オーディエンスの心を揺り動かすことができる。
それはたぶん音楽の力だ。
音楽は僕らの心に矢のように直線的に、あるいは総括的に突き刺さる。

ところで、演出を付けるときに、
ここできっとオーディエンスの鼻の奥がグスッとするよなぁと、
深く確信できるときがある。
これもたとえばだけど、
後藤 香さんの昔の作品「Dear Dear」なんかで、
最後におばあちゃんが孫娘の身代わりになって死ぬ場面。
椅子に座ったままで、天国に行く・・・という演出意図。
それは「祈り」に通じるし、この上ない幸せだという演出意図。
照明にもちょっとした工夫をいれて、
そこに、イーグルスの『デスペラード』をそっと流す。
観ている300人の人の内、まあ、270人がハンカチを出しはじめる。
しかし、これを決めるまで、実にクラッシックからロックまで、
膨大な曲数を心に落とし込む・・・という作業が必要なんです。
おばあちゃんの台詞が終わると同時にボーカルが入らねばならない。
そのためには、秒単位で尺を測る。
このタイミングは1秒も狂ってはいけない。
その前にたとえば西村由紀江の曲をクロスで繋いだり。

また、たとえばだけど、
『桜の園』で、ラネーフスカヤがパリから戻ってくる。
その時彼女が聴いていた音楽は何か。
チェーホフが死んだのが1905年だから、だいたいその時代。
(『桜の園』は最晩年の作だし・・・)
そうするとシャンソンではなく、まだミュゼットの時代だろうと考える。
実際は、もう少し後かな・・・。
まあ、そこで、ミュゼットの音源を探す。
ところがこれはなかなかないんです。
やむなく、ネットで購入しなければならない・・・こともある。
零細劇団の出費としては痛いですね。
だけど、必要なんだから。

う〜んと、あ、『ワーニャ伯父さん』。
これは、方法が二つあります。
まず、オーソドックスな方法は、
全体のトーンが渋い上に、静かなドラマがあるので、
クラシックで行こうと。
そして、もちろん、それは室内楽を中心とした黄昏のイメージとする。
ならば、オーボエがよかろう、とまでは考える。
というわけで、コンチェルトまで幅を広げて、
モーツアルトあたりから聴き始める。
しかし、心にしみるようなオーボエの曲はロマン派につきます。
そこで、サン・サーンスから
ロベルト・シューマン(素晴らしい曲が一杯!)あたりを探る。
まあ、さらにブラームスまでくらいはさかのぼってもいいかもね。
もうひとつの方法は、モダンジャズで行くというのはどうでしょう。
これは一発で決まる、というか、これしかないだろうと。
マイルズです。彼のミュートトランペットは、
屈折したワーニャの心情を柔らかく照らしてくれる。
深夜、セレブリャーコフがエレナと話す場面。
カードをめくり続けるエレナに絡むセレブリャーコフの
ぐちぐちした言葉に、
微妙なミュート・トランペットの音でモードは決定し、
客観性を担保してくれる。

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風通信75

2016/03/11(Fri)
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どうやら、粗方の残務整理も着地点が見えてきたようだ。
『リア王』だけのことに限れば、の話だけど。

それより、15年だ。
もちろん、15年の歳月は半端な年月、時間ではない。
ひとまとめにして、
大きな引き出しの奥に突っ込んでしまいたいくらいだ。
でも、たとえば
僕と10歳も離れてもいない栃原との時間の進み方にしたところで
少しずつずれているのかもしれない。
同じ風景でも見る人によって違うように、
時間だって人によって進み方は違うのだと思う。
その感覚は年齢ではないのだ。
52歳でも25歳のような時間の進み方を持つ人がいるはずだし、
26歳でも62歳のような時間の進み方をしている人がいるはずだ。
だから、おそらく年齢ではないのだ。
そんな数字としての年齢より、
人としての生き方の問題なのではないだろうか。

それでもね、おそらく間違いないのは、
年を取ると時間というのが重さを持つということだ。
若ければ、羽根のように軽い。
年を重ねることの良さはあるんだけど、
ときどき、柔らかで静かな春の雨さえもが重く感じることが
・・・そう、ないでもないのです。

世の中には、天国のような弦楽四重奏曲を創る人もいれば、
肉厚の鮮やかな赤いパプリカや
噛むとカリッと音のする太い胡瓜を創る人もいる。
僕は芝居を創る人で、
創る人間というのは、先のことにしか興味がない。

でもさ、この先に何があるんだろうか。
太陽はいつだって生まれたてだと知ってはいるけれど。
繰り返す波が教えるのは、
ただの一度もほんとうの繰り返しはないということなのに。
木の枝に張り付いた虫の抜け殻のように、
強い風が吹いたらどこかに永遠に飛ばされそうです。

昨夜、
中州の中華創作居酒屋を借り切って『リア王』の打ち上げがあった。
下は19歳から、上は65歳までの関係者のほぼ全員が集まった。
この幅の広い年齢の人間が
ひとつの空間と時間を共有することの不思議さ。
・・・そこで、何人かの人に言われた。
「安永組」は次は何をしますか?

「安永組」か。。。。
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いよいよ…!

2016/02/24(Wed)
アントンクルー「リア王」、いよいよ今週末です。

人間はみな平等に老い
どんなひとにも死はやってくる。
「リア王」の哀れな姿は他人事には思えません。
ボケてはいないけど…
悩みながら、汚くなりながら、生きているのは一緒だから。

みんなもがいています。
役者もスタッフも、演出も。
毎日を生きているお客さまも。

カッコつけるのは簡単です。 
つけない方が難しい。
でも、必死で生きてる姿は美しいと思う。

アントンはそんな芝居をすることで
少しでもお客さまの心に触れることができたらと思います。

予約していただいたお客さま、本当にありがとうございます。
一丸となって、恥じないよう頑張ります。

亀岡
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いよいよ

2016/02/24(Wed)
小屋入りです。
すばらしい客演の方々とスタッフに恵まれて、
あっという間の稽古期間でした。

「緊張」ではなく「集中」
「スイッチは直前に入れる」

なにはともあれ、良い芝居をお届けできますよう
千秋楽まで頑張ります。

「リア王」
お楽しみに。

                    栃原

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台詞の伝え方

2016/02/16(Tue)
歳とってくると顔の筋肉が老化して動かなくなる。
もちろんお口の周りの筋肉も同様。

口を動かさずに「あいうえお」を言ってしまう。言えてしまう。
自分では言ってるつもりでも美しい「あいうえお」ではなくなってくる。
特に語尾があいまいになってしまう。

何言ってるのかわからない。
すると当然観客に伝わらない。

昔、こんなことを聞いたことがある。
「歯切れ」がいいことばとは、語尾を歯で切ること。

このイメージをもって台詞を言ってみようと思う。

今回の「リア王」
本番10日前に前売りチケット完売です。
ありがとー。
びっくりぽんやー。

ひぇー、4ステージとも満員のお客様の前でやれるなんて。
いじ☆かるスタジオでやってた時は満員でもせいぜい20名。
これはおおごと、
「歯切れ」よくしゃべるように、さあ、稽古、稽古。




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風通信74

2016/02/12(Fri)
風通信 |
半年前の暑い日盛りに、
『リア王』の台本を書いていた。
おいしい台詞がいくつもありました。
その中に「リアの影だ」という道化の言葉がある。
おいしい。

娘たちの思いもよらない裏切りに、
混乱したリアがこんなはずではなかった・・・
まあそういうサブテキストのもとに、

 リアはこんなふうに歩くか?
 こんなふうにしゃべるか?
 頭が悪くなったのか? 分別が鈍ったのか?
 いや、違う。

と嘆く。そして最後に、

 ・・・誰か教えてくれ。わしは誰だ?

と言うと、道化がすかさず、「リアの影だ」という。
おいしいと思うのです。

ここから話は、少しずれていきます。
僕らの生には必ず影あるのではないかということ。
僕らの実物の姿と相似形の影ね。
それは影だから、僕らの存在そのものでもあるわけですね。
そのことを意識しておきたいと思う。
たとえば、
いつも明るく笑って、元気な人がいる。
その人の影はいつも哀しみが流れている。
逆のモードが同時に存在することです。
笑っている人も泣くことがある、ということではない。
笑っていると同時に泣いているのだ。
あるいは泣いていると同時に笑っているのだ。

生きていれば、
泣きたくなる局面に遭遇しないはずはない。
彼、もしくは彼女に影があると思うのは、
まさにそう考えたときだ。
泣きたいときに泣けばいい、と人は言うかもしれない。
しかし、泣きたくとも泣けないときはやっぱりあるし、
泣けるだけの幸せを持てないことだってある。

泣いているんだけどどこかで笑っている。
笑っているんだけどどこかで泣いている。
突き詰めていけば、僕らの生の在り方には
そういうところがあるんじゃないだろうか。
役者は、そのことを想像しなければならない。
想像する力が必要なのだと思うのです。
いや、役者のみならずかもしれません。
感情の天秤棒みたいなもの。
そういうバランスの上で、
僕らの生は奇跡的に成り立っているのではないだろうか。
あるときは影が強くなったり、あるいは逆だったり、
いずれにせよ、どちらか一方だけになることはない。
だけど、ときどき、そのバランスが壊れてしまうこともある。
そして、そんなとき、
人は、ふと死んでしまうような気がする。
ほんとうにそういうことはある、ような気がします。

ところで、はじめに書いたように、
おいしい台詞がまだまだあります。
願わくば、そのひとつでも、
僕らの芝居で心にとどめてもらえると、とても嬉しい。
たとえば、こんなのはどうでしょう。

狂気の中でリアは、

 人はみなこの世に泣きながらやってきた。
 生まれて初めて空気を吸って、わしらは泣いた。
 いいこと教えよう、よく聴け。
 生まれ落ちると泣くのはな、
 この茶番の劇場に引き出されたのが悲しいからだ。

リアのこの台詞を聞きながら、
忠臣グロスターは号泣します。
その「号泣」の意味を、言葉で説明してもつまらない。
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とりかわ

2016/02/10(Wed)
「リア王」の稽古が佳境に入っております。
おかげさまでチケットも売れております。特に初日が。

土曜日は稽古のあとに焼き鳥屋に集まって馬鹿話をしたのですが、昨日はプライベートで某とりかわ屋に行きました。
とりかわ屋(屋号ではありません、鳥皮)も増えましたな。
薬院・警固・平尾・大橋、博多にも別系統のがありますな。
これは福岡独特のものなのかしら。

それぞれ少しずつ味が違うんです。
焼きたては美味いがさめると固くなってしまう店、それを見越して焼きたての風味は犠牲にしても最初から柔らかめにしてある店。日によって出来不出来のある店。

なんかうちのメンバーの個性に似ています。
「リア王」はなんとかお客様に美味しく食べてもらえるようにします。

それを考えると飲み歩いている場合ではないのだが、おつき合いもあり……
チケットはお早めに。

岩井
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おっと、気づけば公演間近

2016/02/07(Sun)
『リア王』本番まで3週間を切りました。
稽古場が某大学でもあり、まさに「白熱教室」さながらです。
チケットの売れ行きも順調とか、
きっと、いい芝居をお届けできると思います。

昨日は稽古の後も、有志で焼鳥屋に集まり、ああでもない、
こうでもないと稽古の延長戦でした。
もちろん、くだらない話もたくさんしましたが・・・
仕事もバラバラの人間が、仕事以外のことで、9時間も
一緒に過ごすってあまりないことですよねえ。

とにかく、
こうやって、コミュニケーションをはかるのも大切。
酒好きの言い訳にも聞こえますが。

栃原でした。


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ペアチケット

2016/02/03(Wed)
今回の「リア王」
ペアチケットがよく売れています。

1公演80席のチケットがいちどに2席ずつ埋まっていく。
ということは一度に40組の人しか見れない、かも・・

僕のお客様もみんなペアチケットです。
土曜日の昼なんか1月にすでに8枚売れました。
この回はいまのところ10分の1はぼくのお客様ということか。
僕の知り合いはみな高齢化してきて、昼の公演に集中します。

共演の鈴木新平さんとは年齢が近いこともあり、出番のないところでよく会話します。

彼も結構チケット予約が入ってきているらしい。さすが九州小劇場。

僕が思うに、鈴木さんが「リア王」なんて、そもそもシェークスピア劇に出るのが珍しいんじゃないか、ということで貴重な舞台を見ておこうと思っている方が多かったりして・・・

いえいえどんな芝居でも鈴木さんを見たいと思っているファンの方が多いということですね。
失礼しました鈴木さん。
60代半ばになっても現役を続けていらっしゃる姿に感服いたします。

とまあそんなわけで、今回チケットが結構出ているようです。
アントンの「リア王」ご覧になりたい方は、お早目のご予約か出演者からご購入ください。

お、日記を書いている間に、DMが届いた知り合いから土曜日夜のペアチケットの注文メールが届いた。
今日は稽古お休みだからさっそく会いに行きます。

東でした。

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風通信73

2016/01/26(Tue)
風通信 |
一昨日昨日と、雪が降り続けました。
これほどの降雪は久しぶりだった。
稽古後の深夜の道路凍結が嫌だったので、
月曜日の稽古は中止。
本番に向けて、
まず関係者が気をつけなければならないことは、
病気と怪我です。
そのための心構えは常に必要だから、
稽古も中止という判断です。
今回の客演の役者さんは遠くは
飯塚、朝倉から参加してもらっているしね。

ところで、
カール・グスタフ・ユングのいう
「シンクロシティ」というのは、確かな気がする。

先日、突然、ほんとにふと・・・、若い友人のことが頭に浮かんだ。
元気にしてるかなぁ・・・って。
すると、数日して彼からメールが来たのです。
合理的に言えば単なる偶然だし、
それを否定するのにやぶさかではない。
まあ、これが「シンクロシティ」なんです。
ポール・オイスターだったか、
こんな話を集めて一冊の本にしているくらいだから、
風が西から東に吹くような珍しくもない話なのだと思う。
おそらくこれを体系づけると宗教に近づくんだろうけれど、
僕は宗教的啓示にはあまり興味がないので、言及はしない。
河合隼雄さんに言わせると、
これは僕らの心の深いところにある、自分では決して意識できない
魂のようなものの共鳴ということになるらしい。
そうかもしれないですね。
近代の合理性では説明できないけれど。

ときどき、役者にとって大切なのは、
この魂の共鳴ではないかと思うことがある。
役者はそこまで降りていかねばならない。
役者は、俗に「役を演じる」というけれど、
僕は「役を生きる」ことが
役者を構成する重要なエレメントだと思うからだ。
自分の演技を支えるために、
自分の内部をどれだけ掘り下げていけるかが大切なのだ。

舞台は見えているものだけで
すべてが構成されているはずがない。
見えないもの。たとえば、
役者ひとりひとりの、自分では意識されることのない
魂の在処もそのひとつであるはずだ。
これは恐ろしいことでもある。
でもね、そもそも、生きるということは、
そうした魂の在処を抱えていることでもあるはずです。
役者がその存在を確信したとき、
オーディエンスの魂のふるえる舞台ができるように思うのです。

くだんの友人は、遠く離れた地に住んでいる。
どうやらニュースで福岡の降雪のことを知ったらしい。
Stay warmの文字と「鍋」の絵文字の
シンプルなメールを送ってきた。
あはは。
でも、残念ながら、その日は「鍋」は食べなかった。
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熱海殺人事件に学ぶ

2016/01/24(Sun)
1月7日、北九州芸術劇場に「熱海殺人事件」を観に行きました。
風間杜夫の木村伝兵衛、平田満の熊田留吉という、33年ぶりのキャストです。

風間さんも平田さんも60歳を越えているわけです。
最初は観ているこっちがハラハラしましたよ。
でもさすがですね。だんだんと調子が出てきて、ハラハラしたこっちが恥ずかしくなる面白さ。
お二人とも攻めの芝居をしています。60歳を越えてなかなかできることではない。

「熱海」は、いろんなバージョンを観てきましたが、このオリジナルの台本が一番面白い。
どのバージョンも感心させられるのは、役者さんが攻めの芝居をしているということです。
役者は、ともすれば自分の楽な状態に逃げこもうとするんですね。で、技術でごまかそうとする。
でもつかさんはそういうことを役者にさせなかった。

小手先の技術にたよらず(私にはそんなものありませんが)、苦しいところへ自分を追い込んで芝居をしなければならない。
それを改めて思い知らされた「熱海殺人事件」でした。

ところで寒いですね。大雪です。
明日の稽古場にはたどり着けるのかしら。

岩井でした。
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寒か〜。

2016/01/23(Sat)
日曜日から月曜日は、大雪に警戒とのこと。
観劇の予定はないけども、おとなしく自宅にいるのがいいでしょう。
体調管理も大変だと思います。みなさまお気をつけて。

さて、写真は今週の稽古場からです。
稽古場も寒いからか着込みまして、いや、意外と薄着!
色合いは近い気もしますが。

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(背景も黒くしてみました。川中)

来週は、1月の最後の週。早っ!
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シェークスピアをぶっとばせ!

2016/01/20(Wed)
何だか物騒なタイトルですが、今から40年前、僕の所属していた劇団のテーマソングでした。

もちろんご存知ビートルズの「ロールオーバーベートーベン」からタイトルをパクりました。

劇団の名前はローリングストーンズのセカンドアルバム「エグザイル・オン・メイストリート」(メインストリートのならず者)からパクって控えめに「メインストリートのせんたくや」です。

劇団員の4人でバンドを作り、東京キッドブラザーズばりの生演奏、オリジナルの生歌というかなりつっぱった集団でした。1本の芝居に10〜15曲の新曲を作りました。5回ほど公演しましたが、SMAPみたいになっちゃった。でも人気はあったんだよ。

お芝居のオープニングは生バンドの演奏「シェークスピアをぶっとばせ!」で幕が開きます。

♪始まっちまうぜ俺さまの舞台
 見ないと損だぜ俺さまの舞台
 死にもの狂いで捜し歩き
 やっと見つけた俺さまの舞台〜

 叫んでしまうぜ思い切り陽気に
 動きまくるぜところ狭しと
 一食懸命レッスン積んだ
 見せてあげるぜ俺さまの舞台〜

 シェ、シェ、シェークスピアをぶっとばせ
 かかとの先のとがったところでぶっとばせ
 ここは俺さまだけの世界さ〜  (詞 川崎昌美)

とまあ、はちゃめちゃにはしゃいでおりましたが、今回そのシェークスピアの「リア王」を
やることになりました(笑)何という因果でしょう。

たかだか若者が10人そこらで叫んだって、世界のシェークスピアをぶっとばすことはできなかったわけです。当たり前ですが。もちろん「メインストリートのせんたくや」もメジャーにはなれませんでした。

ですから僕は40年の演劇人生で今まで一度もシェークスピアの作品に関わったことはないわけです。

改めて彼の戯曲に接して、その構成力の高さに思わずため息です。すばらしい。
登場人物の設定、物語の展開、まったくムダがない。おもしろい。

やっぱり世界でいちばん人気のある劇作家ですね。
「リア王」なんて一生に一度見るかどうかでしょう。
皆さん、この機会をお見逃しなく。

回顧趣味の東でした


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新しい年が始まりました

2016/01/17(Sun)
年末は『ガキ使』の「連帯責任カード発令」に笑い転げていた、とち、です。
今年もよろしくおねがいします。

「正月や今年も来るぞ大晦日」

さて、本年は、シェイクスピア没後400年。
世界中で彼の多くの作品が上演されることでしょう。

アントンクルーも、2月末に『リア王』です。
豪華な客演の方々と、すばらしいスタッフの方々と
ご一緒できることを感謝しております。

稽古の方も立ち稽古に入っており、次第に熱を帯びてきました。
皆さんの足を引っ張らないように精進したいと思います。

とはいえ、今回の役は実年齢よりも20歳位上なので、まだまだ
手探り状態です。
本番までには「とち爺」とならないといけません。

実生活では、二人の子供も親元を離れ、定年退職まで4年。
今年こそは、人生のセカンドステージに向けての準備を始めようかなと・・・
正月恒例の「抱負」でした。


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